The Laugh in a Beautiful Day
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世界は終わった

すべての人間が、来る3月5日を逃れるための唯一の手段を選択した。夜の街を彩る残業の数は、やがて0に等しくなり、ただひとり遺された彼は3月4日、とても綺麗な星空の下で眠りについた。それを最期にするつもりで薬を飲むと、やがて人生で経験したことのない優しい睡魔が、彼を暗闇へと連れて行った。自然と、口元が綻んだ。

永遠とも思われた彼の眠りは、ものの30時間で中断された。

花は咲き、蝶は舞っている。雲一つないこの空の下から、人間だけが消えていた。眼を落すと、生物の気配ひとつない静かな街が広がっていた。子供のような好奇心が沸き上がり、彼はその街を目指した。彼の近くに車があったため、それに乗り込もうとドアを開けようとしたが、隙間を埋めるようにテープが貼られていたため、歩いて行くことにした。彼は道すがら何度も吐いた。

街のはずれにはすでに異様な光景が拡がっていた。薬を飲んだか、青ざめた顔で仰向けに倒れた男、血まみれの手で胸を押さえている女、看板で首を吊った親子。財団の中で見た悲惨な現実などは足元にすら及ばないような、形容しがたい光景を目の当たりにした。大通りを奥へ奥へと進むうちに、倒れる人間の数は増えた。その半数以上は手に新聞を握っていた。『世界が終わる前に、あなたにできることを!』

4時間ほど歩いたが、ただ膝を笑わせるだけに終わった。彼は、現状の記録のために端末を開いた。とはいえ、彼のほかに人間などいないのだから、単なる暇つぶしにすぎない。彼は3519番目の特別収容プロトコルを開くと、狂喜とも驚愕とも取れる声で叫んだ。

(T+1) 19/03/06: いい天気だ。

その報告書には短く、こう綴られていた。自分以外にも、生存者はいるのだ!きっと会える筈だ。何とかして出会おうと意気込んで立ち上がった。「まるで冗談みたいだ」、その一言が無駄だった。

『気づいたかい?もちろんジョークだよ!』
「──誰だ」
背後にいきなり、やけにニコニコとした男が現れた。つまり、この男がもうひとりの生存者なのか?

『"笑いは楽しい"シリーズでおなじみ、司会者のラフィ・マクラファーソンに決まっているじゃないか!薄情なもんだ。』
「"ジョーク"ってのは一体どういう意味だ!」
人類が絶滅してから鳴らした音で、一番大きな声が出た。

『そのままに決まっているだろう?君が寂しそうにしていたから、僕が君のために仕掛けたのさ』
「……余計なことを」
『余計?君は喜んでいたじゃないか。僕は人を笑顔にしたい。生きている人はもう君だけだから、僕は君を笑顔にする。それの何が不満なんだい?』
「なら、俺の願いを聞け」
『ああ勿論だ!わかってくれたのかい?君は選ばれし人間なのだから!』

明くる朝、彼は泡を吹いて倒れた。今回の薬は大成功だった。その姿を観て、ラフィは静かに笑った。彼の死に顔は、実に安らかな笑顔だったのだから。

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