寒さに花は咲き誇って
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雪が降っている。

白い息が浮かんでは溶ける。空調はもう機能していない。
送電設備が死んで、どれだけ経ったのか。予備電力はとうの昔に尽きている。



ああ、もう、ダメ、かな。身体が、冷たい。
だけど、もう、ちょっと…



音が呑み込まれた静寂。ふと、微かに音がする。
ガラスの向こうで、弱っていたはずの彼女が立ち上がった。
こっちを見て、一歩を踏み出そうとして、そのまま前に崩れ落ちる。
アエ!
もう手遅れかとも思っていたのだ。何か助かる兆しがあるのかもしれない。
早く、彼女の元へ。防護服を着る手間も惜しかった。
着崩れた防護服のまま慌ただしく水槽の中へ。



やっぱり、先生は、来てくれる、よね。
いつも、変わらずに優しくて…



観察室と同じように寒い水槽。最初は雪にはしゃいでいた彼女も、今では体温維持が出来なかったせいで衰弱しきっていた。
特異な性質もあって防寒着も着させてあげられなかった。
責任と、悲しみと、憐れみが一緒くたになって身体を這い回る。



アエの、先生。大好きな、先生…



彼女が静かにこちらへ手を伸ばす。
「ねえ、せん、せい。だっこ、して?」
今の自分には、黙って彼女の願いを叶えてあげることしか出来なくて。
静かに、それでもあるだけの暖かさを彼女に渡せるように強く、抱きしめる。



先生、ごめん、ね。約束、守れなくて、ごめん、ね。
でも、ね…



私の望みを無視して、彼女の息は弱くなっていく。
頼りない腕で、そっと私の胸を押して、彼女は目を合わせる。
掠れた声で彼女は紡ぐ。
「あの、ね。」
今にも散りそうな一葉が、目の前で寒風に耐えている。
「アエ、ね。せん、せいの、こと。」
その健気さに、口を開くことも出来なくて。
「大好き、だよ──」



──ああ、やっと言えた。

嘘つきで、ごめんね。さよなら、先生。



アエの意識は幸せと少しの後悔を抱えて、白い世界へ沈んでゆく。

「アエ!ねえアエ!」
もう彼女は応えない。
「私も、私もよ…!貴方のことが大好きなのよ…!」
その温もりは静かに虚空へ溶けてゆく。
「あの時、雪だるまを一緒に作ろうって約束したじゃない…」
彼女は目を閉じて、静かに、微笑んだまま。
「だから…ねえ…アエ…」
そんな大切な彼女の顔は、溢れた涙で見えなくて。

「アエ、置いていかないで…」
──貴方のこと、認めさせてあげられなくてごめんね。
「私はまだ、何も成し遂げられていないのよ…?」
──約束、守れなくてごめんね。嘘つきで、ごめんね…

最後に幸運にも想いを伝えられた、薄幸な少女は静かに息を引き取った。
自分の想いは伝えられなかった、彼女の最愛の、優しすぎた女性の腕の中で。

窓の外には雪が降っている。
彼女達の愁い、嘆き、愛しさ、それら全てを内包して。

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