隣の芥子は甘い
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2019年5月3日13時02分 福島辰巳 八王子市『オッカム』店内

 扉の上部に付いた鐘が鳴る。奥行きがあるが狭く、店は外と一転して薄暗い。窓から差す自然光の少なさが、洞窟めいた陰気さに拍車を掛けているように思う。

「ご到着か」

 5席しかないカウンター、その真ん中に座った男が福島を見上げる。右手に掴んだグラスから落ちたか、卓上の水滴が些細な光を返していた。いくらか待たせてしまったようだ。

「ああ、すまない」
「謝んな。俺だって時間に余裕はあるさ」

 歯を覗かせるに従って、頬についた肉が浮かび上がる。席に腰を落とした姿からしても、極端に身体を絞ってはいない。外見は人畜無害そうな者のそれだが、他者を見る目に笑みは灯っていなかった。
 老いたバーテンにカクテルを注文し、男の隣に腰掛ける。シェイカーの音の後、置かれたグラスにアルコールが注がれた。一口含んで、喉へと流し込んだ。
 柑橘系の爽やかな匂いが鼻を通り抜けた。

「あんた、まだ東栄會の下にいるのか?」
「そうだな。それはお前も知ってることだろうに」

 福島はこくりと頷いた。先程の質問は会話の切り出しと、ただの確認だ。相手の現状を調べずに会うなど、命知らずが過ぎる。
 東栄會直系藤沢組組長、藤沢輝彦。何の間違いもなく、ヤクザと呼ばれる人種である。
 扉の軋む音がした。バーテンが黙って店の裏へ引っ込んだところで、藤沢はわざとおどけてみせた。

「あんまり良くないのも知ってんだろ。組抜けて独り立ちしたとこの奴が話持ち掛けんのは」
「別に、話ってほどじゃない」
「お前、普通に有村にいるだろ。この際俺はいいが、どうなっても責任持たんぞ」

 藤沢の粗野な口調がいやに奇妙で、福島はふっと噴き出した。
 福島が属する有村組は、つい最近まで───といっても5、6年は遡るだろうが───東栄會の傘下にあった。1950年代からの関係で、歴史も古い。それが破られたのは、2000年代に東栄會が全国的な暴力団へ吸収されたことに起因する。じわじわと弱体化していった東栄會に見切りをつけた有村組の現組長は、傘下の過激さとその特性に物を言わせて盃を捨て去った。
 藤沢の組、および藤沢自身とはかつて同系同列の組織として付き合いがある。リスクを承知で落ち合ってくれたのはリターンが見込めたわけでもなく、旧友の頼みというわけだ。歳はそこそこ違うが。

「そんな大きなことでもなんでもない。ただ酒飲んで話をしたいだけだ」
「信じられんな」

 藤沢のグラスが傾き、茶色い液体が減っていく。喉から音が聞こえてから、福島はカウンターを指先で叩いた。

「横浜で妙なヤマが動いてるそうだ」


2019年5月3日13時04分 梅田綾 横浜市寿町

 パオの蒸し器から漏れた匂いが顔に被さった。酸味やら甘味やらを含む臭気は、客引きに似た執拗さを宿している。
 初夏の熱気に駄目を押すかのように襲い掛かった蒸気。特徴のないスーツの襟元を整え、梅田は瞼を重そうに開いた。鬱屈だけが心に蓄積する。苛立って、肩に掛けたビジネスバッグの紐を握り締めた。
 不機嫌を読み取って、同僚が振り向いた。梅田とは対照的な切り込みの入った衣装、そこから露出する白い肌。後頭部で纏められたシニヨンが逸れていく。手に持った中華饅頭をまた頬張って、同僚は首を傾げた。

「アヤサン、どうしたネ? 食あたりネ?」
「違います。エージェント・許、一ついいですか」
「いいヨ」

 羽織ったパーカーのポケットに片手を入れ、許は素っ気なく返す。人形のような美麗な顔立ち、片言の日本語、冗談のような語り調子。浮き立ちそうな存在もこの街では馴染んでいて、それが胡散臭さを増幅させる。

「この食べ歩きはいつ終わるんですか?」

 顎を動かしたまま、許は梅田を見返した。食べ進めている饅頭を買った中華料理屋の前で、アスファルトの照り返しが二人を焼いている。
 酷暑を歩いて早三十分。気が付けば、油と散乱したごみに汚れた小路へと足を踏み入れていた。濡れた路に立つ壁面を埃に塗れた排水管が埋め、水音が耳に届いた。
 中華料理を楽しむなら、進むべきはこちらではない。此処は中華街から若干ずれていて、電線とカラス以外が空を埋めることはない。にもかかわらず、この怪しい美人は通り掛かった中華料理屋に立ち寄っては買い食いをする。いや、にもかかわらずも何もない。仕事中にそんな言い訳は通じない。
 鋭く、梅田が許の顔を睨む。バディとして派遣された同僚はようやく反応を示す。呑気そうに、口角を上げた。

「さっきも言ったネ、アヤサン。じきに着く。イソガバマワレは日本のコトワザ」
「時間が掛かるのは止むを得ません。昼時ですから食事にも納得できます。しかし、程度が過ぎます」
「コレ? コレはホラ、ハタラカザルモノ───」
「───食うべからずと言いたいなら、やはり食事してはいけませんよね」
「あー、ソウ。日本語ムズカシイ」

 抑揚の削ぎ落ちた言葉を梅田に浴びせてから、許は背を向けて歩き出す。梅田は額を指で押さえて、渋々その後ろを付いていった。
 普段なら、すぐにでもやめさせているところだ。ただ、相性が悪い。妖怪みたく飄々としていて、考えは一つも読めそうになかった。さらに厄介なのは、この昔話の狐めいた同僚が案内人を兼ねていることだ。許を追いかけなくては目的地に辿り着けない。それ以上に、ちゃんと誘導してくれるのかという不安が募る。

「アヤサン。もうちょっとで着くから、怒んないでヨ」

 梅田とはこれまた真逆の軽快な声。どうしようもなくなって、梅田は空を仰いだ。囲む壁は色褪せ、青に活力を奪われているかのようだった。
 寿町。日本有数のドヤ街だ。視界には簡易宿泊所の立て看板と日雇いの求人広告が絶えず入り込む。行政の働きもあって改善しつつあるそうだが、変わらない箇所は意地でも変わらない。
 梅田の腰元に取り付けた計器が振動する。ヒューム値、即ち空間の安定性を計測する装置だ。取って見た数値は、平時と比べ明確に狂っていた。


2019年5月3日13時11分 福島辰巳

 藤沢は口を歪め、グラスを卓に戻した。

「つまり、中国マフィアか」
「そうだ」

 打たれた相槌に唸って、藤沢は頬杖を突く。
 首都圏で密かに中国人や東南アジア系外国人の人口が増加した。しかも、単純に移住や留学で済ますにはあまりにも傾向に偏りがある。所謂、裏社会に隷属する人間の数だけが増えているのだ。不純な輩が関わっている。話の最初に、福島がそう断言するほどだった。

「モノを増やすには送り出す側と受け取る側が必要になる」
「皆まで言うな。人身売買だろ?」

 売り手と買い手。買い叩いているだろう関東圏の暴力団からすれば、格安の人材を使い倒す分には困らない。それを向こうも認識し、商売を吹っ掛けてきている。国の種類が多岐に渡るのは、中継国だろう中国の組織を通した大規模取引が行われているからで、そうなれば売り手もその国の人間とわかる。
 話は単純だ。しかし、藤沢は眉を寄せた。

「それで、人買いがどうした。よくある話だ。利権を余所に取られたか」
「問題は商品じゃない。方法だ」

 涼し気な顔で呟いた。効き過ぎた冷房が長身の体躯を硬くする。気だるげに背中で片腕を曲げると、もう片腕で肘を押し込んで伸ばす。日々の日常を語るような態度で福島は続けた。

「人間の数と比べて東京を出入りする船が少ない。なら、船は使ってない。パスポートを持たせるには非効率、飛行機の密入国なんてもってのほかだ」
「お前は何が言いたいんだ?」
「笑わないでくれよ、藤沢の兄貴」

 改めてその手のことを話すのは苦しい。心で自分に呆れながら、福島は酒の並んだ棚を眺めた。カクテルの材料らしき瓶は様々で、なかには不条理なまでに歪んだ形状もある。その形に何の意味があるかは掴めないが、何故か存在する。自分もそちらに回ったという実感を今でもたまに忘れそうになる。忘れかけていても、異形であるのは違わないというのに。
 福島は髪を掻き上げて、口を開いた。

「トンネルだよ。クソほど巨大な」


2019年5月3日13時21分 梅田綾

 許は饅頭の最後の欠片を口に放り込むと、立ち尽くす梅田へと向き直った。

「ホラ、着いたヨ」

 幕のように吊られた空は、桃色に染まっていた。淡い光で包み込み、建造物群と果てまで続く地面に影が生じる。地上から見上げれば、一個の城塞の内部に迷い込んだように錯覚した。積み上がったコンクリートの箱の塔、その間には橋が掛けられている。建築様式は引きで見ても杜撰さが把握できた。団地の集合住宅を適当に組み合わせたようで、梅田には現状を維持できているのが不思議なくらいだった。

「犯罪組織が逃げ込むには適してますね」
「私からしても、ゴミゴミしてて何処に何があるかはさっぱりネ」

 頭の後ろに腕を回し、許が肩を竦めた。
 世界にはポケットディメンションという、異次元空間への接続点がある。平行線上に位置する場所への往来を可能にしたポイントを通過して、何者かが都市を構築することすらある。その前に到達できればそのまま収容対象だが、大抵は先住民がいる。そうして先住民が開拓した世界に対しては、最低限の干渉として調査のみを行う。既に異常の温床となった土地を制しても、住民が現実へ散り散りになってしまう。
 この空間は主に、日本、中国、韓国、台湾を結んでいる。許曰く、日本のポイントは横浜の都市圏に限定されているそうだ。

黒社会ヘイシャーホェイの人間がいるのは間違いありませんか」
「ダイジョーブ。裏取ってる。心配いらない」

 両手の親指を立てる許を訝しく見つめつつも、梅田は廃屋になりかけている街の空気を吸い込んだ。
 スリー・ポートランドと呼ばれる土地も、此処と似た背景を持っている。大きな差異は都市としての安定性だ。自治政府のないこの場所は現実で居場所を失った者の逃避先となり、独自のコミュニティが築かれている。統治は条文でなく、暴力により達成される。立場表明もなく実態は不透明だが、犯罪組織が法の抜け穴として活用しているという報告は梅田も先日耳にした。此処では彼らは何にも縛られない。
 建物の間の狭路が目に入った。ふらふらと、男が呻きながら彷徨っている。薬物中毒者だろうか。

「黒社会のマフィアの奴、派手にやってるみたいヨ。この辺り全部、アヘン窟」

 子どもの散らかしに腹を立てる母親のように、許は愚痴を吐いた。財団は、行為そのものに超常が絡まなければ関与せず、関心も抱かない。
 路地から視線を戻す。嫌な気分を仕舞い込んで、代わりに声を出した。

「超常技術を他団体に受け渡そうとしているのも、同じマフィアですか?」
「ソウヨ。黙ってらんない、流石に」

 振りむいた許の不敵な笑みを、梅田は真顔で見つめた。
 黒社会、即ちチャイニーズマフィアの一団体がこの土地で活動するようになったのは最近のこと。現実でも幅を利かせている組織が潜り込むようになった背景を、許は他の仕事と並行して追っていた。そんな中、超常技術の取引に関する情報が舞い込んだ。相手が関東圏の暴力団であること以外は不明。急遽、梅田にも仕事が回って来た。このところ、暴力団関係の事件捜査を受け持っているからだ。
 黙ってらんないと言っても、あくまで仕事は諜報であって、戦闘ではない。取引内容を探り、マフィアの相手を明らかにすればいい。それだけだ。それだけだが。

「アヤサン、緊張してるネ?」

 朗らかな許の声を受け流して、梅田は目を伏せた。

「緊張してません。ただの考えごとです」

 関東圏の暴力団というワードに引っ張られ、怜悧そうな顔と、あの冷めた目を思い出す。黙して獲物を糸で絡め取る、蜘蛛の目。
 有村組が───もとい福島が、今回の案件に関係しているかはわからない。社会の隅を駆け回って計画の駒に使われたあの日、彼の行きつけの店で再開したあの日。フルーツカクテルの酸味と猫の鳴き声は脳裏に刺さったまま、何度も巡る。あれ以来、福島とは遭遇していない。
 相見えたい、その願望はさほど強くはない。きっと嫌な記憶を引き出されるだろう。しかし、別れ際の一言が鉤となったか、糸に引かれるような感覚が残っている。

 薄く、目を開けた。梅田の足元で、丸い花が咲いていた。無彩色を突き破り、細い茎を伴って花弁が空を向いている。花弁は空を吸ったような濃い桃色だ。雄しべが中心で点みたく打たれ、蜜の匂いを梅田の鼻先まで届けていた。
 こんな小さな花の匂いが、直立しているはずの自分の鼻まで。些細な疑問を感じ取って、顔を上へ傾けた。気が付けば道に沿うように、花は群れを形成している。

「アヤサン!」

 意識を引き戻したのは、許の大声だった。背面で砂利を踏む音がして、梅田はばっと振り返った。
 狭路で見た男が、涎を垂らして佇んでいる。前傾姿勢で、掴んだ材木の切れ端を梅田目掛けて振りかぶろうとしていた。


2019年5月3日13時27分 福島辰巳

 カランとグラスの内側で氷が揺れる。溶け出した水と酒の残滓を飲み干して、藤沢は口の端を曲げた。

「相変わらずお前は面白いこと考えるな」

 立ち上がり、藤沢はバーテン側へ回った。飲んでいた種類の瓶を取って、すっかり角の取れた氷の上から酒を注いだ。当然ながら注ぎ方は下手で、音と波が立つ。瓶を戻し、腕を伸ばしてグラスを取ると、また口へ運んだ。

「日本と中国を結んでる空間ねぇ。何でも運び込めるな」
「人でも、チャカでも、シャブでもな」

 頭を持ち上げ、福島は立ち飲みしている藤沢に視線を寄越した。

「あんたのとこ、シャブはどうしてる?」
「シャブか。捌いてるよ」

 顎を摩ってから、藤沢の手はカウンターの縁に掛かる。本来の店主とはまた異なる、厳格そうなマスターの趣があった。

「お前のとこ、シャブは厳禁だろ。流すこともできなくはないが、やめとけ」
「どうしてだ」
「どうしてって、何でもやり方がある。器具と運び屋がセットで要るんだ。長いこと絶ってきた組が手を出しても失敗がオチ。素人がやるもんじゃねぇし───」
「それ、そのまんまあんたに返すよ」

 食い気味の返答。藤沢は半ば反射的に、座る男へ顔を合わせようとした。
 無感情、いや、感情を判別できそうにない顔だった。憤怒とも失望とも取れる表情。無言のまま、福島はどしんと構えていた。


2019年5月3日13時29分 梅田綾

 身を屈めて攻撃を避け、梅田は目を見開いた。頬が紅潮していくのを肌と外気の温度差から認識する。同時に懐に手を突っ込み、胸のホルスターに掛けられた拳銃のグリップを掴んだ。
 男は奇声を発し、地面に打ち下ろした棒を再度振るう。迫ったそれから飛び退いて逃れるが、銃を抜き出した瞬間にさらなる追撃が重なる。驚いて姿勢が崩れ、仰向けになって倒れた。咄嗟の抵抗で片腕を突き出すが、材木はついに当たらなかった。
 後ろから起こった風が梅田を撫でる。男は吹き飛ばされ、野外に出された戸棚に衝突した。乱雑に積まれた陶器がその上に落下する。棚と器の壊れる音が轟いて消え、その頃には男は沈黙していた。

「大丈夫?」

 さっきまで道を先行していた許が、梅田の盾みたく立っている。突き出した拳を下ろし、向き直って腕を差し出した。梅田はその腕を掴んで立ち上がり、動かなくなった男を眺めた。

「ありがとうございます。さっきのは……」
「ヤク中の動きじゃない」

 そう零し、何かを察知して許は辺りを見回した。警戒を示した許に自ずから従い、梅田も許の背中を守るように移動した。
 廃墟めいた建物や道の角から人影がわらわらと姿を現した。男も女も姿勢をぐらつかせ、頭を揺らしてこちらに歩み寄ろうとしている。手に粗悪な凶器を握っている者も確認できる。暴徒という表現も不適当なほど、理性は欠落していた。
 派手な音に吸い寄せられた。何気なく梅田は考えて、即座に否定した。それは動物的な衝動であって、人間の行動ではない。だとしても、彼らの動作からは暴虐への意欲が覗いていた。
 無線通信機を取り、呼び掛ける。傍らに立つ許が梅田へ発したのは、応援要請が完了した直後だった。

「綾さん、どうする? 応援来るまで待つ?」

 言外に、暗に目的地へ強行する旨が含まれているような気がした。この状況の全容が不明瞭な以上、待機する方が安全だろう。だが、これが黒社会の人間の仕掛けだとしたら、まだこの空間に滞在している可能性もある。何にしても、この地点からは即刻離脱しなくてはならない。

「急ぎ目標まで向かいましょう。案内は任せました」
「了解」

 短く返答した許はファスナーを開き、パーカーを脱いで腕に纏めた。覆うように隠されていた筋肉質な腕が露わになる。袖の短い、黒一色の中国風ドレス。衣服はより開放的になって、足元で裾が風を受けている。息を吸い、許は地面を蹴って駆け出した。

「走って!」

 発破を掛けられ、梅田も飛び出した。
 行く手を塞ぐように狂った住人が許に飛び掛かるが、すかさず顔にパーカーを被せ視界を奪った。もがいているところへ蹴りが突き刺さる。膝を打って崩れ落ちた住人を目に留めず、許はまた走り出す。
 襲撃者が薙ぎ払われる脇で、梅田は桃色の花に目を取られた。花の群れは途切れず、行く先まで続いている。葬列に添えられた飾り花のような不気味さが、いつまでも拭い取れないでいた。


2019年5月3日13時32分 福島辰巳

「言葉はちゃんと言えや」

 藤沢の濁った声が店内を満たす。トーン自体は暗くなく、むしろ機嫌が良さそうにすら感じるが、目の奥は凍っていた。声と敢えて透かせた感情の相違は相手に畏怖を与える。相手が知り合いでなければ。
 常套手段が出たか、と福島は内心で退屈気味に思った。長い付き合いとは、持っている武器も弱点もすべて晒し合っている状態である。自ら開示していなくても、だ。初対面や新入りには使えるだろうが、福島には意味がないどころか、内面を筒抜けにしていた。
 脅しは場面で分類される。こちらが有利なときと、不利なとき。後者はただのこけおどしで、威嚇により被害を回避しようとするときだ。見抜かれれば、打って変わって畳み掛けられる機会となる。
 今していたのはシャブの話で、有村組はシャブはやらない。『そのまま返す』は、シャブの話では成立しない。ならば、有村組のシマであり藤沢組が素人の事例を、藤沢は認知している。そうでなければ、わざわざ脅す必要もない。

「さっきのトンネルの件だけどな」
「お前、それ本当に信じて言ってるのか」
「あんただからだ。船の数まで調べて、人間がどこで買われたかを調べないと思うか」

 異常渡航で移動してきたらしい人間を片っ端から当たった。共通する買い手の日本人の風貌を合わせてみれば、藤沢の部下と合致した。
 藤沢が何処から人間を引っ張ってきたかは福島にも解明できない。けれど調査の際の根拠として、寿町で囁かれるある噂を拾っていた。人が忽然と消えるという突飛な噂だが、この噂の解釈を変えれば人が別の地点に移動している話にもなる。時空間の歪みを渡り歩き、中国から人を運ぶ。鼻で笑いたくなるが、同じ歪の側に一度でも立ってみると立体感が生まれてくるから不思議だ。
 俺かよ。藤沢は呟いて、漫画のような嘆息を吐いた。自白と同義だった。

「仮に俺らがそのトンネルの入口を知ってるとして、何だ?」
「そういうのは有村のシマだ。勝手にやってもらっちゃ困る」
「散々暴れ回った組に言われる筋合いはねぇよ」
「勘違いすんなよ藤沢の兄貴。俺は昔のよしみで心配してんだ。あんたまでは守れない」

 手を下すのは俺じゃない。そんな面倒を引き起こすまでもない。唱えるような言葉を内側へ片付ける。

「こっちの世界ってのは、会話もできないイカれた奴で膨れ上がってんだ」


2019年5月3日13時41分 梅田綾

 踏み込みで軋んだ金属が猛禽の声で鳴いた。冷え切った音は空に散って、少しして大きな衝突音が沈んだ。白目を剥き、壁にもたれ掛って気絶した狂人の相手を終え、許と梅田は階を昇る。
 建物の高層階に差し掛かって、足元は急に心細くなった。端の朽ちた木と錆びた鉄板で組まれた足場を歩く度に音が生じる。発生した音は恐怖を煽るように遠退いていく。
 先行する許が梅田に平手を向け、静止を促した。現場は近いらしい。曲がり角に張り付き様子を伺う許の後方で、梅田は呼吸を整えた。自然と俯く。桃色の花が、通路の隅で花開いている。階下で見たそれと比較すると、些か丈が短かった。今まさに咲いたかのような、みずみずしい色の花弁をしている。

「静かね」

 自身から静寂を崩し、許が囁く。合図と捉え、梅田は銃を構えて許の隣で待った。
 通路から身を出した。目的地の扉はなくなっていた───開いているのではなく。音を殺して接近する。扉は部屋の内側に倒れ、亀裂だらけになっていた。強引に破られたのは言われるまでもない。
 そのまま進入する。薄汚いコンクリートの外観からは想像できない、金と手間の掛かった内装が迎えてくれた。調度品に感嘆できなかったのは、それらが乱れ、汚されていたからだ。

 部屋は死体で満ちていた。そのほとんどが屈強な男で、撲殺されたのだと一目でわかるほど全身に打撲痕が見受けられた。そうでない死体もあり、そちらは身体に穴が開けられている。おそらく、男たちの手に握られた銃によるものだ。
 デスクに置かれたトランクが破壊され、蓋が開いていた。パックに詰められた粉末と、分厚い本。片方が違法薬物だと判断して、もう片方の正体の判別に集中する。表紙の紋様と使用言語、材質が異様だ。アノマリー関連文書だと推測する。取引が行われる手筈だったのだろう。

 臭気は驚くほどしなかった。甘い香りが漂っていた。部屋の中央に、丸い花とカードが設えてある。花は床から、細い茎に支えられている。地獄に芽生えた花。惨状の中でより一層、華々しく咲いていた。
 カードを拾い上げる。漢字の羅列が記載されている。中国語の文章だ。

芥子の香り脅威の方向を修正し、社会の方向は今一度修正される。

黒社会の売人と奴らに依存した薬物中毒者、そしていつまでも放置し被害を増やす役人に告ぐ。
お前たちは自身の悦楽に身を浸して周囲の人々を傷付けた。
言葉も交わせない狂気に圧殺され、呑まれてしまえ。
力の関係は今、逆転する。

修正花卉

 芥子ケシ。目が覚めたような気分になった。花弁の色こそ通常の種と異なるが、形状には見覚えがある。花弁の下を注視すると、麻薬成分を含む種の特徴が備わっていた。
 この土地が売人と中毒者の潜伏先に適していようが、実数では薬物とは無縁な住人が多いはずだ。街全体が影響され、薬物関係者を、つまり自分たちの仲間ではない者を抹殺した。成分の有無で反応が変わる仕組みなら、標的だけ影響させないようにするのも容易だろう。売人も標的としているあたり、体内摂取分でなく、微弱な成分も反応の対象としているのか。
 芥子で笑った者は芥子に殺された。出来過ぎた皮肉だ。修正花卉、末尾に記された文字列を梅田が目でなぞる。それを悟ったか、許が話し始めた。

「最後のは組織の名前。植物を使って社会清浄を図る連中、かな」
「ということは、この花が」
「たぶんそう。この暴動もそれのせいだと思う」

 許の語り口調は重々しかった。とんだ徒労を食わされ、目標を殺害された。大きな怪我こそしていないが、相当な損失だ。
 芥子の移植者を捕縛すれば、入り込んだ経緯を追えるかもしれない。だが、この芥子は咲いている限り異常を撒き散らすものと考えられる。植えてしまえば、移植者が逃亡しても咲き続ける。もう立ち去っていてもおかしくはない。
 目前で無関係な他者に獲物を狩られ、逃げられたのだ。気落ちもするだろう。胡散臭かった立ち振る舞いが嘘だったかのように、深い息を吐いていた。それでも万一の敵襲に対応するため、戸口へと歩いていった。

 梅田の目線は、次第に芥子の花に移っていた。可憐な色を突き出して誇らしげな様子が憎ましく思えた。財団が時間を掛けて泳がせれば将来的にはより多数を救えたはずだ。その捜査の根は独りよがりな正義で断たれ、虚栄心が悪党の血を吸っている。
 まじまじと、花を見つめた。見つめれば見つめるほど、花の小ささを身に染みて感じる。屋外では多少なりとも立派に空を向いていたのだが。

 思考が梅田を突き動かす。身体の向きを変え、同僚の名前を呼んだ。

「許。実行犯は、まだ追跡できるかもしれません」


2019年5月3日13時46分 福島辰巳

 飲んでいたグラスを置き、藤沢は福島を凝視した。表層上の余裕を保とうとしているが、無理に作った笑みは硬い。

「福島、いい連れでもできたか」
「そのままの意味だ。あんたはようやく一歩踏み入ったんだろうが、敵ばかりだぞ」
「サツか、ヤクザか」
「話の次元が違う」

 理解の外で会話をするのは久々だったと気付く。一般社会の人間は普通、魔法を信じない。目の前にないからだ。求めてもない架空の事象をつらつら述べても顰蹙を買って終わる。

「あんたは、宇宙を丸ごと変える存在を信じるか」
「そういう詐欺は吹っ掛ける側だろ」
「それを大真面目にやって、しかも成功させてる奴らがいる」

 藤沢は、今度は笑わなかった。最初から笑ったことなどなかっただろうが、さらに顔から生気を失いかけ、神妙そうに聞いている。

「ヤクザってのはどう足掻いても営利集団だ。儲けがないことはやらん」
「お前の言ってるのはあれか、慈善の自警団でも動いてんのか」
「慈善なもんか」

 芸術家、思想家、宗教家、科学者、独立軍隊、世界大戦の亡霊、怪異そのもの。過去に耳に入った、暗躍する人物の像は幾重にも折り重なっている。最も興味深かったのは、利益を得ることなく狂った現実を民衆から隔離し、賛辞すら受けつけない組織の像だ。未だ曖昧で、輪郭は掴めていない。

「あんたは自分の大志に、組織の大志に命張れるか」
「張れるかよ。死んでまでやる仕事はねぇ」
「そこだよ。俺にもわからないのは」

 グラスを掴むとカクテルが波を打った。鮮やかな液体の残量はあと僅かにまで減っていた。

「一銭にもならん、正しいかもわからんのに突っ走る。そういう奴らと肩並べられるかって言ってんだ」


2019年5月3日13時49分 梅田綾

 息を殺し、梅田は背面を壁に預けた。踏み締めた土に安堵を覚えつつ、路地の外に注意を払う。どこからあの暴徒が流れ込むか予測できない故に、一瞬たりとも気は抜けない。

 太い通りを走り抜ける音がする。音の間隔からして、正常な人間だと知る。姿を目で捕捉して、梅田は進み出でた。
 若い男が道の真ん中で立ち止まった。突然行く手を阻んだ女を不審に思う心情が滲み出ている。やがてそれは明白な敵意へと移ろう。銃口がゆっくりと持ち上がって、男に照準を合わせた。
 男が通ってきた場所には桃色の芥子が咲いている。背負っているリュックサックには破れ目があり、そこから種を散布しているのだろう。

「財団です。御同行願えますか」

 日本語で言い放つ。相手の国籍は掴めない。顔の形は典型的なモンゴロイド系だが、母国語までは特定できない。そもそも、会話などする気は毛頭ないのだ。
 案の定通じなかったらしく、男は混乱を露わにしながらボトムスのポケットから手に何かを握り取った。地面に向けて開かれた手から現れたのは、端がノコギリのような緑の葉だ。地に触れると葉は白煙を噴き出し、煙は幕となって広がった。建物に挟まれた通りを覆い尽くし、梅田も煙に埋まる。咳き込み、目を潰される。男は白に消えていく。
 それも含め、謀略の内。遠くなる男を、梅田は睨みつけた。
 煙を割り、掌底が男の胸に迫った。狙い澄まされた突きは男の姿勢を背面へ押し戻し、その立ち姿は大きく乱れる。隙を刈り取るようにして脚が絡み付く。膝を巻き込む技だ。男は一瞬宙に浮いたが、襟首を掌底とは別の腕が掴み、ぐいと勢いよく引き寄せられる。連続した攻撃に戸惑う男の眼前、美麗な顔が飛び出した。
 許は絶叫を伴って頭を振り上げ、男を頭突く。衝撃が頭蓋を走り、男の瞼が閉じかかった。意識を失いかけたところへ、顎への拳が突き刺さる。身体は浮き上がって、数秒してから地面に倒れた。
 
 煙が完全に晴れ、梅田は正面を見詰めた。大捕り物は終了している。桃色の空を背に、満足気にピースサインをする許と突っ伏した男、空と同色の芥子の花がそこにあった。


2019年5月3日13時54分 福島辰巳

 長々語ってくれたがと前置きして、藤沢は歯を見せた。凄味を利かせても知人は知人、手の内をこちらが知っているのと同様、相手も方法を学んでいる。カタギでない者のやり取りは任侠映画より穏当に済む。それでもなお、虚勢を張っているという見立ては外れていなさそうだ。

「撤退してほしいんだろ、俺らに」
「違うって。何回も言っただろ。古い付き合いのあんたとは、俺だってやり合いたかない」

 ただ、なぁ。不本意を伝える声を挟んで、福島はグラスを揺らした。横目で藤沢を見やると、グラスの曲面を経て、その身体は捻じ曲がっているように映った。

「悪寒がするんだ」

 グラス越しに、次は眉と口許がひん曲がる。これは光の作用ではなく、元々映っていたものが曲がったからだった。

「縁起でもねぇ」
「素直に手を引いた方が身のためだ。これは忠告なんだよ、兄貴」
「お前、裏で何しやがったんだ」
「俺を疑うなよ。仲間に連絡取れ。それで有村の名前が出てきたら、戦争でもやろうや」

 唐突に福島は立ち上がった。脈略のない行動に藤沢は後退し、棚とぶつかって足を滑らせる。尻餅をついた状態で福島の一挙手一投足に見入った。
 福島は残りの酒を仰ぎ、器を片手に財布から札と小銭を取った。代金の置石としてグラスを戻し、藤沢に踵を返す。扉に手を掛けると、またしても小さな鐘が鳴った。話をしただけなのに、やけに密度のある一時間だった。

「何だよ、結局全部知ってんじゃねぇか」

 去り際に聞こえた藤沢の声が暗い店の中で響く。応じずに扉を開け、外へ出る。眩暈がしてきそうなほどの太陽が福島を照らした。お天道様は見ている、職業を思えば不吉な言葉が浮かんだ。機密は、必ずは守られない。藤沢にしても、自分にしても。




2019年5月3日18時34分 梅田綾 横浜市内、首都圏初期収容セクター-045

 素性の掴めぬ同僚に声を掛けられたのは、梅田がケータリングの弁当を突いているときだった。アヤサン、片言で名前が読まれると同時に、梅田の肩が揺れる。

「食事中です」
「ソレ、私が気にすると思うネ?」

 商社ビルを偽って建設された財団の簡易施設。開放的な吹き抜けのある休憩所はテーブルと椅子、自販機が並ぶ他は何もない。おまけに席はすべて空席だ。
 修正花卉の構成員は応援へと引き渡され、あの場も任せることになった。聴取を終え、落ち着いて夕食にありつけると思っていたら。漏らさぬよう梅田が悪態をついた一方、許は無遠慮に隣に座った。顔や腕には、もらった傷を覆うようにガーゼが貼られている。かなり無理をさせてしまったかもしれない。

「何か用ですか」
「まだ教えてもらってないことがあるヨ」
「私に関係しますか」
「ホラ、アレ。修正花卉を追っかけられるかもって言った根拠ヨ」

 そういえば、話していなかった。梅田はシュウマイを掴んだ箸を置いた。

「あのときは当て勘みたいなものでした。可能性があるならと思いまして」
「でもあの部屋、死体と花以外は何もなかった」
「その花です。拠点に向かうまでに、花の丈が小さくなっていたんです」

 必ず道中には芥子が咲いていた。生育条件の詳細はこれから調べることになるだろうが、少なくとも散布から時間を置かずに育つには違いない。死体の状態からしてもそれは把握できた。
 自分たちと同方向から拠点を訪れ、包囲するように芥子を発生させて影響者をけしかける。殺害が完了した後にカードを残して去った。行動の順序はそう推測することができる。
 だが、それではまだ芥子にタイムラグがある可能性を潰せなかった。

「許さん。動き出す前に、あの土地についていくつか質問しましたよね」
「あー……修正花卉の活動が前にあったかと、場所に向かえる未確認のポイントがあるかって奴ネ?」

 返答は、梅田が期待していたものと同じだった。
 修正花卉はそれまで姿を見せず、今日になって異常を流布した。事後調査では拠点のあった区画のみに芥子の異常分布が確認され、捕縛した構成員による単独の犯行と見られている。
 財団が把握している接続点についても許は詳しかった。空間でのポイントの位置は国によって方面が定められており、寿町へ通じる他のポイントが自分たちが通った場所と近いところに何箇所かあるらしい。暴力団が出入りに使ったのも未確認のポイントだろう、そういう前提で捜査は進んでいた。

「考えたんです。あのカードの差し出し主は、義憤を覚えた相手を長期間放っておくような人間じゃない。おそらくマフィアの拠点の特定と同時に攻撃を仕掛けたんだろう、と」

 もし最大公約数の効果を望むなら、より大きな拠点を探し出すまで待つはずだ。それに、被害を承知で追いかけるのはメッセージとも矛盾する。
 義憤による襲撃。その現場に、何故か別の暴力団が居合わせた。

「あの男は暴力団を追って、空間に入ったんです。元々横浜で活動していて、どうやってかディメンションに入るヤクザに気付いた。マフィアとアヘン窟の一掃という目的を持って、芥子を蒔いた」

 自身が影響下に置かれないように耐性を付け、ぐるりと周囲を移動する。彼は出入口を一つしか知らない。暴力団が用いていたポイントも、財団が認知している場所と同方向にあるとするなら。

「彼は私たちが通った方向に戻ってくる。被害を拡大させたいのだから、密集区域を通って。なら、まだ芥子の咲いていない通りを待ち伏せすればよかったんです」

 説明を終え、梅田は箸を持ち直した。食べるのを中断していたシュウマイを口に運び、咀嚼する。
 許はまだ隣にいる。弁当を食べ進める梅田をまじまじと見つめていた。

「まだ何か」
「イヤ、スッキリしたアルヨ。謎ばっかりでモヤモヤしてたから、身内から聞き出せてよかったヨ」
「身内で話さない方が問題だと思いますがね」

 身内の謎といえば。梅田は横を睨む。芥子に影響された人間に襲われて以降、胡散臭い口調は消え失せ、流暢な喋りをしていたはずだ。それが今や元に戻っている。意図的にやっているのではと疑いたいが、問いただすには内容があまりにどうでもいい。
 黙々と食事を続ける梅田に、許は書類の束を手渡した。

「初期収容班から共有された資料。『どうやってか』がわかるかもネ」

 資料を受け取り、梅田はまた食事を中断して紙束に向き合った。
 まず芥子の特異性について。目立った新情報はないが、耐性の条件となる薬物成分と財団職員が常備している記憶処理剤の成分との重複があったという記述を発見する。攻撃された時点で影響外にいたわけだが、何にせよ後遺症を気に掛ける必要はなさそうだ。
 紙を捲る。マフィアと一緒に死亡した関東圏の暴力団員は、東栄會直系藤沢組というこれまで超常に関与してこなかった組の人員らしい。これで超常犯罪に手を染める道は断たれたと言っていい。これだけ派手な被害を目の当たりにすれば、マフィア側から願い下げされるだろう。
 梅田の関心を引いたのは、修正花卉構成員が発言した、藤沢組追跡のきっかけだ。数日前に麻薬売買に関する匿名の通報があったという。ほどなくしてヤクザが麻薬を外国マフィアから買うので、そこで大義を果たしてほしい。組織内での活躍の機会に乏しかった男は、芥子を生み出して暴力団員らを尾行した。
 信憑性に欠けるが、これが事実だとした場合、重要なのはその通報者だ。それほどのピンポイントな情報を如何にして把握し、何故修正花卉に流したのか。
 扇動したのだろう。他者が自分と対立関係になりかねない者を叩き潰すように。

 梅田は糸を連想した。領域に侵入した弱者を絡め取り、衰弱させる蜘蛛の糸を。
 有村組若手幹部、福島辰巳。またどこかで会う気がする、帰り際に掛けられた言葉が現実となるのは、そう遠い未来ではない。記された文字の羅列を眺め、梅田は心に掛かった鉤を手繰り寄せた。桃色芥子の甘い香りはとうに抜けていた。


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