六条やすみの消失
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評価: +44+x
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猶予はありません。

データベースにあった、皆さんが過去に行ったという方法を試します。

上手くいくかどうかはわかりませんが──





どうかお読みください。そしてどうか理解してください。





軋む音を響かせながら自転車をこぐ。もうすっかり日が暮れて、街灯はアスファルトやごみ置き場を照らしている。空気を切りながら、俺は家路を急いでいた。なぜかというと、7時から楽しみにしていた配信が始まるからだ。

今年から大学生として一人暮らしを始めたが、自分にとっては寂しいよりも自由な時間が増えてうれしいという思いが強かった。喜び勇んであちこち自転車で巡ってみたり、料理を嗜んでみたりした。でも結局はコンビニで食料を買い込み、ベッドでスマホをいじる生活に落ち着いた。何か打ち込むものがあればこの自堕落な時間も有意義に過ごせるのだろうが、あいにく未だにそのような対象は見つかっていない。

そんなわけで、俺はゲームと動画鑑賞くらいしか趣味を挙げられない、典型的なオタク男子大学生としての生活を営んでいた。そんな俺が最近最も心躍るのは、配信──それもVtuber、バーチャルライバーと呼ばれる配信者の配信を見ることだ。

途中で寄ったコンビニで夕食を買い込み、自転車にまたがる。今日はVtuberグループ・█████から新たな女性ライバーがデビューする。そして今晩7時からお披露目配信をするということだ。初配信はお祭りのように配信もSNSも盛り上がるし、なんといってもまだ配信に慣れていない、初々しいしぐさを見るのが毎回楽しみなのである。期待に胸を膨らませながら、俺はペダルをこぐ足に力を込めた。

11/14

付属資料: 物理学的基本知識

時間異常部門

delta-dept.png

重力による時間の遅れ

大きな質量を有する質量体から遠い時計は早く動き、質量体に近い時計は遅く動きます。これは、時間の進み方がその地点の重力ポテンシャルの影響を受けるからです。

一般相対性理論によると、高さをhhに依存する重力gg(h)とすると、h=0の地点から見た高さhにおける時間の遅れの比Td(h)は以下のように表すことができます。

(1)
\begin{align} T_{d}(h)=\exp \left[{\frac {1}{c^{2}}}\int _{0}^{h}g(h')dh'\right] \end{align}

平坦な時空におけるリンドラー座標を用いると、g(h)は以下のように表すことができます。

(2)
\begin{align} {\displaystyle g(h)=c^{2}/(H+h)} \end{align}

ここで、Hは定数です。(1)と(2)から、Td(h)は以下のように導けます。

(3)
\begin{align} {\displaystyle T_{d}(h)=e^{\ln(H+h)-\ln H}={\tfrac {H+h}{H}}} \end{align}

[…]


潮汐力による惑星の破壊

自身の重力のみで形を保っている塊を考えます。この塊が伴星として主星の周りをまわっているとき、伴星には潮汐力が働きます。主星に近づけば近づくほど潮汐力は大きくなり、ある限界点において伴星は破壊されます。この限界距離をロッシュ限界と呼びます。

伴星の潮汐力による変形を無視する場合、ロッシュ限界dは以下のように表すことができます。

(4)
\begin{align} {\displaystyle d=R\left(2{\frac {\rho _{M}}{\rho _{m}}}\right)^{\frac {1}{3}}\simeq 1.260R\left({\frac {\rho _{M}}{\rho _{m}}}\right)^{\frac {1}{3}}} \end{align}

ここで、Rは主星半径、ρMは主星の密度、ρmは伴星の密度です。

[…]

弁当を電子レンジに入れ、スイッチを押す。待っている間に飲み物を用意する。一連の作業は常に、片手でスマホを持ちながらこなす。画面には配信の待機画面が移されている。続々と人が集まり始め、中には赤スパを投げているやつもいる。まだ配信を一回も見たことがないというのに奇特なことである──でも、こういうわくわくしているときに何かしてやろうという気持ちはわからなくもない。俺は学生の身で懐が寒いからまだスパチャを投げた経験はないが、いつかは投げてやろうと思っている。問題は、そこまでのことをしたいと思えるような相手が見つかるかどうかだが。

やがて待機画面が切り替わり、画面右側に彼女のアバターが映る。左側にはチャット欄が表示され、ものすごい勢いで流れ始める。彼女のアバターは、緑色の目、茶色のボリュームのあるツインテールを有していて、フェミニンな鼠色のワンピースを着ていた。

「き、きこえますか~…?」

彼女は遠慮がちに第一声を流した。控えめな、ささやくような声だ。俺は「聞こえてるよ~」とコメントを打つ。

「あ、聞こえてますか! よかった~!
え、えっと、最初こういうときなんて言えばいいのかな…」

戸惑いながら彼女は上体を揺らし、微笑む。この時点ですでに、彼女が俺のツボをかなり押さえていることを感じた。

「えっと、自己紹介…とりあえず名前だよね…
はい、皆さんこんばんは。このたび█████の第█期生としてデビューしました、六条やすみといいます! よろしくお願いします!」

オブジェクト解体提案

解体部門,2018/11/08


アイテム番号: SCP-009-JP

オブジェクトクラス: Euclid


オブジェクト概要: SCP-009-JP-1は地球近傍に不定期かつ瞬間的に出現する巨大質量物体であり、SCP-009-JPは当該現象に伴う時空のゆがみによって発生する地球上の時間進行の局地的な遅れです。

背景: SCP-009-JPは元々地球上において不定期に発生する局地的な時間のずれとして認識されていました。しかし、実験内容及び理論的検討から、当該現象は地球近傍に巨大質量を有する質量体が瞬間的に出現し、重力ポテンシャルの勾配が瞬間的に非常に大きくなることが原因であるという仮説が提唱され始めました。当該仮説に基づき、各種手法によって観測を継続していたところ、2015年3月にSCP-009-JP-1に指定される質量体が観測されました。

SCP-009-JP-1は非常に大きな体積、質量及び密度を有する球体です。SCP-009-JP-1に関する具体的な物理的性質に関しては別紙を参照してください。当オブジェクトの由来や異常性の原因に関する情報は判明していませんが、2015年以降、SCP-009-JP-1が出現する時間は増加傾向にあり、同時に出現地点もまた地球に対して接近していることが観察されています。観測結果から、2030年頃にはSCP-009-JP-1の潮汐力によって地球が致命的な破壊を受ける可能性が80%を超えると試算されています。

提案内容: SCP-009-JP-1による被害は人類文明の基盤を担う天体としての地球に対する根源的危機であり、一刻も早い対処が必要であると考えられます。各部門からの報告を受け、解体部門ではSCP-009-JP-1が解体対象として十分な条件を満たしていると判断しました。解体部門はSCP-009-JPを解体対象に指定し、解体方法に関する議論を開始することを提案します。

以上

「──そうなんです。私、こうやって皆としゃべるのが好きで。リアルタイムでつながっているって感じするじゃないですか」

彼女はそういってほほえむ。だいぶ配信にも慣れてきたようだ。すでに同時接続数は数万人規模になっているが、初めての配信でも動じずにしゃべることができるのは、さすが█████所属というべきか。

「…えっと、先輩たちから聞いたんですけど、こういう初めての配信の時っていろいろ決めるんですよね…? 見てくれてる皆さんの呼び名、とか…」

コミュニティを特徴づける各名称を決めるのは、初めての配信の醍醐味でもある。早速コメント欄はファンの名称の提案で埋もれた。俺も視聴者の一人としてまじめに考えてみる。…が、いい案が思い浮かばない、試しに█████の他のライバーを思い出してみたが、配信の中で偶然作られたり、何の脈絡もなかったりする名称ばかりな気がする。

「あはは、皆たくさん考えてくれてますね…おとまりさん? 私の休みっていう名前から連想してくれたんですか? いいですね、おとまりさん…かわいいです!」

どうやら仮の名称が決まったようだ。それにしても彼女の六条やすみという名前、源氏物語の六条御息所ろくじょうのみやすどころからきているのだろうか。

「じゃあ、えっと、あと何があるかな? ──そうだ、Twitterで使うハッシュタグの名前を決めます。よければまた皆考えてくれると…」

それを聞いて、俺はぱっと思いついた名称をチャットで送った。

「…あ、『六条休息所』! いいですね、字面がきれいです!」

すぐに彼女は声を上げた。何万人もの人が参加しているチャットで、俺のコメントが彼女の目に留まった…頬が熱くなるのを感じた。

「『源氏物語』? あ、実は私京都に住んでいて…」

初配信は続いていく。俺は彼女のチャンネル登録をした。

SCP-009-JP解体方法に関する中間報告

解体部門,2019/10/18


前文: 本稿は、これまで解体部門において議論されたSCP-009-JPの解体方法を示した報告書です。


計画草案1: 複数アノマリーを応用した兵器によるSCP-009-JP-1の破壊または移動。

検討結果: 却下。SCP-009-JP-1の出現位置は地球に十分近いため、SCP-009-JP-1を破壊または移動させる威力を実現させる場合、人類文明に多大な被害が発生することが予想される。


計画草案2: 過去改変能力を有するアノマリーによるSCP-009-JP-1の消去。

検討結果: 保留。過去改変が可能なアノマリーは複数確認され、無力化に対して一定の効果が期待されるが、SCP-009-JP-1のような非常に大きく瞬間的にしか観測されない物体を能力の対象に指定することは困難であると考えられる。また、当オブジェクトの由来や諸性質が未詳であるため、過去改変の対象とするべき因果関係が特定できないという問題点が挙げられる。


計画草案3: 財団に協力的な現実改変能力者によるSCP-009-JP-1の消去。

検討結果: 却下。第一に、SCP-009-JP-1に協力者を十分接近させることが困難である。第二に、高い内部ヒュームを実現できる現実改変能力者であっても、SCP-009-JP-1が占める体積があまりにも大きいため、当該領域を相対的現実性希薄領域で収容することは期待できない。仮にそのような高ヒュームを実現できたとしても、相対的現実性希薄領域があまりにも大きくなってしまい、予期せぬ現実改変が天体規模の範囲で発生することが危惧される。


計画草案4: プロトコル・テーパードスピアを用いたSCP-009-JP-1の消去。

検討結果: 保留。空想科学部門による調査の結果、現在のSCP-009-JPの安定指数は300を超えており、プロトコルの対象としては不適である。

[…]

「──そう、私あんまりその、知っていることが多くなくて…『箱入り娘』? いやいや、ただ無知なだけですって! あはは」

大学の図書室で課題をこなしていたら彼女の雑談配信が始まったので、そちらに釘付けになってしまっている。どうやら彼女は世間に疎いらしく、ここ数年の話題をほとんど知らないようだ。

「──へー、そんなゲームがあるんですか…え? 知らないのはやばい? いったいどこで生きてたのか? そんなにやばいですか…? じゃあ今度やります! そのときはぜひ、皆さんのお力をいただきたいなと」

ただ、世間に疎いと言っても、受け答えは知性が感じられるし、教養も感じられる。それにコメントへの切り返し方も上手くて、本当に楽しんで配信をしていることが伝わってくる。

「──ええ、ゲーム実況は面白そうです。そうですね、明日準備して、明後日にやれればいいなと思います」

これはちゃんと覚えておかなくては。

それにしても、表情のモーションキャプチャーがとても優秀である。口もぱくぱく動いて、他のライバーとは一線を画しているような気がする。新しい技術なのだろうか。

「──え、『何飲んでるの』? えへへ、実はタピオカミルクティーなるものを届けてもらったんです! 最近流行っているんですよね? え、古い?」

8/14

付属資料: 空想科学的基本知識 (1)

空想科学部門

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統一現実性曲線

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Fig.1. a) 現実-反現実階層、b) 統一現実性曲線の作成、c) 統一現実性曲線の概略図。(クリックして拡大)

カルツァ-クライン現実子理論によると、正現実子のポテンシャル曲線(Fig.1a、緑の曲線)と反現実子のポテンシャル曲線(Fig.1a、赤い曲線)は少しずれた状態で重なり合っています。そして、基底宇宙で対生成した正現実子と反現実子において、正現実子は基底宇宙(Fig.1a、緑の縦線)に作用する一方で、反現実子はそこからずれた次元の宇宙(Fig.1a、赤い縦線)に移動します。このような正現実子及び反現実子のポテンシャル曲線の階層構造は現実-反現実階層と呼称されます。その後、この正(反)現実子によって生み出された人間などの現実性を生み出す存在が、正現実子-反現実子のペアを対生成した際、反(正)現実子はカルツァ-クライン現実子として図中の右方向へ物語改変を伴いながら移動します。

正現実子-反現実子のペアに対生成しながら高次元宇宙から低次元宇宙へ移動する一連の現実子の動きは、Fig.1bの青い線で示されるように一つの曲線として表すことができます。このポテンシャル曲線は上記の対生成を無視しているため厳密な正確性を欠いていますが、現実子の次元間におけるエネルギー準位の関係を模式的に表す上で非常に有用であることが確認されています。こうして作成された曲線を統一現実性曲線 (Fig.1c) と呼称します。

統一現実性曲線を用いた画期的な仮説として、「基底宇宙から見た反現実子が移動する次元の宇宙は、基底宇宙から観察される創作物内の世界に該当する」という説が挙げられます。この際、創作物は常に2次元的な媒体(書籍、電子画面、曲面によって造形された立体物など)によって表現されるため、3次元宇宙における現実子よりも低いポテンシャルエネルギーを有しているという、非常に感覚的な考え方が可能になります。

上記仮説の実験による実証は達成されていませんが、上位次元の基底宇宙に対する物語改変、基底宇宙の下位次元に対する物語改変は各種創作物を通じて行われることが多いことから、上記仮説及び統一現実性曲線の概念は理論上十分な説得力を有することが認められています。現在、創作物内宇宙における現実子の観測方法の開発が検討されています。


メタフィクション構造

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Fig.2.観察者の認識による現実子の遷移。

メタフィクション構造とは、創作物中を自由に動きまわる、または創作物を任意に改変することが可能であるように観察される被創作存在の総称です。

メタフィクション構造の能力を可能にしている要因として、ウォール理論によるF5表象由来の現実子が挙げられます。ウォール理論によると、複数の領域に分かれている「人間性」の最深部にある自己同一性(魂、F5表象領域)は現実性を発生させるため、現実子を放出しています。この際に発生する現実子は超新星爆発の際に生まれるそれよりもはるかに多いことが確認されています。この際、基底宇宙の観察者が認識している対象の創作物に対して現実子共鳴が起こることによって、創作物の現実子がポテンシャル障壁を超え (Fig.2)、観察者と同じかそれ以上の現実性を持つようになることがあり、メタフィクション構造は何らかの理由でこのような現象が発生しやすい存在であると考えられています。理由の一つとして、メタフィクション構造の保有する現実子が不安定であり、現実子溜まりを中心として大きく振動していることが挙げられています。また、このような遷移は基底宇宙だけでなく、Fig.2に示すように上位宇宙を含めた各次元でも起こり得るものと考えられています。

上記のような認識による遷移を応用した財団の施策として、プロトコル・アップグルントが挙げられます。SCP-1450-JPは領域内の存在が保有する現実子の準位を下位にずらすことで各存在を創作物に変化させる異常性を有していましたが、当プロトコルを通じて、上位次元の観察者からの認識を由来とした現実子共鳴によって再度現実子の次元を上昇させることに成功しました。

このように、基底宇宙を含めた各次元における観察者からの認識は、対象の現実子に対して大きな影響を与えます。ただし、プロトコル・アップグルントにも示されている通り、ポテンシャル障壁超越のためには観察者による対象に関するある程度の背景情報の把握が必要とされます。

[…]

「──あー、お見事です! 負けちゃった…」

今日もコーラを飲みながら自室で彼女の配信を見る。彼女は最近某格闘ゲームにハマっている。おしとやかなイメージの彼女からは想像しづらかったが、毎日やる勢いで夢中になっているようだ。最近はメンバーを集めて4人で乱闘するのが流行りである。買おう買おうと思ってずっと保留にしていたが、この際俺も参加するためにハードを買ってしまおうか。

「皆さんお強いですね。私も皆さんの動きから学ばなくちゃ…あー、ニッコリさん! 今の上手いです!」

彼女にはゲーム実況の才能もあるようだ。ゲームの腕がめきめき上達していっていることもそうだが、こうやって自分が一足先に全機撃墜されてもふてくされたりせず、すぐにメンバーたちの乱闘を実況するモードに切り替わる。しかもちゃんとメンバーのアカウント名を声に出して実況をするのだ。これは、プレイしているリスナーにとっては相当うれしいだろう。

「──さあ、クロガネさん相当おつらそうですが…あ! …今の復帰阻止、すごいですね…! ──というわけで勝者、クロガネさんでした!」

こうやってリスナーを立ててくれる態度は非常にありがたい。俺はなけなしの貯金を握って、明日電気屋でハードとソフトを買うことを決めた。

そしてまた試合が始まった。無論、参加者は途切れそうもない。

「私もさっきのあの動きが…あれ? あー、ひどいです! ──接待プレイもなしです、全力でお願いします!」

彼女のカチャカチャというスティックの音が響く。一途に必死になれるところはほほえましいし、向上心があるのも魅力的だ。

9/14

付属資料: 空想科学的基本知識 (2)

空想科学部門

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上方遷移

メタフィクション構造の代表的な例として、SCP-4028が挙げられます。当オブジェクトは「自らが占めるテキストと近接する架空のテキストに内在し、その内容を説話的に改変することが可能な、知性あるメタフィクション構造」と説明されます。

一方で当オブジェクトは2007/02/14に収容違反を発生させ、財団が収容しているアノマリーに対して任意に干渉することに成功しました。この現象は、前頁で説明したようなポテンシャル障壁の超越の後にさらにエネルギーが追加されることによって、上位宇宙のエネルギー準位まで励起されたことが原因として考えられます。以下、このように対象が保有する現実子が基底宇宙から上位宇宙へ遷移することを「上方遷移」と呼称します。

上方遷移が必要とする現実子の量は膨大であり、複数の要因が重ならなければ発現しないと考えられています。SCP-4028の場合、以下の要因が重なった結果上方遷移が発生したと考えられます。

  1. SCP-4028が保有する現実子のエネルギーが不安定であった。
  2. 作品としての“El Ingenioso Hidalgo Don Quijote de la Mancha”が元々メタフィクション性を持っていたため、多数の人間のF5表象イメージによってSCP-4028のメタフィクション性(つまり基底宇宙上の観察者と「同じ立場」であること)が「確信」されやすい環境が整っていた。
  3. SCP-4028の出現を目撃した多数の人間のF5表象イメージによって、SCP-4028のメタフィクション性が補強された。

2及び3の条件に該当する例はほかにも多く発見されるにもかかわらず、上方遷移の発生はあまり発見されません。したがって、上方遷移を可能にする最大の理由は1の条件、つまり対象がメタフィクション構造に該当することであると考えられています。

tunnel2.png

Fig.3.トンネル効果を通じた上方遷移。

上記のような要因に加えて、上方遷移の過程にはトンネル効果が含まれていることが判明しました。現実子が大きなエネルギーを得た後、トンネル効果と同様の理論に基づき、一部の現実子がポテンシャル障壁を通過することによって上位次元のエネルギー準位に移動していると考えられています (Fig.3)。この際、当該現象を効率的に促進する方法として、なんらかの量子論的確率改変が行われている可能性が示唆されています。この現象はメタフィクション構造の上方遷移が予想よりも小規模の現実子共鳴で発生したことを根拠として指摘され、後に“シャイニング・ワン”受動性探針関連技術開発の際に実証されました。

以上のような考察から、多数の観察者におけるF5表象イメージを統一することで、メタフィクション構造は基底宇宙から上方遷移することが容易になるものと考えられます。そしてそのような人間の意識統一において、インターネットは非常に有用な手段であることが考えられます。

プロジェクト・レインボーシックスは以上のような仮説を基に提案されました。

[…]

「──というわけで、僭越ながら私も█████杯に出場しようと思います! …実況席で!」

彼女は宣言する。雑談枠に伴う重大発表と聞いて集まってきた数万人は、その提案に驚くと同時に、一方ではさもありなんと思っているだろう。彼女自身が選手として出場しないのは少し残念だが、実況者としての場の盛り上げ方はリスナー全員が肯定するところだ。今度はそれを█████のライバー同士の戦いにおいてやってくれるのだ。

「『選手として出場しないのか』? あー、申し訳ありません。今回は実況席で皆さんの勇姿を見届ける側に立ちたいなと…あと、不束者の私に白羽の矢が立って、非常に光栄だなって…」

考えてみれば、実況なら全ライバーとの絡みが見られる可能性があるわけだ。関係性に魅力を見出すリスナーたちにとって、今回の大会は彼女と絡みの少ないライバーとのやり取りが見られる絶好の機会なのである。

「──ねー、だって公式チャンネルでやるんですよ? 先輩たちのファンの皆さんがこぞって見に来てくれるじゃないですか、その人たちにずっとワイプで見られるわけなので、あがってしまわないか心配で…でもがんばります!」

不安を口にする彼女だが、大丈夫だろう。デビューからずっと彼女を見守ってきたが、彼女の配信者としての言葉選びやリスナーの扱い方には天賦の才がある。おそらく各ライバーのファンが集まって同接数十万人規模の配信になるだろうが、それらの衆目の中、楽しそうに配信を盛り上げている彼女を想像すると、この年ながら楽しみで夜も寝られない気持ちになった。

「──『今、やすみちゃんが世界のどこかでしゃべってると思うと素敵?』──あはは、ロマンティックなこと言いますね!」

2/14

プロジェクト評価

O5評議会

O5-command.png

前文: 本頁では、O5評議会議員によるプロジェクト・レインボーシックスに関する審議と、それに対する評決について記しています。


プロジェクトの是非に関する審議

議題: プロジェクト・レインボーシックス実施の是非。

提出者: O5-7

強調したいことは、地球という存在が消滅すれば、我々が守るべき人類も無くなるし、正常文書もただの紙切れになるということだ。

財団はしばしば人類文明を滅ぼしうるアノマリーに直面し、叡智の粋を結集してこれを収容してきた。しかし、中にはどのような手段を用いても回避することが不可能な破局が存在する。そのような例に対してはガニメデ・プロトコルは万能ではない。特に、地球という天体そのものが破壊されるような例においては、解決策を与えることが困難である例が多いだろう。

そのような対象に対して、財団は手を拱いているべきではないと考える。財団は人類の保護を担う存在であり、ありとあらゆる方策をもってこれに迫る脅威を排除せねばならない。

そのためには、我々はをも利用するであろう。

──O5-7


正直、このようなプロジェクトを提案されること自体が信じられない。アノマリーの力に頼ることの是非は一旦措くが──確かにプロジェクト対象はミルグラム従順性試験においてもまずまずの成績を残している。対象が財団の制御下に置かれる可能性はある程度認めよう。

だが、今回は核戦争のスイッチを合衆国大統領が握っている、というレベルの話ではない。たとえどれだけ温厚な女性でも、押すだけで地球が木っ端微塵になるようなスイッチを与えていいものだろうか。仮に彼女がそのスイッチの内容を知らなくても、彼女の手の届く範囲にそれは確かに存在する。そして、自分自身にそれを押す権利と能力があると彼女が知った瞬間、人類の基盤は粉砕されるのだ。

上位現実次元存在の扱いの難易度は、O5に連なる者なら思い知っているはずだ。SCP-3999ではタローランが自死を選ばなければ無力化できなかったし、SCP-3812ではオブジェクト同士の自己対話が起こらなければ世界の復旧はあり得なかった。いずれも個人やオブジェクト自身の意志決定という非常に曖昧な要因で、偶然滅亡を回避できたに過ぎない。

だからこそ、我々はプロジェクト・ロンギヌスプロトコル・セブンフォールドなどを用いて彼らに抗おうとしてきたのではないか? それがどんなに穏やかで愛らしい皮をかぶっていたとしても、財団が自らの手で人類の根幹を揺るがす存在を創造することに賛成することはできない。

世界を破壊するなど増やしてはならない。

──O5-3

評決結果

ナンバー 賛成 反対 棄権
O5-1
O5-2
O5-3
O5-4
O5-5
O5-6
O5-7
O5-8
O5-9
O5-10
O5-11
O5-12
O5-13

賛成7-反対6、議題は可決されました。


プロジェクト対象の処分に関する審議

議題: プロジェクト・レインボーシックス完了後、プロトコル・テーパードスピアを用いてプロジェクト対象を終了することの是非。

提出者: O5-3

評決結果

ナンバー 賛成 反対 棄権
O5-1
O5-2
O5-3
O5-4
O5-5
O5-6
O5-7
O5-8
O5-9
O5-10
O5-11
O5-12
O5-13

賛成13-反対0、議題は可決されました。

[…]

「──ふおおおおお! 今の一撃…!」
「六条さん、テンション高いねえ!」

█████杯は案の定大盛り上がりであり、いきなり数十万人が押し寄せている状況だ。そんな中でも、彼女はいつも通り──いや、もっともっと楽しそうに輝いている。こうしてみると、実況役は配信中常にしゃべる機会が与えられているので、彼女のファンとしては選手として出場するよりも結果的にうれしかったかもしれない。

「いやあ、初戦からこんなに熱い展開になるとは…大丈夫ですかね、私もちょっとペース配分間違えているかも…きゃあ!?」
「あ…大丈夫!? 皆さん、今六条さんがペットボトルひっくり返しちゃいました! こちらの実況席もテンション爆上がりです、本当に!」

彼女は今スタジオ内で███くんと一緒に配信をしているらしい。他のライバーとオフで絡んでいるのは初めての経験なので、そういう新鮮さも非常にありがたい。

同時接続数数十万人という数字、流れるチャット欄を眺めながら、俺は彼女の初配信を思い出していた。デビューはほんの半年前だが、よくここまで来てくれたと感慨に浸る。彼女と出会えてから、俺の退屈な生活には彩りが与えられた。配信予告のツイートを見ては心躍らせ、家でそれを見るのを心待ちにしていた。そのようなものがあるのとないのとでは、人生の豊かさは全く違う──そんな感傷に、俺はしばらくの間ふけっていた。

「さあ、2回戦! 張り切っていきましょう!」

決めた。この後彼女のチャンネルで開かれるであろうお疲れ様配信で、俺は人生初めてのスパチャを投げてやろう。

今までの感謝を込めて、そしてこれからも彼女の配信が見られることを祈って。

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概要: プロジェクト・レインボーシックスはSCP-1273-JP(以下「プロジェクト対象」と呼称)の物語改変能力を利用して高脅威度オブジェクトを解体または無力化するための一連の計画です。

本プロジェクトは、SCP-009-JPの地球に対する破壊的性質が判明したことを受けて当オブジェクトに対する解体方法が議論される中で、空想科学部門の伏見博士によって提案されました。本プロジェクト実施の根拠として、プロジェクト対象が自身の能力の全貌を把握していないことから財団による能力の制御が可能であること、当オブジェクトのミルグラム従順性試験結果がプロジェクト実施に対して十分な成績であったこと、基底宇宙への物語改変能力の付与方法に関する理論が空想科学部門において確立していることが挙げられます。

本プロジェクトによる解体対象は以下のような条件を考慮して選択されました。

  • 人類文明の基盤(例: 惑星としての地球)に対して破壊的影響を与えるまでの猶予が非常に短いと判断されること。
  • 対象による人類への破壊的影響の規模があまりにも大きく、財団が保有するリソースを用いてこれを回避することが不可能であると判断されること。
  • 対象に関する研究を通じた異常性の原因、性質及び対策の検討が困難である、または非常に長期になると判断されること。

本プロジェクトにおける解体対象は63件です。

本プロジェクトの実行過程は以下の3段階に分類されます。


フェイズ1/遷移

プロジェクト対象及び民間に対してそれぞれ適切なカバーストーリーを適用した上で、プロジェクト対象にサイト-81MVを脱出させ、████████株式会社が運営する配信者グループ・█████に加入させます。この際、知名度及び影響力を速やかに増幅させるため、配信に関する各種技術提供や広報活動などを通じてプロジェクト対象の活動を支援します。また、プロジェクト対象が基底宇宙に存在する三次元実体であることを視聴者に錯覚させるため、飲食物、環境音や他配信者との現実世界における交流などの情報を適宜配信に挿入します。

基底宇宙からの観察によって、プロジェクト対象はメタフィクション構造として基底宇宙、もしくはそれ以上の現実性準位を得ます。その後、上記のプロセスによって、数十万~数百万人の人間による「プロジェクト対象は基底宇宙上に存在する人間である」というF5表象イメージが統一されます。その結果、現実子共鳴によってプロジェクト対象が基底宇宙から上位次元の創作物宇宙へ上方遷移することが可能であることが理論的計算によって確認されています。この際、プロジェクト対象は基底宇宙に対する物語改変を可能にするだけのエネルギーを得ることができると考えられます。


フェイズ2/解体

プロジェクト対象の上方遷移完了後、プロジェクト対象に対して解体対象のリストを開示し、解体を開始します。解体方法として、解体対象の脅威が消失するように各報告書をプロジェクト対象に編集させるという方法が採用されます。物語改変能力を得たプロジェクト対象による編集作業によって、基底宇宙に対して物語災害的現実改変が起こり、解体が可能になると考えられています。

報告書自体を消去させる方法は、基底宇宙における連鎖的存在消失を伴う現実改変を引き起こすおそれがあるため却下されています。


フェイズ3/処分

解体対象の解体完了後、プロトコル・テーパードスピアに基づき、SCP-1273-JP報告書をSCP-3309-1が出現するように編集することでプロジェクト対象を基底宇宙から抹消します。当該作業は、プロジェクト対象が基底宇宙に対して予期せぬ物語改変を適用することを防止するために速やかに実施される必要があります。

[…]

おかしい。

█████杯の後、彼女はお疲れ様枠など立てることもなく、突然の休養が公式によって発表された。何か彼女に起こったのではないかと伝書鳩や杞憂民が大量発生したが、他ライバーは「そのうち続報が入る」の一点張りだ。

あれから3日経った。

それにしても突然すぎるし、なぜ情報を出し渋るかもわからない。何か事故や急病にでも倒れたのではないかと、俺はこの3日間、何も手につかなかった。

そして今、彼女のチャンネルを開こうとした結果、

チャンネルが消去されていた。

彼女の存在が公式HPから削除されていた。

彼女の名前を検索しても何もヒットしなかった。

なぜだ? 一体何が起こっている?

俺は自分のパソコンの、スクリーンショットのフォルダを開いた。

あった。彼女の活動初期になんとなく記録したスクリーンショットだ。

俺はその初期衣装を見て、少し落ち着きを取り戻した。






誰だ?

こんなライバーいたか?

──今まで俺はパソコンで何を調べていた?

なぜこんな画面になっている?

そしてなぜ今俺はこの画像を眺めている?





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