微笑みの価値
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「地見師の縄張りっていうのはね、何よりも厳格に決められているモンだ」


財団のエージェント春日部は警察官に扮して上野駅にいる。アノマリー絡みで人を殺した男へインタビューを行うためだ。
その男の名は山南。髪の毛に白髪の混じった、中年と初老の間ぐらい風貌の男で薄く無精ひげが生えている。スーツに身を包んでいるが真っ当な職についているように見えない。しかしホームレスだとかそこまでの困窮具合も見受けられない。

駅舎の従業員や客、その他目撃者や警察には記憶処理も含めた隠蔽が行われている最中だ。
実際に何が起こったか、それを調べるためのインタビューである。

山南は不服そうに睨みながら尋問に答え始めている。


「…… 山南さんは地見師ということですが、地見師とはどういうお仕事なのでしょうか?」

「おや、若い刑事さんは地見師をご存じではない?」

「拾得物横領…… 失礼、落ちているお金などを拾って生計を立てている人達、ということは知っていますが、細かいことまでは少し勉強不足で。あなたの口から詳細について聞かせてくれませんか?」

鼻を鳴らして肩をすくめる山南。

「そうさ、落ちているモノは俺達の金だ。落ちているモノを拾う仕事が地見屋でその仕事についている奴が地見師。天に恥じない立派な職業だ。こう見えても俺はそこら辺を歩いているサラリーマン共よりも稼いでいるんだぜ?車だってベンツだしな」

春日部は素直に驚く。

「そんなに儲かるものなんですか?」

「そりゃもちろん人によるよ。腕による差もあるがなんといっても受け持つ縄張りに左右されるな。地見師の縄張りは、一番良くあるのが駅だとかその周辺の繁華街、あるいは繁盛しているショッピングモール、競馬場や競艇場、まあ人の往来が激しい場所な訳だが、やっぱりそれにしても儲かる場所儲からない場所ってものがある。儲からない縄張りっていうのはそうであるからこそ広めに設定されているんだが、その中を一日中歩き回らないとならないのが本当に大変でね。俺もこの業界に入った時はそういう広くて痩せた縄張りを貰ったんだが、休みなしで夜中まで小銭を探し続けてやっと500円とか泣けてくるよな」

「その縄張りというのはどのように定められるんですか?」

地見師は軽蔑しきった表情で解説を続ける。

「全日本地見師連盟が北は稚内駅周辺から南は石垣島の新石垣空港まで日本中の縄張りを定めている。人気のある縄張りというのは連盟に貢献を続けたメンバーに受け継がれていくもんだ。初めて地見師になった奴はそれなりの縄張り、誰も担当していない場所、したくない場所しか貰えない。地見師になるにはまず連盟に入らなきゃ話にならない」

「全日本ということは海外は別なんですね」

「海外には別に組織がある。アメリカの地見師の組織と技術交流会をしたことがあったが、アレには感心したな。日本の地見師はどう効率よく回収していくかというのが技術のコアだが、アメリカでは広告を視線の上部に上手く配置して金やモノを落としやすく、落としても気づきにくくするってのがトレンドだとよ」

言葉とは裏腹に、山南は馬鹿にするように言い捨てた。

「…… やはり落ちている小銭を拾っているイメージがありますが、具体的にはどのようなものが落ちていて、それを拾っているんですか?」

「自販機の釣銭の取り忘れとか自販機の底の隙間の小銭なんかは定番だが、意外と色んな場所に色んなものが落ちているもんだ。外国のコインが落ちていることもあればスマホなんかが落ちてたりな。財布とかが落ちてるとラッキーでな。質屋に売れないパスポートなんかは連盟に回したりもする。食べ物なんかはパッケージングされてる奴は食ったりもするが基本は無視する。書き込みがある手帳なんかは謝礼が貰える可能性があるから駅の落とし物センターに渡す。乗車券なんかは駅員に言えば金に戻る」

「乗車券って…… 駅側から地見師は迷惑ではないのですか?」

「そうでもない、というか黙認だ。むしろ俺たちが縄張りを守っていないと素人が同じことをして、結果として滅茶苦茶な争いが産まれるわけだ。つまり必要悪ってことよ。その見返りにお金を頂戴している。何にせよ、縄張りに落ちている金は全て絶対的にその縄張りの地見師のモンなんだよ」

罪悪感の類は感じていないとばかりに顔を振る。

「…… あなたが担当されているのは上野駅ということでいいんですか?」

「上野駅だけどよ、上野駅ほどでかくて人が多い駅となると縄張りも分割されるんだわ。俺は大まかに言うとJR側だな。まあそれも悪いことばかりじゃなくて歩き回らなくて済んで休みも多く取れるってことなんだが、地見師同士の縄張りが接している場所っていうのが一番の問題があるわな」

「具体的にどのようにして縄張りの領域は定められているのでしょうか?」

「連盟がその縄張りから得られるアガリが同じように定めているって話だが、それはそれぞれの縄張りが定められた時期にそうだったってわけで、基本的には縄張りの大きさはそれから変わらないから縄張りごとに優劣はデカイんだわ。で、その縄張りの境界は厳密に決められている。ある柱とある柱をつなぐ中心線だったり、ある直線状のタイルの溝の中心、とかな」

「もし地見師が他の縄張りからお金を拾ったらどうなるんですか?」

春日部の質問を受け山南は虚ろな表情で答える。

「そりゃもう地見師達を集めてそいつをリンチだ」

「リンチ……」

「むしろそれ以外にない。というかリンチにした後殺すなり海に沈めるなりする。そうじゃないと地見師の秩序は保たれない」


春日部は少し間をおいて本題に入った。

「…… 境界線上にモノが跨って落ちていたら?」

「モノの部分が大きい方が総取りだ。そこでインチキする奴もいるから監視カメラで確認する。知ってるか?地見師の縄張りの境界線を見張るために監視カメラは発明されたんだぜ?」

山南は明らかにありえないことを真顔で言う。それを実際信じているようだ。

「…… それで今回の件の場合は?」

「ああ、丁度、完全に境界線を半分に跨って落ちてたんだ。連盟からナノメートル単位の測定器まで借りてきたが全く完全に半分だった。俺は絵柄がある分重心がこっちだって言ったんだが奴は数字がある方が優先だとか言い出してな……」

「それで…… 諍いになって?殺したと?しかし……」

「刑事さん。地見師にとってはね、縄張りは全てなんだよ。落ちていたのが一円だろうが一銭だろうが、なんだろうが自分の縄張りに落ちているカネは自分のモノなんだよ。一回譲れば全てが奪われる。俺じゃなくてもそれを譲る地見師はいない。それは確かだ」




インタビューが終わる。この地見師、山南は財団のDクラス職員に編入されるだろう。

「しかし、なんでこんなものが今ここで出てくるんだ?」

春日部は押収した鋳造金属製の硬貨を見た。
それは微笑むドナルド・マクドナルドの絵柄をした零円硬貨であった。

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