前回: 明かされた真実
第1話: 少数精鋭
アリオットと私は、直ぐにベッドでお楽しみというわけにはいかなかった。彼女が言うには、私の肋骨が完治したら付き合ってあげても良いらしい。でも、今は酒と休息と、それにナターシャとの過去についての説明が必要だし、そっちの方が親密さを深める過ごし方だと言うのだ。
私の方は、別に彼女と親密になりたいわけじゃない。自分のクローンと組んでローラーダービーに出るような女に、後ろから滅茶苦茶に突きまくられたいだけだ。
アリオットはそうはしてくれず、アレックスの遺体を引き取りに出かけた。私は失敗した恋の顛末を赤裸々に電話で報告する。彼女が戻ると、KMZが会員に提供している宿泊室で、ナターシャ・トウキョウポップについて一晩中調べることになった。アリオットの高級ノートパソコンで異次元の情報にアクセスし、彼女と彼女のグループ、"シカゴ・レイス"について可能な限り調べ上げるのだ。私がホームを離れてから、状況は随分と変わったようだった。
私が"ホーム"と言うとき、"家"を意味することはない。それは"宇宙"を指している。これは前にも言ったことがあるけど、ナターシャと別れたとき、私は物理的に故郷ホームの現実を離れて、こっちの現実に逃げ込んできたんだ。この宇宙は元いた世界より原始的だ — なぜか政府はオカルトを厳しく規制している。これは私にとっては好都合だった。盲人の国では、片目の女でも女王なのだから。
しかし、これから行く場所では、私はもはや女王クイーンではいられない。歩兵ポーンが良いところだ。そういう訳で、私の唯一の望みは盤ボードの反対側に行くことで、そのためにはナターシャの情報を出来るだけ多く知っておかなくてはならない。そしてここに、いくつかの事実を突き止めた。
事実:チャペル・レイス・セキュリティーズは、民間警備、宇宙開発、悪魔工学事業、月面鉱山の採掘などを手掛ける正真正銘のコングロマリットである、レイス・エンタープライズの子会社だ。事実:レイス・エンタープライズの本社は月面にあり、"道"を使うか、宇宙エレベーターからシャトルを使うかのどちらかでしか行くことができない。事実:レイス・エンタープライズは宇宙エレベーターを建設している。
あらゆるものが宇宙時代的で派手 — 私たちがやっていたクソみたいなアレコレと比べると、まさに月とスッポンだ。その月面基地は、かつて月のカヴンだった。宇宙エレベーターは存在しなかった。あの頃の私たちは、警官を民営化するよりは、警官に媚びる方法を考えていた。でもそれは昔の話だ。ナターシャは私が魔法でそこへ行けないよう、対抗呪文を取り揃えているだろう。昔ながらの方法でやるしかない — 少なくとも、私のホームのように昔ながらの方法で。
事実:宇宙エレベーターは人間を全く寄せ付けない。高速移動による重力で、身体がゼリー状になってしまう。事実:ロボットが頻繁に旅をし、エレベーターを修理し、その機能を監視している。結論:月に向かうには、私はロボットになる必要がある。或いは、殆どロボット的な何かに。
残念ながら、私は殆ど人間だ。
だから、そこを変更する必要がある。内側の男が親切にも(私の声帯を乗っ取って喋らせることで)指摘してくれたように、それ自体で問題が山積だ。だけど、私が心配しているのは、拡張パーツそのものではない。心臓さえ戻れば、肉体を再生するのに使える方法は半ダースも思いつく。問題は、そもそもパーツをどう手に入れるかだ。
人体拡張パーツの供給元として知られる、合法な — それと、準合法な — 団体が3つある。アンダーソン・ロボティクス、硅のノルニルの従者達、それと、マクスウェリスト達が経営する地下クリニックだ。アンダーソンは大金を請求してくるし、指1本でもジェイルブレイクしようものなら腕ごと吹き飛びかねない。従者達に生体情報を握らせれば、私はそのまま刑務所に入ることになるだろう。マクスウェリストのクリニックでアップグレードを受けたら、脳に聖典を大量にインストールされて容量不足になるに決まっている。
非合法な密売組織には事欠かないが、その殆どはクソみたいな不良品を捌いている。古い裏通りの医者を訪ねれば、完璧な全身移植をやってくれるだろう。だが、それは臓器を収穫され、脳を暗号通貨採掘装置に繋がれることと同義なのだ。選択肢は1つ、ファルハーン・ジャハニアンだ。ここで私は、数ヶ月前にファルハーンを殴り殺したのが自分だったことを思い出す。
全く困ったことになった。
「マシーンゴッド、」アリオットが言う。「マシーンゴッドに会ってみたらいい。」
私は鼻で笑う。「マシーンゴッド?彼が改造するのはインフルエンサーだけじゃないか。私たちみたいな田舎者じゃ相手にしてくれないだろ。」
「アンタ、もう田舎者じゃないよ。」アリオットはノートPCを私の方に向ける。画面の見出しには、"企業ビル崩壊"と表示されている。
私は素早く記事に目を通す。要するに?オネイロイ・ユーテックは死に体だ。アリオットと私が、連中のデータセンターと人的資源の殆どを破壊し、デスボールマッチでの逆転劇がそこに拍車をかけた。目出し帽をかぶった私の顔と"シカゴ・スペクター"の名がニュースで流れた。
「オネイロイ社をぶっ潰し、一夜にして億万長者になった。」アリオットは言う。「これ以上のインフルエンサーがいるかい?」
「それで?」私は言う。「彼の住処に入って行って、こう言えって?"ルーキーです、中に入れてください"。」
アリオットは義手を叩く。「私はそれで入れて貰えたけど。」
その翌日、この旅で生き残るために必要な改造のリストを纏め、マーシンゴッドに会うための計画を立てた。出かける前に、ヘルメットをレイヴマスクと猫耳ヘッドホンに取り替え、パーティ仕様にする。それからスケート靴を履いたが、直ぐに転んでしまった。
私の口から、人を押し流すほどの勢いで罵詈雑言が飛び出した。私のスケート靴にはロケットエンジンがついているのに、液体燃料ジュースが心ハートから溢れて、私は濡れてしまう。まあ、私の心臓ハートは今は無いけれど。
アリオットは笑いをこらえるのに必死だ。私はカッとなって目の前が赤く染まり、彼女の喉を両手で包むことを想像する。それから、その気持ちを無理やり押しとどめた。転んだのは彼女のせいではない。彼女は悪くない。悪いのはナターシャだ。
奴のせいで、アリオットと私は、街を光と金属の霞の中に置き去りにするドライブの代わりに、電車に乗ることになった。私が弱いのだってアイツのせいだ。私は妄想の内容を切り替え、あの女の喉に手を回すことを考えた。
猫耳ヘッドホンは電車内でもつけたままだが、レイヴマスクはポケットにしまってある。誰も私たちに注目しない。何千人もの人が住むこの街で、私たちは単なる変人カップルだ。胸が痛むけれど、ナターシャを殺す方法を考えながら無視する。視界に赤い閃光が溢れ — 今度は本当の意味で — 窓の外を見ると、クリムゾン・ライト地区に入っていた。
商業地区はお金を稼ぐ場所で、ノイノイケルン地区はお金を盗まれる場所だ。そして、クリムゾン・ライト地区はお金を使う場所である。ここでは、朝にアンダーソン社で全身整形してもらい、昼に血のダイヤモンドを買い求め、最後に8コースのフランス料理で1日を終えることができる。若しくは、セックスロボットを買って、戦闘用プログラムと装備でアップグレードし、顔の造形をお気に入りの"俺の嫁"に似せて整形することだってできる。ユーテック銀行がここに建てられたのには理由がある。クリムゾン・ライト地区は、非倫理的な消費の最高到達点であり、金を吸い込むブラックホールなのだ。
電車はマシーンゴッドの寺院の近くに停車したが、地上には見るべきものはない。まるで氷山のように、彼の領域の大部分は表層からは見えない、下の方にある。風俗店と武器庫の間にある階段からEDMが流れているのがその唯一の証拠だ。私はレイヴマスクを顔に装着し、2人は下へ向かった。
階段の下には強化用心棒がいた。彼女は肋骨の両脇に2対のサイバネティックアームを移植しており、私を投げ返す計画を立てているように見える。
「マシーンゴッドに、黒の女王が入りたがってると伝えて。」アリオットは彼女に言った。彼女は一瞬私たちを見定め、視線を遠くへ向けた。
「マシーンゴッドは彼の新しい従者を歓迎する。」扉が開く。私はマシーンゴッドのネオンコロシアムの中に入っていく。
地下は茹だるような蒸し暑さだ。ストロボライトは醜いネオンピンクで、床は巨大なサブウーファー。TeddyLoidがステップの度に私の歯をガタガタと鳴らす。ここにいる誰もがグチャグチャに混ざり合い、接続されている。天井から人形遣いの糸のように垂れ下がる黒く太いケーブルが、露出したあらゆる穴に差し込まれ、人々の血液をEDMに置き換えていく。
この肉と金属の海の中央には、巨大なリング状の階段があり、輝く鋼鉄の台座へと続いている。台の上には玉座とターンテーブルがセットで置かれており、玉座の巨大な肘掛けの上では、マシーンゴッドの12人の使徒がくつろいでいる。使徒たちは皆、シンプルな白いスリングショットとハイヒールを身につけ、サイバネティックな肉体を露出させて観衆を刺激している。ターンテーブルを巧みにスクラッチする一対の切り離された手は、マシーンゴッド自身の吊り下げられたバラバラの身体にワイヤーで接続されている。
マシーンゴッドの肩書きは多い。ユーテック地下世界のパワープレイヤー、産業規模で運営している情報ブローカー、複雑な救世主、パーティーの投げ手、インフルエンサー、麻薬密売人、神。彼が不正なAIであると主張する者もいる — ノルンのプロトタイプがインターネット上に流出したものだと。別の者は、彼は本当の神であると考えている — 現代に適合する形で顕現した、メカーネやらヴィシュヌやらの化身なのだと。更に別の一派によれば、彼は機械に意識をエミュレートさせる方法を発見した最初の人間だという。確かなことは誰も知らない。本気でそれを知りたがっている奴もいない。重要なのは、マシーンゴッドが我らのパーティーの権利のために戦い、死んだということだ。彼は我々の主であり救世主でありDJであり、そしてこの場所こそ、彼の最も神聖なる寺院なのだ。
マーシンゴッドの太く逞しい胴体は、玉座の中央の真上、取り付けられた頭部の真下に位置し、4対の分割された腕と脚がそれを取り囲んでいる。それらが下降して来ると同時に、階段の下に隠されたレールからロボットマニピュレータが飛び出し、パーツを掴んで集め、太いワイヤーで接続していく。一瞬のうちに、全ての保持部が同時に外れ、カチリと音を立てて1つになったマシーンゴッドの体が玉座に降り立った。
ネオ-ルネッサンス様式の外科医が彫刻した顔に、ダイヤモンドのように輝く眼。その上腕二頭筋は、ブロンズ色に輝く滑らかな太腿との間で私の視線を奪い合う。使徒達が彼に近づき、その体に寄り添い、完璧なまでに鍛え上げられた腹部を撫でる。マシーンゴッドは4本の手で彼らを愛撫し、残りの4本で、私の胸の奥で心臓が弾むようなビートを刻んだ。
耳の内側で彼の声が響く。「ようこそ、ルーキー、我が寺院へ!」
私の名前が呼ばれると、群衆は紅海のように私の周りを離れ、壇上への道を開く。群衆の中からざわめきが聞こえる。ユーテック銀行、フィトランシムン連合、そしてオネイロイ社について話しているのだ。
「君の功績は広く知れ渡っている。黒の女王に感謝を。祝福を求めてここへ?」
私はただ、1度頷く。自分の会話能力を信用できないからだ。その代わりに、内側の男に声を委ねた。
「マシーンゴッド!」私達が口を開くと、周囲の視線が一気にこちらに集まった。「貴方の祝福が必要なの。私の身体を改造して。」
マシーンゴッドは笑った — 私の耳を貫く、素早く弾けるようなレコードのスクラッチ音を立てた。「何という大胆さ!流石はオネイロイの背骨を砕いた女といったところか。ならば君の望みは何だ?」
私は必要な改造リストの内容を暗唱する。「全身の増強。セラミックフレーム。高強度重力と大気圏再突入に耐えられる防護。認知機能の全体的アップロード。胸部臓器には手を付けないで。脳はどっちでもいい。お任せする。戦闘への備えも必要。ステゴロ、ナイフ、銃、その他諸々。認知能力のオーバークロック機能。赤外線追跡と拡大レンズ。武器。刀剣状のもの。コンピュータ接続可能なインターフェース。」
「我が授け物は安くはない。それを使って君は何を為す?」彼は尋ねる。「我が使徒になるか?それとも守り手に?」
「どちらでもない。」私達は答える。「私の元カノを殺すために使う。そいつは今、月にいる。」
彼はもう一度笑った。「面白い!正に、裏切られたの女の怒りには地獄の炎さえ敵わないという訳だ。して、その見返りは?」
音楽がフェードアウトする。
「我が祭壇に何を捧げる?」
「何が欲しい?」私たちは尋ねる。
マシーンゴッドは考え込む。「私の望みは何か?自問してみよう。」
ベースラインが流れ出したかと思うと、次第にその速度を速めていく。
聴衆は固唾を呑んで彼の答えを待っている。リングの上段が下降を始め、玉座が広い壇上に着地する。その間、マシーンゴッドは私たちを、まるでアリを観察するかのように見つめた。
「ああ!」彼は叫ぶように言った。「アレならば代償として十分だろう。」
天井からテレビ画面が降りてくる。ターンテーブルが回転し、手術台が現れる。台座の一番下の段が上に跳ね上がり、リングに変形して玉座の方へ移動する。リングの上部にはカメラのレンズが開き、手術道具が取り付けられたマニピュレーターが次々と現れる。先端が尖ったジャックになった黒く長いケーブルがリングから伸びる。
「座天使オファニムが君の昇天の術となり、君は音の鍛冶場で生まれ変わるだろう。その見返りとして、私は君の記憶を受け取ろう。その愛がどのように憎しみに変わったかを知り、その感情を我が民と共有しよう。」
スクリーンが点灯し、クラブ内で配線されている全員の視点を通し、私たちの顔が映し出される。
「これが祝福の条件だ。受け入れるか?」
慎重に考えよう。内側の男は私の記憶全てを検閲できるかどうか確信がない。有機的な脳をファックするのは楽勝だが、シリコンの脳では話が違ってくる。
しかし、その時、私はスケートに失敗した時のアリオットの顔を思い浮かべる。あの時の無力感。ナターシャの息の根を止めるのはどんなに気分がいいことだろうか。
「私たち — 私はその条件を受け入れる。」
曲がサビに向けて盛り上がり、群衆が咆哮を上げる。
マシーンゴッドの使徒たちが玉座から滑り降りて、階段を下って来る。彼らは私を取り囲み、持ち上げて机へと運んで行く。私は瞬く間に縛り付けられ、オファニムを見上げることになった。マシーンゴッドがその手にジャックを握りしめ、机に開いた穴を通して私の頭蓋骨の基部に突き刺す。
私は鋭い痛みを感じ、それから何も感じなくなった。
次回: 極悪少女団






