皆さんはじめまして、そしてようこそ、東弊重工へ。
私が社長の八百万やおよろず鐡蝶てっちょうです。よく聞かれますが正真正銘の本名、なんなら戸籍謄本をお見せしましょう。
さて、前後しましたがどうぞ、着席ください
改めまして、ようこそ東弊重工へ。今年も多くの新入社員を迎えることができ、非常に喜ばしく思っています。
皆さんがどのように我々の存在を知り、どのようにしてここまで至ったか、それを思うと面映ゆいようでもあり、皆さんの才能をひしひしと感じられます。まず、誇りに思ってください。見つけること、探し出すことはこの業界においては代えがたい才能なのですから。
さて、こういう真面目な場所は得意ではありませんが、少しくらい社長らしい話もしておきましょうか。
この東弊重工の歴史を皆さんはご存じでしょうか?
…何人かは頷いていますね。ではそこの青いスーツの貴方。…ええ、そうです、その通り。我々"東弊重工"は終戦まもなくの1946年、焼野原を眺めるとある町工場から始まりました。当時は生産性、先進性、先見性を標語に、この国を盛り立てようとしていた熱気が社歌からもうかがえます。…おや、何人かは首をかしげていますね。その疑問は間違いではありません。もちろん、"東弊重工"の始まりは間違いなく1946年です。現在も緩やかな町工場の互助組織という一面を保っています。では、なぜ疑問が発生するのか。それは"東弊重工"という存在の成り立ちを何処で求めるか、という理由につきます。
"東弊重工"は戦中、とある軍事部隊と"東幣"の接触により誕生した"東弊組"を経て発足しました。この"東弊組"を始まりとする見方もあるでしょう。この軍事部隊は"東幣"の持つパラテック技術を見込み、自らのパラテック技術と組み合わせ、それを軍事転用しようとしたとされます。"東弊組"に関しては東弊重工史にも補則として載っていますので確認していただければと思います。現在、異常軍事産業に少なからぬシェアを獲得しているのはこの頃の名残です。現在取締役を務めている鴻池さんもこの流れです。
では今の話に出た"東幣"とは何か? 皆さん、この"幣"の字は何を意味するかご存じでしょうか? そこの短髪の貴女。…ええ、その通りこれは幣ぬさ、と読みます。皆さんが神社で見かける…、おっと、幾人かはお持ちのようですね。"大祓に祓え給い清め給う事を諸々聞食せと宣る"、御祓いの時に振られる大幣の幣ですね。これは神への捧げものの意味も持ちます。日本書紀の天岩戸のくだりに天津麻羅という鍛冶師が登場します。彼は天岩戸に引きこもる天照大御神を引き戻すため八尺鏡を作金されました。多くが失伝していますが"東幣"もそれを目的としていた、正確にはそれを受け継いだのだとされています。これでお判りでしょうか。"東幣"とは神へ技術を捧げる神職どもの集まりなのです。
…と、言いたいところですが、勘のいい皆さんはここまでの話の多くが伝聞であることにお気づきと思います。これらはあくまでそれらしい、というだけの話です。しかし、いつからか、"東幣"と名乗っていた時期、彼らが神へ技術を捧げようとしていたことはおそらく事実だとされています。確認できる限り、少なくとも500年ほど前、真偽の怪しい文章を辿ると2000年以上前から活躍していた可能性もあります。この"東幣"を源流とすることもできるでしょう。
大まかではありますが、これが東弊重工の歴史であり、その始点についての話です。ここまで聞いた皆さんは疑問に思うでしょう。この短い間に軍事部隊、神職、町工場など噛み合わない歯車が多く出てきたと。そんな異なる要素を抱え込んで東弊は大丈夫なのかと。
そこであえて言いましょう、この国の振興、異常技術の軍事転用、神への技術奉納、それは全て"東弊重工"なのです。
1つの目的で集まった集団は一枚岩と言えば聞こえはいいですが、弱点を突かれれば脆く、柔軟性は弱く、簡単に瓦解します。たった一つの金属で作られた素材が脆いことはご存じでしょう。では、それを強くするにはどうすればいいか、柔軟性を持たせるには。もちろん、分子結合を強くするなどの方法はあります。ですが、もっとシンプルに。
そうです、他の金属や素材と混ぜ、合金を作ればいいのです。
ただの熱意で足りなければ功利を、それでも足りなければ信仰を。我々は戦艦をも作り出せる合金です。
私が何故東弊重工の歴史を話したかお判りでしょうか。皆さんの目的がなんであろうといい。何者であろうといい。
我々には技術があればそれでいいのですから。
…ああ、ただし、友人や知り合いに凍霧とか、日奉とか、犀賀とかいう苗字の人がいたらそのときは教えてくださいね?
我々は技術によって繋ぎ合わされた多頭の蛇。山をも崩し尽くす八岐大蛇です。
私から皆さんに言葉を贈りましょう。
1つ、技術に傲慢であれ。
1つ、技術に真摯であれ。
1つ、技術に敬虔であれ。
我々は傲慢に、真摯に、敬虔に、技術を追います。皆さんがその1人となることを心から祈っています。
最後となりますが、皆さんにはこの入社式にあたって1つ課題を出していましたね?
変わった課題だったとは思いますが、それの確認をもって長々とした挨拶を終わらせていただきます。
───ここで突然ですがこの入社式会場は既に"財団"に感知されています。我々が情報を流したので。
そう、皆さんもご存じかと思いますが、我々の製品を押収したり、我々の社員を拉致監禁したり、ほんのたまに協力する我々の隣人です。そんな彼らがこの場所を知ればどうなるか? もちろん即時に襲撃をかけてくるでしょう。そうですね、あと10分あるかないかです。
これで課題の理由が分かったのではないでしょうか? 我々は皆さんにそれを求めます。我々は多頭の蛇ですが、共通することは多い。そんな我々にとって最も大事なことは戦うことでも、勝つことでも、負けることでもありません。
我々にとって大事なことは、技術を守り、継承することです。連綿と続く技術の模倣子を絶やさないことです。
…そのために必要なことは何でしょうか? ええ、ええ、ええ、"ここにいる"皆さんは分かっていますね。皆さんは数ある東弊重工の求人の中から、偽装され、隠された、"まともな人間ならば手を出すことはないはずの"この求人を選びこの入社式に参加した、唯人として技術を使うのではなく、"異常すらも技術とすることを選んだ"のですから。
気づいている方はいると思いますがこの会場にはレイラインを伸ばしています。ポータルや幽世、転移装置の起動にも面倒な処理は必要ありません。そのほか、退路は多く用意していますし、政財界とのコネも使用していただいて構いません。
それでは、また、オリエンテーション等で会う機会もあるでしょう。用意していたお菓子や水分は持ち帰っていただいて構いません。パンフレットは数分後に所定の措置を行わない場合自動で消滅します。では、皆さん、この一言を以て長い挨拶を終了させていただきます。
───課題はこの会場からの逃走方法!
あらゆる方法を以て逃げなさい! 東弊重工は皆さんの入社を歓迎します!
ようこそ、守り受け継ぐ技術の担い手たちよ!