ふじみとおどり、2人の旅路
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その収容違反は、まるで子供の駄々のように無秩序で激しく手が付けられなかった。オーストラリアの一端にあり周囲は自然に囲まれている。一般人の犠牲はほぼ考えなくてもいいのが救いであった。上がる火の手が酸素を奪い、かつては世界を護るサイトの1部分であった崩落していく鉄屑は、確実に脱出経路と足場を塞いでいく。収容されていたはずのオブジェクトは廊下をひたひたと歩き、科学法則を嘲笑するかの如く蹂躙し行進する。生存者は、誰1人としていないかのように思われた。

ケミー下級研究員はその地獄の中で何とかもがこうと歩いていた。彼の動きが緩慢なのは血にまみれた左足を庇いながら歩いているのもあるが、サイトの崩落により高所から落下した結果肋骨が肺に突き刺さるように折れ曲がったからである。彼はこの財団に忠誠を問われた際、何度も命を捧げる覚悟であると言葉で、成果で応えてきた。しかしてまさに死にそうになっているこの瞬間、感覚がなくなるほどの痛みはケミーの恐怖をハッキリと覚醒させた。死にたくない、嫌だ、ああ、

「誰か…助けてくれ」

助けて、合意なしに正常性を護るなどと勝手をしてきた財団に所属している人間が言うのはお門違いも甚だしい。しかし今ここにいるのは眼前に迫る「異常」に対して無力な1人の人間である。ならば、救いの手は下された。

「ゥウウウワァアアッッッ!!」

「!?」

この世のものとは思えないおぞましい唸り声が鳴り響いたかと思うと、地の底から何かが地面をぶっ壊しながら這い出てケミーと収容違反オブジェクトの間に君臨した。黒煙と意識の衰弱によりはっきりとした全身像が確認できる前に、ケミーはその何かの背面に移動された。

人だ、さらに女児だ。大の大人であるケミーを庇うようにおぶった時点で理外のものであることは誰にでも分かった。

「ギィイイイイイ!!」

少なくとも年頃の娘が出してはいけない唸りを上げて、女児はオブジェクトを瞬殺した。更に彼女は乗客であるケミーの心配お構いなしに火の海を縦横無尽に移動して、そのついでだとでも言わんばかりに収容違反を誘発したオブジェクトを瞬殺していった。

「どこだ…どこだどこだ…!」

「あの…お嬢ちゃん、何か探して…?」

「怪我人風情が喋るな!」

「はい!すいません!」

「この惨劇を引き起こした原因だ、そいつを縊り殺さぬ限り事態は終息せん!」

縊り殺すというワードが出てももう驚かなかったが、ケミーはこの女の子が本気で殺そうと思えば簡単に出来るという、底知れない恐ろしさを発揮しているのが本能で理解できた。それと同時に煙に慣れ始めた双眸が女児の全体像を捉えた。

長い黒髪を非常に複雑な三つ編み2つにまとめ上げている。全体的な雰囲気という漠然とした感覚でしか言い表せないが人外を思わせるほどの美しさを漂わせている。しかして鼻や口といった他の顔のパーツ、何よりも小学生かそれ以下の年齢相当であるその体躯と激しくミスマッチしている。何よりもその目、縦長の瞳孔が非常に切れ長な裂け目から宝石のように瞬いており、子供ではないというよりも人間ではないとすら感じられた。

「いたぞ!おいSCP-5726!グズグズするな!」

SCP-5726、フィクション上のキャラクターを模した人型実体のオブジェクトだったはずだ。この女児もその仲間か?にしては他人行儀な呼びかけ方だった。ケミーが思案しているうちにも女児は発見した標的、黒い靄がかかった物体に鈍い音で先制の回し蹴りを食らわせた。しかし対象は無傷というか、そもそも物理攻撃が効くのかどうかすらよくわかっていない。

「クソ!」

「こ~ら!ふじみちゃん、物理じゃなくて魔法も織り交ぜて戦いなさい!肉弾戦オンリーで戦う魔法少女がどこにいるの!」

「結構いたぞ、貴様が寄越した参考資料の中には」

「…確かに、それはそうかも。ごめん訂正。でも変身バンクはお約束でしょ?」

顔面の筋肉をフルに使って女児は嫌そうな顔をした。乱暴に彼女の背中から降ろされたところで気付く、痛みがない。

「大丈夫ですか?…よかった、あの子ちゃんと治癒魔法使ってる。ツンデレンコなんだから」

「SCP-5726…?いや聞いたことあるぞ、機動部隊…」

「そうです!私たち───」

「ふじみ」と呼ばれた女児の全身が謎の光に包まれる。同時に今まで地の底から這い出ていたような唸り声だったはずが、途端に日本のアニメのような高く可愛い声で宣言した。

「胸に残るは忌まわしさ!人間どもへの憎悪ならっ、悪役よりも負けないぞ!君に届け、この想い!魔法少女ふじみ、変身完了!」

光から解放された女児ふじみは先ほどとは全く違う衣装に身を包んでいた。全体にフリルをあしらったビビッドな衣服は装飾もゴテゴテで、不思議とチャーミングさそして底知れない異質さを思わせる。胸のハート型のブローチには真っ黒な宝石がはめ込まれており、その周囲を濃淡のリボンが蝶々結びでふわりと受け止めている。

「チッ…ギィイヤァアアァ!!」

口上が終わるや否やふじみは低音で唸り突貫した。何のことやら全く理解できないケミー下級研究員は、横でSCP-5726の説明を右から左に受け流すことしか出来なかった。

「私たち、機動部隊ま-7 “ガラスの靴よ消えないで”!愛と平和の魔法少女としてダークネスを倒していくのが任務です!ふじみちゃんはつい最近魔法少女になった新入りなんだ!」


・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

SCP-682SCP-053の訃報を聞いたのは1週間後のことであり、その時682が想起したのは忌まわしさではなかった。682は静かに成程と呟き塩酸のプールに浸かりながらも、この感情の正体が何なのかを掴めずにいた。682がしきりに忌まわしいと呟くのは、当然その感情が強いこともあるが、その感情しか言語化できないほどに他の気持の正体を知らなかったからだ。自らを構成するのは忌まわしさだけ、それこそが当たり前である682の胸中にも、財団の収容下となってからは他の感情が去来する瞬間が何度も訪れた。特に財団に収容された初期の方に行われた、今となっては承認すらされないであろうオブジェクト同士の接触であるクロステストなどは最たる瞬間であった。その度に682は「忌まわしさ」以外の感情に触れ、言語化できないことをもどかしく思い派手に暴れた。

SCP-682のクロステストにおいて、投入された子供は682によって殺害されてきた、SCP-053を除いて。彼女は彼をその小さな体いっぱいに抱きしめ、彼はそれを激しく拒否することはなかった。結局のところなぜ自分は053を屠らなかったのか今日まで言語化することは出来ず、遂に再会を果たさずに幼女は死んでしまった。そこまで考えたところで682に疑問が浮かんだ。なぜ人間どもは自分に知らせたのか?それはすぐにわかった。SCP-053に抱いた感情の名前はいまだ分からずではあるが。

「日本国は青森県Nx-54"四十八町"。そこにSCP-053の幽霊が出現した。君と話がしたいと言って聞かないそうだ、SCP-682」

「財団で収容しているオブジェクトが死に、幽霊として再出現した場合「オブジェクトの性質が変化したもの」としてオブジェクトの死を扱う。オブジェクトの幽霊の声に耳を傾けることは収用プロトコルの一環だ」

「というわけでSCP-053の特別収容プロトコルのためこれから日本に行ってもらう、682」


SCP-682が塩酸のプールに浸かりながら航路と陸路を使いやってきた四十八町、そこには確かにあの幼女がいた。最後に会った時間は思い出せないほど前でありながら、053の体躯は割とはっきり思い出せる。眼前の幽霊はまさにそのイメージから一切成長していなかった。

「来てくれたのね、嬉しいわトカゲちゃん」

「くれたというのはまるで吾輩が望んだように聞こえる、訂正しろ死にぞこない」

およそその年の女児に言うものではない語気の強さに対して、053は数十年ぶりに食べた故郷の味を咀嚼するかのように満面の笑みで返した。

「…気色が悪い、用件は何だ」

霊的実体との会話で実際に声を出すことはそこまで重要視されない。682は骨董ものの収用プロトコルに則り、ブクブクと沈みながらエクマセティック思念対応型トランシーバーでぶっきらぼうに言った。

「あ…そうだった、コホンコホン」

053は大袈裟な咳払いをする。付き添いで来た682の収用担当が固唾を飲んで、Nx-54の職員は録音機器を触る力をほんの少し強める。

「魔法少女おどりが貴方に告げます…今この世界に危機が迫っています」

「は?」

「それは貴方にしか解決できない危機です…貴方は今ここで魔法少女ふじみとして生まれ変わり、どうかみんなのために、そして何より貴方自身のために世界を救ってください」

言い終わるや否や天より眩しい光が、あらゆる物理法則をすり抜けてサイト-81UOの天井を破壊することなく682の全身に直撃する。682は宙に浮かび周囲に光の円環を作り出しながらその大きな前進を…053とそっくりな体格に縮め、捏ね直された。

「…おい、吾輩はどうなった。おい!なんだこれは!何をした!?」

職員はオブジェクトの予期せぬ行動と変質にいち早く対応し防御態勢を取った。だが迅速な行動とは裏腹に、心理はみな一様に困惑の1文字だった。あの恐ろしい不死身の爬虫類が日本のアニメからそのまま出てきたような可愛らしい女の子になったのだから。そしてその様子を霊的実体SCP-053が満面の笑みで見ていたのだから。

こうして、魔法少女ふじみの壮絶な戦いが幕を開けたのだった。


・・・

・・・

・・・

東京ビッグサイト。全国規模のイベント会場として有名な地であり各地から、時には外国から人間が集まる。そんな地では当然オブジェクト露呈の危険度も段違いに跳ね上がるため、ここも財団の最重要ポイントの1つとして数えられている。

別名アンダーエリア-85、魔法少女ふじみとなったSCP-682が今まさに興奮している円佳研究員に撮影会を強制されている拠点のことである。

「いい、素晴らしい…!二次元的特徴を残しながらもリアル感と僅かな血生臭さをキャラデザから感じる。しっかりと令和の魔法少女としてアップデートされた作画担当の職人技だぁ…!」

「吾輩は絵画でも版画でもない、殺すぞ」

「幼い体系から繰り出される地獄のような唸り声というのは…確かにウケる要素ではあるけど魔法少女を期待した層に刺さるかな?アニメ漫画のことを古風に言うのはよく見るけども…Vtuber担当部署から意見を仰ぐとするか…」

「貴様ら矮小な人間ごときに躊躇いがあるとは思うか…?なんなら本当に…」

「殺せないでしょ。我々の方で調査は済んでるのだ、SCP-053の証言と食い違いはないからこそこうして撮影会を楽しんで、アイヤー報告書に掲載する写真を撮影しているのではないかふじみちゃんよ」

口とアングルをせわしなく動かしながら撮影を試みる円佳研究員を蹴りながら魔法少女ふじみのピアスが淡く発光する。サイト-81UO独自の装備の1つである、事前に指定された霊的実体の声を届ける体内埋込型イヤホンである。

「海外に行ってきて疲れてるのね、ふじみちゃん」

「貴様の指示がうるさかったのも関係しているぞ」

円佳研究員はその様子を見逃さず会話の主導権を握る。

「ひょっとして今SCP-053と会話してる?」

「こんばんは、アンダーサイトの研究員さん。ひょっとして警戒されてる?」

「053の報告書には確かに年相応以上の賢さがあると記載されていたけど、同時に大人が近くにいるとパニックになるとも書かれていたからな。幽霊になって異常性が変質した可能性もあるが、財団側に秘匿している情報があると算段づける方が自然だ」

「私がこんなにスラスラ話すのがそこまで意外?貴方達みたいな大人に囲まれているならともかく私はアオモリの隔離部屋にいるのに」

「…君の発言に嘘はなかった。SCP-3726-JPやSCP-5726は物語層の法則に則って魔法少女の力を振るっている。SCP-682も例に漏れずということは、正義の魔法少女ヒーローらしくない暴力は振るえない。あくまでも敵を倒す時にだけSCP-682はかつての凶悪性を取り戻す事が分かった」

財団そっちの正義と魔法少女こっちの正義がぶつかってロジックエラーを起こすことが懸念点だったけど、いちごお姉ちゃんが頑張って「魔法少女の財団機動部隊」って概念を物語に刷り込ませられたから良かったよ、ありがとうって言わなくちゃ」

「…良かった?君が何の目的で682を魔法少女にして、世界の危機を具体的に言っていないのに、か?「狂暴である」というオブジェクトの異常性を無力化した時点で君は最重要警戒対象だ」

「それって脅してる?こわあい、貴方達が053わたしの報告書をもう少し詳しく書いてくれたらその分だけ教えてあげる」

「財団職員がアノマリーの強迫に屈するとで、もぉっ…!?」

円佳研究員を蹴る魔法少女ふじみの力が明らかに女児のそれよりも大きくなった。

「な、何故…!?悪者にだけ本来のパワーを振るえるはずでは…痛っ!」

「物語層的にはセクハラしてくる味方キャラは敵認定なんでしょ」

「フンッ!!」

いや報告書用の撮影として財団有数の魔法少女有識者こと私が駆り出されたんだが、そう言う前にふじみは全力で円佳研究員を蹴り飛ばした。


湘南新宿ライン、東京と神奈川を繋ぐ日本の鉄道の1つである。日本に住む者ならばイメージしやすいだろうが2つの都県は非常に人口が多く、そこを駆ける線路も当然多くの人が集まる。しかしその日のある路線では一般人の利用者はいなかった。機動部隊ま-7 “ガラスの靴よ消えないで”および機動部隊て-0“第四軌条”が避難を完了させ、列車内に巣食うアノマリーの鎮圧を開始していたからである。

「私たちが「物語層への隷属」、「上位創作世界の支配下」で首輪に繋がれやすいからって他の機動部隊と即席スクワッドを組まされなくてもいいのにね?ふじみちゃん可哀想…」

「黙れ悪霊が!!くたばれ黒靄が!!」

ガガガガと電車の壁や天井に激突しながら予測できないジグザグの軌跡を描く。その勢いをふじみの膝が全力で放ち、黒い靄の敵は後方へと吹っ飛ばされた。

「フゥー!ちっとは連携も考えて欲しいなァ!」

パパパパと軽く、途切れることのない銃弾音にかき消されながら機動部隊て-0の隊員がラン・アンド・ヒットで追い打ちをかける。とどめは魔法少女にしか刺すことのできない相手ならばサポートに回るかとも思ったが、そもそもこちらが自然に気を配る役割に収まってしまった。

「…」

黒い靄は無言のまま不気味に影を、ボクサーのパンチのように勢い良く伸ばす。ふじみはスカートがめくれ上がることもお構いなしに尻尾で両断したが、

「ヤベッ…!」

「!?おい、何をしている!」

て-0の隊員は直撃、膝をついてしまった。何かに気を取られていたのか、避けようとしなかったようにも見える。

「ふじみちゃん、長期戦はまずいね。早めに」

「指図をするな───」

魔法少女ふじみは魔法をかけた吊革をぐっと掴み千切った。その先から魔力で編んだ剣の切っ先が鋭く光る、即席の退魔剣である。

「分かっているわぁ!!」

「…」

勢い良く高濃度の魔力を突き刺された敵は消失した、魔法少女の勝ちだ。後は電車が最寄り駅に到着するまで隊員の様子を見る必要があるが、ふじみは治癒魔法を施す魔法少女の使命よりも気になることがあった。

「おい人間種、これがどうした?」

魔法少女ふじみがぶっきらぼうに掴んだのは、特撮キャラのフィギュアである。ソフビ人形と言われるタイプだ。

「ふじみちゃんそれ、どこで?」

「この車内に置いてあった。おおかた急いで逃げ惑った愚かな人間種が置いて行ったのだろう。よもや貴様これに気を取られていたのではあるまいな?」

「へへへ…」

ぐったりと座っている隊員がメットとゴーグルを外す。大きく呼吸をして、乱れた金髪が汗で額にへばりついてた。

「戦場と化した電車…ヴェールの内側に置いていかれた遺失物を出来る限り持ち主に届けるのも…第四軌条の任務だ…」

「俺もガキの頃によ…電車で旅行した時にガンダーの人形電車で無くしちまって…お袋と駅員さんにスゲー駄々こねてた…」

「電車って…旅のためにあるならば…その旅で無くしたものがあって…もし俺らがそれを届けてあげることが出来るなら…そうすべきなんだなーって…」

「旅ってさ…何かを得るためのものだから…痛ててて!」

「ふじみちゃん、こいつダメだよ。ハイになって変なこと口走ってる」

話の流れをぶった切りふじみが応急処置の治癒魔法をかける。てっきり「無駄な時間だったってブチギレているんだろうなー」とイヤホン越しに053は思っていたが

「ふじみちゃん?」

「何かを得るものが旅、か…」

魔法少女ふじみは考えていた。その横顔は女児でも爬虫類でも見せたことがなかった。

「無くしたものと得るものが、形のない回答だとしてもか?」

耳元の幼女にすら聞こえない声で、呟いた。


「やっこさん、めっちゃ怒ってるなあ!イヤ怒ってんのかアレ?怒っているようで怒っていない、でもちょっと怒ってるってやつ?」

「無駄話してる状況じゃないでしょ~!!」

機動部隊ゐ-0"家賃滞納者"が召集される任務はその特性上、苛烈な戦場になることが予測される。かつて都心に建造されていたマンモス校の校舎は今や火と電気が暴れるプラズマの海と化していた。

海の震源地には黒い靄、しかしゐ-0の隊員が取り込まれてその能力を悪用されていた。

「ぐぅ…バカ言ってないで助けろバカ!隣の坊主なんかもう限界だ!」

「ハァ…ハァ…ゥ…!」

彼らは自身の限界を超えて火と電気を無理やり出し続けている。このままだと肉体の方が先に朽ち果てるのは確実だろう。

「ええ~?でも近づけないよ~あたしの能力で浮いてるのがやっと!」

「クソが!財団からの応援待っとれ!俺達じゃどうにもできん!」

「だからぁ!俺らまで殺されるでしょーが!お前らが助けないと!現場がどうにかしないと!」

「陳腐な曲芸が多少できるだけでここまで自慢するのか?案外幼稚だな」

「え?」「へっ?」

浮遊して攻めあぐねている2人の隙間を縫うように、突然唸り声が落下速度そのままで渦中へと飛び込んだ。

「更にそれは他人から盗んだ曲芸だと…いいか?黒靄」

そのままストンプを食らわせ、ステッキから切れ味抜群の星を出して直撃させる。拘束が緩みプラズマがフッと消えた。

「吾輩を足止めしたいのならば塩酸を出せ。その方が真新しさもあるだろう」

「ふじみちゃんまさかプラズマより塩酸の方が痛いと思ってる?」

「…言葉の綾だ」

「あっ突っ込んじゃダメだったね、ゴメンね」

「小馬鹿にするな悪霊が…!」

ふじみが053との会話を一方的に打ち切り周囲を見渡すと、焼け野原の校舎跡地にゐ-0の隊員4人、いや3人が蹲っていた。

「どうやら、体の小さい方は間に合わなかったみたいだな」

「お嬢ちゃん、財団の…?」

「そうだ、だが貴様らの処刑などしない」

「そうか…」

助かった男は、助からなかった少年の亡骸を腕で抱きながら、涙こそ流さなかったが沈痛な面持ちでいた。

「貴様らは正規の職員ではない。互いに今回偶然鉢合わせただけの有り合わせに過ぎない。なのになぜ悼む?」

「おい…!」

「いいんだ、いい」

助かった男が、ゆっくりと口を開いた。

「俺らの名前"家賃滞納者"ってんだ。財団の施設で暮らした分のツケを任務で返せっていうから」

「色んなモン借金のカタにされた。普通の暮らしとか、人間関係とか?もちろん物品だってある。俺が住んでた部屋どうなってんのかなとか。でも1つだけ、残された財産がある」

「それが、お前たちの曲芸であるということか」

「曲芸ってのは言い得て妙だな。フフ…俺らは残った曲芸これで日銭稼いで、借金返すしかないってわけだ。俺達にとって自分の異常性は、日常を破滅させた原因でもあって唯一最後に残った財産でもある」

少年の亡骸に目を落とす。

「それをこの坊主は奪われて、悪用されて、死んでいった。この悲痛さがわかるのが俺らだけなら、せめて俺らだけでも、沈痛な気持ちでいた方が良い気がするんだ」

「原因でもあり、財産…」

魔法少女ふじみは、自分の手を握り開く。SCP-682として肉体を、凶暴さを、忌々しさを得たことは何も不幸ではないと確認するように。

「…本当にか?」

手を開いたのと同時に口から出た言葉。忌々しいという感情が異常ならば、あの時なぜ───

「おい」

「何よ!これ以上馬鹿にしたら許さないんだからね!」

「そいつの処遇に考えがある。家無しのまま野ざらしというわけにもいかんだろう」


オブジェクトの死亡に関して、財団の部門ごとに複数の見解が存在する。霊的実体になったのならばあくまでも状態が変質しただけ。霊的実体が出現しなかった場合、肉体は無力化されているのでその時は…

「大丈夫ですよ。葬祭部門ではオブジェクトの葬儀は珍しくありません」

「我々墓碑部門もオブジェクトの葬儀に関わっていることもお忘れなく」

葬祭部門の女性職員と墓碑部門の男性職員が魔法少女ふじみに説明する。事情を知っていながらも2人は怯えることなく自身の業務に信念を持っていた。

「あくまでも財団はオブジェクトを物品扱いだと思っていたがな。長年の運営で気が緩んだか?」

「あなたは長いこと財団に収容されていましたからね、SCP-682」

「それこそ我々が財団に入る前から」

「吾輩は不死身の爬虫類などと職員から揶揄されていた。死ぬことなどなく、他のオブジェクトの死、劣化、腐敗、老朽化を見てきた。吾輩と同じ時期に収容されたものはそれこそ破壊出来ないものが多かったが、意図的ではなく自然に朽ち行く事象まで止められるものは多くない」

「数多くの死を、見送ってきたのですね」

「今も見送っている。お陰でこのザマだ」

魔法少女ふじみは自身の華奢な体を使って肩をすくめる。笑わせようと思って言ったのだが、葬祭部門と墓碑部門は互いに顔を見合わせた。

「随分と…態度が丸くなられたようですね?」

「ああ、報告書の記載イメージとズレる」

「最近この体になってから思索に耽るようになった。貴様らにも聞きたいことがある」

SCP-682が「お願い」の態度を取っていることに2人はますます目を丸くした。

「死とは何だ?不死身であると為せぬこととは、何だ?」

真剣に考えながら、先に答えたのは葬祭部門の女だった。

「足を止めてもいい、もしくは止めるべき時です」

「それが望んだ瞬間であろうが望んだ瞬間でなかろうが、そこで終わるじんせいがあります。終わる物語じんせいがあります。葬儀部門はその終わりを正しいものには出来ません。ハッピーエンドには歪められません」

「それでも、そうだからこそ残されて未だ旅の途中である人達に対して、「あの人の人生は意味があったのだ」と、未練を残すことなくその人の旅を自分の旅に引きずることなく、その人の物語をちゃんと本棚に戻せるように、葬儀部門は活動しています」

───この世に未練がある魂が幽霊になる、例え周囲が納得しても。

「葬儀部門は死に対して存在した意味を生きる人間に知らせる部門ですが、我々墓碑部門は存在した痕跡を知らせるものです」

墓碑部門の男が口を開く。

「死を意味付けするため解釈するのではなく、死をありのまま記録するため観測する。生を旅だというのなら、その旅で得たものを無かったことにしない。誰か取りに来る人がいなくとも、永遠にタンスの肥やしになろうとも、保管庫に納める役割が必要なのです」

「…まあ死を物語として解釈すること、事象として観測すること。どちらにも優劣はつけられません。ですから我々のような正反対の部署がよく共同で活動するのはおかしなことではありません」

不死身の魔法少女は2人を交互に見ながら

「確かに、示し合わせたように途切れず話してくれるな」

と半ば感心して言った。

「旅の路は違えどゴールは同じですから」

「吾輩は…まだ旅を続ける必要があると。求める回答があると、そういうことだな?」

なぜ053が死んだのか。

なぜ053が幽霊になったのか。

053の未練とは。

「世界の危機」とは。

魔法少女の意味とは。

そして、忌々しいという感情が自らの異常ならば、あの時なぜ───

「吾輩は、SCP-053の死に別の感情を抱いた?」

「この感情の名前は、何だ?」


・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

「ふじみちゃんも魔法少女として最強寄りになってきたし、そろそろ教えていいかな」

魔法少女ふじみとして活躍して5ヶ月ほど、ある日SCP-053から再び四十八町に来てほしいと言われた。独房越しに2人の女児は話し合う。

「想像よりずっと早いけどね」

「吾輩を随分と勿体ぶってくれたな、それで早いだと?」

「うん、ここからは魔法少女ふじみSCP-682魔法少女おどりSCP-053、2人だけの旅路だよ」

「あ?」

81UOのセキュリティすら、財団職員やふじみの反射神経すら超えて053はふじみの両手を恋人握りに繋いだ。

西暦5,000,000,000,000,000年の初夏は、ポーランド人にとってはいささかすわりの悪い時期だった。」

そう呪文を唱えて、2人は時を跳んだ。


「西暦5000兆年、不死身である貴方は宇宙船で財団の「管理者」と死闘を繰り広げ相打ちになる」

「貴方の勝利条件は「管理者」の死だけど、「管理者」はこの宇宙を終わらせて、異常性が完全に無くなった『正常な』宇宙の完成を目指している。でもそれは未だ届くことがなくて何回もループを繰り返して、不安定かつ不完全な宇宙を生み出し続けている。これが「創世記イベント」と言われる回避不能K-クラスシナリオよ」

「「管理者」は催眠術でSCP-682を女児にして力を奪い勝利する。そこで私が着目したのが魔法少女というシステム。女児だからこそ持てる力を予め持たせて、女児として戦闘経験を積ませる事で「管理者」に勝利する。これが私のシナリオ」

「だから魔法少女ふじみ、頑張って勝ってね。」


ふじみは053の声が聞こえなくなるとどこかに投げ出された。いや、投げられたまま宙に浮いている。周囲には無機質な基盤が壁から剝き出しになっており宇宙空間のどこか、先ほどの話を鵜吞みにするなら宇宙船の可能性が高い。

「誰だ、お前は」

通路の奥、自分と同じように浮いている男が目に入った。「管理者」であろうか。5000兆年を生き抜いたにしては化け物には見えない普通の人間だ、見た目だけは。

「誰だ、お前は、ここは、再誕の、花は咲き誇り、誰だ、ここは、花は、お前は」

「成程、「想像よりずっと早い」か…」

今回は053の能力で西暦5000兆年にワープしたのだろう。だがそれ以前のループでは?

「花、花、花、そうだ、花を集めていた、俺は、花を、誰だ」

「5000兆年経っても、死ななかったのか。吾輩は」

ステッキを握る手が強く震える。

「それに比べると5ヶ月は短いな、確かにな…」

「管理者」がゆっくりと、いや無重力空間では早い方なのかもしれない、とにかく理解できない言葉を呟きながらこちらに明確な殺意を以て接近してきた。

「…なんてなるかァボケェ!!!」

目くらましの意味も込めて正面、「管理者」側の面に3種の魔法陣を出現させる。そこから光の矢が放たれるが「管理者」は羽織っていた上着でガードした。

「この人間種の体のなんと生きづらいことよ!ただ力が振るえぬ訳ではなく正義とやらのためにしか暴れられぬと!?」

魔法に宇宙の物理法則は効かない。そのことを理解できたのならアドバンテージはこちらにあると確信した。問題は「管理者」にボディで受けるという選択肢があることだが。魔法への態勢か?それともこの船自体が収容室と同等の機能を有しているのか?

「吾輩はただ体が小さく、貴様らと同じ人間種の女児を模しているだけだ!生きた時間で言えば吾輩の方が大きいのにそれを貴様ら、貴様ら…!」

面の動きで攪乱しながら通りざまに宇宙船の壁を、床を破壊する目的で叩き「管理者」の反応を伺う。慌てる気配がないあたり収容室と同等の機能説はないと判断する。ただ全く焦らないのは疑問であった。無重力が船に流れ込み宇宙空間に放り出されても「創世記イベント」さえ完遂できればそれでいいと?

「吾輩は着せ替え人形ではない!よくもあそこまで多種多様なみみっちいフリフリを用意できたものだな!「女児向けのクールにはショッピング回とかあるから」ってそれが真摯な回答になりうると思うか!?」

横に動きながら派手なエフェクトで攪乱、攻めあぐねているように見せかける。その認識が甘くなった瞬間を狙い、今度はこちら側から全力で「管理者」に突進。魔力で編んだ細く鋭い銛をこれ見よがしに携え、「管理者」はそれを阻止するために催眠術の構えを───

「何、だと」

その瞬間ふじみは膨大な魔力を消耗した銛を地面に捨てた。ふわふわと海面を漂うように捨てられた狩りの道具を一瞬目で追う隙にふじみは「管理者」の頭上、脳天に拳骨を直撃させる。

「やはり、吾輩の見立ては正しい」

「…!グ、ググ…!」

「貴様の言う催眠術とやら、正体は魔法だろう?手軽に吾輩の魔法をフルオートで消失できる以上相当の使い手だ」

次いで目潰し、チョップ、顔面に膝、スカートを翻し尻尾。

「だが物理に関してそのガードは使えん。そして貴様は催眠術まほうで永い間生き抜いたのだろうが、こちらの長命種の本領は暴力ぶつりだ」

「ゴゴゴゴゴ!!」

その瞬間信じられないことが起こった。「管理者」の背後から黒い靄が現れふじみに攻撃を仕掛けてきたのだ。あわれ直撃───しなかった。ふじみはそれすらも読んでいた。

「…吾輩がここまでベラベラ喋ったのは勝ち誇るためだと思ったか?」

「な、に…?」

攪乱目的だと思っていた高魔力の銛が、魔法少女ふじみの思念を合図に射出されて靄を貫いた。フルオートの魔法は、ふじみも会得していた。

「これから、意識を逸らすため…」

「黒靄は魔法少女の魔法を以てでしか縊り殺せんからな。お前の肉体まで貫いたのは予想外だが、まあどの道当初の予定は「管理者」の殺害だ」

「…ああ、あ」

「辞世の句か?聞いてやるから良い声で啼け」

「管理者」は体中から漏れ出る体液を無重力空間にまき散らして

「あり、がとう、君も、頑、張れ」

そう言って事切れた。今のが「管理者」本人の言葉か、それとも───、ふじみには判別出来なかった。

「ありがとう…?」

5000兆年の旅路の果て、そこからさらに次の5000兆年を繰り返してループする覚悟もあった。それほどに成し得たいものがあったのに、その旅の途中で終わったのに、こいつはなぜ───

「ありがとう…!?」

こうしてラスボスは正義の魔法少女に倒された。真実の解明は、回答の提示は、旅の終わりは、もう間もなく近づいていた。


「今から話すのは推理という大層なものではない、ただ提示されている話をつなぎ合わせてそれっぽく見せただけのものだ」

宇宙を揺蕩う船の中で、日本人の顔と骨格をした女児が浮遊してゆっくりと移動していた。外は夜のように暗い。「創世記イベント」が発生するならばこの宇宙にビッグ・クランチが起こるのだが、その兆候がないということは阻止できたということだろう。

「SCP-053の正体はおどりという魔法少女であると鵜吞みにした場合、今までの全てがマッチポンプの可能性が提示される。というよりか十中八九そうだろう、吾輩も最初はそう思っていた上で踊ってやった」

切れ長の目、瞳孔は縦長で人間というよりかは爬虫類を思わせる。顔面のスッと整った雰囲気と背丈の小ささは文字に起こすとミスマッチに見えるが、不思議と似合っていた。

「ループという単語が出てきた瞬間、マッチポンプ以上の話だと認識を改めさせられた。お前もループしているんだな?「管理者」と同じ回数か、もしくはそれ以上だ。だからこそ全て自分が仕組んだかのように先の未来まで見通せた」

胸焼けする量のフリル、ビビッドな色とゴテゴテの装飾、濃淡のリボンと胸に付いているハート型のブローチ、そこにはめ込まれた、どす黒い宝石。

「証拠ならある、吾輩が倒してきた黒靄どもだ。アレは何だ?」

スカートの中身が見えそうなほどのごん太の尻尾。夜のように暗いそら。女児には不釣り合いな、耳のピアス。

「アレはSCP-3726-JPなどではない、報告書の内容とあまりにも乖離しすぎている。人間の負の感情に取り憑き暴走させるのではなく、オブジェクトに取り憑き収容違反や異常性を誘発、暴走させる。何よりも黒靄自身に明確な攻撃の意思がある。アレは物語に配置された悪役以上の、明確な目的がある。成し得たいことがある」

魔法少女が口を止め、歩を止める。目の前にはコントロールルーム兼SCP-053収容部門と書かれた金属製のプラカードが埋め込まれた扉がある。

「資料にあったぞ。魔法少女の敵というのは、同じ魔法少女が「ヤミオチ」した成れの果てであることが物語においてお約束であると」

魔法少女ふじみは中に入る。そこにはSCP-053がいた。自分と同じような魔法少女の装いで、違うのは053がオレンジ色を基調とした衣装であることと、同一のシルエットを形作る黒靄が053本体に重なりぼやけるように、数え切れないほど存在していたことである。

「これが、回帰ループし続けたお前の残骸というわけか?」

「…私は死ねなかった、5000兆年生きれるSCP-682でもループに対抗する力は持ち合わせていなかったから。回帰という形で私だけが記憶を引継ぎ対抗策を建てるしかなかった」

「やっと今回のループで対抗できたと?それまでは指を咥えて破滅を待つだけだったとは随分と健気だ」

「今回のループの進行途中で上位創作世界で複数の新たな概念が発生して、この物語層に刷り込ませられた。それが「魔法少女」と───」

「───「幽霊」か」

黒靄が揺れる。余りにも熱を持たない、命を感じさせない炎の揺らめき。

「回帰なんて大層なものじゃない、私はただ私の旅を終わらせられないだけだった!「創世記イベント」のたびにその終わりを否定して!まだまだ旅は、物語は続くんだと歪めて!そこで置いていく、無くしていくはずだった遺失物を無理矢理拾ってきて!こんな、こんな何の価値もない抜け殻を」

「幽霊って呼ばないでなんて言うの?」

黒靄の揺らめきはより大きくなる。魔法少女おどりに隷属するかのように重なり動く熱のない炎は、まるで踊っているようだった。

「でも、良かった。これでもう死ねる。ありがとう、トカゲちゃんも頑張ってくれたよね。でも最後に1つお願いがあるの」

魔法少女ふじみの手にはステッキではなく、銃が握られていた。

「夜が明けるまで躍らせて。それがダメなら、魔法から1番遠い拳銃もので貫いて」

踊りながらおどりは話す。踊り、回帰し、踊り、ループする。揺らめく炎は、彼女の温かさにならず、ただ踊っている。


アイテム: SCP-053

体組織による試験の記録:
該当なし、O5███████により免除

破壊試験の記録:
SCP-682をSCP-053の収容エリアへ導入。

SCP-682は非常に混乱した模様、またSCP-053による影響のいかなる兆候も見せることはありませんでした。

SCP-053はSCP-682を怖がり、椅子の後ろに隠れました。

SCP-682は身を沈め、頭部を床に着けました。

SCP-053は暫しの躊躇の後、SCP-682に短く触れ、直ぐに彼女の隠れ場所に戻りました。

SCP-682はいかなる反応も見せませんでした。

SCP-053がSCP-682に接近して頭部を軽く叩くと、SCP-682の鼻孔から息が吐き出されました。

SCP-053ははしゃいだ様子を見せ、SCP-682の頭部を抱きしめました。

実験の残りの期間、SCP-682は2回、低レベルの逃走の試みを行っただけで、非常に従順な様子を見せていました。

SCP-053がおもちゃやその他の道具をSCP-682に見せ、その甲羅にクレヨンで落書をする様子が観察されました。


「…なぜかな、今になって随分と昔のことを思い出していた」

「その格好で言うと、ホント可笑しいね」

「財団が設立された当初、今では考えられないような意味のない「ように見える」クロステストが何度も行われた。吾輩とお前も、その時出会った」

「うん、覚えてる」

「あの時から吾輩の心には「忌まわしい」以外の何者かが住み着いた。言語化できない何かが。やがて財団も巨大になり真面目になり、オブジェクト同士のクロステストは原則禁止された」

「うん…」

「時が過ぎ、吾輩は魔法少女になった。檻から飛び出して、吾輩の路だけで完結しない旅が始まった。吾輩の旅は他の生命体が歩む旅路と交わり、時には同じ路を歩き、時には別れを惜しみ、本当に、」

「本当に、人間のような旅だった」

「うん、うん…」

「そうして今、分かったことがあるのだ。あの時の意味のないように見えたクロステストは、吾輩の路が初めて他の路と交わったcrossover、初めての旅なのではないかと。あの時の旅路の交わりcrossがあったからこそ、このループ物語で新たな概念旅の路が生まれたのではないかと」

「…」

「吾輩の旅は、無駄ではなかったよ。おどりちゃん」

「名前、呼ばない、で。泣いちゃう、から」

「だから吾輩の旅で得たものを、得た記憶を、財産を、吾輩自身で無くすことは出来ない。吾輩は吾輩の友達おどりちゃんを、殺せない」

するりと、ふじみの手から拳銃が滑り落ちた。おどりはもう踊ることは出来なかった。おどりの目から生理食塩水に似た、しょっぱい水が溢れ出る。

「ああもう、泣くなよ」

「だって、だっ、て」

ふじみは、泣きじゃくるおどりの頬を舐めて涙を拭った。おどりは少しびっくりしたが、泣き笑いでふじみの頭をぽんぽんと優しく叩きながら、ぎゅっと抱いた。ふふっと笑うふじみの鼻息が、ちょっとだけくすぐったかった。


「ごめんね、ふじみちゃん。もう眠くなっちゃった」

「ん、そうか…なんだその何か言いたげな顔は」

「ねえ、最初に私たちが出会ったとき、貴方の背中に乗って寝ちゃったの覚えてる?」

「…腕枕でいいならやってやる」

「ありがとう、うれしい…」

「なあ、おどりちゃん」

「ん…?」

「吾輩はもう不死身ではないこと、分かっているのだろう?」

「…うん」

「不死身であることも、爬虫類の体も、忌まわしさですらも手放した。なのになぜだろうな、足りないという気がしない。すごく…」

「満ち足りた…?」

「ああ。これは、お前が届けてきてくれたのか…?」

「私は、何もしてないよ…それはふじみちゃんが、無くしてもちゃんと自分で見つけたものだから…」

「そうか、これが、回答か…ありがとう、ありがとうおどりちゃん。教えてくれて、ありがとう…」

「ふふ、どういたしまして…」

「…」

「ふじみちゃん…?」

「…」

「…ああ、そっか」

「おやすみなさい、私も眠るから…」

「…」

「…」

「…私に」

「私に、未練なんてものがあるとしたら…」

「ふじみちゃんと、オブジェクト同士としてじゃなくて、魔法少女と幽霊としてじゃなくて、いつか、いつかきっと…」


・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

西暦2024年、オーストラリアの端で突如宇宙船が墜落した。それだけであるならばよかったのだが、問題は…

「問題は現状の宇宙飛行でアクシデントがある機体が確認されていないってことだよなあ…何度確認しても全機ちゃんと揃ってるらしいし」

現地サイト所属のケミー下級研究員は書類を睨みながらブツブツと呟く。

「それどころか内部の設備は現状の財団でも追いつけないほど高テクノロジー、どこがどうなってんのか未知の塊だ。間違いなくあの宇宙船はオブジェクト指定されるだろうなあ」

向かい合わせに座っている同僚は、暢気なもんだという声で返した。

「それだけじゃない、お前あの話聞いたのか?宇宙船の最奥部にある機械の話」

「ん?何?」

「財団の意匠が入った大掛かりな消失装置だ。現状の財団の解析技術でざっと見積もるだけでも破壊不可能とか不死身とか、そういった面倒な異常性を全部抹消できるくらい強力なものらしい。それこそ完全に解明された時には、この宇宙が完璧に『正常な』宇宙になるのもおかしくないほどの規模の可能性すら予測される、だとよ」

「はあ…?マジかよ、でもなんでそんなものが」

「宇宙船のスロットナンバー、正式決定されました!」

さらに飛び込んだ報告。こりゃしばらくはサイト総出で対応だなと思いながらケミー下級研究員はSCiP NETの新着更新された報告書、長年空白でたった今埋まったSCP-682の番号にアクセスした。

「…あれ?このナンバー、埋まってなかったんだ…?」


「サイト-81UOで研究しているものは「幽霊」。これだけ聞くとなんて大雑把で膨大なものに我々は立ち向かうのだろうとうんざりする者もいるかもしれない」

四十八町の新入り達を集めて抗議しているのは谷口幽也研究員である。

「もっと大きな場所で研究すべきだ、なんだってこんな青森の僻地でと感じた君の感性は正しい。では何故なのか。一説では現世から来世、冥界という呼称でも構わないがその道中に位置しているこの土地こそが幽霊にとって居心地が良いからだとされている」

「高速道路に立つパーキングエリアサービスエリアを想像して欲しい、それもとびきり上等の。そこで休息を取る事ができる、車中泊をしても良い。ただいつかは車での旅に戻らなくてはいけない。にも関わらずそのまま行くこともできず、かと言って道路を逆走するわけにもいかない。そういう奴が幽霊になる」

「我々81UO職員は幽霊の確保収容保護を目的にしているが…圧倒的な速度で増える対象を前にそうしてばかりではいられない。玄妙除去を始めとして全世界のサイトが廃棄の方法を模索している中で、我々は「成仏させる」という手法で幽霊を廃棄して…いや、送り出している」

「基本的に彼らは現世に留まりたい欲求…「未練」を持っている。我々がそれを解消することで後腐れなく廃棄できる訳さ。まあ1番多いのが「生き返らせてくれ」な時点で難航を極めまくっているのだが…次に多いのが生まれ変わりを指定する声だな。案外そういう状況になるとテンプレ通りの反応をするもんだな」

「…ああ、そうそう。人間でいさせてくださいとか上位存在で転生したいですみたいな話も聞くけどよ。近代以前の幽霊さん達なんかは生まれ変わってもこの人と一緒に生まれ変わりたい、巡り合いたいなんて話もよく聞くわな。まー身分の厳しさとか特にあった時代だし、誰かと共に生まれ変わりたい意味も理解できるわ。たまたま四十八で幽霊として巡り合って暮らしている幽霊家族もいるけどよ、やっぱり平穏な世界で暮らしたいんだなあって思うわな」


・・・

・・・

・・・

東京のとある公園、1人の女の子がベンチに座ってクレヨンをスケッチブックにぐりぐりと擦り付けていた。小学生くらいだろうか、どうやら絵を描いているつもりらしい…が側から見れば八つ当たりしているようにしか見えなかった。画材の扱い方が粗雑なのもそうだが、彼女の目から大粒の涙がこぼれていたからだ。

「ねえ」

不意に呼び止められビクッとしながら顔を上げる。そこには自分と同じくらいの、だが落ち着きがありそうな女の子がいたからだ。

「えっ…?な、なに?」

泣いていた女の子は全身を使ってスケッチブックの内容を隠していた。話しかけた落ち着きのある女の子はなんともないような静かな雰囲気で

「そこに描いてあるの、魔法少女でしょ」

と答える。それを聞くや否や女の子から涙が引いていき目に見えて明るい表情になった。

「わかるの!?」

「よく描けているとは言えないけどね」

「…みんなそんなのダサいって、それにヘタクソだってバカにするの」

「ふーん」

落ち着いた女の子はじゃあさ、と提案する。

「変身するときに名乗りが必要だ」

「なのり…?」

普段から1個考えてるのがあるから、教えてあげる。

そうすると女の子はその黒髪を振り乱しながらベンチの上に立ち、高らかに名乗った。

「胸に灯るは勇ましさ!友達を守る心で戦い、悪役なんかに負けないぞ!5000兆年後の君に届け、この想い!」

「…」

「…どう?」

片目を開けておどけながら、反応を待っているその姿があんまりおかしくて、泣いていた女の子は吹き出してしまった。

「…ぷっ、ははは!へんなの!それじゃあヒーローみたいだよ!」

「変わらないよ、魔法少女だってヒーローなの」

異常性が完全に無くなった、つまり『正常な』私たちの宇宙は生まれなかった。しかし2つの異常がその輪廻から自ら手を離して、魔法いじょうを夢見る異常性のない女児となって、もう一度、魔法少女でも幽霊でもなく普通の人間として…

「わたしたち、お友だちになりましょ!」

「お友だち、か…いいよ。友達になろう」

今この瞬間感じている忌まわしさでは決してない何か、その正体はありふれた「友情」であったと。これはたったそれに気付くだけの、2人の旅の話。

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