第三番目の死
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くたびれた肉嚢にはエイモス・マーシャルの意識を収めてあり、それがうめき声を上げた。エイモスは特別快適ではなかった。これは最早、何も新しくない。この百年間、特別快適だったことは、一度もなかった。エイモスの向かい側には、新しく、みずみずしい体があった。それが柔らかに嫌悪を見せながら、老人をちらりと見た。エイモスも同じようにして報いた。その少年はバッテリーであった。そして数秒後、彼はそのバッテリーを枯らし切ってしまった。

軋んだ木の扉が開く。ルプレヒト・カーターの一番新しい体が、最新型の魂吸器を転がしてきた。当然、魂吸器などというのは公式の名前ではない。だがエイモスはそれ以外の語が考えつかなかった。記憶と『生命エネルギー』、それらとエイモスが信じる我は、魂というものに極近いものである。カーターは機械から皮下注射器のホックを外し、少しのスイッチを弾くと、電気の唸る音が始まった。ドナーがカーターに話す。

「あなたはこれが安全であると確信しているのですか?」

「絶対的に確信している。我々はかつて幾度と無く、これを行ってきた、ああと……」

「マイケルです。」

「マイケル!そうだ、マイケルだったな、済まない。とにかく、それについては心配いらない。我々はこの筋のプロだ。さてと、君が今日この日のことをいくら程考えてきたのか、教えてくれないかね。」

「ええと、私は問題なく2、3リットルの血液を失うことになるだろうと考えています。」

「君は……正確には……人体にはおよそ5リットルの血液しかない、と言うことを理解してるのか?」

「まあ。ええと、あー、標準が何だとしても、そのぅ。」

エイモス・マーシャルは、痩せ衰えた胸郭を目一杯動かして、クククと笑う。部屋に居た残りの者は、単にエイモスが少し咳をしたのかと思った。マイケルのいっぱいに伸ばした腕に、カーターが針を押し付ける。マイケルは、少し怖気づきながら、カーターを軽蔑した目で見た。エイモスが、震える腕を宙に持ち上げた。カーターはその紙のように薄い皮膚の裏に針を辷らせた。

ルプレヒト・カーターが列に並んだスイッチの元に戻っていくのを、マイケルとマーシャルが眺めていた。機械の唸り声が、柔らかな風切り音に変わる。機器は特定の状況に入り始めた。カーターはまた別のスイッチを弾く。2つの構成要素の合間で、アークが短くフッツリと鳴って、そして消えた。カーターは眉をひそめて、そしてスイッチを、また、下に上に動かした。今度は、接触が繋がった。絶えず、放電の白い明かりが明滅し、2つのむき出しの電極に橋を架けていた。マイケルが眉をひそめた。

「それ、安全に見えないんですが。」

「上手く行っている、心配するな。」

何故このプロセス中にアーク放電をしなければ、これが機能しないのか、カーターはその理由を知らなかった。ダークの元の設計図から改造した多くのことは、実験の観察に基づくものだった隙間を銅線で繋いだりすれば、装置は作動しなかった。カーターは機械の右側の大層なレバーを握ると、マイケルに微笑みかけた。

「準備万端かな?」

「もちろん。」

レバーを下に下ろす時、カーターの黙笑は満面に広がった。マイケルは、皮膚の下で何かを吸われているような、奇妙な気分がした。単に血が抜かれてるだけだ、と彼は仮定した。マイケルは以前に輸血したことがなかったものだから、ここに来るのがとても心配だった。カーター氏は素晴らしく、有能な人だ。これに関連することは説明してくれたし、これは老人に望みを与えるものだと言っていた。実際、カーター氏は言っていた。これは直截、体から提供者へ血を移すのだと!もう血を保管する場所はどこにもいらない。静脈から、まっすぐ一番必要としている所に通って行くと。マイケルの魂は気前がよい。人の助けになったものだと喜んでいた。

機械がより大きく唸る。マイケルは頭が少し軽くなるような感覚を感じた。彼は目を手に下した。視界が少しぼやけている。なんだ、ただの貧血だ、そうだよな?だから、手がしわくちゃになっているのも、そういうことなんだろう。レーズンにするために何かでジュースを絞ったブドウみたいなんだものなんだ。マイケルは、これがレーズンを作る方法なんだとほぼ確信していた。だって、血の一部を吸われているんだし、どう考えても皮膚がちょっと不安定になるよね、そうだよね?何も問題ないんだ。

マイケルは、少しのどがカラカラになっているように感じた。彼は口の中から唾を吸い上げようとしたが失敗した。彼の視界がより不鮮明になっていく。機械がかすかに緑色に輝いているという事実も分からなくなっていたら、彼は機械が何であるか理解することは殆ど無理であっただろう。マイケルは肌がだぶだぶに垂れ下がっていくような感覚がした。息は苦しく、より苦しくなっていく。つま先と指先がかじかむ。心臓が激しく胸打つことも感じた。そして、マイケルの視界が黒く薄らいでいく最中、やっとこれは輸血機械ではなかったのだろうと思い始めていた。

多分、これは輸血装置などというものではなかったんだ。決して


エイモス・マーシャルは腕をさすった。針の痛みがまだ疼いている。彼は少なくとも2、3年は取り戻した。思うままに立って歩くには十分だ。エイモスは伸びをすると、関節がきしみ、ポンと鳴ることを感じた。彼はバーまで歩いて行った。ルプレヒトは、一杯のスコッチウイスキーをちびちびと飲みながら、カウンターの前に座っていた。ルプレヒトはにやりと笑った。

「毒を選び給えよ、ご老人。」

「ポートワインを、思うに今は、肝臓を苛める甲斐がある。」

カーターはトップシェルフに手を伸ばし、厚いガラス瓶を降ろした。彼はコルク抜きをカウンターから引っ張ってきて、瓶の蓋の上でひねると、ワインが開いた。ゆっくりとグラスの半分に注いで、それをマーシャルに差し出した。エイモスはグラスを取ると、口に液体を慎重に注いだ。口蓋に向けて呷って、味蕾を刺激しようとしたが、無駄だった。少量を呑み込んで、グラスをカウンターの裏に置いた。

「全く、これは何にもならないな。」

「残念。その飲み物は、我々と同じくらい年を食っているのだが。」


規定279.1
エイモス・マーシャル、ルプレヒト・カーター、パーシバル・ダーク、各氏の内の一名が死亡(ないしは、規定3.7で定める所の死亡に近似した状態)の場合、マーシャル・カーター&ダーク社は、生存しているマーシャル、カーター、ダーク各氏の内の二名に譲渡される。

規定279.2
エイモス・マーシャル,ルプレヒト・カーター,パーシバル・ダーク,各氏の内の二名が死亡(ないしは、規定3.7で定める所の死亡に近似した状態)の場合、マーシャル,カーター&ダーク社は、マーシャル,カーター,ダーク各氏それぞれの直系親族に、規定279.3,規定279.4,規定279.5の定める仕様に従い、譲渡されることになっている。これに残されたものは誰であれ、生きている場合でも、マーシャル・カーター&ダーク社の株券及びその所有財産を失う。


エイモスは部屋に歩いて行った。次のドナーがもう待ち構えていて、座っていた。ドナーは微笑んだ。

「ミスター・マーシャル、でいらっしゃいますね?」

「それは私のことだろう、ああそうだ。そして君は?」

「ライムンド・エダ―ともうします。」

ライムンドは手を差し出した。エイモスは無愛想に手を振ると、向かい側に座った。カーターが機械を転がしてきて、それを付けた。昇階誦な騒音をともなっていた。エイモスは腕を上げると、カーターは慎重に皮膚に針を刺した。前と同じように。ライムンドは差し出した腕に、ルプレヒトが針を刺すので歯を軋らせていた。

エイモスは壁をじいっと見つめ始めた。そして数秒の間、見つめ続けていた。少なくとも、しばらく見つめていた。たとえ若返っても、体の細胞はまだ、しわの寄って白んでいるような古ぼけたものだった。エイモスは一週間で、一年間に等しい程の年を食う。2、3ヶ月毎にドナーが集められた──世間知らずな運のないやつ、浮浪者。もう逃れられないものなど。──そして、彼は再び若さを感じる。

カーターはいくつかのスイッチを弾く。そして、機械がゆっくりと生命を揺り動かす。唸るような音はカチカチとした音に変わり、カチカチとした音はひゅうと飛ぶような音になり、ひゅうと飛ぶような音はだんだんと高い音になっていった。かつて記録されたことのない音だった、耳に入れるには余りにも不適切な音だった。カーターはまた別のスイッチを弾くと、アークが回路に弧を結んだ。カーターは、席に座っている哀れな運命の男を見つめながら、黙笑していた。

「皆さん用意はよろしいかな?」

カーターがスイッチを弾くと、振動が始まった。

ただ、機械からわずかに、回路が焼き切れるような匂いが漂っていたが、誰もそれに気が付かなかった。


規定279.3
エイモス・マーシャルの持つマーシャル・カーター&ダーク社の株式は、エイモス・マーシャル直系かつ、25歳を超えない男子で最も長男子に譲渡される。

規定279.4
ルプレヒト・カーターの持つマーシャル・カーター&ダーク社の株式は、ルプレヒト・カーター直系かつ、25歳を超えない男子で最も長男子に譲渡される。

規定279.5
パーシバル・ダークの持つマーシャル・カーター&ダーク社の株式は氏の直系卑属である、アイリス・ダーク、乃ち、西暦1993年12月12日にウェールズ,スウォンジーのシングルトン病院で誕生したその者に譲渡される。

規定279.6
この様な所有権移転が行われている間、マーシャル・カーター&ダーク社は規定282.1から282.27で説明されるような中立不偏の第三者によって維持される。


ルプレヒト・カーターは誰かに頭を狙撃されたように感じて、目を覚ました。

その理由は、何者かが彼の頭を狙撃したためだった。

ルプレヒトはうめき声を上げ、背中から転げ落ちた。額から飛び散った血と骨の欠片を、彼は開放創から用心深く取り払った。火傷はしていなかった。だから、至近距離からではなかった。彼の頭蓋骨がは構造的には頑丈らしかったが、着弾地点の周りは少しほど粉砕されていた。相当なクリーンショットだ。ド真ん中から撃ってある。流血創はない。弾丸はまだ脳にめり込んでいる。彼は少しうめいた。

「またか。」

明らかに、傷は致命に至っていない。カーターはそもそもこの体の脳は使っていなかった。問題は穴が開いたということだ。これでは外皮は明らかに壊れていて、ほとんど利用することが出来ない。人々はじっと見つめていただけだろう。彼は目を拭いて、目を開いた。

エイモス・マーシャルは死んでいた。

しわくちゃでしょぼくれた死体が、冷酷な視線を虚しく投げていた。手は椅子の横にだらりと降ろしてあった。椅子の向こう側の死体は空っぽだった。機械はぶっ壊れていて──多分、修理はもう無理なように思えた。ドラムセットが如く扱ったように見えた、しかし道具に野球バットを用いたような見てくれだ。カーターは地面から跳ね上がった、背を引き攣って、背にヒビを入れながら。彼は亡き友人に向かって屈んだ。マーシャルは頭部の傷から血を滴らせていた。カーターは二本の指を首の横に当てたが、無意味な検証にすぎなかった。

「畜生。何というこった。」

機械を付けてからのカーターの記憶は白紙だった。あの男だ、カーターが名前を覚えてすらいなかったあの男が何かしたに違いない。次は、次は身辺調査を徹底的にして、絶対完璧に検査して、骨の髄まで絞り……

カーターは次がないことを理解した。

「畜生何てこった。何じゃ、こりゃあ。」

カーターは頭の上を手を丸め、血を止めようと、血が凝固まるまで抑えていようとした。僅かにフラフラとして、扉の方まで移ると、外の音を聞こうとした。カーターは金のドアノブをひねり、ドアを開けた。部屋は多くの人影に満たされていた。一目瞭然、彼らは十分よく似ているものだった。それぞれ青白く、いやほとんど白い肌で、それぞれ黒いスーツを纏い、それぞれ大きな黒い書類鞄を提げ、それぞれ他のそれに小さな、理解できない囁きで、さえずっていいた。連中は扉の方に頭を向けたが、正確には扉の方を見たとは言えない。連中が顔を向けなければならなかったところには、皮膚と肉だけがあった。さえずりは沈黙に。

カーターは規定279.2を覚えていた。

彼は手をおろし、血液と脳脊髄液を額から注ぎ出した。奴らはまたさえずり始めた。もう彼に興味が無いように。

ルプレヒト・カーターはもう、マーシャル・カーター&ダーク社の株主では無くなったのだ。

「おのれ、貴様ら皆、地獄に落ちろ。」

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