悪戯っ子、世に蔓延る
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そいつと遭ったのは夜中のことだった。正直に言うけど、そのときは酒がかなり入っていたと思う。

電灯がまばらにある森林公園の苔生したベンチに、そいつはただ座っていた。
頭足類の触手に似た三本の脚をだらんと垂らし、太く丸い背と頭は空へぴんっと伸びている。はっきりした腰もないくせに、脚は地面に届いていない。どうやって座っているのかは検討が付かなかった。

公園を通り抜けて近道しようと思ったら、わけのわからないものがいる。
こいつは夜中に一体何がしたいのだろう。
進む先がちょうどそいつの前ということもあったので、俺はそいつに声をかけて近づいた。

「すみませぇん、ちょっと通りまぁす」

礼も挨拶も返ってこないが、「失礼なやつだ」と言うのはやめておいた。

距離が短くなるにつれ、肌の様子がわかってきた。
体表の彩は鈍かった。灰とされるものよりは濃く、黒とされるものよりは薄い。想像される戯画的な「岩」から抽出したような色が全身を覆うばかりだ。電灯の白い光が無ければ、すっかり闇に溶けていただろう。
それより気になるのが模様だ。ボツボツと、全身に穴が開いている。そいつに相応する針で刺した跡だろうか。かと思えば、縁取りに似た円と、摘まんで作られたとも思える「点」がその円の中心にある。円は穴を避けて線で繋がり、角のない三角形をあちこちに形成していた。

じろじろ眺めていても、そいつは何の反応も返さない。
俺は腕時計を見た。短針は三を示していた。

「ここでぇ、何をぉしてるんですかぁ?」

やはり無反応。

けぇっという声を吐いて、俺はふらふらそいつの前を通る。
何もしていない。どこを見るでも、脚や体を伸ばすでもなく、何もしていない。
寂しいとか退屈とかはないんだろうか。最後まで流し目で見届け、歩いて過ぎる。

顔を前へと向けると、木々の裂け目から空が覗けた。
あと少しで満月になりそうな、限りなく惜しい月が藍色の夜にぽかんと留められていた。


█████ 20██/██/██

みたいなことがあったんですよ


██ 20██/██/██

█████さんもついに遭遇しちゃったんですね!


███████ 20██/██/██

酒飲んだ状態で化物に接近して無事とかラッキーだな
普通死んでんぞ


██████(█████) 20██/██/██

何飲んで帰ってきたの?テキーラ?


█████ 20██/██/██

飲み会の帰りだからビールと日本酒っすね
あいつ、本当になにをしてたんだろう


███████ 20██/██/██

座ってた、でいいんでない
そういや█████に似た話を俺も知ってるんだけど、ちょっといい?


██ 20██/██/██

いいですよ


█████ 20██/██/██

どうぞ


███████ 20██/██/██

OK
まあそんなでっかい話ではないんだけどさ
だいたいは█████と同じ
森林公園にそいつはいたんだよ
ただそいつは座ってなくて、突っ立ってた
両手と顔?を木に思いっきりくっつけて動かなかった
体型も細長いらしい
█████が見たのを薄く伸ばしたみたいな
それも紋様はなくて、穴が規則的に並んでる


██████(█████) 20██/██/██

それで終わり?


███████ 20██/██/██

まだ
█████のは何もしてこないそうだけど、こっちのは近づくと危ないらしい
近寄ったら最後、イライラしたり泣きたくなったりして、寄り添いたくなってそいつに近づいていってしまうんだと
触れるくらいにまで近づいたら、くっつけてるはずの顔をこっちに向けるんだ


██ 20██/██/██

ええ……
顔って?


███████ 20██/██/██

がらんどう
大穴なんだよ
それで、がばっと人を食うんだ


██ 20██/██/██

ひぇえ
あああああああ


██████(█████) 20██/██/██

怖がらせたせいで██ちゃんがおかしくなったじゃん
責任取りなよ███████


███████ 20██/██/██

発狂するほど怖いか?


█████ 20██/██/██

質は高いクリーピーパスタじゃないですかね


██ 20██/██/██

あ、自分も思い出しました
█████さんや███████さんのに似てますけど


███████ 20██/██/██

ほーん
言ってみ


██ 20██/██/██

先に言っときますけど、怖い話じゃないです
その子は妖精みたいな感じでちょこちょこ寄ってくるんですよ
形は█████さんの言ってたのに近いですかね
そのまま小さくして、手のひらサイズにした感じで
穴も空いてます
それとあと、いっぱいいます
まさしく群れって感じで


█████ 20██/██/██

それで、そいつは何かするんです?


██ 20██/██/██

はい
メンタルが弱まった人の周りに集まるんです
でも取り扱い注意らしくて
転ぶと簡単に壊れるそうですよ


██████(█████) 20██/██/██

なるほど
確かに似てるけど、みんな全部バラけてるなぁ


███████ 20██/██/██

確かに
俺の話のやつに悪意があるかは知らんけど、██は全然傷つける気配がないな


██████(█████) 20██/██/██

あのさ、私も話していい?
実はあるんだよ
どこのサイトで見たことだったか忘れたからあんましよろしくないと思ってたんだけど


█████ 20██/██/██

構いませんよ


███████ 20██/██/██

パスタに信憑性もくそもあるかーい
どんとこいや


██████(█████) 20██/██/██

ん、わかった
けど大したサプライズはないよ
実質、█████が見たのと同じだから
何もしてこなくて、ただ前にいたって話
穴はあるけど形は違うかな
█████が見たのは頭が丸いやつなんでしょ?


█████ 20██/██/██

そうっすね


██████(█████) 20██/██/██

私のは頭がすっぱり切れてて、そこから雑草が生えてる
「歩く植木鉢」っていうのがタイトルだったかな
投稿者がアーティストの作品だと思ってて、オカルトとは関係ない板に書き込んでたんだけど
最後には近隣住民が発見場所に凸って「そんなものない」って結論になった
面白かったよ


██ 20██/██/██

じゃあ、█████さんのもゲリラ芸術家の作品ってオチなんでしょうか


███████ 20██/██/██

それならそうなんじゃないんか
確かめようがないやん


█████ 20██/██/██

うーむ


███████ 20██/██/██

にしても、みんな█████に似た話を知ってるなんてのもすげーな
これも南関東奇譚会の力か?


█████ 20██/██/██

旧、ですよ


██ 20██/██/██

突然で申し訳ないんですけど、こんなにも都市伝説がぐちゃぐちゃになることってあるんでしょうか
元になった話があったとしても、共通性なんて「穴」くらいしかないじゃないですか


█████ 20██/██/██

案外、全部の話は一人の芸術家が作った彫像が元になってるかもですね
それか、同じやつが適当に姿を変えてるのかも


██████(█████) 20██/██/██

なんか、そんなやつがシェイクスピアの演劇にいたなぁ


███████ 20██/██/██

うおー急に学術的


██████(█████) 20██/██/██

ごめんて
なんだったかな
あー、あれだ
妖精パック


█████ 20██/██/██

詰め物精霊ですか?


██████(█████) 20██/██/██

█████っていきなりボケるよね、最高
元はイギリスの民話だったかな
出てきては騙されやすい人に悪戯を仕掛けて、困らせたりする
ときどきだけど、貧民の利益になるように動いたりするんだ


██ 20██/██/██

じゃあ、優しいっていうよりは、気まぐれって感じですか


██████(█████) 20██/██/██

そう
物語を引っ掻き回す役割
そういう役には結構かっこいい呼び名があってさ
「トリックスター」っていうんだって


そいつと遭ったのはまた夜中のことだった。今度は、酒は飲んでない。

俺は前と同じ森林公園に、そいつの存在を確かめに来たのだ。電灯の光に照らされて、そいつは黒ずんだ体を微かに白くしていた。まだいるとは、運がいい。それとも展示期間は終わっていないのだろうか。
改めて見ると、そいつは微動だにしない。やはり現代芸術家の作品で、バンクシーみたくぽんっと置いて逃げ去る作家によるものなのだろうか。だとしたらそれに話しかけた俺は、とんでもなく酔っ払っていたのだろう。

ふと、あのチャットルームでのログが頭に流れる。
各地で様々かつ微妙に姿を変え、こいつは現れていると聞いた。人を消したり、かと思えば人を癒したり。ごろっと役割を変え、こいつは人前に現れる。
██████(█████)さん曰く、物語を引っ掻き回すやつは「トリックスター」と呼ばれるらしい。

もしかすると、こいつは俺たちの世界を引っ掻き回しに来たんじゃないだろうか?

くだらない考えを振り払い、俺はまたそいつの前を通り過ぎる。
また流し目で見ていると、そいつが座るベンチにはまだ場所があった。
何気なく、俺はそいつの隣に腰掛けた。

「お前、何がしたいんだよ」

自分でも気づかないうちに声は零れていた。

ちらり、横を見る。
そいつは空を眺めるように、胴が曲がっていた。そういやこんなポーズだったかも。
俺も合わせて空を眺める。

今夜の月は満月になっていた。
世界は俺とそいつでやっと満ち足りるのかも、と一瞬だけ思った。

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