クレジット
タイトル: アルト・クレフの墓石
著者: ©︎Captain Kirby
翻訳: SCPopepape
原記事: The Tombstone of Alto Clef
原記事作成年: 2019
参照リビジョン: 16
その葬儀は、ジャックの予想以上に規模が大きかった。これだけの数のシニアスタッフが同時に同じ場所にいることは、財団の規定に違反していただろう。けれども、GOCの離反エージェントを雇用するのだって規定違反だし、そこに関してもアルトは例外的存在であった。
「例外ってのはあいつにぴったりの言葉だな」とジャックは独りごちた。
「それ、彼に直接言ったりはしなかったでしょうね?」
ジャックは後ろを振り返った。彼の背後には、黒いスラックスに白のワイシャツを着たソフィアが立っていた。
「そしてあいつをさらに付け上がらせようっての?まさか。」
「それもそうね。」
「会えてうれしいよ。」
「私もよ、ジャック。」
「今度、葬儀の後じゃないときにでも飲みに行こうか。何年振りだい?5年か?」
「7年じゃないかしら」
「ふむ、惜しかったな。」
ソフィアは頷き、そして2人ともが沈黙した。ジャックの視線は再び墓石の方に向いた。それはアルトが嫌いそうな小ささだった。"アルト・クレフ"という名前すら書かれていなかった。代わりに彫られていた名前は"ジョナサン・シーリー"。けれど、財団での人生なんてそんなものだ。暗闇の中で死んで、それで終わり。
「クレフがなんで死んだのか聞かされてるか?」少しの間のあと、ジャックが尋ねた。
「いいえ。あなたは?」
「いいや。」
「聞いてみたの?」
「十数回はね。」ジャックは答えた。「全くクレフらしいな、だろ?死に方でさえも謎めいていて機密事項だ。」
「これ以上の彼らしい死に方なんて、腹上死くらいじゃないかしら。」
ジャックは微笑んだ。「あいつは嫌な奴だったな。」
「本当にそうね。勇敢で、でも嫌な奴だった。」
最後にジャックがアルトに会ったのは、ジャックの息子の結婚式でのことだった。彼は、アルトにまた会えるかもしれないという理由だけで招待状を送ったが、特に期待していたわけではなかった。彼は式には間に合わなかったし、披露宴にもほとんど出なかった。しかし夜が更けてきて人々が帰りだした頃に、人混みの中から見慣れた顔がジャックの方に近づいてきた。
「馬鹿面を見せに来たのは誰かと思えば!」ジャックは呼びかけた、
「全く出席しなかったら、私は最低の名付け親になっちまうだろ?」
「式に出なかったんだから、既に最低の名付け親だろ。」ジャックはアルトの背中を叩いて言った。「何か飲むか?」
「いや、やめておく。家まで運転して帰らなきゃならないからな。」
「なんだよ、珍しいな。ミスター・せきにんかん、ってか?」
「ここ数年は安全志向で行ってるんだ、わかるだろ。」
ジャックはビールをもう一口すすった。「そんなこと言わずにさ。私たちがボリビアで巻き込まれたあのナイフの喧嘩から、まだ2ヵ月くらいしか経ってないじゃないか。指を切り落とされかけるのを安全志向とは呼ばないぜ。」
「ジャック、あれはもう5年前になるぞ。」
「待って、本当に?」
「ああ。」
「どうやら私の時間感覚はイカれたみたいだな。」
アルトは笑って、ふらつくジャックを席に座らせた。「何杯飲んだんだ?」
「たぶん、これで8杯目かな?」
「アルコール中毒沙汰に私を巻き込むのは勘弁してくれよ。全サイト会議の直前に君が飲み過ぎた時のこと、覚えてるか?」
「いや、あんまり。だいぶ気を失ったらしくて。」
「……当然だな。君は死んだんだ。」
「そりゃあ、少しだけ劇的に聞こえるな。」ジャックは満面の笑みで答えた。
「替えの体が用意されて来たよ。」
「そうか……」ジャックは疑わしげにアルトを見た。彼が話を作っている可能性もある。最低でも20年前の話だ。ただのクソみたいな虚言かもしれない。「それで、そっちはどうなんだ、相棒?」
「君は私のことを相棒と呼ばないだろう。」
「私はひどく酔ってるんだ、わかったか?いいから最近は何をしてるのか教えろよ。」
「機密事項だ。」
「おい、やめろよ。君はいつも世界を救うためにあちこちに行くが、私はといえば引きこもっての書類仕事ばっかりだ。おもしろい話くらいしてくれてもバチは当たらないだろ?」
「信じてくれよ、おもしろい話なんてないんだ。」
「お願いだよ、ひとつでいいからさ。」
「ないんだよ。いいか、私は歳を取ってきた。もう、昔みたいなおもしろい仕事には回してもらえないんだ。」
「まだタイプ・グリーンを殺してるだろ。」
「時々な。」
「それはおもしろいことじゃないか。」
「そうじゃなかったらよかったがな。」
「なんだって?」
「私が今求めているのは、おもしろいことではないんだ。」
「ふむ。」
ジャックは数秒間、黙ってアルトを見つめ続けた。アルトはジャックの顔の前で手を振った。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫。考えごとをしてただけさ。前に話してから、だいぶ時間が経ったんだな」
アルトはすこし笑った。「そうだな。」
「何かあったのか?」
「たぶんな。」
「たぶん?」
「機密事項だ。」
「ふざけるなよ。」
アルトはジャックの背中を叩いて、時計を確認した。
「クソ、もう行く時間だ。」
「本当か?まだ10分くらいしかここにいなかっただろ!」
「19時から会議があるんだ。ここはちょうど通り道でな。」
「当たり前だろ。君が来やすい場所にしたんだよ。」
「またな、ジャック。」
「そのうち飲みに行こうぜ!」
それが、ジャックが彼にかけた最後の言葉だった。
ソフィアとジャックは、他の人が全員いなくなるまで墓を見つめていた。ソフィアは傘を持って来ていたが、それは必要なくなった: 天気予報だって、晴れを知らせていた。だから、ソフィアが車に戻る意味は特になかった。彼女はただ、そこに黙って立っているのに飽きたのだ。
「会食の会場まで乗せていってくれないか?」と、ジャックはソフィアに尋ねた。
「ここまで運転してこなかったの?」
「バスで来たんだけど、ここからサイト-19に行く路線はなさそうなんだよ。」
ソフィアはひとりで笑った。「あなた、アルトよりも役に立たないわね。」
「その基準は高いのか低いのかわからないよ。」ジャックは追いつきながら言った。「実際君は、あいつのことをどれくらい知ってたんだ?」
ソフィアはジャックを鋭く睨んだので、彼は両手を挙げた。
「いや、違うんだ、ただ、君がオフィスから出てくるところはあまり見ないし、私はもう1人の管理官だから。ただ、クレフと君が話してるところを想像できなくて──」
「誰が彼の任務の管理をしていたと思うわけ?」
「……評議会?」
「ジャック、それ面白くないわ。」ソフィアは答えて、トヨタの白いカムリの鍵を開けた。もっと高い車を買うこともできたが、ソフィアはいつもミニマリストなのだ。ジャックが助手席に座り、2人は出発した。
「それが、君が勤務時間中ずっとやってたことなのか?クレフの任務の管理が?」
「まさか。でも、任務管理が私の予定になかったと言えば嘘になるわね。」
「それなのに、彼に何があったのかは知らないと?」
「ええ、まったく。」
ソフィアが最後にアルトに会ったのは、通常の任務結果の報告会でだった。彼は彼女と目を合わせようとしなかった。彼は項垂れていて、背骨はまるでクエスチョンマークのように曲がっていた。ソフィアは何度か彼の顔を見ることができたが、よく眠れていないのは明らかだった。
「任務の結果は?」ソフィアは聞いた。答えは分かりきっていたが、形式的な確認が標準の手続きだった。
「成功だ。」
「目標は全て達成できた?」
「ああ。対象は終了された。」
「目撃者はいた?」
「いた。彼の妻と2人の息子だ。」
「その人たちは、対象の異常性には気付いていた?」
「気づいていなさそうだったな。だが、対象の終了後に記憶処理はしておいた。彼らは、彼は車の衝突事故で死んだと思っている。標準プロトコルだ。」
「ほかに言うべきことは?」
「ある。」
ソフィアは首を傾げた。いつもなら、ここで報告会は終わりだ。アルトはドアを通って去っていき、ソフィアはもう数週間彼の不精ひげを見なくて済む。彼女はこの会を終わらせたかった。
「何?」ソフィアは尋ねた。
アルトは初めて顔を上げた。「私は前線から退いて、控えに回りたい。」
ソフィアは笑いを堪えた。「あなたが?控えに?ここに来るまでにお酒でも飲んだの?要請は却下します。」
「なんだと?」アルトは立ち上がり、ソフィアの机に近づいた。「なぜだ?」彼女は、彼の任務後の匂いを感じ取ることができた。彼は1年ほど前から、任務に携わっている間は風呂に入らないことにしていた。ソフィアが文句を言ったときにはアルトはストレスのせいにしたが、誰もそんなことは信じちゃいなかった。ソフィアはただ、目を合わせることしかできなかった。
「あなたはタイプ・グリーンの無力化において一番頼りになるエージェントよ。他とは比べ物にならないわ。」
「私は日毎に頼りなくなるぞ!」アルトは言い、ソフィアの前に手を出してみせた。手は、地震のように震えていた。「これが一流の狙撃手の手に見えるか?」
「そう、じゃあその手はどうにかしてうまく動くようにしなければね。」ソフィアは自分の目に涙が浮かぶのを感じた。アルトの体臭が目に染みるのだ。
「失敗するその時まではうまく動くだろうさ。いつかそのうち、私は死体袋に入って帰ってくるんだ。」
「偉大なるクレフ博士は、どうして急に死ぬのを怖がり出したの?」
アルトは机の上に身を乗り出した。「私だって平和な数年間を過ごしたいのかもしれないと、一度でも思ったことがないのか?肝臓を考慮に入れれば、私はもう7、8年しか生きられないだろう。年寄りを少しか長生きさせてくれたらどうなんだ。」
ソフィアの鼻は、もはやその臭いに耐えられなかった。彼女はその男に背を向けて、目を擦りはじめた。
「要請は却下します。本当に辞めたいなら、評議会に持ち込むこと」
そしてそれが、ソフィアが彼にかけた最後の言葉だった。
2人はサイト-19に到着し、互いに頷き合った後にそれぞれの方向に歩いた。会食では他の人と一緒になって、たった今埋葬したイラつきの種以外のことをどうにかして話そうと努力した。けれど、重苦しい空気は依然としてそこにあった。「失って初めてその価値に気がつく」といった、物事の終わりにつきもののあの雰囲気だ。
その間、サイト-19のどこか奥深くで、ある管理補佐官が財団データベースの死亡診断書にアクセスした。彼は、全サイト管理者やO5の一部よりも高いクリアランスレベルを持っていた。と言ってもその理由は、誰かはこの情報にアクセスできなければならず、だからといってO5-3の時間を無駄にするわけにはいかなかったからだ。
補佐官は、死亡証明書のどこがそんなに機密でなければならないのかは知らない。博士やエージェントや財団を全く知らないので、顔と名前を一致させることができないのだ。それに、ほとんどの死亡診断書の死因は不明だった。
けれども補佐官は簿記の重要性を知っており、それでお金をもらっている以上、仕事はした。彼は、財団の他の施設から切り離されたところにある自分の小さなオフィスに座って、名前と死亡時刻と「N/A」の入力を続けた。けれど、作業中の資料の半ばを超えたところでようやく、死因が書いてあるカードに出くわした。
氏名: ジョナサン・シーリー
死亡時刻: 2019/4/19 米国東部標準時16:33
死因: バレエ教室から娘を迎えに行く途中、車の衝突事故に遭い死亡。
「ふうむ。」
そして彼は次のカードをめくった。