夜の帳を下ろすまで
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灼熱の道程でふと回顧する。

始めに浮かんだのは財団の一員になった時のこと。
"人類を守るためならば、何だってしてみせます。この身を擲つ覚悟だってあります。"
若かりし頃の俺はそう言い放った。教官はそれにまるで無反応だったのを覚えている。口だけは達者な新人など珍しくも何ともなかったのだろう。
だが俺はあの時の言葉を反故にした覚えはないし、たとえ今再び志を訊かれても同じように答える筈だ。

旅の無事を祈りながら回顧する。

次に浮かんだのは配属が決まった時のこと。
狙撃手としての腕を見込まれ、俺の評価は"夢見がちな新人"から"期待の新人"へと転じていた。同期の連中と早々に別れ、最前線で活躍するエリート部隊の隊員と共に地獄へ顔を突っ込む頃には自分に天賦の才があると信じてやまなかった。
きっとそれは間違いじゃないのだろう。ただ、それが齎すのは栄光ではなく重責だった。

悪路でハンドルを握り直し回顧する。

続いて浮かんだのは転属を言い渡された時のこと。
その日俺は、最前線で死ぬ権利を取り上げられた。俺は、"もしも"のための最後の砦として、隔離サイトで埃を被ることになった。俺は、初めて己の才能が憎たらしくなった。このままこの陸の孤島で腐り切って一生を終えると思うと、すぐにでも己の腕を斬り落としてしまいたかった。
今となっては、あのまま骨になるまで腐っていられたらと考えてしまうばかりだ。

壊れかけの金網を、車両の装甲が難無く突き破る。鉱産会社のロゴと、放射能を警告する看板を横目に気を引き締め直した。

嫌でも思い出すのはあの日のこと。
8101から、やけに重いファイルが送られてきた。そうして初めて、この檻の外で世界が狂い始めたと知った。無数の命が奪われたと知った。そんな世界でも、苦しむことすら出来ない俺達を知った。
俺達に告げられたのは待機命令だった。"もしも"の時ですら何も許されない俺は、まもなく昔の同僚が一人残らず死んだことを知った。とっくに死んでいたことを知った。

103と記された駐留所は廃墟と化していた。僅かな期待を寄せて中を検めようとしたが、きっと後悔すると思い直して、やめた。

思い出すまでもないのは5日前のこと。
81FAから、命令が届いた。俺達にではなく、俺だけに向けた命令だった。世界でただ一人、俺だけに。
防護服を身に纏い、小さな積み荷と共に航空機に乗り込む。久方ぶりの空は青と緑が抜け落ちたような赤をしていた。
どうせメキシコに行くなら観光が良かった、それが俺の口から吐いて出た最後の戯言だった。もう一言だって喋りたくない。

何に出逢うこともなく、補強だらけの木造住宅に辿り着く。ここが街中でなかったことをただ喜ぶばかりだ。

"人類を守るためならば、何だってしてみせる。"
その言葉に偽りはない。

特殊装備に全身を包み、家屋に侵入する。

"俺には使命を成し遂げられる力がある。"
傲慢じゃない、きっと成し遂げられる。

腐敗した階段板を静かに踏みしめて、2階へ。

"でも、本当にこれで世界は救えるのだろうか?"
…答えてくれる人は誰も居ない。

梯子を登り切ると、体は重圧から解放された。

"世界が救えなかったら?取り返しがつかなくなったら?"
俺のせいなのか?…違う、と、信じたい。

固定具を床に突き刺し、地に足をつける。

"何にも邪魔される事なく辿り着いてしまった。"
誰かに止めて欲しかったのか?俺は。

端末の情報と照らし合わせ、"目標"を見付ける。

"撃つのか?本当に?"
どうだろう、今すぐ投げ出してしまうかもな。
…いや、嘘だ。俺は、俺の体は、頭と切り離されたみたいに淡々と此処まで辿り着き、事を成そうとしていた。今更、体は脳を受け付けてはくれなかった。

スコープを覗き込み、照準を定める。



大きく深呼吸をする。




ゆっくりと、銃身を揺らさぬように引き金に指を掛ける。

…ああ、撃っちまう。



静かに、引き金を引いた。

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