貪欲のサーレックスは不正投票に手を染める


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暴力、混沌、死。貪欲のサーレックスは国会議事堂の下した結論に対し考えを巡らせていたが、決断には苦悩していた。都市全体を完膚なきまでに破壊してから随分と経ったが、人々をじっくり、痛めつけながら壊していくのもまた一興だろう。都市がどんどん近づいていくにつれ、期待が高まっていく。もうすぐこの闇が、国会議事堂を、やがては世界を覆いつくすだろう。なんて考えると、抑えきれない嬉しさのあまり笑みがこぼれてしまう。最後、死すべきものどもは影の偉大なる怪物の下に頭を垂れることになるであろう。

空を覆う雲を突き破り、怪物は広大な大都市へ、大勢の見物客へと向かって急降下した。交通量の多い通りでは沢山の金属製の箱が集まっていたが、中の人々はあちらこちらへと動き回っている。人々は怪物へと近づいたかと思えば、その周りを動き回り、不愉快な音を立てながら通り過ぎっていった。人々の中には、怪物へと手を振った者もいたが、そのジェスチャーはおそらく、怪物へ自らの哀れな命を赦してもらえないかと請うているのだ。彼らは幸運だろう。貪欲のサーレックスはこのように鎮められることなど、ないのだから。

怪物はふと、自らの乗客を思い出すと、その巨大な爪を離し、バーニーを地面に落とした。

「あなたが事故を起こすのと、僕らがこの道路の真ん中から脱出できるのと、どっちが早いと思いますかね?」

「貪欲のサーレックスは誤りなど冒さぬ!我が偉大なる定め中で、あらゆる局面は意図されたものなのだ」

「分かりましたけど、ここは立つところではないですよ。断じて」

「よろしい。では我をこの国の指導者の本拠地へ案内しろ。さすれば、我がその者どもを人々が見る前で腸から骨まで、引きずりだしてやろうぞ」

「あー、仰せのままに」

吸血鬼が怪物を道路わきに誘導すると、怪物は歩行者の群れを上手くかき分けて進んでいった。すでにこの怪物は決意を確かなものにしていた。まずはこの地を支配する指導者たちを大衆の前で惨殺し、その後はサーレックスが闇と血による新たな支配体制を築きあげるのだ。

「ええっと、着きました。ここが議会の建物ですよ」

貪欲のサーレックスが思い描いていたような、白い大理石製の柱と、ドーム状になった屋根はどこにも見られず、側面にIKEAと印字された箱型の青と黄色の建物が建っているだけであった。とはいえ、建物は依然として大きいものであり、どこか重要そうにも見えたので、怪物はこの議会に苦しみの何たるかを分からせるために、ガラス製のドアを蹴破り、中へ侵入する大義名分を手に入れた。

「我が名は貪欲のサーレックス、この社会に終止符を打つために参った!貴様らの世界を焼き払い、汚れた頭蓋の上へと新たな帝国を築いた暁には、我の下でガタガタと震えるが良い!」

「貴様ら、我らは十時五一分、このロビーに足を踏み入れたぞ。我にも記録するものが必要かもしれぬ」

この宣言を聞いていた唯一の警備員は恐らく何らかの通信装置であろう、小型の装置に向かって何か話していた。怪物は目を細めると、通信装置の先にいる人間の心までも、全ての人間の心を溶かす呪文を唱え始める。突如、怪物の背中に包帯が巻かれた手の感触がし、集中力が削がれてしまった。

「あの、恐らくこの人は殺すべきものではないでしょう?ええっと、彼はあなたに何もしていないですし、ここにいる残りの警備員が到着した際、僕が撃たれてしまうという事態にならない方が良いかと」

「我が暴力に理由など要らぬ。我は全ての人間を審判する者であり、生きとし生ける命の終焉でもあり……」

「思い出してみてください、実のところ彼も人間ではありません。正確には彼、プロメテアンなので。とにかく、厳密に言うと、彼はもう死んでます」

「何だと?死者を嬲ったところで何も楽しめぬ。来い、下僕。警備員どもをかき分けて進み、議会を見つけ出そうぞ」

思考をフル回転させた吸血鬼は、壁に貼られていたポスターを掴んで剥がすと、怪物へと見せつけた。

「代わりにこんなことしてみるってのはどうです?」

「選挙だと?ふん、貪欲のサーレックスはそのような些細な勝負を超越しておる。今すぐ我が道から退け。それか影の怪物の激しい怒りに耐えて見せるのだな」

「ですけど、えー、ちょっと考えてみてくださいよ。ここの連中が作ったルールで僕らが勝ったら楽しいと思いません?確かに皆殺しもできます。でも彼らの定めたルールで国盗りする方が面白いんじゃないですかね?彼らが間違っているって証明したくありません?」

「ふむ、大虐殺も恋しいものだが、我がこの者どもの世界を破壊していく様を、この者どもの組織内部から見せつけられたとしたら、楽しいものだろうな。これより決定だ。我はこの選挙に出馬し、ここの人間どものルールに則り世界征服を行おう!」

怪物が次の行動計画を立て始めると、吸血鬼はやっとほっと息をつくことができた。今日、バーニーは実際、誰一人傷つけることなく彼を縛り付ける存在を説得することに成功した。

「さてお前たち、監視対象になりたくなければ、今すぐ立ち去りなさい」

数人のプロメテアンの警備員が議会へつながるエスカレーターの前に立ちふさがり、一人と一体の侵入者がこれ以上先には進めないように監視していた。貪欲のサーレックスは新たなる計画に夢中になっており、警備員のことなど目にも入っていない様子だったが、吸血鬼はそんな怪物を無理やりドアの外へ、街路へと連れ戻した。


「では、これらの政党はどれかが勝ち残るまで法律について議論を行い、そのうえでどうするべきか投票を行うということか?」

「ええ、大まかな流れはそんな感じです」

「で、殺し合いはいつ始まる?」

「ああー……その後に起こりますよ」

「良い。この首相の人間についてはどう思う?この者がこの国の指導者か?」

「その方なら最多議席数を持つ政党のリーダーで、各議席一票ずつ持ってます」

「素晴らしい。我のこの体であればいくつもの議席を満たせるだろうな。政党など要らぬ」

「どうでしょうね。無所属じゃ十分な票を得るのは難しいと思うんですよ。あのロボットに単身で挑んで勝利を飾った人なんていないと思いますし」

「我は挑戦は拒まぬが、我が征服できるであろう政党を知っておきたくもあるな」

吸血鬼は図書館のパソコンを使い、いくつかのウィキペディアのページを開くと、災厄以来存在していない政党のリストを探した。

「あー、保守党っていうある種の右翼勢力があるんですけど、その政治勢力としての分布がどこに属するものなのかは全然分かんないですね」

「笑止。貪欲のサーレックスは決してブルーチームには属せぬ。もっと我の審美眼に叶うような色を見つけろ」

「分かりました。だったら、民主党とかどうですか?旧世界では良い政党だったと聞きますが」

「そこの現リーダーはくたばるべきクソだ。我の第一印象をそのようなものと関連づけられたくはない。次の政党はどこだ」

自由意志論者リバタリアンの集まりとかもあると思いますよ?ですが、僕も一番人気なのかは……」

「完璧だ。リバタリアンの代表と我はなろう。この度、我が世界を掌中に治めれば、我が政治権力を駆使し、死すべきもの共の頭蓋と体、切り離してやろうぞ!」

バーニーは上の空といった様子で頷くと、この怪物が選挙に参加するための必要書類を印刷するため、開くタブを変えた。


深紅色が怪物を取り囲むようにして輝き、その眼の光は絶対的な暗闇である筈の場所で微かな光を放っていた。囁き声が周囲に響き渡り、共に混ざり合って不協和音を奏でている。しかし、ある声が響き渡った。その騒々しい声が怪物のいくつもある耳に突き付けられ、怪物の聞きたがっていたことを正確に伝えてきた。

「そして今夜、今年の選挙における、主要立候補者三名に最初の討論会を行ってもらいます!最初の立候補者は、リバタリアン代表、全能なる闇の怪物、人類を滅ぼす者、そして……それほど……あー、行きましょう、お手を拝借、貪欲のサーレックス!」

怪物はステージの幕を突き破るような勢いで飛びだすと、集まっていた聴衆を恐怖の渦に陥れた。スタジオの照明は怪物を引き立たせていたが、下僕曰く、そのいくつかは全国の液晶画面に下僕の姿を放映していたのだという。聴衆の反応からするに、彼らはこのような恐ろしい怪物が突然現れたことに驚きを隠せないといったところだ。怪物は演壇に立つと、人々に恐れられる感触を享受した。そして、ひとたびこの選挙が終われば、その恐怖は今以上のものとなるだろう。

「お次は緑の党代表、皆大好きアクシズシカの、サテュロスだ!」

小さく、弱そうに見える森の生き物は、ステージに跳び乗ると、怪物の隣をその定位置とした。この脆弱そうな生き物が怪物の隣を陣取るということが、怪物の心をより一層満たしていた。

「最後となってしまいましたが、無所属のアテナは四回目の再選への立候補です!」

体中に点滅するライトを持った大きな金属球が用務員によってステージ上へ転がされ、三番目の演壇の隣に置かれた。

「これより、討論を開始します」

奇妙な光景であったが、金属体が話をはじめた。人類は滅び去ってなお、この怪物を激しい怒りに駆り立てるような新しい機械を思いついていたらしい。

「最初の議題ですが、ダストリアルにのける不安感の増大と、改善の余地がある労働条件による貿易関税の引き上げを要求する投票についてどうするべきでしょうか?」

最初に声をあげたのは鹿人だった。その声は小さかったが、容易に切り捨てられるものに対して強い憤りを抱えているようなものだ。

その工場ザ・ファクトリーが行っていることは狂気の沙汰としか言いようがないです!彼らは奴隷制やってますと公然の場で認めているというのに、我々はまだここで彼らの製品を購入する気なのですか?ダストリアルはいつも、災厄の中に置いてきた筈の大量消費主義者どものイデオロギーを思い出させてくるんです!地球とそこで暮らす人々のことを考えてくれている上院議員は皆、奴隷制の制限に賛成票を投じてくれましょう」

次に金属球が話した。それも議題に対し精密に計算されたものを。

「ダストリアルの製品は費用対効果の高い、高品質なものであることは明白です。しかしその製造方法から目を背けることは出来ません。私は、工場が労働者の労働条件を改善できるまで、工場との交易を制限することには賛成です」

怪物はしばし考えるようなそぶりを見せ、自身の下僕がこの埃っぽい場所について何と言っていたか思い出そうとしていた。

「奴隷を飼うことに反論の必要などなかろう。だが何故、かの場所から物を買う必要がある?依然として物質的なものを求めるなど、自らがいかに哀れか、証明しているかのようだ。そのようなものどもは工場で働くものと同じだ。暮らしが良くなる筈もな……しばし待て、我らは・ファクトリーについて話しているのか?言わせてもらうが、奴らならば覚えておるぞ。火星労働者のストライキの後は、どうしておるのかと常に考えておったわ」

「ああ、ええっと……次のトピックに移りましょうか。ハフウェイでシヴが発見されたという噂が多く飛び交っていますが、仮に人類が未だ生き残っていた場合、我々の社会に彼らの居場所はあると思いますか?」

「もし人類が戻ってくるのなら、我々は両手を広げて歓迎すべきである、と私は思います。我々の多くはかつて人間だったのです。また、私たちは本当にDNAに基づいて人々を判断していると言えるのでしょうか?」

ぶつぶつと聴衆が賛成の声を響かせるが、怪物にとっては、どうしてこの点滅する金属球は聴衆に向けて話し、その上彼らが聞きたいことを上手く伝えられるのか、不思議で仕方がなかった。

「私は人類が地球にいたころ、地球に行ったことについては称賛しません。ですが、私は……」

「くだらんおしゃべりはもう良いぞ、小さき鹿人よ。これより、貪欲のサーレックスが話す時だ!我はかつて、沢山の人間に出会った。我は彼らの中で最も勇ましい戦士どもを虐殺し、その村を焼き尽くしてきた。そして、我は休まぬ。最後の一人まで、残らず殺しつくすまではな!」

聴衆の唖然としたような沈黙は、手を叩くかすかな音に取って代わられ、ゆっくりと拍手へと変わっていった。これには怪物も驚きを隠せないといったところだった。今まで人ならぬもの達は怪物にあまり魅力的なものを感じてはいなかったのだから。たとえ彼らが、大きく劣った存在であろうと、結局のところ、共通の利益はあるらしい。議論に勝つ時が来たようだ。

「次の議題に入りましょう。最近の増税について多くの方が疑問を感じており……」

「そうか、我らへの質疑応答はもう終わったと思っていたぞ。我は選挙の勝者を決定する血祭りがこれより行われると信じておるが」

「今夜のスケジュールの確認は行いましたか?このディベートに他者が死亡するような戦いは含まれていませんが」

「ほう、そうであったか?つまり貴様らは闇の強大な力を秘めた怪物に立ち向かうのが恐ろしくてならぬのだな?鹿人は既に恐怖で震えが止まらぬらしい。戦いの時を始めよう!」

外では雷鳴が轟き、空には光が瞬いた。ドアがねじれ曲がると、金属のきしむ音が空気を通じて響き渡り、全ての人が中に閉じ込められることとなった。ステージ用の照明が一つ床に落ち、背後で砕け散る。炎が明るく燃え、ステージを照らす。が、闇は依然として広がり、全てを黒い影に染めていた。

「この件は議論にルールに対し、直接違反を犯しています。即座に異常性による効果を停止させてください」

機械のような球は好き勝手話をしてきたが、この機械は本当の力とは何かについて知っているのだろうか?人間が去ったというのに彼らの作った機械は怪物の悩みの種になるためだけに残り続けている。そして、今ではそれを破壊することでこそ、怪物は満足感を得られるだろう。彼女はリバタリアン党代表の貪欲のサーレックスと戦いたかったのだろうか?そんなことをすれば、彼女も他の者達と同じように、死ぬことになるだろうが。

「何してんですか?これは民主主義の選挙であり、死闘じゃないんですよ!選挙がしたいって言ってたと思いますけどね?」

吸血鬼は慌てた様子でステージ上に上がると、無謀にも怪物が議論に打とうとしている終止符を打たせまいと試みた。残念だが、下僕は有能だった。他の者と共にこの命を終わらせなければならないことを後悔するほどには。

「こんなことするなんて聞いてませんけど?進行中に全部計画したんですか?」

「そんな訳なかろう!貪欲のサーレックスには計画があり、常にその通りにするまでだ!」

一瞬、暗闇は揺らいたが、スタジオの周りを風がぐるりと吹いた途端、元の暗闇に戻ってしまった。建物がくらつくと壁は悲鳴を上げ、内部で起こる混沌に耐えられなくなるのも時間の問題だった。椅子の下に潜る者も、舞台裏へと逃げた者も、全ての者が無意味な行動をとっただけとなった。この議論が終わるころには、立っていられるのは一体だけとなっているだろう。

「分かりましたから。それでどうやってこの惨状を終わらせるつもりなんですか?世界征服を成し遂げたらどうなるんですか?」

この吸血鬼は一体どうして怪物の目的に疑問を抱くのだろう?怪物の為すこと全てに明確な理由はあるが、その複雑さは定命の者が持つ虚弱な心では理解できないのだ。

別の雷が落ちると、スタジオの屋根が勢いのまま飛ばされ、怪物が空中へと飛ぶことを許してしまう。そして、世界へ恐怖を知らしめることも。

「終末に備えよ!脆弱な虫ども!我に票を寄越すのだ!」

雷のものではない小さな光が暗闇の中で地上に輝き、怪物の唱えた呪文を打ち消した。何が起こっている?他に魔術師でもいるのか?問題ない。何が起ころうといずれ死ぬような者には止められまい。だが光は依然として輝きを保っている。加えてこの光の中で小さな輝く箱が、周囲に広がる明かりある世界を安定させているように見えた。まるで一種の錨のように。

「不可能だ、貪欲のサーレックスを止められる人間機械ヒューマンマシンなど存在せぬ!」

金属球は良しとしていないようだったが、兵士の格好に身をつつむ数名の金属製の人型は怪物を取り囲み、皆が小さな光り続ける箱を持っていた。雷は再び雲を引き裂くが、何も燃えることはない。誰一人殺されることも。暗闇が晴れると、怪物は破壊されたスタジオの上空で孤独に漂うだけであった。


バーニーはリモコンを取りテレビをつけ、チャンネルをニュース番組にした。かの議論の後、バーニーは彼の吸血鬼人生と共に岐路についた。ブルーシートで覆ってしまおうと最善を尽くした壁の穴からの隙間風を除けば、今は静寂と共にある。ここ数日での思い出はそれだけだ。あと、数か所に残るかすり傷や打撲。

今まで政治について心配したことはなかったバーニーだが、何か恐ろしいことが起こってはいないか確認する必要性があるため、結果を見るべきだ、なんて考えていた。

「昨夜の選挙の結果発表がなされたところなのですが、驚かざるを得ない結果でして、どん……いや、そんな結果有り得ない。なんでこいつの名前ってこんな長いんだろなあ?オーケイ、私たちが新しいリーダーとして迎えるのは、貪欲のサーレックスと……」

「はっはっは、然り!勝利はいつ何時も我が掌中にあるのだ。これより、貴様ら死すべき者どもは我に跪くが良い!世界は我が力の前で震え……」

「しばしお待ちを。別の連絡が入りました。はい、貪欲のサーレックスが今回の選挙の勝者ではないようです。最新の再集計によると、貪欲のサーレックスに入れられた数千票全てが、同じ署名で書かれていたことが判明しました。よって、この選挙の本当の勝者は、みんな大好きAIの、アテナです!」

「この役職に戻ってこられたことは本当に素晴らしいことだと思っています。皆さまが私をリーダーに選んでくださったこと、本当にうれしくも思っています。皆さまの確実な未来を得られるよう、細心の注意を払っていきたいと思います」

「何だと?狂っているのか!ほら吹きめ!名誉棄損だ!我は我自身に投票するなどという真似はしておらん。全ての投票用紙にはバーニー・ヴァンパイアマンの名が署名されているではないか。罰されるべきは彼だ、我に非ず!」

なんと素晴らしいことだろうか。バーニーは選挙法違反という濡れ衣を着せられたのだ。少なくとも、怪物はバーニーの姓を知らないようだが。バーニーはテレビを消すと壁の穴の方へ戻り、修理代はどれくらいになるかについて思考を巡らせた。

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