有明の空に届け村雲
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草木も眠る丑三つ時。周りに民家も少ない静かな森の中に、似つかわしくない白いトラックが止まった。ライトが照らすは、放置されてだいぶ時がたった地蔵。その地蔵の横からスーツの男が黒い箱を持って現れた。トラックからも若い男が降り、挨拶を行う。

「お世話になっております。Gpエクスプレス・ロジティクス株式会社の松本です。集荷のご依頼で参りました」
「おう、有馬不動産の南雲だ。今日は宜しくな」
「南雲様ですね。本日は小山様からお荷物を受け取ると伺ったのですが」
「あぁ、ちょっと予定変更でな。今回の品はちょっと大事なもンということで、部下の小山の代わりに俺が付き添うことになった。構わんよな?」
「ええ。予定通りです。ほかに運行指示書との変更点はありませんか?」
「それでは荷物をお預かりします」
「さっさと積み込んでくれ、くれぐれも大事にな」

松本が手早く、しかし慎重に黒い箱をトラックへと積み込む。箱はトラック内のケースに収納され、さらに鎖でしっかりと車体へ固定された。

「随分厳重にしまい込むんだな」
「ええ。あのケースはジャイロシステムが搭載されておりまして、どのような揺れや回転を加えても水平を保ちます。今回は天地不要とのことでしたので」

それをいうなら天地無用ではないかと訝しみ、南雲はこの松本という男に対して一抹の不安を覚えた。


格納が終わり、二人はトラックに乗り込んだ。松本は助手席の南雲に呼びかける。

「それでは配達を開始します。シートベルトを」
「あ?こんなしゃらくせぇものつけてられるか」
「いいえ、お締め下さい。当社の配達業務は危険な状況に遭遇する場合が多々あります。シートベルトを着けていないと大怪我をする可能性があります。どうぞお締めください」

その鬼気迫る松本の態度に南雲は少したじろぎ、已む無くシートベルトを着けた。

「これでええか」
「はい、ありがとうございます」
「ちっ。さっさと出せ」

二人と荷物を載せた配送トラックは走り出した。闇の中、止まることなくトラックは軽快に走っていく。かなりのスピードが出ているはずだが、それを感じさせないなめらかな運転テクニックに南雲は感心していた。

「なかなか快適だな」
「ありがとうございます」
「座席の座り心地もいい」
「席には弊社のスタッフやお荷物を載せることもございますので」
「これでビールと柿の種でも出てきたら最高なんだがな」

松本は応答しない。二人の間にしばしの沈黙が流れる。数分後、南雲がふと口を開いた。

「松本……といったか。若いわりにしっかりして見えるが今働いて何年目だ」
「本社で3年働いた後日本支社に移ってきて1年くらいになりますので、4年目ですかね」
「そうかそうか、じゃあまだ若手だな」
「はい、まだいろいろ勉強することが多いですね」
「なるほど……ならこれも勉強だな」

南雲は懐から銃を取り出し松本に突き付けた。


「……最近の不動産屋は拳銃の取り扱いも行っているのでしょうか」
「あぁ、有馬不動産は有村組のフロント企業でな。俺はヤクザよ」
「で、持っている拳銃を見せびらかしたくなったということですか」
「減らず口を。まだ若手のうちに死にたくないだろう?行先を降矢港にしろ」
「お届け先変更ですか。では社に訂正を……」

松本が手を伸ばそうとした連絡用携帯電話を南雲は躊躇なく撃ち抜く。

「よけいなことはすんじゃねぇ、いいな。お前はさっさと俺を降矢港まで運べばいいんだ」
「そんなに銃を近づけて、奪われるとは考えていないのですか?」
「やってみるか?」

実際南雲は油断なく松本を凝視しており、その挙動に一分の隙も無い。なにか松本がおかしな行動をとれば構えられた銃は即座に火を吹くだろう。

「では後方のお荷物は」
「ん?知らん。元々組が配達予定する噂を聞いて俺がのっとったわけだからな。好きにしろ」
「私たちの仕事はお客様のお荷物を確実に配達することです」
「じゃあ死ぬか」
「私たちは配達業務で死ぬことを恐れません」
「でもお前が死んだら配達は遅れるだろう」
「それはそうですね」
「ほれみろ。とっとと俺を運んだ方が利口だぜ」
「……ではそうします」
「わかりゃいいんだ」

いまや南雲はシートベルトも外しダッシュボードに両足を載せ、横柄な態度でくつろいでいる。もちろん松本には銃を突きつけたままだ。

「ところで、なぜ降矢港に」
「ああ少しトチっちまってよ。組からとんずらしなきゃなんねえ。降矢港に協力者を待たせてるってわけだ」
「……」
「組の奴らだけなら何とかして逃げることも可能だが、ザイダン?とかいう警察の組織にも目をつけられちまってな。なんでか知らんが俺を付け狙うし俺の秘密兵器が効かねぇ厄介な奴らだ。それで安全な移動手段が必要になったというわけよ」

自信が絶対的優位に立っているという余裕か、緊張の糸がほどけたか、南雲はぺらぺらと自信の現状を話す。

「そんなとき今晩うちの組が荷物運びをすると聞いてな、ピンと来たってわけよ。おたくらの輸送技術はピカイチだからな。人間一人守り切って運ぶなんてお茶の子さいさいだろ」
「お褒めに預かり恐縮です」
「はっ、よく言う。まぁあそこで素直に乗せてくれて助かったぜ。コンプライアンスだのなんだの言って嫌がられると思ったからな」
「そうでしたか」
「あとはご存知の通り。お前が港まで連れて行ってくれれば万事解決。ちゃんと向かってんだろうな?」
「はい、道は間違えていません」
「本当だろうな……」

そう言って南雲は身を乗り出してフロントガラスから外を見た。街灯もなく真っ暗で、標識も沿道の建物もガードレールも何も見えない。トラックのライトも何にも当たることなく宙を照らし出すだけだ。南雲はこれでは道が分からないと舌打ちしたが、勘違いに気づいた。道が分からないのではない、道がないのだ。

「おい!どうなって────」

問い詰めようとした刹那、車体が大きく左に傾き南雲はドアに体を大きく打ち付けられた。


Gpエクスプレスは迅速、安全、安心な配達を理念とする企業である。一般道や小道などではあまり速度を出せないうえに、GOCの襲撃に対応できない恐れがある。そのため配送用のトラックには奇跡論を応用したジェットエンジンが搭載されており、必要に応じて飛行が可能なのである。南雲が驚くのも無理はない、いまや二人を乗せた白いトラックは高度数千メートルの上空にあった。

車体が右に傾き南雲はそれに合わせてぐるんと転がる。二人の間にはいつの間にか防弾ガラスのしきりが立っており助手席はあたかもペットのケージのようになっていた。

「……何のつもり、だ」

月明かりが照らす中トラックは曲芸飛行をして前後左右へと揺れ動き、唯一固定されてない南雲の体のみがパチンコの玉のように転がりまわる。松本は一切表情を変えることなく涼しい顔でハンドルを操っている。

「ご依頼では天地不要と聞いていますので。要望の範囲で業務を遂行しています」
「てめぇこんなことしてどうなるかわか、ぐぇ」
「あまりしゃべると舌を噛みますよ」

全身に打撲を負った南雲は、いまや急上昇する車体にかかるGに体を座席に打ち付けられている。しゃべろうにも苦痛に顔を歪めてしゃべれない状況だ。最後の力を振り絞り懐に手を入れ何か取り出そうとしたが、トラックが急降下し南雲は天井に頭を強く打ち付けて気を失った。助手席が静かになったのを確認し、目的地を改めて確認して松本はため息とともにつぶやく。

「ですからシートベルトを締めて、と申しましたのに」


夜も更けて空も白み始めた頃、松本が運転するトラックが屋敷の前に止まった。助手席には神能鎮静テープ1が巻かれた南雲が眠りこけている。屋敷の門から出てきたのは組長の甥で有村組幹部の有村達吉。今回の配達業務の依頼者である。

「やぁ、ご苦労だったな。俺は有村組の……」
「有馬不動産の有村様ですね」
「ああ、そうだ」

達吉は苦笑しながら答える。

「お待たせしてしまい申し訳ありません。”荷物”は助手席に積んであります」
「うん、あとはうちの若いのに任せる。面倒な依頼をしてすまなかったな」
「いいえ、業務のうちです」

今回Gpエクスプレスに依頼されたのは有村組謀反者、南雲銀次の配達。南雲は下克上をもくろみ本部から異常性を持つ頭巾を盗み出した。この頭巾は周辺のヒューム値を下げ現実改変を起こし着用者を視認できなくなる働きをもつ。南雲は頭巾を使用して幹部を襲撃したがあえなく失敗、そのまま雲隠れしたが、騒動が財団に反応され有村組の拠点の一つおよび頭巾の存在が露呈してしまった。そういうわけで財団に確保される前に、南雲が所持する頭巾を回収しオトシマエをつけなければならなかった。有村組は南雲に偽の噂を流し、Gpエクスプレスに配達任務を依頼。見事頭巾を外して現れた南雲の確保に成功した。

「南雲も野心があってなかなか見どころがあったんだがな……」

達吉はタバコを吹かしながらまばらに雲がかかった夜明けの空を見ながら物思いにふけっていた。

「おっと失礼、あなたには関係のない話だったね」
「では受け取りのサインをお願いします」
「うん……これにて依頼終了だな。今回の報酬はもう確認してくれたか?」
「はい。集荷時に頂きました黒い箱の中身は確認してあります」
「迷惑料や機材の修理費の分、多めにしてあるから受け取ってくれ」
「了解です。それでは……」

「本日はGpエクスプレスをご利用いただきありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

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