「私たちは人間の死をKeterのSCPであると宣言しなければならない。」
気が付けば口から出た言葉だった。体中から汗が噴き出し、それでいて冷え切った体温で、震える唇を動かして言葉を続けた。
「死をいかなる犠牲を払っても収容しなければならない。」
冷静さを欠いた発言かもしれない。いや、事実そうだろう。しかし、私はO5-8として、これを実施する義務があると確信していた。
私の発言は当然会議を騒がせた。
ロジャー、つまりO5-11は、少なくとも1人明白な支持者が現れたことで強気になったのか、自身の受けた永久に続く苦痛の苛烈さの、そのいっそう凶悪な詳細を、他の人に向けてまくし立てた。
この会合を始めさせたO5-7は、まさか私がここまで極端な支持をするとは考えていなかったのだろう。明らかに狼狽していた。
いつも穏やかで冷静なO5-2は、冷静さを取り戻すために一度会合を休会すべきだと述べた。
転じて過激派のO5-3は、死という危険を排除するために、危険なオブジェクトを即座に一貫して終了させるように命令するべきだと提議した。
それまで沈黙していたO5-6は、口を開くと私に賛成し、早くも投票しようとした。
あまりにショッキングな内容に耐えられなかったのだろうか、O5-13は、突然自分の胸を掴み、配下の医療技術者から診察を受けているときに不意に通信が切断された。
私以上に冷静さを失ったように見えるO5-10は、靴をテーブルに打ちつけ、全人類を強化するため、アストラカンの泉から地中海に水路をひかなければならないと怒鳴り始めた。
O5-1は突如立ち上がった。
「O5-11の話には真実味があります。」
会合は一瞬で静まり返った。彼女の発言が1つの大きな決定に繋がることは自明だったからだ。
「そこで、“人間の死をKeterのSCPである。”と規定するか否か、決を採ります。」
全会一致だった。決定はYES。あまりに強大な新オブジェクトが規定された瞬間だった。
アイテム番号: SCP-9999
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: SCP-9999は、現在収容不可能であり、地球上の人類が生存するあらゆる場所に存在します。財団は、総力を以てSCP-9999を収容しなければなりません。
説明: SCP-9999は、人間の“死”です。
その他のオブジェクトに関する議論など二の次だった。我々O5評議会は、ひたすらにSCP-9999の収容について、つまり死の回避について議論を続けた。
最初に注目されたのはブライト博士とSCP-963だった。少なくともブライト博士は肉体を何度乗り換えても、名状し難い苦痛を訴えることはなかったからだ。もっとも、自身が死にたがっているブライト博士が有益な情報を語ることはなく、SCP-963の複製を目指すという方針が定まっただけだった。
次はO5-10の提言した、SCP-006による全人類の身体的許可が検討された。これについては、寿命を大幅に延長することには繋がるものの、本質的にSCP-9999の収容には繋がらないとの判断で支持5、不支持8で否定された。
次は、SCP-500だった。冷静に考えればSCP-006と同じ結論に至って然るべきなのは赤子でも即座に理解できることだが、我々は議論に三日三晩費やし、やはりSCP-006と同じ結論に至った。
酷いのは、SCP-914だった。これは支持1不支持12で否決されたが、唯一支持したO5-2が断行。自らの身体をSCP-914に入れ、very fineで出力して生き延びようとしたが、化物に成り果ててから青い炎を上げて死んだ。彼は今もまだ、身を焦がす青い炎に包まれているのだろう。
次は……その次は……
23██年█月██日
あのSCP-9999がKeterのSCPに定められた日から3██年が経過した。
O5は死ねば新たなメンバーが補充されてきたが、当時のO5は今では無様に生に執着し続けた私とO5-1、そして1度経験した永久の苦痛を二度と味わいたくないという精神力だけで生き続けているO5-11だけだった。死んだ他のメンバーは、久遠の苦痛に苛まれているのだろう。
SCP-006に身体を浸し、複製に成功したSCP-500を飲み、SCP-████を食べ、SCP-█████やSCP-█████を使って延命し続けたこの身は、既に人と呼べるか分からない物になっていた。どんなに歪であっても、生を延長したかった。いや、死の恐怖から逃れたかったのだ。
それでも、人は運命には抗えなかった。どんなに延長しても、所詮は定命の生き物なのだ。異様に研ぎ澄まされた私の感覚は、朝起きると自分の命がもはや風前の灯火であることを悟った。死への恐怖に身を震わせながら、長年O5-8として働いてきたデスクに腰を下ろした。
「先に逝く。」
たった一言のメッセージをO5-1とO5-11に送信して、震える目蓋をゆっくりと閉じた。
もはや幾何の猶予も残されていないだろう。私の脳裏を走馬燈が駆け巡る。
今はまだ無限の苦しみは始まっていないが、すぐに私の体は蝋人形のように動かなくなり、身を這う蛆虫を払いのけることもできずに、肉を食いつくされる感覚や、己の細胞の1つ1つが砕け散る感覚や、脳漿が飛び散る感覚を鋭敏に感じ取ってしまうのだろう。
恐い。怖い。恐怖い。コワイ。
せめて、死が緩慢な休息であると、死が甘美な救済であると信じることが出来れば、どんなに救われただろうか。しかし、私は知ってしまった。この先にあるのが無間の地獄であることを。永劫無極に続く無窮の辛苦であることを。
死にたくない。しにたくない。しにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくな