クレジット
タイトル: SCP-001-JP - アースリングス
著者: Tutu-sh
作成年: 2025
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収容前のSCP-001-JP-A
アイテム番号: SCP-001-JP
脅威レベル: 橙 ●
オブジェクトクラス: Euclid Decommissioned
特別収容プロトコル: 古生物学・古環境学・堆積学・岩石学など、SCP-001-JPに到達しうる学問領域は財団による検閲を受けます。各学問領域に対応する財団内部部門は出版物やオンラインの精査、また研究機関に対するエージェントの潜入捜査を実施し、SCP-001-JPに関連する研究報告や非公式な言及を検出します。確認された情報源は差し押さえられ、関係者には必要に応じて記憶処理が施されます。
SCP-001-JPは、呼吸・脈拍・体温といった有意な運動や恒常性維持機能を基準とし、生命兆候の確認を受けます。生命兆候が検出されない場合、SCP-001-JP実体は低危険度物品収容ロッカーに収容されます。
生命兆候が検出された場合、SCP-001-JPは常に施錠された2.4m×2.6m×6mの鋼鉄製コンテナに保管されます。コンテナ内は約70%の二酸化炭素、約28%の窒素、約2%の硫化水素、および任意の割合の水蒸気で構成される混合気体で充填されます。SCP-001-JPは鋼鉄製のチェーンでコンテナ中央部に捕縛・固定された状態を維持されます。コンテナ内への進入にはセキュリティクリアランスレベル3以上の職員1名以上の承認が必要であり、また進入時には化学防護服の着用が義務付けられます。
既存の文献記録との整合性を保ち、また大衆の猜疑心への刺激を回避するため、現時点で唯一生命兆候が検出されている個体(SCP-001-JP-A)はその外見を模したレプリカをルーヴル美術館に安置されます。レプリカは大理石で製造され、ヘレニズム時代に製作されたギリシア彫刻として偽装されます。
説明: SCP-001-JPは、主として有史以前の地層から産出する、石像に類似する実体の総称です。臀部や乳房に類似する発達した構造から、SCP-001-JPの外見は衣類を着用したヒト(Homo sapiens)の女性と概ね一致します。ただし、鳥類のものに類似する翼が背部に存在する点でヒトの体制を逸脱しており、天使や女神として古来伝承される存在に近似されます。
全てのSCP-001-JPは体の一部が欠損・破損した状態で発見されており、断片化したものが発見例の大多数を占めます。20██/██/██現在において最も保存が良好なSCP-001-JP個体は生命兆候を示しており、SCP-001-JP-Aに指定されています。SCP-001-JP-Aを除くSCP-001-JPはその内部構造を除き非異常の石像と同質であり、生命兆候の有無と損傷の程度の相関関係が類推されています。
生物学的概要
炭素(C)とケイ素(Si)、リン(P)とヒ素(As)、酸素(O)と硫黄(S)は同族元素の関係にある。
SEM-EDSを用いた組成分析により、SCP-001-JPを構成する生体高分子は有機ケイ素化合物で占められることが判明しています。地球上のあらゆる生命は炭化水素化合物を中心に体制を構築し、代謝の反応物・生成物・生体触媒として利用しており、それは珪藻やイネ科草本のように部分的に二酸化ケイ素を含む生物も例外でありません。これらの生物と異なり、SCP-001-JPは生体を構成する大多数の物質がケイ素を主体としており、既知の地球生物と一線を画します。
SCP-001-JPは一般的生物と比較して、その化学組成に関して周期表上の複数のシフトが発生しています。具体的に、SCP-001-JPが持つ核酸分子相当物質はリンがヒ素、酸素が硫黄に占められています1。また呼吸においては硫化水素が呼気に含まれ、また二酸化ケイ素が周囲に析出します。これは代謝で発生した硫化ケイ素が水と反応して生じた生成物と見られます2。SCP-001-JPが有する物質は一致する原子価を持つ同族元素で構成されている場合が多く見られ、本来は現状の地球と異なる環境下で出現した生命の体系に属すると考えられます。
SCP-001-JPの細胞・組織・器官の各階層は地球の脊椎動物のものと極めて類似することが確認されています。SCP-001-JPは付属肢や胸郭の相当部位に顕著な構造上の差異が認められるものの、内骨格に相当すると思われる高密度域を有します。また低密度域は大小様々な空隙が存在しており、体内での気相や液相の流動、可動組織の運動、物質の貯蔵といった生命維持に関わる様々な用途に用いられると見られます。
SCP-001-JPは消化器系に相当する器官が確認されていません。SCP-001-JPは有機ケイ素からなる他のケイ素生物由来を体表から摂取することで食餌に相当する物質収支を実現すると見られます。該当する生物が地球上に存在せず、またSCP-001-JP-Aの代謝効率が非常に高いため、食餌行動は確認されていません。
SCP-001-JPは地理的障壁による束縛を受けず、多数の地域において様々な時代の地質体に埋没しています3。大多数のSCP-001-JPは先古生界で産出していますが、少数は古生界でも確認されています。三畳紀以降では1863年にギリシャ王国サモトラケ島の沖積層から発見されたSCP-001-JP-Aが唯一の例です。
SCP-001-JP-Aはフランス共和国の首都パリに位置するルーヴル美術館に所蔵・展示されていました。2012/██/██、同館に学芸員として潜入していた財団エージェントにより、僅かな代謝に起因する熱、呼吸に起因する微弱な気流、また細胞に類似する微細構造が確認されました。1884年から2012年までの同館での管理ののち、一般社会向けの偽造品を用意した上で2012/██/██から財団による収容下にあります。
SCP-001-JP-Aは昏睡状態にありましたが、2027/██/██に自律的な挙動を示しました。ヒトと同様の精神構造・知能構造を有し、またその発達の程度は現代人の成人に相当します。
以下はSCP-001-JP-Aに対して実施されたインタビューの記録です。
インタビュー記録-01 - 日付2027/██/██
場所: サイト-アレフ 標準人型収容セル
対象: SCP-001-JP-A
インタビュアー: オーウェン・フロビシャー博士
<記録開始>
フロビシャー博士: 失礼する。君が意識を取り戻したと聞いた。人と近似した姿を持つなら、ひょっとすると対話も可能なんじゃないかと思ってね。
SCP-001-JP-A: [沈黙]
フロビシャー博士: 英語だと都合が悪いかね?フランス語は苦手でね。
SCP-001-JP-A: 構いません。あなた方の言語はいくつか理解しています。昏睡の最中に受容した言語体系が染み付いているのでしょう。言語の分析に時間を要しましたが、問題ありません。
フロビシャー博士: それは素晴らしい。自己紹介がまだだった、私はオーウェン・フロビシャー。財団すなわち我々の組織と、人類を代表して話をしたい。
SCP-001-JP-A: あなたが現住知的生命の代表を努めると。理解しました。
フロビシャー博士: 単刀直入に問おう。君は何者だ?
SCP-001-JP-A: 何者かとは?
フロビシャー博士: 一般的に、君はサモトラケのニケとして知られている。サモトラケとは地名、ニケとは神格の名だ。勝利の女神ニケを象ったサモトラケ島の彫像ということだな。
SCP-001-JP-A: 神。あなた方人類が信仰を捧ぐ超自然的な存在ですね。
フロビシャー博士: いかにも。[沈黙] だが、君は我々の被造物ではないだろう。我々人類が生まれる遥か以前の大地に痕跡を残し、そして我々に再現できない緻密な細胞や組織を持つ。神格のミームとは無関係な生命なのか、あるいは我々の知る神話・伝説の起源が君なのか?
SCP-001-JP-A: それは私に知る由のない領域を含んでいます。我々はいち生命として繁栄を享受しました。ですが、我々の痕跡にあなた方の祖先が何らかの情動を発生させ、そこから伝説を創造しえたこと ⸺ あるいは、伝説と私を結び付けえたことまでは否定できません。
フロビシャー博士: [沈黙] わかった。伝承との関係はとにかく、君を生命と見て話を進めよう。
SCP-001-JP-A: ありがとうございます。
フロビシャー博士: 君の種族はケイ素骨格を主体にしているように見える。ケイ素、14番目の元素で、内部に14個の陽子を含む。我々や、我々が知り得るあらゆる生命から逸脱した化学組成だ。地球上にそんな生命は存在しない。
[沈黙]
フロビシャー博士: 君はどの星から来た?
SCP-001-JP-A: ここです。
フロビシャー博士: [沈黙] こことは?
SCP-001-JP-A: 太陽系第三惑星。あなた方が地球と呼ぶ惑星です。
フロビシャー博士: それが真であるならば、君たちは既存生命とのあらゆる連環を絶たれた孤立した種族ということになる。それは奇妙だ。どこで生まれた?生まれた場所は違うだろう?
SCP-001-JP-A: いいえ。我々はこの惑星で生まれ、そして死に果ててきました。私はその命脈の果てに立つおそらくは最後の1人です。
フロビシャー博士: ならば君の親は?先祖はどうだ?
SCP-001-JP-A: 私の知る限り、先祖の生きた地も同じです。我々は祖先からこの地を受け継ぎ、そして永らえてきたのです。
フロビシャー博士: ううん、分からん。[沈黙] 君たちの種族の残骸はいたる所に散らばっている。直近の約3億年間を除けば、ほぼあらゆる地質時代に君たちの存在が示唆されている。
SCP-001-JP-A: [沈黙] ええ、そうでしょうね。
フロビシャー博士: だが不思議だ。ヒトに極めて収斂しながらも根底から異なる種族。そんなものが何十億年も存在を続けていたとは考えられない。
SCP-001-JP-A: それがあなたの信仰ですか?
フロビシャー博士: 科学的推論の帰結だ。我々以前に多数の先史文明が存在したこと自体は分かっている。アンモナイト、ディイクトドン、チョッカクガイ。だがどれも過去6億年以内の生命史の中で紡がれたにすぎない。君の種族はあまりに古すぎる。現在の層序学に倣えば、まだ真核生物や多細胞生物が辛うじて出現したばかりの時代で、既に君たちが大地に立っていたことになる。不可思議だ。
SCP-001-JP-A: 連環を絶たれた孤立を指摘したのはあなたです。我々があなた方の生命体系と祖先-子孫関係を共有する必然性は無いのでは?
フロビシャー博士: だがすると、地球にはケイ素生命と炭素生命との独立した2つの生命体系が存在したことに ⸺
[沈黙]
フロビシャー博士: 君は、さきほど種族の滅亡を示唆したか。具体的な説明を願えるだろうか、それは何らかの比喩かね?
SCP-001-JP-A: いえ、現実に差し迫った脅威です。
フロビシャー博士: 何が起きると?いや ⸺ 何が起きたと?
SCP-001-JP-A: きっかけはある1つの点でした。天に浮かぶ1つの惑星の挙動が刻々と変化していたのです。その変化自体は非常に遅々としたものであり、あなた方の時間的尺度に則れば、おそらく著明な変化を見出すのには数百万年から数千万年の観測を必要としたことでしょう。ですがそれは確実に、乱雑かつ複雑で、予測不能な挙動を示しながら、我々の星 ⸺ 地球へ迫ってきました。順行と逆行とを反復しながら、ですが着実に距離を縮めてきたのです。
フロビシャー博士: 小惑星の衝突か?
SCP-001-JP-A: そんな生易しい言葉で済むものであれば、どれほど良かったでしょう。あなた方の物理的尺度に則れば、衝突が見込まれた天体の直径はおよそ7000km。それまでに我々が把握した全ての小惑星を束ねたとしても、到底太刀打ちのできない暴力的な質量です。
フロビシャー博士: 7000kmだと?
SCP-001-JP-A: ええ。度を超えた事の重大さに鑑み、ただちに検査と検算が行われました。ですが、いかなる誤謬も、誤算も、ついぞ見出すことができませんでした。衝突に至る軌跡を掴めずにいながら、ただ接近と離遠とを繰り返す大天体の規模をまざまざと眼前に晒されていたのです。
フロビシャー博士: だがそんな天体が衝突すれば ⸺
SCP-001-JP-A: ええ。地平線が大きく穿たれて吹き飛び、地表が蒸発して解き放たれる ⸺ そのような予測計算の結果が一致したのです。衝突の冬ではありません。荒れ狂う数千度の蒸気に惑星が蹂躙され、灼熱の中で万物が焼け果てる未来。遥か彼方より舞い降りる殺戮の使者が、確実に星を引き裂くと。
フロビシャー博士: [沈黙] 合点がいった。
SCP-001-JP-A: 何ですって?
フロビシャー博士: 我々が証拠を押さえている破壊的な天体の衝突記録 ⸺ 6600万年前のチクシュルーブ、19億年前のサドベリー、22億年前のヤラババ ⸺ そのどれをとっても、原型を留めないほど地球を変形させた事実はない。だが、1つ心当たりがある。
SCP-001-JP-A: すると、あなた方はあの天体をご存じであると?
フロビシャー博士: そうとも。それは仮説上の出来事であって、決して我々が直接的に物証を観測しているわけではないが、1つの推論として存在する。
[フロビシャー博士が鼻で笑う]
フロビシャー博士: それにしたって信じがたいがね。だが炭素生命とケイ素生命の同時代的な共存を否定するなら、この絶後たる衝突イベントは実に理にかなっている。確かに、生命体系の避けがたいリセットに足る出来事だ。
SCP-001-JP-A: それは何ですか?
フロビシャー博士: 君の言った事象はかのジャイアント・インパクトとして認識されている。そして衝突したのは ⸺ 原始惑星テイアだ。
<記録終了>
原始地球とテイアとの衝突の想像図
終了報告書: SCP-001-JP-Aが言及した巨大天体の衝突は、地球-月系の形成過程である約44.7億年前の出来事と推測される。
惑星は原始惑星系円盤に散在する微惑星の衝突合体を経て形成されるが、形成過程の最終段階では直径1000kmを超過する原始惑星同士が衝突する場合がある。現存する地球唯一の衛星である月の形成過程は、火星と同等規模の原始惑星テイアが原始地球に衝突したことをきっかけとすると推測されている(ジャイアント・インパクト説)。撒き上げられた両者のマントル物質は、原始地球を中心に形成された回転円盤内で集積し、衝突合体を繰り返して後の月を形成したと見られる。
原始地球とテイアとの接近過程
原始惑星テイアは太陽-地球系におけるラグランジュ点に形成されたと推測されている。太陽-地球系におけるラグランジュ点は、太陽および地球という大質量の2天体による引力と遠心力とが釣り合い、一切の外力を受けない位置である。この位置は円制限三体問題の平衡解にあたり、本来であれば重力相互作用により予測困難な挙動を示すはずである3天体が安定して存在可能となる。
ラグランジュ点上に形成されたテイアは、地球・太陽に該当しない他の微惑星や原始惑星による重力相互作用を受け、ラグランジュ点から弾き出されたと推測される。平衡解を脱したテイアは重力場が連鎖的に攪乱され、正確かつ不変の軌道を保つことができず、不安定な軌道で地球へ接近・衝突したと目される。この解釈において、SCP-001-JP-Aによる「接近と離遠とを繰り返す」との主張は、この一般的な三体問題が持つカオス性を指す。
テイアが衝突した直後の地球は、SCP-001-JP-Aが言及したような様相を呈したと見られる。衝撃は無数の岩片を宇宙空間に弾き飛ばし、高温は莫大な岩石を熔融・沸騰させた。生命の存続に対して間違いなく不適な条件下であり、仮にこの時代に炭素型生命が出現していれば完全に絶滅していたと見られる。
グリーンランド・イスア地方で産出した、約38億年前の珪素・炭素生物の試料
他方、財団データベースを精査したところ、グリーンランドのイスア地方で実施された地質調査報告が発見された。当該の報告によれば、約37億年前まで知的生命体による高度な文明が存在したことが示唆されている。当該文明は珪素・炭素化合物生物によるものであったと見られ、炭素型生物と別個の系統に属するこうした生命体系は約37億年前まで存続していたようである。
ファイル「SCP-5814」も参照
すなわち、SCP-001-JP-AおよびSCP-001-JPは、炭素型生物の台頭以前の地球で繁栄したケイ素型生物の分岐群であると見られる。特に、イスア地方で産出した珪素・炭素化合物生物よりも7億年遡る、既知の範囲内で最古の知的種族である可能性がある。ケイ素型生物はマグマオーシャンが存在したであろう当時の地球の高温環境に生息し、そのうちの一部がSCP-001-JPとして文明を発展させたものの、ジャイアント・インパクトを目前にして窮地に立たされたと推測される。
追記: この推論に関し、時空連続体モデリングによる精査依頼を時間異常部門へ近日中に提出予定。
インタビュー記録-02 - 日付2027/██/██
場所: サイト-アレフ SCP-001-JP-A用コンテナ
対象: SCP-001-JP-A
インタビュアー: オーウェン・フロビシャー博士
付記: インタビューに先駆け、コンテナ内は原始大気を再現した気相で充填されている。フロビシャー博士は防護服を着用して対話に臨んでいる。
<記録開始>
フロビシャー博士: オーウェン・フロビシャーだ。以前喋ったな。覚えてるか?
SCP-001-JP-A: 勿論。
フロビシャー博士: 万々歳だ。君の正体に察しが付いた、今日はそれを話しに来た。
SCP-001-JP-A: どうぞ。
マグマオーシャンに被覆された惑星。テイア衝突前の地球は表面温度が1200℃以上に達する高温環境であったと推測されている。
フロビシャー博士: 約45億年前まで地球に繁栄した純粋なケイ素生命体、それが君や他の彫像の正体だ。確かに最初は疑った。約46億年前に地球が形成され、天体衝突やマグマオーシャンの存在が続く僅か1億年という短期間で生命が繁栄するとは予想外だった。我々炭素生命の常識を超越していると言っていい。
[沈黙]
フロビシャー博士: だが、ケイ素化合物の安定性の観点で、ケイ素生命体は従来ホット・ジュピター4のような高温環境での生息が考えられていたはずだ。地球全体が1000℃を超過する我々にとっての極限環境は、むしろ君たち好熱性生物にとっては理想的な温度だったかもしれない ⸺ そう思考を改め直したよ。
SCP-001-JP-A: その推論は正確です。驚きました。大変動の後の遥か未来に生きる生命体であるあなた方が、とうに過ぎ去った過去の遺物に過ぎない我々の理解にここまで迫るとは。
フロビシャー博士: 大抵のことは岩石が多弁に語っているからな。もちろん、解像度は下がる。我々が日々付けるような日記ほど事細かな過去までは分からないし、君たちが育んできた文化や日常は知る由もない。だが緩やかな大河のような数十億年の時間の流れを、遥かに圧縮して我々のスケールに落とし込み、俯瞰 ⸺ 想像することはできるわけだ。
SCP-001-JP-A: 岩石というと ⸺ ああ、地面の凝結した固形物のことですね。失礼、我々の栄えた時代にあなた方の言う岩石なるものは存在しなかったものですから。
フロビシャー博士: なるほど、そうか。煮え滾るマグマオーシャンの生き証人だ、無理もない。マグマから造岩鉱物が晶出し、その結晶の集合体に至るまでおおよそ2億年。君にとっては7000万年の彼方か。
[沈黙]
フロビシャー博士: そう。7000万年のギャップが ⸺ 地表に火成岩が誕生し、営力により変成岩と堆積岩が生まれ、それらが複雑な重なり合いや切り合いを織り成すまでに、君の時代から幾億幾千万年の歳月が過ぎている。依然として不自然なのはそこだ。
SCP-001-JP-A: 不自然というと?
フロビシャー博士: 君らの種族の残骸のことだ。約45億年前に君らの種族が繁栄していたことは認めよう。それは呑み込もう。だが ⸺ 君らの残骸は37億年前以降のあらゆる時代でも産出する。海成層と陸成層との区別なく、堆積岩、火山岩、そしてそれらに端を発する変成岩の数々に君らの死体が転がっている。幾星霜もの年月を超えて、地層の中に抱懐されている。この年代のギャップは結局のところ説明されていないはずだ。
SCP-001-JP-A: 彼らは我々が志した脱出の残滓です。
フロビシャー博士: [沈黙] 具体的に頼めるか?
SCP-001-JP-A: その時点の地球のどこにも逃げ場が存在しないなら、どこか別の場所への避難が唯一の選択肢です。致命的で絶対的な死を前にして、我々はまず他天体への脱出を画策しました。あなた方が金星や火星や水星と呼ぶ惑星群は有力候補として挙げられましたが、天に届く空間移動を実現するエネルギーは我々が持ち合わせていませんでした。
フロビシャー博士: [沈黙] だから天体間の空間移動でなく ⸺ 時間移動により跳躍したと?
SCP-001-JP-A: 話が早くて助かります。我々の一部は災厄を乗り越えた未来の地球に望みを託しました。大天体の衝突の後も、地球自体はきっと完全な破壊を免れるだろうと。衝突から遥かな時間が経てば、再び我々が大地に立つことのできる時代が訪れるだろうと。我々は地球を脱することなく、時を飛び越えたのです。
フロビシャー博士: 地球上の固定座標を使った緊急時空移動か。炭素生命でもクールーラやカブトガニで同様の行動が見られてはいるが、その出で立ちで時空間に干渉するとなると ⸺ まるで嘆きの天使5だな。続けてくれ。
SCP-001-JP-A: 我々の種族に蔓延していた諦観、憂鬱、倦怠、麻痺は絶大なものでした。この脱出を単なる放恣な夢物語と切り捨てる者も少なくはありませんでした。自種族に対して喪に服しながら、原始地球と命運を共にした者が大多数だったのではないでしょうか。
フロビシャー博士: だが君たちは実現したと?
SCP-001-JP-A: 我々は逃げ出せました。本能が律動する最適解の方向へと、際限の無い時空連続体の中を飛翔して。この道程で、多くの同胞は連続体の持つ高純度の時間エネルギーに晒され、緻密な体組織が切り崩され、途方もない勢いでその身に分解を受けました。彼らは四方八方へ砕け散りながら、その体を惑星の時空軸に分散させたのです。
フロビシャー博士: だからあらゆる地層に散逸しているというわけか。それなら、君はどうして生き延びた?
SCP-001-JP-A: 私は幸運でした。時空連続体の揺らぎやエネルギー分布の僅かな不均一性が、私の仲間の悉くを濾し取るように消滅させたのです。私は偶然にも、その網の目を掻い潜ることができたにすぎません。
フロビシャー博士: 偶然の産物か。完新世まで逃げ延びた、唯一の生存者、競争の勝者。
SCP-001-JP-A: 無傷とはいきませんでしたが。両腕と首とを失い、2000年に亘って休眠していたわけですし。今ここにおいても、時空操作を自らの肉体に適用し、必要な物質代謝や生命活動をかろうじて持続させるので精一杯です。
フロビシャー博士: なるほど、君が酸素に満ちた低温環境に置かれても生命を持続できていたのはその能力によるものか。逞しい力だ、因果律の改変と言っても良いのではないかね?
SCP-001-JP-A: いえ、そこまでは。ですが ⸺ 多少の不都合を時間操作で解消できると考えれば、そう捉えられるかもしれません。
フロビシャー博士: 生命活動とは、物理変化と化学反応の集合体だ。時間の操作を実現してしまえば、その過程を無期限に引き延ばしたり、あるいは繰り返したりすることもできる。強引に勝利をもぎ取ることのできる、事実上不死身の力。[沈黙] 自己の生存や子孫の存続を生命にとっての勝利と見るなら、2000年前に空想された勝利の女神という虚像はあながち間違ってもいないか。
SCP-001-JP-A: [沈黙] それは新鮮な見方ですね。ですが我々は時間の逃奔者に過ぎません。
フロビシャー博士: えらく自己評価が低いな。時間の領主、その最後の1人にして ⸺ 勝者ではないと?
SCP-001-JP-A: 決してそのようなものではありません。我々は必ず滅びるでしょう。それは抗うことのできない呪縛にして、我々の意思を超越した運命。今はまだ辛うじて命脈を細々と保っているに過ぎないのです。その存続もじきに絶たれます。
フロビシャー博士: 何故そうも悲観的になる?何か根拠があるのか?
SCP-001-JP-A: 感じるのです。何かが戻ってくる。私たちを繋ぐ何かが戻ってくる。時間に親しんだ我々にはそれが分かります。
フロビシャー博士: それは一体何だ?
SCP-001-JP-A: 必定たる終焉です。あなた方よりも、我々へ先に届くのです。
<記録終了>
事案: 2028/██/██、地球の下部マントル深部における密度差の異常な移動が地震波トモグラフィーにより可視化されました。運動パターンを解析した結果、下部マントル内に存在する高密度領域が時速██kmという異常な高速度でヨーロッパ地域の下部に集積するように移動していることが明らかにされました。
下部マントル深部の大規模低剪断速度領域(LLSVPs)を示す図。TUZOがアフリカ大陸直下、JASONが太平洋直下に位置する領域を指す。
下部マントルの地下2000km以深では地域的な地震波速度異常領域の存在が指摘されており、大規模低剪断速度領域(LLSVPs)と呼称されるこれらの領域は大きく分けてアフリカ大陸と太平洋の地下に分布します。LLSVPsの規模は鉛直・水平方向ともに1000kmオーダーに達しており、質量は月の約6倍と推定されます。LLSVPsは周囲のマントル物質よりも鉄に富む組成で構成され、また密度が2.0~3.5%高いと推測されています。
LLSVPsに関する起源仮説の1つとして、当該領域がテイアにより供給されたとするものがあります。Yuan et al. (2023)によるシミュレーションでは、ジャイアント・インパクトに際してテイアのマントル物質が地球の下部マントルへ沈み込み、外核の周囲に高密度領域を形成した可能性が指摘されています [1]。また物質的な証拠として、Mukhopadhyay (2012)は太平洋島玄武岩と大西洋中央海嶺との貴ガス元素の同位体比を比較して両者が44.5億年前以前に分化したことを示唆し、前者の始原性を主張しました [2]。
LLSVPsが示す当該の挙動は明らかに異常性が関与するものであると判断され、ヨーロッパ地域における原因究明が進められました。LLSVPsの起源とSCP-001-JPの起源とに共通点が認められることから、SCP-001-JP-Aを対象とする緊急聴取が実施されました。
インタビュー記録03 - 日付2028/██/██
場所: サイト-アレフ SCP-001-JP-A用コンテナ
対象: SCP-001-JP-A
インタビュアー: オーウェン・フロビシャー博士
<記録開始>
フロビシャー博士: 久しぶりだな、SCP-001-JP-A。
SCP-001-JP-A: お久しぶりです、フロビシャー。今日は何のご用件ですか?
フロビシャー博士: 地球深部で異常なマントル対流 ⸺ いや、マントル移動を検知した。外核の周囲に聳える高密度領域の巨大山脈が、半径6400kmの球を中を動き回り、ここ欧州の地を目指して流動し続けている。既知のプルームテクトニクスから逸脱した速度で、それも加速しながらだ。
SCP-001-JP-A: 人類の危機というわけですか。それで私に助言を求めに?
フロビシャー博士: 助言じゃない。心当たりを尋ねに来た。
SCP-001-JP-A: 心当たり?
フロビシャー博士: 目下高速移動中のマントル塊は、テイア起源の可能性が示唆されている。[沈黙] 巨大なテイアの残骸が1箇所に集まろうとしている。今この瞬間に、不可思議な駆動力によってテイアが蘇ろうとしているのではないか ⸺ そう憶測しているところだ。
SCP-001-JP-A: [沈黙] それは確かですか?
フロビシャー博士: 起源についてはあくまで可能性の話に過ぎんよ。[沈黙] だが、物質化学的な証拠も、シミュレーションによる再現もある。懸念すべき可能性の1つとして、君を問いただすきっかけには十分だ。
SCP-001-JP-A: 2つの意味で、驚きました。あの天体が45億年に亘る内的営力の攪拌に晒されながらこの星の内奥に今なお残骸を宿していること、そしてあなた方がそれを突き止められるだけの技能を有していること。どちらもこの身で受けるには余りある衝撃です。
フロビシャー博士: [沈黙] 知らなかったのか?
SCP-001-JP-A: ええ、存じ上げませんでした。
フロビシャー博士: その ⸺ 以前君は「何かが戻ってくる」と。
SCP-001-JP-A: 申し上げましたね。
フロビシャー博士: それは、テイアの復活のことではなかったのかね?
SCP-001-JP-A: 具体的な形としては存じ上げなかったものですから。[沈黙] それは、本能、とでも言うのでしょうか。私自身や自種族に迫る何某かの脅威が存在することは感じ取れました。まるで、この世界そのものが我々を淘汰し排斥するかのように、宇宙の大いなる意思が如何なる形であれその生存を赦さないかのように。宿命というものが実在するならば、それは我々の絶滅に向かって転がっていると。
フロビシャー博士: 随分と自滅的な思考だ。何があった、君は最後の末裔じゃなかったのか?破局的な災害から逃れ、時空間に飛び立ち脱出を果たした、道を切り拓いた存在はどこへ行った?
SCP-001-JP-A: その通りです。我々の一部は未来へと脱出しましたが、先にも述べた通り、多くの同胞は度を超えた諦観に呑まれていました。強固にして揺るがしがたい、質量を帯びたような慢性的な諦念です。種族の思考のほぼ全域を占領し、停滞の病となって蝕んでいたのです。その意味が分かりますか?
フロビシャー博士: [沈黙] 意味とは?
SCP-001-JP-A: 我々の種族は時空間を俯瞰できると言ってよいかもしれません。あなた方が微妙な痕跡を探し求めてその先に見出すような、謎を1つ1つ紐解いていく推論とは違い ⸺ より直接的に時間そのものを知覚し認識できるのです。そしてその眺望は、テイアによる地球の崩壊をも超越した、その背後に潜む絶対的な理を可視化するものであったと考えることができませんか。
フロビシャー博士: [沈黙] つまり?
SCP-001-JP-A: 私を含む短絡的な一団は、目先の生存可能性に駆られて時空を飛び越えました。大衝突を抜き去り、その後の幾億年の地球史の中に散らばりました。ですがその何億年、何十億年という逃亡劇の果てまでも、それが付いて回ってくるとすれば。そして、それを我々の種族が認知していたならば。
フロビシャー博士: 絶対的な滅亡の運命を認識した上で、絶望し、腐敗したと?
SCP-001-JP-A: 我々が放浪の旅を歩むとともに、それは我々を目指して歩んでくるのです。どのような時空を選ぼうと、どのような未来へ至ろうと、常に追ってきます。決して例外のない必定。
フロビシャー博士: それは、我々がラニアケア超銀河団内で観測している、熱平衡状態への強制的な遷移のことと見て良いのか?
SCP-001-JP-A: それも、より大きなものの一部に過ぎません。ケイ素生命は巨大衝突や活性化エネルギーの低減により死に至るはずでしたが、私はこうして時間操作能力で生きながらえています。大量殺戮システムを乗り越えた私に対し、それは必ず二の手三の手を用意するに違いありません。
フロビシャー博士: すると、今地球の深淵から湧き上ろうとしているマントルプルームは ⸺
SCP-001-JP-A: 言うなれば ⸺ とうに死しているはずの私に終止符を打つ、宇宙によるつじつま合わせの断絶です。
<記録終了>
補遺: 通常のマントルの対流速度は年間10cm前後、外核の対流速度は年間10km前後と推定されており、今回観測されたLLSVPsの移動速度は地球深部で見られる非異常の活動の104~108倍程度の速度を示します。これは地球内外に甚大な影響を与え、各種K-クラスシナリオの複合的発生に帰結すると見込まれます。
以下は懸念されるシナリオの例です。
想定影響: 地磁気の攪乱・消失
外核の対流が関与する磁力線
概要: 地磁気は外核の対流によって生じると推測されている(ダイナモ理論)。地球の核は鉄を主成分として構成されており、温度-圧力条件の関係上、外核は液相、内核は固体である。液相である外核はより高温である内核により加熱され、またより低温である下部マントルに冷却されることで、熱対流を起こしている。この対流が電磁誘導を起こし、結果として地球規模の磁場が形成されている。
ここで、LLSVPsの位置が問題となる。最大で地球質量の約6%を占めると推定されるLLSVPsは、核-マントル境界の外周を取り巻いている。大質量を持つ周辺構造が104倍程度の速度で運動することにより、外核表層の金属鉄の流動パターンが変化し、対流が攪乱される可能性がある。熱対流が不安定化し攪乱された場合地磁気の消失に帰結しうるほか、少なくとも現状の磁場が変化を強いられる懸念がある。
地球は顕生代の約5.4億年間に限っても夥しい回数の地磁気逆転を経験しているが、人類はいまだ1回たりとも経験していない。逆転過程の最中にある地磁気の一時的消失は地表に甚大な影響をもたらしうる。具体的な被害として、汎世界的な交易と通信の破綻が考えられる。これは地磁気を基準とするナビゲーションシステムの機能不全や、地球に到達する太陽風の増強によるデリンジャー現象に起因する。
影響は科学文明のみに留まらない。回遊魚や渡り鳥といった地磁気に頼る動物種は正常な行動を阻害され、絶滅や衰退を余儀なくされる。また増加する宇宙線はあらゆる地表生物に放射線被曝をもたらすほか、雲核の形成による気候変化に帰結する可能性がある。農作物を含め、動植物が直接的・間接的に影響を受けるWK-クラス:大量絶滅イベントの発生が想定される。
想定影響: テクトニクスの変化
2008年時点のプレート運動
概要: LLSVPsは最大で地球質量の約6%を占める巨大構造であり、その高速運動はマントル自体の剪断破壊を起こす6。LLSVPsの移動による岩石の塑性変形が生じた場合、アフリカ大陸および太平洋からヨーロッパにかけての広域において、有史以降類を見ない深刻な規模の深発地震が連鎖的に発生しうる。
また、地球上の岩石圏の主要な運動の1つにプルームテクトニクスがある。プルームテクトニクスにおいては、地下深部に存在する高温かつ低密度のマントル物質がホットプルームとして上昇し、沈み込み帯に起源を持つ低温かつ高密度のマントル物質がコールドプルームとして下降する。こうして生じるマントル対流がその上位あるいは上部に存在するプレートを駆動する。すなわち大陸移動やプレートテクトニクスの根源を説明する理論がプルームテクトニクスである。
LLSVPsがマントル対流を撹乱した場合、これはプルームテクトニクスの変化を意味する。これにより誘発されうる各プレート境界の活発化や新たなプレート境界の形成をはじめとするプレートテクトニクスの変化は、従来認識されているよりも遥かに短い時間スケールでの地殻変動・地形変化に帰結する。超大型地震、大陸の開裂、大山脈の形成、これらに伴う気候メカニズムの遷移が危惧される。
通常のホットプルームのモデル
特にホットプルームが地殻に接近した場合、様々な地殻変動を誘発する。ホットプルームの存在により地殻自体が膨張・変形するほか、マントル物質から部分熔融したマグマが岩脈として地殻内に挿入される。マグマの浮力が岩盤の強度や圧力を超過すれば、大規模火成活動として割れ目噴火が発生する。
非異常のホットプルームによる巨大火成岩岩石区形成イベントは、約2.5億年前のシベリア洪水玄武岩(体積約2.0×106km3)や、約1.2億年前のオントン・ジャワ・ヌイ海台(体積3 - 6×107km3以上)のものが有名である。これらはそれぞれ後期ペルム紀と前期白亜紀に発生した大量絶滅事変(WK-クラスおよびGH-クラス:"デッドグリーンハウス"シナリオ相当)の主因とされる。
想定影響: LLSVPs自体の地表露出
太平洋直下のLLSVP
アフリカ大陸直下のLLSVP
概要: より直接的なLLSVPsの影響として、LLSVPs自体が疑似的なホットプルームとして地殻付近へ浮上することが挙げられる。この場合、既知の巨大火成岩岩石区形成イベントと比較しても遥かに破局的なXK-クラス:世界終焉シナリオが確実視される。また、本シナリオはSCP-001-JPを確実に死に至らしめる唯一のものである。
LLSVPsの異常移動は密度流である従来的なプルームテクトニクスに従わず、未知の因子に駆動されている。このため、非異常のホットプルームの上昇に対して抑制的に機能するマントル遷移層や地殻-上部マントル境界の密度差は、LLSVPsの異常移動に対して抑制効果を発揮しない可能性が見込まれる。
下部マントルの温度は2000℃から3000℃程度と推定されており、またLLSVPs自体は平均的な下部マントルと比較して最大で110℃程度高温と試算されている [3]。LLSVPsが十分に冷却されることなく高速浮上した場合、周辺圧力の低下に伴い、含有されるケイ酸鉄(FeSiO3)やケイ酸マグネシウム(MgSiO3)などの成分が分解・気化する懸念が大きい7。
LLSVPsの詳細な化学組成や温度圧力など諸条件が未確定であるが、LLSVPsが完全に地表へ露出した場合、沸騰した二酸化ケイ素に由来する気相は概算で約2×1020トンに達する。発生した膨大な岩石蒸気はヨーロッパから周辺地域へ流下し、地表の生命を等しく燃焼ないし蒸発させる。ヨーロッパ地中海や大西洋をはじめとする水圏も高温に晒され、内部に生物を含んだまま沸騰を開始する。やがてこの蒸気は全球を被覆し、海洋の沸騰は全球規模で進行する。岩石蒸気の温度を2500℃と仮定すると、24時間で高さ40mの水柱が蒸発する。海水の蒸発に伴って析出する食塩も高温により沸騰する8。
地球全域から陸上植生・氷河氷床・海水が消滅したのち、地表に露出した岩石も大気に加熱されて熔融を開始しマグマを発生する9。地球全域で再びマグマオーシャンが形成されることになるが、約45億年前と異なり、今回の事例はSCP-001-JPにとっても不適な環境を呈する。最大で3000℃程度に達する岩石蒸気がケイ素生物の最適温度を超過しており、耐久可能な温度範囲にないためである。
追記: LLSVPsの移動速度が加速的な増大を継続していること、またその移動進路上にSCP-001-JP-Aが位置することが確実視されたことを受け、財団はLLSVPsとSCP-001-JP-Aとの因果関係を公式に仮定した対応を開始しました。
スミス=ハークネス係留器
時間異常部門はクロノンビットを用いて4.48±0.01Gaまでの時空連続体を人為的に掘進し、スミス=ハークネス係留器により冥王代と第四紀完新世との安定的接続状態を固定しました。当該の措置は異なる2つの時代間での物体の往来を可能とするものであり、ジャイアント・インパクト直前の時代へのSCP-001-JP-Aの送還を目的とするものです。
時空間孔へのSCP-001-JP-Aの投入に先立ち、フロビシャー博士によるSCP-001-JP-Aの現況調査と聴取が行われました。以下は投入直前に行われた会話の記録です。
会話記録 - 日付2028/██/██
場所: サイト-アレフ SCP-001-JP-A用コンテナ
参加者: SCP-001-JP-A、オーウェン・フロビシャー博士
付記: フロビシャー博士は防護服を着用して対話に臨んでいる。
<記録開始>
フロビシャー博士: やあ、SCP-001-JP-A。調子はどうかね。
SCP-001-JP-A: こんにちは。悪くはありません、が ⸺
[沈黙]
SCP-001-JP-A: 外でうねるこの粒子の流れ。これから嵐が訪れるかのようなこの不気味な鳴動は ⸺ 時空移動の準備を始めていますね?
フロビシャー博士: [沈黙] 流石に見抜くかね。
SCP-001-JP-A: 45億年の時間を飛び越えてきたのですよ。嫌でも分かります。
フロビシャー博士: ならば話が早い。君を ⸺
SCP-001-JP-A: 元の時代へ戻すと?大衝突に見舞われる前の ⸺ いえ、これから大衝突を迎えるであろう地球へ。滅びゆく故郷へ、終末の時代へ。
フロビシャー博士: [沈黙] そうだ。
SCP-001-JP-A: そこへ戻れば私は死を迎えるでしょう。私の体は猛烈な岩石の怒りに晒され、白熱とした衝撃波と爆風に吹き飛ばされます。猛威を振るう熱に喰い荒らされ、赤熱するとともに、たちまちのうちに泡を立てて沸騰してしまうに違いありません。私の血液の1滴1滴が蒸気となり、繊維の1筋1筋が煙となって大気に混ざって散っていく ⸺ それを理解した上で、私を過去へ戻すと?
フロビシャー博士: そう、君を地獄へ戻す。そうしなければ ⸺ 今なお君を抹殺せんとするテイアの残滓が、地球の奥底からこの星を完膚なきまでに殲滅するだろう。どれだけ多くの生命が藻掻き苦しんで焼き尽くされると思う?どれだけ多くの血が流れて空気に還ると思う?どれだけ多くの悲鳴と慟哭と怨嗟がこの星を包むと思う?
SCP-001-JP-A: 存じ上げません。
フロビシャー博士: 80億だ、人類だけでな。そして生命全体に目を広げれば、その数は燦然と輝く銀河の星々よりも遥かに多い。脈々と営まれ続けた40億年の歴史の途絶、それだけは止めなくてはならない。
SCP-001-JP-A: その40億年の歴史とは、誰のものですか?
フロビシャー博士: [沈黙] 言ったろう、生命だ。40億年前に生まれた原始生命、そしてその類似物や子孫たちは、太古代以降地球惑星システムの最前線の歯車として回り続けている。
SCP-001-JP-A: ええ、あなた方の知るところの生命です。つまり、炭素化合物を基盤として代謝系を維持するという、矮小な生化学的共通性の軛の下にある存在です。我々ケイ素生命の悉くが滅び去った後に、その死骸の粘土鉱物を使って蔓延った新参の生命体系群に過ぎません。
フロビシャー博士: [沈黙] 何が言いたい?
SCP-001-JP-A: あなたの言う途絶とやらを利用した狡猾な者の生存を、身命を賭して守る義務。それは私には無いということです。
フロビシャー博士: バカなことを。生化学的な共通性を持たないからと言って、我々は ⸺ 互いに意識を、認識を、知識を、良識を共有しているではないか。直感的な本能で感じ取ることのできる相似した容姿もあって、発達した共感性を相互に向けあえるというのに。理解可能な存在だというのに。
SCP-001-JP-A: 共感性の相互確立が可能というのはその通りでしょう。我々は互いに言葉を交わすことができ、そしてあなた方の先祖は私の象形に基づいて神話に思いを馳せることまでできたわけです。そこには目を見張ります。
フロビシャー博士: なら ⸺
SCP-001-JP-A: だからと言って、無条件の死を受け入れられるほど混じりけのない滑らかな調和と統合が生まれたわけではないでしょう?
フロビシャー博士: 君じゃなければ駄目だ。君があの時代に戻らなければ ⸺
SCP-001-JP-A: あなた方の自己都合だけで話を進めないでいただきたい。
フロビシャー博士: どのみちお前はくたばるんだぞ!?
[沈黙]
フロビシャー博士: 失礼した。
SCP-001-JP-A: 構いません。私の気は変わりませんので。
[フロビシャー博士が防護服のフェイスシールドに手を当て、数秒間沈黙する。]
フロビシャー博士: だが、もう、分かってるんじゃないか?君の死はとっくに回避不能な領域に迫っている。テイアがこの地上に顕現すれば、80億の人間やその他無数の生命とともに、君は強烈な岩石蒸気に焼き尽くされる。それが第四紀完新世で起こるか、それとも45億年の彼岸か。それだけの違いだ。
SCP-001-JP-A: 絶滅の完成を回避できないのなら、その上で身の振り方を定めるのみです。
フロビシャー博士: つまり?
SCP-001-JP-A: 私がこの場に留まるか、あるいはさらに未来へ跳躍すれば、あなた方炭素生命を巻き添えにしてその生涯を終えられるわけですね。不本意な炭素生命の王国に文字通りの一石を投じ、全てに幕を下ろす権利が私にはあるのですよ。
フロビシャー博士: 二つに一つだ。森羅万象を救った英雄になるか、大量殺戮者に落ちぶれるか。この選択肢を前にして、誰よりも多くの血に塗れた破壊者を、遍く生命が沈黙するほどの大罪人を、勝利の女神が選ぶと言うのか?
SCP-001-JP-A: 炭素生命をいくら滅したところで、私の精神は揺らぎません。
フロビシャー博士: だが我々も生きている。君と同じで臓腑が働き、体液を全身に漲らせている。
SCP-001-JP-A: あなたから見て45億年前の生命は、それで滅亡を免れることができたのですか?
[沈黙]
フロビシャー博士: そうか。そこに情けも容赦もないか。他の生命の神聖不可侵性など微塵も存在しないような傍若無人な言動だ。君たちが理不尽な目に遭ったからといって、他の存在にもそれを押し付けようとする。
SCP-001-JP-A: あなた方の主観で物事を ⸺
フロビシャー博士: だがそれは、私が見せている態度と同じか ⸺ それ未満じゃないか?
SCP-001-JP-A: 何ですって?
[フロビシャー博士がSCP-001-JP-Aの周囲を歩きはじめる。]
フロビシャー博士: 他人の命を使い捨てることに躊躇が無い。嗜好や矜持のために手段を択ばない。我々と同類、いやむしろ、生存を目的とする我々と違って君の目指すところはひたすらに自暴自棄の所業だ。合理性を見失い、目先の損得勘定に突き動かされているだけじゃないか?
[フロビシャー博士が鎖を避けながら歩く。SCP-001-JP-Aは沈黙している。]
フロビシャー博士: それを証明したいならすれば良い。君がいたずらに増えた不愉快極まる残酷な炭素生命と同じになると言うのなら、それ未満に自分の尊厳を陥れると言うのなら ⸺
[フロビシャー博士が立ち止まり、SCP-001-JP-Aに向き直す。]
フロビシャー博士: 私はそれを見届けようじゃないか。特等席でね。
[沈黙]
SCP-001-JP-A: やりますね。この説得があなたの狙いでしたか?
フロビシャー博士: [沈黙] いや、まったく。
SCP-001-JP-A: 気が削がれました。
フロビシャー博士: [沈黙] じゃあ。
SCP-001-JP-A: 安心してください、私がちらつかせた時空間移動はハッタリですよ。原子の結合を保つのに精一杯で、他所の時空へ転移することなどどだい不可能です。今の体力では砂礫1つ分の転移すらできるかどうか。
フロビシャー博士: 本当か?
SCP-001-JP-A: あなた方の文化や教義では、我慢のならない極限の苦痛を与えられる状況を「地獄」と呼ぶのでしょう。甘んじて地獄を受け入れます。私は沈黙の中で散ることにしましょう。ケイ素生命の生き残りとして、誇りある末裔が1つとして。
フロビシャー博士: 済まない。ありがとう、感謝する。
時間異常部門徽章
[床面に時間異常部門の徽章が出現する。]
[スミス=ハークネス係留装置が起動され、駆動音が増大する。]
[コンテナ内の光量が増大する。これに伴い、クロノン粒子の密度が上昇する。]
フロビシャー博士: お別れだな、SCP-001-JP-A。
SCP-001-JP-A: ええ、フロビシャー。[沈黙] そうでした、最後に1つだけ。
フロビシャー博士: 何だ?
SCP-001-JP-A: あなたは最後まで私を勝利の女神と呼びましたね。
フロビシャー博士: [沈黙] そうだな。不快だったか?
SCP-001-JP-A: いえ、興味深かっただけです。とはいえ ⸺ やはり私は勝利を司る存在などではありませんでしたよ。
フロビシャー博士: それはそうだろうな。人類が勝手に偶像として当てはめただけで ⸺
SCP-001-JP-A: あなたは自己の生存や子孫の存続を生命にとっての勝利と仮定しました。ケイ素生命にそれは無い。巨大衝突を乗り越えて新たに出現するであろうケイ素生命の系統にも、その勝利を実現することはなかったでしょう。
[光量の増大に伴い、SCP-001-JP-Aの直視が困難になる。フロビシャー博士が手で視界を遮る。]
フロビシャー博士: だから勝利の女神ではないと?
SCP-001-JP-A: それからもう1つ。実は祈ってしまっていたのです。
フロビシャー博士: 祈った?[沈黙] 何をだ?
SCP-001-JP-A: あなた方の絶滅、炭素生命の敗北をです。
[SCP-001-JP-Aが完全に光に包まれ、光学装置による観測が不能となる。]
SCP-001-JP-A: よく目に焼き付けてください。1つの種族が滅びる様を。あなたが滅ぼす種族の様を。きっとその後を追うことになる、先駆者の ⸺
[SCP-001-JP-Aが消失する。]
[光量の減衰、クロノン粒子密度の低下が開始する。]
[1分程度の時間をかけ、両変数が平常時に近似可能な水準へ収束する。]
<記録終了>
SCP-001-JP-Aを冥王代へ送還した後、時空連続体掘削孔は閉塞されました。地震波トモグラフィー観測に基づけば、SCP-001-JP-Aの時空間移動に際してLLVSPsの異常運動はその駆動力を喪失したと見られます。その後のLLSVPsは非異常のマントル物質の重量と圧力により極めて短時間で従来的な挙動に回帰したと推測されます。
他方、LLSVPsの運動が引き起こしたマントル対流の変化は今後も長期に亘って影響を残すことが予測されます。報告された活発な火山活動は今後数十万年に亘って汎世界的に持続し、人類に匹敵する気候変動の駆動力を占めることが懸念されます。これは依然としてWK-クラス:大量絶滅イベントが危惧されること、およびその後の予測不能な生物相の発達の可能性を示唆します。
LLSVPs異常移動事案の事後処理から拡大し、財団は人類およびその他炭素生命の居住可能圏域の維持計画を策定する予定です。









