とある財団の小さな研究室がある小惑星を発見した。様々な観点から検討した結果、その小惑星は242年後に地球へ衝突し、そのサイズは地殻津波を発生させるに十分だ。
発見したその研究室はいたって和気あいあいとしていた。ねえこれってうちらが最初かな?先行研究ないか探してきてよ。小惑星って発見者の最初の3人名前つけられたよね?じゃんけん!じゃんけん大会開こうよ。あくまで公平にさ。いや名前つけられるのって彗星じゃない?
誰もがのんきに話している中、新人だけはそれにどうにもその空気に馴染めないままでいた。
「僕ら、200年後には滅亡するんですか?」
大きな成果を生み出した研究室はその夜、小さいながらお祭り騒ぎを起こしていた。出前で頼んだピザを囲み、観測のために費やした苦労と時間を思い出しては互いを労いあった。その会を横目に、新人はひとりベランダで星空を見ていた。
「そんなに熱心に空見ちゃって。お前の肉眼じゃ見えないぜ?小惑星は」
「別に小惑星が見たくて空を見てたわけじゃないですけど」
ベランダにやってきた古株の研究員は新人にいくばかりかのピザのピースと飲み物を差し出した。新人はそれを受け取り口に運ぶものの、どこか上の空だ。
「随分悩んでるようじゃないか。ほら、話してみ?うら。俺に先輩風吹かせさせろ」
新人は少し考える素振りを見せると、一つ問いかけを発した。
「財団は多分、この彗星には何もしませんよね」
「そりゃね。観測に異常な手段を使ったとはいえ、この彗星自体は正常そのもの。仮にそのまま地球に衝突したら人類が滅亡するかもしれない。だが、その滅亡の瞬間を財団は見守るだろうさ。何せ、正常だからな」
「考えてたんです。今からアノマリー使って彗星の衝突タイミングを10秒でも早めさせたら、途端に彗星は異常な存在になって財団が対処に乗り出すんじゃないかってね」
「おいおい、間違ってもそんなことするんじゃねえぞ。すっげえめんどくせえんだから」
「仮に、仮にの話ですよ。で、どう思います?」
「別に?異常なのはその早まった10秒だけだ。だからまあ、10秒だけ衝突を遅らせて終わりじゃないか。ついでに、それを企んだお前はめでたく収容対象の仲間入り。な?めんどくさいだろ」
新人はバツが悪そうにしつつ再びピザのピースを持ち上げて、口に運び始める。それを食べ終わるころを見計らい、古株が口を開いた。
「お前は財団の方針に不満か?」
「いえ、別に。異常に滅ぼされるよりも、正常に滅べる方が随分ましです。ただ、なんか不思議なんです。人類を救うために働いてるってのに、いざ正常に世界が滅ぶってんならそれを止めはしないってスタンスが」
「むざむざと人類の滅亡を受け入れはしないだろうさ。財団のことだ、奥の手の一つや二つ持ってることだろう。人類が滅んだ後にでも何とかするさ。それに、そもそも俺はこの小惑星のことも大して気にする必要はないんじゃないかと思ってるしね」
「200年後にゃ僕ら、みんな死んでますもんね」
古株はピザを手に取り、もしゃもしゃと食べる。
「小話をしてやろう。空に広がる星々との距離のお話だ」
「ベールの内側外側問わず、太陽より遠い恒星と地球の距離ってのは長年の謎だったんだ。恒星まで届くメジャーがあるわけじゃない。誰も観測方法なんて見当もつかない。どれくらいか分からないが、ずっと遠くにあるもの。それが恒星だった。」
「転機が訪れたのは1800年ごろさ。とある星の力を借りるアノマリーが突如ぶっ壊れちまった。電源が入らなくなっちまったのさ。いろんな調査の結果、エネルギーの供給元だった星が死んだんだろうと結論付けられた。」
「研究者連中は歓喜した。なぜなら、空からその星が無くなるまでの時間を測っちまえばその星との距離を算出できるわけだからな。長年の謎の解決の手掛かりができたわけだ!あとは待つだけ。待つだけで恒星と地球の距離が分かる。一つ分かれば一気に他の恒星の距離だって分かる。長年の謎に決着がつくめどがついたんだ!」
「そして、研究者どもはベールの向こう側の人間たちを憐れんでいた。星が無くなったタイミングを知ってるのは研究者たちだけだ。星が消えるタイミングは正常な技術でも観測できる。だが、決してその星までの距離は分かりえない。正常な技術で人類が恒星と地球の距離を測る手段は未来永劫存在しない。そう断言する奴さえいたらしい」
「だが、人類はしつこかった。何人もの人間が少しずつ、少しずつ進歩を重ねたんだ。セファイドを見つけてはその瞬きを執拗に観察し、感光板を導入しては観測から主観性を排除し、瞬きの周期と明るさの関係を見つけ出して相対距離を観測できるようにし、あるセファイドの絶対距離を求めてからは絶対距離の観測可能距離をとんでもなく伸ばして見せた。そして、ついには地球とその恒星との距離を特定して見せた。」
「皮肉なことに、その恒星はまだ空に輝いてる。正常社会は、異常社会を出し抜いて見せた」
古株はピザを手に取ろうとして、持ってきた分はあらかた食い尽くしたことに気が付いた。
「お前はきっと、人類は正常な技術で小惑星の追突に対処できないんだと思ってるんだろう?」
「質問に答えてなかったな。そうだ、俺は200年後だから気にしてない。隕石が近づくその時に自分が生きてるかどうかなんてどうでもいいんだ。俺たちが変なことをしなくたって、人類はきっと地球を正常に守って見せる。そんな気がするんだ」
新しいピザを求めに、古株は室内へ戻っていった。
窓一枚挟んで漏れてくるじゃんけん大会の盛り上がりを聞きながら、新人は空を、いつしか消える星の光を眺めていた。









