鼓動の時計
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黒の女王、セイ・ミン。カタログづくりは初めてだけど、頑張ってみる。

大丈夫、私もいるから。こちら黒の女王・シンシア。

世界の放浪者、黒の女王のブルー・ラグーン。よろしくな。

八重野さくらです。ラグーンに呼ばれて来ました……。


ベースライン

まずは私から始めようか。"鼓動の時計"はアナログ式の時計で、最も近くにいる人間の心臓のリズムと秒針が同期する。どういう訳か、秒針が一周するのに60秒かかる事は変わらないので、長針と短針の動きは普通の時計と変わらない。ちょっと変わったインテリア?問題はここから。この時計……少なくとも一部の時計には二つめの異常性がある。この時計は同期していた心臓が止まった時、その動きを復活させる。そして、それと引き換えに世界の全てはその人(これ以降『同期者』と呼びます)を残して静止する。その人間だけが静止した世界に一人取り残されるという事だ。例外として、その時計が置かれた部屋にあったものは問題なく動くみたい。でも、部屋の外は全部だめ。異常性のあるものも、ポータルも、徹底して全部停止している。そして、光すら止まっているんだろうな。その時計の置かれた部屋の外はどこまでも深い暗闇。そして永遠に夜明けは訪れない。酷いものだよ、まったく。

必須条件

ヒトにしか同期しないことを考えるに、おそらくヒトの存在。それと、時計が存在すること……かな?アナログ時計がこの形で存在する事、じゃない? デジタルのものはないようだし。それもそっか。砂時計や日時計も考えにくいしね。

実用性

皆無。同感ね。世界を静止させる力というのは大きいけど……。代償がデカすぎる。特に、基本ソロ活動で一人しかいない自分たちには。次に行こう。

傷つきやすさ

非常に頑丈。財団がこれを収容したタイムラインのほぼ全てにおいて、彼らは分解を伴う解析を試み、失敗している。世界オカルト連合が非常に強力な宇宙を除き、破壊や分解に成功した事例はない。いわゆる「破壊不可能」型だ。ちなみに異常性の分かりやすさとぱっと見の実用性の低さから、この時計は大体財団か焚書者に目を付けられる。焚書者から財団預かりになるルートもそれなりにあり、結果として大抵の宇宙ではこの時計は財団に収容される。それもあって、このカタログの情報の大半は私たちがあちこちの財団から拝借したデータベースに由来する。そこを念頭に置いてほしい。他にも理由はあるけど……そういう訳で、追加があったらよろしく頼みます。ああ、あとは自分たちに任せてくれ。なあ、八重野さん。は、はい……。


実例: タイムライン A-019

最も典型的なタイムラインの一つ。財団は第一の異常性に気づき、あれこれ試し、第二の異常性には気づかないままAnomalousとして倉庫にしまい込む。発動条件が厳しいんだろうな。ただ死ぬんじゃ駄目ってことか。えっと、Anomalousっていうと……。Anomalousってのは財団が研究価値や重要性を見出さなかったアイテムの事だよ。補足ありがとう、セイ。この調子でまとめていきましょう。どういたしまして。この調子でいいんだよね。

実例: タイムライン B-373

この宇宙はさっき言った「世界オカルト連合が非常に強力なタイムライン」。パラテク満載のプレス機に押し込んで一発で粉砕した。ちょっと見てみたいな、それ。いつも思うけど、連中って結構異常に頼るよね。別にいいんだけど。どうせならここのも破壊しておいてくれたら……まあいいや。ちなみに粉砕された時計だけど、秒針だけピクピク動いてたからもう一回へし折って地中深くに埋めたってさ。うわあ。

実例: タイムライン A-504

ここもA-019と近くて、財団は時計を管理しているけど第二の異常性には気づいていない。ただ、この宇宙での鼓動の時計は広間に据えられた大時計で、撤去不可能。だからとっても目立つ。ひっきりなしに同期者が変化してるから、第二の異常性が日の目を見ることはなさそう。財団は人目から隠すのを諦めて「現代アート」ってカバーストーリーでどうにかしてるんだって。アートを何だと思っているんだ?それをうっかりAWCYの”批評家”の一人が絶賛しちゃって大恥。界隈がちょっと荒れたんだって。あの人たちも大変ですね……。大変だよね、あの人たちも。

実例: タイムライン K-566

この宇宙は少々特殊で、人々は超自然的なものの存在を当然の事として受け入れている。財団は常ならざるものを覆い隠す事に失敗したの。ヴェールが破れたってことですか?だろうな。素敵な世界だ。それで、この世界ではこの時計は量産されている。健康状態がわかるちょっと不思議なインテリアとして、それなりに知られている存在みたいね。メジャーさで言ったらこっちの世界の素数時計と同レベルかな?言うほどメジャーか?素数時計。そんなにメジャーじゃないと思う。そして、流通量にも関わらず世界が止まっていないしそういう話も出ていないってことは、おそらくこれらの時計に第二の異常性は存在していない。それって同位体にカウントしていいんですか?量産品は別種の存在だろうと思うけれど、オリジナルが同位体として存在している可能性はあるので、ここに記しておく。なるほど。

実例: タイムライン C-288

ここも財団は第二の異常性には気づいていない。ただ、保有者たちが奇妙な自殺を遂げた状態で発見されたので、財団は警戒してEuclid扱いしてる。精神影響を疑ってるけどそれらしい結果が全くでないので首をひねってるね。あの、その自殺って……。第二の異常性に気づいていないタイムラインばっかりね。やっぱり時間が止まった宇宙はそこで終わりなのかしら。財団がもっと別のオブジェクトクラスをつけている宇宙なら、何かに気づいていると思う。次に行こう。ええ、そうね。

実例: タイムライン E-067

私の出身宇宙じゃないですか。この宇宙での”鼓動の時計”はなんとSCP-001-JPって呼ばれてる。とても重要な扱いってことだね。ただし、当然ながら最高機密扱い。セキュリティもとんでもなく強固で、今の私が突き止められたのは『プロジェクト・ヴェルダンディ』なる手順に重要な役割を果たすという事だけ。誰かがこの辺り、追記してくれたらいいんだけど。そういう訳だ、八重野さん。あなたの出番だ。あなたは『プロジェクト・ヴェルダンディ』について以前から調べていたし、何か突き止めていただろう?ああ、それで私を呼んだんですね、そうです、私はそれを知っている。自分たちの世界がどうして救われたのか知りたかったから。『プロジェクト・ヴェルダンディ』とは財団が保有する最終手段の1つで、言ってしまえば人身御供のシステムです。両親をなくし、独り身で忠誠心と能力が高い職員──つまり1人で死なせても大丈夫だと判断した人員──を用意しておく。そして、有事の際にはその人員が自殺する。足りない場合には、BZHRによるその人員の複製体も捧げる。そして世界はSCP-001-JPによって救われます。BZHR?ブライト=ザーションヒト科複製機。要するにヒトのクローンを生成する装置。遺伝的に同一存在か。ありがとう、続けてくれ。続きはありません。私が財団から得られた情報はこれだけだったから。何もわからずにいたんですよ。作戦の要である「SCP-001-JP」とは何なのか、私達の世界を救ったその一人は何に捧げられたのか、一体どうやってあれほど世界を覆い尽くしていた蔦を一瞬で手折り尽くしたのか。全部判明した。私達はその人に全部やらせたんだ。一人ぼっちで、引き伸ばされた永劫の夜の中で。そんなことになっていたなんて思いもしなかった。判った、ありがとう。すまない。それで、作戦が終わったあと、そいつは……。『プロトコル・ヴェルダンディ』はその人員と、いるならその複製体全ての自死を以て完了する。そう書かれていました。おそらく、同期者の死が静止した世界を再び動かす鍵です。私達の宇宙は、そうして救われたんだ。うーん、ここの情報は手掛かりになりそうなんだけどな。まあ出来ないことは仕方ないわ。もう一回ミーム殺害エージェントを踏むわけにはいかないし。えっ?

実例: タイムライン V-246

ここではこの時計はKeter。財団は第二の異常性に気づいて、しかも報告書を更新している。期待できるね。待って。待ちなさい。何だい。ブルー・ラグーン、一つ確認させてください。私の声は、セイ・ミンとシンシアには届いていない。そうですね?ああ、その通り。彼らに見えているのは2人の文字だけだよ。データが取得出来た。これを書いたのは時計と同期した後に心臓が止まった人……夜に取り残された財団職員だ。でも、どうやって時間の流れを取り戻したのかは書かれていない。これ、遺書の形で締めくくられてる。やっぱり、一度そうなってしまったらもう世界は動かないの? シンシア。なんで黙っていたんですか。2人はどうなったんですか。いいえ。この報告書はデータベースにアップされてるのよ、セイ。あなただって、もう察しはついているのでしょう?もう察しはついてるんじゃないのかい、何が起きたのか。

同期した心臓の持ち主が再び死ぬ事が、夜を終わらせる方法。シンシアが、同期者だったんですね。

ええ、そうだと思う。泣かないで、セイ。私は大丈夫。まだやる事も残っているのだから。書き残さなければいけない。私たちの宇宙に何があったか。見届けなきゃいけないんだ。最後のタイムラインに移ろう。

実例: タイムライン A-165

わたしに説明させて。これがわたしの出身宇宙、最後に取り上げるタイムライン。ありふれた、典型的な宇宙です。ありふれた人間のギアーズとその娘、ありふれた経緯で黒の女王になったアリソン・チャオ。”鼓動の時計”もまたありふれた経緯でAnomalousに指定されていた。そしてちょっとした、ありふれた困り事について相談に乗ってもらいたくてハッキングが得意なシンシアに来てもらっていた。わたしたち自身も、わたしたちの宇宙もよく似ていたから、参考になるだろうと思って。宇宙が近いからよく行き来していたの、私達は。私がセイを助けたこともあったし、セイが私を助けてくれたこともあった。ほんの一回じゃない。大したことも出来なかったし。私にとっては重要なの。それで、今回のは私のミスだった。私たちはAnomalous倉庫に潜り込んで、調べるべき事柄を見つけ、その場で財団のデータベースに侵入した。そして、心停止を誘発するミーム殺害エージェントを踏んだ。無意味とはいえ言い訳させてもらうと、予期はしていたし対策はとっていたの。確かに数秒間心臓は止まっていたけれど、そこから復帰できるだけの手立てはあった。でもそれよりも先に、私と同期していた時計の力が働いた。そして、私と部屋にいたセイは、凍り付いた夜に取り残された。わたしたちは事態を把握し、その倉庫の部屋で唯一静止した時計の存在に気づいた。時間の流れを取り戻すべく思いつく限りの事を試し、失敗した。それからシンシアが持ってきていた、あちこちの宇宙での財団データベースの中から似たような事例がないか、探し始めた。結果は御覧の通りなんだけど。

明けない夜を重ねる中で、私たちは一冊のノートに見つかった情報をまとめはじめた。最初はただの事務的なリストだったけど、いつしかそれは黒の女王のカタログのような会話形式になっていた。私達にはこの形式が馴染んでいるって事なんでしょうね。そしてデータベースの探索が何度目かの行き詰まりを迎えた頃(確かK-566あたりかな。白状すると、私はその答えをセイより先に察し、わざと避けていました)、私はこれを本格的なカタログにしないかって言った。夜が明けたらあと二人くらいに加筆してもらって、いつも通りのカタログにしようって。現実逃避じみた提案から生まれた希望の光は、思っていたよりもはるかに強く私達を照らした。少なくとも私にとっての日常の一部を取り戻せた事は大きかったし、二人で笑いあう事も増えた。ほかの私達はここに何を書き足すだろうって、近くで棒立ちになってた財団の研究員から拝借した黒と赤のボールペンを握りながら。……ああ、それとこの形式にしてよかったことがもう一つあった。直接顔を合わせて言いづらい事が一気に書ける。直接の会話だったら、きっと私は自分の死が世界を動かす鍵だと認めるのにもっと長い時間がかかったんじゃないかな。

必要のないことを書きすぎた気もするけれど、これで最後だから許してほしい。このノートを見る事になるあと二人の私へ。私はこれから死にに行くけれど、どうか葬式みたいにしないで、普通のカタログにしてほしい。”時間が経ったら夜があけて日が昇るくらいに普通”の。それをセイに残せるというのが、今の私にとっての最後の希望だから。

そうですか。だから私に何も言わず、ノートの内容を文字に起こして普通のカタログであるかのように見せかけたと。ああ。騙し討ちみたいになったのは本当に悪かったと思っている。事情を知ったうえで何も知らない振りをして追記するのは無理だと思ったが……いや、言い訳にしかならないな。すまない。それで最後まで行けると思われたのは少々不可解ですが……そうですね、君の推測は正しい。何か奢りなさい、私たちに。それで手を打ちます。あー……うん。

先程からセイ・ミンに連絡が取れないのですが。どうしたんですか? 同期者の死によって世界が動いたのなら、そちらに合流か何かしたと思っているのですが。なあ、『プロトコル・ヴェルダンディ』は同期した者本人と、いるならその複製体全ての自死によって完了する。それで間違いないか?そうですけど……まさか。彼女たちはクローンじゃないんですよ。だが、彼女たちの世界は非常に近しいものだった。シンシアとセイ・ミンは遺伝的にもほぼ同一の同位体だ。少なくともA-165の"鼓動の時計"は同一人物だと判断したんだろう。私がA-165で見つけたノートには続きがある。それはもはや黒の女王のカタログじゃあない。同記者の同位体、あるいは暗闇に放り出された独りぼっちの人間の手記だ。共有するにはあまりにも個人的な叫びであり、ここで葬るにはあまりに貴重な証言でもある。私たちがそれを黙殺するわけにはいかないでしょう。本人がどう思おうと、書き残すという事はそういう事なんだから。そう言う気がしていたよ。じゃあ今から転記を始める。なあ、八重野さん。今あなたがどういう顔をしているかこちらからは見えないが、辛かったらここで読むのをやめたっていいんだぞ。あなただけじゃない、他のこれを読むことになる黒の女王たちも。転記するのは自分一人でもできるしさ。ご心配どうも。ご想像通りの顔をしていますが、君一人に決断を背負わせるつもりはありません。早くしてください、私の気が変わらないうちに。わかった。

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