どんな仮面をかぶった男であろうと自室のドアを閉めれば本性を表す。
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それは悪い考えだった。

その事はトラヴィスもケイトも知っていた。

だが引き返すには時既に遅く、2人の若手研究員は夜10時半にシメリアン博士のオフィスの外でしゃがみこんでいた。2人はお互いを見たり廊下の両側を見渡したりして誰かが来ていないかを確認した。安全の為だったがドアを開けない口実にもなった。

「早く開けろ」とトラヴィスは周囲を五度見渡しながら言った。

「できないよ。君が鍵を持ってるんだから」とケイトは答えた。

「あぁ、そうだった」

トラヴィスはついにその週の初めにケイトと一緒に管理官のクローゼットから取ってきた鍵束を取り出した。この計画は一ヶ月前から企てられていた。トラヴィスがシメリアンとの面談に数分早く行くたび、シメリアンがいつも手書きで何かを書いている事にトラヴィスが気付いた時からこの計画は始まっていた。トラヴィスがそれを読めるようになるほど距離を縮める前に彼はいつもそれをしまっていた。

トラヴィスは昼食中、ケイトと何度か話し合った時にこの話を持ち出し、その手書きの紙はやがて手の届かないソウルメイトへのラブレター、上手く書けない遺言、それか字の練習をしていていただけかもしれない。などというますます馬鹿げた仮定になった。これらは全てケイトとトラヴィスがシメリアンが密室で書いていた謎のメモについてちょっとした内輪ネタを言い合ったことから生まれた。

それから24日ほど時が経過した。時が経つほどに好奇心は強くなり、2人の若手研究員はシメリアンが何を書いているのかどうしても知りたくなった。それは論理を無視した好奇心であり、そこから芽生える計画のようなものでもあった。

そういう訳で今、トラヴィスは鍵をゆっくりと回しているのだった。

「おかしいな……鍵を開けた感じがしない」

「出かける前に鍵をかけ忘れたのかな?」

「たぶんね」

トラヴィスは肩をすくめ、ドアを開けた。

オフィスの中は至って地味で殺風景で、広大な休憩所を見下ろす大きな窓の前に、モニター付きの机がひとつ置かれていただけだった。

トラヴィスとケイトは机の後ろに回りこみ、一緒に引き出しを開け始めた。最初の机の引き出しには5枚のルーズリーフがあり、それぞれ丁寧な草書体で埋められていた。トラヴィスはそれらを手に取り、ケイトに数枚渡した。

「これって……」

「うん、そうだと思う」

エバーウッド博士がドアを閉めるとカチッと言う鍵の音がオフィスの壁に響いた。

「このオフィスではまだしたことは無いのですが」ギアーズは机の後ろからそう呟いた

「では試運転をしましょうか」エバーウッドが答えるとギアーズはスボンのジッパーを開け始め……

ケイトとトラヴィスは同時に手に持っていた紙を机の上に置いた。

「博士はなにか別の事を書いたんじゃないか?」トラヴィスはケイトにそう尋ねた

「たぶんね」

「見て損は無いだろう」

トラヴィスは2つ目の引き出しを開けた。すると表紙にはセキュリティクリアランスレベル4と書かれた書類が置かれていた。ケイトは慌てて引き出しを閉めようとしてトラヴィスの指を押し潰しそうになった。

「なんで?」

「私達は機密文書を見に来た訳じゃない!」

「あー、つまり……うん、ただ、そうだね」

この違反の重大さを自覚してきたのはこの頃からだった。財団における情報漏洩は収容違反を引き起こすことの次に早く職を失う方法だろう。

「本当は僕たちはここに居るべきじゃないんだ」最後にトラヴィスが言った。

「私が言うのもなんだが、鋭い観察力だな」

2人の若手研究員が顔を上げるとジェレミア・シメリアンが腕を組み、眉間を寄せてドアの前に立っていた。

「クソっ」とケイトがつぶやいた。

「あぁ、その通りだよ。そのクソがどれほど深いか言う必要は無いだろう?」とシメリアンは答えた。

トラヴィスとケイトは言葉を揃えて飲み込んだ。シメリアンは電気のスイッチを入れ、2人の若手研究員の所へ歩み寄り机の上に置いた書類に目をやった。

「君たちは……私が書いたシニアスタッフ同士のカップリング小説を読む為だけにここに来たのか?本当に?」

「えっと……」ケイトは口を開いた。

「はい、そうです」

シメリアンはただ地面に向かって首を振った。

「うーん……ちょっと質問してもいいですか?」トラヴィスが言った。

「君は質問する立場に無い」

「なぜこんな低俗な話を?あなたは英語学か何かの学位を持っているはずですよね?」

シメリアンも思わず笑みをこぼした。

「それが質問かい?」

「もうどうせ弁明のしようもないですし……そうですね」

シメリアンは机の下にしまわれたままの椅子を引き出して座った。そして2人の若手研究員に動くように指示し、机の前に回り込んだ。

「私は一日の大半を調査の結果や死傷者数、予算に関する詳細な報告書を書いたり読んだりすることに費やしている。しばらくすると身の回りの全てが耳障りになってくるんだ」

トラヴィスとケイトは頷いた。

「だから私は架空の世界を書いている。現実から離れるにはいい方法なんだよ」

3人はただそこに立ち尽くし、それぞれが互いを見合わせながらこの夜の悪ふざけを終わらせるために誰かが行動を起こすのを待っていた。結局、シメリアンが手を振って2人を見送るとケイトとトラヴィスは顔を見合わせたあと小走りに去っていった。

シメリアンは誰も見ていない事を確認すると2つ目の引き出しに手を入れ、すべての書類がそこにあることを確認した後、安堵のため息をついた。『クレフとコンドラキ、そして20オンスアクアフィーナウォーターボトル。その2』彼らにこれを見られていたらシメリアンはどんな行動をとればいいか分からなかっただろう。

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