真実は小説より奇なり
評価: +12+x
blank.png

もしくはDr.██████の贖罪の物語。


「……$になります」

「何を言ってる?もう既に払っただろう」

「……?あぁっ、失礼いたしました。ぼんやりしてたみたいです」

──やっぱり最高だ。

指輪をした男は密かに笑みを浮かべた。

「ありがとうごさいました、またお越しください」

男は店を後にし、袋からサンドイッチを取り出した。フルーツサンド、ハムエッグ、ベジタブルの中からハムエッグを選択し、大きく頬張る。

──美味い。


男の名は██████。元財団職員で、財団ではDr.██████と呼ばれていた。なぜ「元」なのか?それは男の指にはめられている指輪に関係することだ。

指輪────財団ではSCP-1184と呼ばれているが────
は、数年前、男が財団から「盗んだ」ものだ。異常性は、先程発揮された通り、「発言者の言ったことは、聴取者にとって真実になる」というもの。男はこの異常性を利用し、財団に様々な事を信じ込ませた。財団はこの指輪の異常性を、「発言者も影響を受けるため、私的な利用は困難」と解釈している。もっとも、指輪が社会に出た以上、誰にも真実は分からないが。

以来、男はこの指輪を利用して生活を続けている。文字通り、口先だけで生きているのだ。衣・食・住の全ては、人間から供給される。現代社会において、男は無敵に近い。


男は図書館に入った。互いが互いを気にする事無く、本の世界に没頭できる。そんな理由から、男はよくここに来る。

男は1冊の本を手に取った。詩人、バイロンの生涯を綴った本だ。

──俺に似てる。

男は、バイロンと自分を重ね合わせている。私には理解出来ないが。それにしても、男の心の拠り所が、「バイロン」だとは滑稽だ。

少しして、男は図書館を後にした。


男は公園を訪れた。目の前に立つ木を眺める。

──いっそ死んでしまおうか。こんな生活をしている意味など、きっともう無い。

男は既に自分の人生を悲観的に見ている。男の人生に最早意味が無い事を否定する根拠は、もうどこにも無いが。

──財団を騙すというのは───楽じゃ無かった。その見返りがこの生活か。

男は自殺する勇気も無く、サンドイッチの残りを食べた。


──もう夕方か。

男はそんな事を考えながら、今日の寝床について考える。

──無難にホテルにしようか。それとも、どこかの家に入り込もうか。

男は現状を後悔はしていない。但し、この生活を楽しんでいるわけでもない。毎日襲ってくる無力感を、出来れば無くしたいとも思っている。しかし、男は既に禁忌に触れているのだから、どうしようもない。毎日は過ぎて行く。

──今日はあそこの家にしよう。

男は一軒家に狙いを定めた。インターホンを押す。

「……宅急便です」

少しして、30代程だろうか?女が出て来た。

「あら?宅急便じゃなかったかしら?」

「何言ってんの。俺は居候の██████だよ」

「…そうだったわね。お帰り、██████」

何故男はこのように、リスクの高い一軒家を選んだのか?ホテルだったら、金の支払いを誤魔化すだけで済んだのに。男の弱さが垣間見える。

それよりも、気付いただろうか。女は出て来る時、何というか、苛立っていた。と、同時に、残酷な感情も孕んでいた。男はまだ気付いていない。

家に入った男は取り敢えず、女以外の住人を探した。そして、女にしたのと同じく自分が居候中の██████だと思い込ませた。いつものように。

その一家の家族構成は、夫、妻、子供と、至極普通だった。

──しばらくはここにいよう。マンガがいっぱいある。


男がマンガを読んでいる間に、少し指輪の話をしよう。

指輪は基本的に、発言した内容のみを相手にとって真実にする。そして今、一家はこの男が「居候」であると認識している。

しかし、それ以外の認識はなんら歪められていない。例えば、発言していない「生活習慣」等は少しも変化していない。これから起こるのはそういう事だ。

男が寝始めた。話を一度中断しよう。


夜中。男は異様な音に目を覚ました。

「……この…このクソがいるから、私達は…私達は、ああああああああぁぁぁぁ!」

──なんだ?何をしているんだ?

男がリビングに向かうと、女が子供を虐待していた。容赦なく、幼い体に鉄拳を奮っている。傍らには夫もいて、それを眺めている。

──どうやらこの家は色々とヤバイようだ。

男は思った。「さっきの考えは改めよう。明日はホテルに泊まることにしよう」と。

しかし得手して、人の決意は揺らぎやすい。

少年はリビングの扉に隠れている男に気付いた。隠れている「居候」に。そして、か細い声で、こう言った。

「……助けて。居候さん、助けて」

目の前が黒くなり、男は思考の中へと落ちてゆく。


──もうほとんど覚えていない。

男は指輪を手にした時の事を考えようとする。

──ダメだ。

黒いベールで隠されたかの様に、男の記憶は、「真実」は、見える事が無い。「真実」を知る者は最早誰もいなくなった。

──あの時────俺はもう────

男は正常な思考を出来ないでいる。指輪に頼って生活しているからか?男が弱さを持っているのか?私にはわからないが。

──どうすれば俺は救われるんだ?

誰に聞くでもない。聞く相手などいない。救いなどきっと無い。全てが大袈裟な芝居のようだ。

──どうすれば───────

偽善を嘲罵するバイロンが今ここにいれば、きっと男は殺されているだろう。


男は考える。

──さっきの言葉───さっき女は言ってたよな?「いなければ」って──

男は考える。

──もしかして──俺なら、全て解決出来るのか?

男は考える。

──────いいさ、どうせ俺は犯罪者だ。今頃───誘拐くらい大したことない。最初から「そう言う事」だった事にしよう。これからはただ「そう言う事」だと。

男は考える。


数年後、男は██████郊外のマンションに住んでいた。
数年前とは違い、傍らには少年がいる。

「──お兄ちゃん、一緒にいてくれる?」

「──ずっと一緒だったじゃないか。──これからもずっと一緒だ」


SCP-1184 - 真実

オブジェクトクラス: Safe (きっとこれからも。)

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。