花蘇芳の下で今を祈る
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僕は殺される。
予感ではなく、確信だ。
問題はいつ殺されるか、だ。
死刑囚と違うのは、それでも仕事をしないといけない所だ。
こんな姿になってまで仕事だなんて、でも死にたくない。

一週間前、足が人間じゃなくなった。
昨日、アノマリー職員として復帰した。
すぐに極秘通信で上司に伝えた。

「僕、脅威存在になりました」

上司は応えた。

「これから、外からお前に来る紙はすべて【メガネ】を通して見るように」

僕の足は、ダチョウの足だ。
骨格とか構造とかはもうどうでもいい。
どうせ、近々殺される。
 
 
今日は休日、通販で頼んだ荷物が来た。外に出られなくなっても外の食べ物が届くのはありがたい。何より自分の処刑に間に合った事に感謝した。ここしばらく口にしていない故郷の菓子だ。後で同僚でも呼ぼう。いや、すぐつまもう。
段ボールの中には例の品と紙が二枚。明細書と注文ありがとうの手紙だった。
本来なら即ゴミ箱行きだが今はそうも出来ない。上司命令だ。

視力の悪い僕に合わせた装備品、【メガネ】。任務に関わる資料は基本これを使わなければ見えないようにされていて、GOCに入ってからの相棒だ。丁番の側に付いているスイッチを押し、改めて紙を確認する。
明細書表、変化なし。ひっくり返して裏、文章を確認。驚いて落としてしまった。白紙だと思っていたのに。
そして同時に安堵した。これを捨てていたらと思うと肝が冷える。

拾ってよく見ると、たった数行だけだった。

レザー殿

辞令

本日付をもって財団内部調査専属 エージェントを命じる

世界オカルト連合

口が半開きになったのが自分でもわかる。僕に来たのは死ではなく辞令だった。
ありがとうの紙を裏返す。今度は文字がずらずらと踊っていた。長い文章は苦手だ。捨てたい。
とりあえず、すぐに殺されない事はわかったので一旦紙を置いた。安心したら小腹が空いた。別に菓子をつまみながらでもバチは当たらないだろう。


君がこれを読んでいるという事は、君が我々を裏切らずその期待に応えたという証だ。
君の忠誠心と勇気に敬意を表し、我々はこれより君に真実を伝えよう。

いきなり飛び込んできた「真実」の文字に、混乱していた頭が冷える。
真実。真実とは何か。何の真実だろう。
それでも、本部が僕を敵視していないのは感じる。ほんの少しだけ安心した。

君は「邪径技術」という単語を聞いた事があるだろうか。我々GOCが所持し、研究している技術の中でも最高峰のテクノロジーだ。
魔法、信仰といった科学技術以外の法則による技術であり、GOCが未所持の物は既知脅威存在と見なされる。無論、破壊対象だ。

そんなものを何故と疑問にも思うだろう。本来ならば敵対する脅威存在の技術を何故わざわざ取り込んでいるのかと。
答えは明白だ。科学技術では破壊はおろか対抗すらできない、それが多々有り得るのが「脅威存在」というものだからだ。

内容はうっすら聞いたことがある。物理部門に行った同期が話していた。

「俺達が使う装備、モノによったらアニメとか漫画に出てくるような技術が入ってるらしいぜ」

すげーよな、とため息混じりの声が頭に響く。まさかそれが近未来の話ではなくて異世界レベルの話だとは思っても見なかったけれど。
まあどんな世界においても菓子は正義だ。やっぱりうまい。

さて本題だ。我々はこの「邪径技術」を研究しているが、それには一つ重大な副作用が存在する。
それは、この「邪径技術」に関わった職員が、まれに脅威存在となる事がある事が判明しているのだ。

傾向としては、「邪径技術」に多く関わった者がなりやすい。研究所の研究者、装備を製造する技術者が該当する。実際にこれを搭載した装備を使用したものが脅威存在となることはなかった。
我々はこれに関しても調査を行ったが、未だ原因不明のままだ。しかし、このまま放っておくわけにはいかないのは明白だ。脅威存在は破壊する、これが我々の使命だからだ。

「脅威存在は破壊する」、この言葉に心臓が冷える。使命とはいえやはり体の反応は正直だ。
狩られる側と狩る側と。同じ世界の同じ人類、そして同じ使命を持った仲間であっても、立場が違えば響きも違う。僕は身をもってその違いを噛み締める事になった。

第四の任務を思い出してほしい。人類の生存の為、脅威存在は破壊しなくてはならない。身内だからといって情けは無用だ。例え家族、親友、愛する者であっても、脅威となるならば破壊する。それが義務だ。

しかし、このまま貴重な人材を脅威存在に変えてむざむざ破壊するような真似は許されるはずもない。人材は貴重な資産だ。歯車や戦闘力としてだけではない。その人物が持っていた知識や技術、他人からの信頼などを鑑みれば、職員一人を失うのがどれほどの損失かわかるだろう。

GOCで過ごしていた頃、消えた同僚は少なくなかった。
脅威存在の影響でミイラ取りのミイラになり、殺されたヤツと殺したヤツ。まだ何も罪となるような事をしていない善良なタイプ・グリーンの青年を殺したヤツ。良心の呵責に耐えきれなくなり心を病んで辞めたヤツはどの国にもいる。
それだけで話が終わればまだいいが、仲間が消えた事で士気が落ちたヤツ、集中力が切れ任務を達成できなかったヤツ、一番ヤバいのは後を追うように辞めたり、死んだヤツがいる事だ。人材は貴重な資産、その通りだ。


さて、話は数年前に遡る。財団に潜入させていた工作員が、脅威存在と化したのだ。財団に収容されていた忌々しい脅威存在の毒牙にかかったわけでもなく、馬鹿なミスをやらかしたわけでもない。ある日突然に、だ。

食べていた菓子の欠片が口から落ちた。
…は?工作員が、脅威存在?しかも、突然?
思わず文章を見直した。何も変わらない文字が並んでいた。

当初は我々も信じ難かった。しかしそれが二人三人と増えていくにつれ、どうしても信じざるを得なくなってくる。そして気づいた。これは例の件に類似してはいないかと。
そして詳しく調べた結果、驚くべき事実が判明したのだ。

ここ数年で財団に所属する「人間の職員」の過半数が脅威存在と化している。しかもその大多数が原因不明だ。
更に財団は外部の脅威存在を収容せず職員として雇用するだけではなく、その「元人間であった」脅威存在をも雇用し続ける事がある。
そして何より財団は、職員が次々と脅威存在に成り代わるその現状に対して、何の予防措置や対策も取っていないのだ。現在の財団内部については君の方がよくわかっていると思う。

これは明らかにおかしな話だ。職員が次々に脅威存在と化していくのに対して何もしない。それどころか雇用までしている。何故だ?

今このサイトにいる職員は、基本外には出られない。ほぼ脅威存在と化しているからだ。
外部と接触するような仕事を任される職員は限られており、それでも何らかの技術を使って見た目をごまかすか、Dクラスと呼ばれる職員に必要な記憶や知識を植え付けて向かわせるらしい。
財団の内部で異常が発生している事を本部は知っていた。そしてそこに送られた工作員にも同じ影響が出る事も。しかも数年前から。

それでもGOCが工作員を送る理由は何だ?僕が送られた理由は何だ?
もう戻れなくなると分かっていて、構成員を世界の敵にすると分かっていて、それでも人員を消費するのは何故だ?

まさか。

もう君には我々の言いたいこと、君のやるべきことが分かっているはずだ。そしてこれが脅威存在となった君を見逃す条件だ。
我々は財団を単なる無能な頭のおかしい馬鹿だとは思ってはいない。恐らくこの現象について何かしら知っている。知っていて止めようとしないのは何故か。その目的は?もしくは本当に止めようがないのか?それを調べて貰いたい。

我々の内部から脅威存在を生み出しそれを収容し、こちらの情報を得ようとしている可能性があるとの提言があった。完全に否定できない以上見逃してはおけない。
勿論外部の脅威存在に関する情報収集も忘れないで欲しい。これ以上人材を脅威存在にする余裕はない。

気付けば手足が冷えていた。口内の菓子を飲み込む余裕もない。これは、絶望だ。
僕は捨てられたのだ。生け贄にされたのだ。
「これ以上人材を脅威存在にする余裕はない」、それは裏を返せば僕は脅威存在にしても、切り捨てても良い捨て駒だという事だ。

自分は優秀だと自惚れるつもりはない、それでもGOCには真面目に尽くしてきたつもりだった。
世界の敵から人類を守る。その言葉と、同じ使命を果たし続ける仲間。直接脅威を排除するような花形ではなかったけれど、仕事は好きだった。
それが、そんな当たり前の日常が、こんな形で破壊されるなんて。
裏切られた、なんて言えない。僕はその程度の存在だったのだ。

ここまで読んだ君は恐らく我々が君を厄介払いにでもしたかと嘆いたかもしれない。もしそうならばとんでもない思い違いだ。
君を脅威存在にするリスクを飲んで財団送りにしたのは、君の忠誠心と素質を見込んでの事だ。

は。ふと目に入った文章に軽く息が漏れた。舌の感覚が戻り、菓子の甘味を思い出す。

過去財団に送った工作員の中には、本分や任務を忘れ財団の職員としてのうのうと暮らす者がいた。脅威存在を排除する任務で財団とかち合った時に、完全に財団側についた者がいた。脅威存在となった事を隠す者がいた。

脅威存在となっても殺意を向けられる事のない財団が心地よかった、「破壊」されたくなかったと。愚かな話だ、我々は人類を守る為に脅威を排除してきた。その組織に属する存在が脅威を保護し、自らも生き延びようとするとは。

やはり裏切り者はいたのか、と頭のどこかで声がした。
どんな組織でも一枚岩ではない。組織が人間の集まりである以上、どうしても認識や解釈に齟齬はあるし、行動ならなおさらだ。
それでも、僕の内心は暗かった。ダチョウの足がじんわりと痺れる。

当然それは我々、ひいては人類に対する重大な裏切りとなる。そうした者は財団も職員として雇用できなくなり、収容された者を除き全て「破壊」した。収容された者を「破壊」しなかったのは、単に財団に怪しまれる可能性を鑑みての事だ。

君は恐らくそうではないと信じたい。これを見ているという事は、君が脅威存在になったにも関わらず「破壊」を恐れずに我々にそれを報告したという事だ。これはGOCに属する存在として当然であり、また君が信頼に足る存在だと証明するものでもある。

分かっている、分かっているんだ。手紙の言葉は正しい。脅威存在となりながら、脅威存在を「破壊」しながら、自分は生きたいなどとはおこがましい。
だから僕は上司に報告した。自分は世界の敵になった、と。
それでも、今の僕には裏切り者達の気持ちが痛い程わかる。ああ、それが何よりも。

はっきり言おう、君がもし我々を裏切ったとしたならば、我々は君を即処分するだろう。
だが、こちらに帰る事は許可されない。君はもはや財団も認める異常を持つ脅威存在だ。無理にこちらに戻って来ようとしたならば、我々は君を処分しなければならない。

君は財団の職員として一生を送る事になる。GOCに属する存在として生き、財団の職員として動くのがこれからの君の仕事だ。
財団の職員なのだから財団に怪しまれてはならない。GOCに属する存在なのだからGOCを裏切ってはならない。任務でかち合った時も、我々の邪魔をしてはならない。

これが難しい事は承知している、だが人類を守る存在としてこれからも任務にあたって欲しい。期待している。

君の行く道に幸多からん事を。全ては人類の為に。

世界オカルト連合


スイッチを切り、紙をテーブルに放り投げた。あんなに好きな菓子も今はもう食べる気すら起きない。読む前にもっと食べておくんだったな。

もう財団からは出られない、でもGOCからは監られている。どうか、僕の心まで読まれていませんように。

ここは、脅威存在であっても存在を許される。しかも世界を守るという使命を破る事なく。
世界を守る立場にありながら、許されざる自分も存在できる。GOCの人間は知らない、それがどれだけ優しい事なのか。 

財団に来ても価値観は変わらなかった、脅威存在になるまでは。脅威存在は滅ぶべし、と。
それでも、いざ脅威存在の立場になれば、やっぱり殺されるのは怖かった。僕が世界の敵だなんて思いたくなかった。僕も世界の一員だ、仲間だ、人間だと叫びたかった。

ここはそれを叶えてしまった。蛇の手の様に脅威存在をばらまくのではなく収容する。そうして共に生きていく。それは美しく残酷な蜘蛛の糸、一縷の光。裏切り者達がそれに縋る気持ちが今ではよく分かる。

それがこの身を地に叩きつけたいほど悔しかった。


「辞令、届きました。謹んでお受けします」
『了解、それではこちらから連絡するまでは調査を続けるように』
「わかりました」

返事をした途端一方的に切られる通信。口調も何だか事務的で冷ややかになった気がする。やっぱり寂しさが拭えない、僕が脅威存在となったからか。GOCにいた時は一緒に飲みにも連れてってくれたのにな。
GOCに属してはいるが、お前はもう仲間じゃない。そう言われた気がして辛かった。
それでも任務は続けなければいけない。GOCエージェントとして。
ああ、気が滅入りそうだ、どうしたものか。

ピンポン、軽い音がした。インターホンを見れば同僚の顔がドアップで映っている。

「ちょっと顔近いって」
『やっぱ休みだったなお前、今から山村の部屋でゲームパーティーやるから来いよ』
「ゲームパーテ」
『いると分かったからには拒否権はねぇ!待ってるぞ!』

こちらの返事も聞かずに行ってしまった。それでも、返事を聞いて通信を切った上司よりもずっと優しく感じるのは何故だろう。

机の上の菓子を見る。そうだ、財団職員と仲良くしておくのは悪くない。情報を探しやすくなるし、怪しまれる事も少なくなる。GOCに属するエージェントとして、何もやましい事じゃない。
ちょうどいい手土産もあるし、行ってやろうじゃないか。もちろん僕の分はとっておくけど。
洗面器に水を入れ、さっきの紙を浸けておく。帰ってくる頃にはふやけて千切りやすくなるだろう。

新品の菓子の箱と部屋の鍵を持って、靴を出した。玄関についた鏡を見れば、僕の顔がこっちを見ている。

「ホント、僕も嘘つきだよなぁ」

現状を望んでいるのは僕も同じだ。かの裏切り者達と何ら変わりはしない。
たった一つ違うのは、僕はGOCを裏切る気はない。求められれば情報を差し出すし、任務だって遂行してみせる。
ただ、それは僕の為だ。今を享受する為ならば、僕は何だってしよう。
僕は財団職員でもあるんだ、そうさせたのはGOCだ。間違った事ではないはずだ。

ドアを出て鍵を閉める。急がないと文句が飛んできそうだ。対戦ゲームで複数対一になるのはゴメンだ。
廊下を一歩踏み出した人ならざる足。それはかつての足よりも軽やかに地を蹴った。

僕は世界を守るエージェントだ。そして、世界を守る裏切り者だ。

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