連邦記録法に則り、以下に電子コピーを掲載
UIUファイル1999-074: コードネーム "セミショパニスト"
概要: 当該容疑者は不随意に周辺で演奏/再生されている音楽に影響を及ぼし、内容を改変する変則性を持つ。
名前: レフ・バーデニー
変則性相互参照: ポーランド人、人間、音楽、カルト
身体的特徴:
性別 |
身長 |
体重/体格 |
人種 |
髪 |
目 |
特徴的属性 |
男性 |
178cm |
57kg/痩身 |
白人 |
金 |
青 |
イヤープラグの使用 |
能力: 容疑者は40代半ばのポーランド人男性であり、自身の周囲50m(推定)圏内で演奏/再生されている音楽に影響を及ぼし、その内容を改変することが可能である。影響を受けた音楽は、世界的に有名なポーランド人作曲家であるフレデリック・フランソワ・ショパンの楽曲として認識されるが、これは聴者や音源が影響範囲から離れれば即座に解消される。
目的/動機: 超常薬理学者"dado"との接触。容疑者は1998年7月のポーランド神格存在出現事件以降行方不明となっていたが、1999/07/19時点で既にドイツへ入国しており、フランクフルト空港からジョン・F・ケネディ国際空港へ向かう航空機に搭乗した際に変則性を発現させている。
活動規範: 容疑者は変則性を一部あるいは全く制御できておらず、範囲内の全ての音楽に影響を及ぼしていると推測されている。
容疑者は入国以降、徒歩や盗難車で移動を続けている。後述する特徴のため、人口が多い都市を迂回しているとみられる。
行動: 容疑者は自身の変則性やその発現に対し強い恐怖を抱いており、イヤープラグを使用することで発現の認識を防いでいる。発現を認識した場合は狼狽して周囲や頭上を見回し、耳を塞いだり大声を上げたりしながら現場からの逃走を試みる。
A: 財団から提供された神格事件以前の容疑者の資料: 容疑者はショパンの熱心な愛好家であり、ポーランド国内で活動するショパニズムと呼称される超常カルトの一派"聖ショパン正教会"に所属している。1988年3月に行われたショパン召喚の儀式において、ショパンの音楽を再現するのに最も近い優秀な信者と認められたことで、「神からの贈り物」として変則性を獲得した。特筆すべき点として、他の信者に対し、自身の変則性について「私は偉大なる聖ショパンから、聖なる音楽だけを聴き続けるよう命じられたのだ」と語っていたという記述がある。
B: dadoに関する資料: 合衆国内で活動する超常薬理学者。他者からの依頼に応じて超常薬品の製造を行っている他、複数の施設およびサービスの運営に関与している。
神格事件以降は活動を大規模化させており、合衆国各地の広告看板を不明な手段で改変することで自身や製品などの宣伝を行っている。特に1999/01/01に初めて行われた「とりのぞきさーびす by dado」の宣伝は、20以上の州の道路や建造物の壁面にも改変が及び、その規模と内容から国内外問わず多くメディアで報道された。以下はその広告文である。
とりのぞきさーびす by dado
dado おもう です。 たくさんの ひと べーる ない ふあん
あたらしい dado びじねす それなくす です
おかしい もの dado なおす さーびす
きかん げんてい かくやす りょうきん
たすけほしい あなた ここでんわ 1-800-iam-dado
あなたdadoしんじる しんぱい ない
なお、UIUに所属する人間が"1-800-iam-dado"に掛けて接続に成功した事例はない。
C: 携帯電話: 容疑者が使用していた盗難車から発見。"1-800-iam-dado"に90回以上電話を掛けた形跡がある。
D: "アテナI"の模型: ロッキード・マーティン社によって開発された人工衛星打ち上げ用固体ロケット"アテナI"を模した32個の飛翔体。全長30cm。損壊させる試みは失敗しており、組成は不明。UIU支局の拘留施設の壁面に立て続けに落下し、容疑者の脱走を引き起こした。
現状: 逃亡中
罪状: 車両盗難
量刑: 無期限拘留
UIU活動記録:
1999/07/19: フランクフルト発ニューヨーク行きの航空機の機内放送に対して変則性を発現させた。当時はこの事案が超常的なものであると判断するに足る根拠がなく、UIUはこれを認識していなかった。
1999/07/25: ニューヨーク州で乗用車1台の盗難事件が発生。目撃者の証言から似顔絵が作成され、付近のホームセンターの従業員は似顔絵の男が犯行に使用されたと思われる複数の工具を購入したことを確認した。容疑者が特定された際に超常カルトへの所属が判明したため、財団に対し情報提供要請が行われた。
1999/07/27: 財団から容疑者に関する資料が提供されたことでUIUが07/19の一件を認識、容疑者の変則性によるものであると判断した。
1999/07/28: dadoが27の州で広告看板などを改変し、「とりのぞきさーびす by dado」の宣伝を行った。広告文の最後により小さな文字で「okれふ dadoあなたたすける」という文が追加されていることを除いて、内容は01/01のものと同一である。
1999/08/01: 容疑者が運転していた盗難車が、デラウェア州レホボスビーチで自損事故を起こす。現場のタイヤ痕から、原因は容疑者の居眠り運転であると推測されている。地元の警察官が現場に到着した時点で容疑者は逃走していたが、グローブボックスから携帯電話が回収された。なお、カーオーディオは事故以前に何らかの道具で強打されたことで激しく損壊していたことが判明している。
1999/08/03: ケンタッキー州ハザードにおいて07/25と同様の手口による乗用車盗難事件が発生。容疑者の関与が疑われたため検問を実施したところ、ファルマスで容疑者が発見された。容疑者は抵抗することなく拘束され、UIUフランクフォート支局へ移送された。
1999/08/04: 午前1時47分、フランクフォート支局に"アテナI"を模した外見の小型飛翔体群が連続して直撃し、拘留施設の壁面が大きく損壊した。容疑者は"着弾"の衝撃や轟音で混乱が生じた隙をついて逃亡した。なお、飛翔体による被害は先述の壁面の損壊のみである。
1999/07/30、財団の仲介およびポーランド異常事例中央総局の協力により、容疑者宅への家宅捜索が実施された。容疑者宅の衛生状態は劣悪であり、板や家具などによって窓が封鎖されていた他、内部には多くの物品が散乱していた。以下は発見された物品の一部である。
- 大量のレコード盤。ほぼ全て破壊されている。一部の破片からは容疑者の指紋が検出された。
- 3台のグランドピアノ。比較的新しい損傷が数多く見られるが、いずれもほとんどの弦が切断されていた。
- 複数の額縁。一部は焦げ跡や灰の付着が見られた。
- ヴァイオリンなどの弦楽器。いずれも胴部の損傷が激しく、検出された指紋の多くは指板に付着していた。
- レコードプレーヤーやテレビなどの音を発する機器。いずれも破壊されている。
- 空になったワインボトル(破壊されたものも含め、最低でも8本)。
- 血液が付着した刃物。合計3本。
- 地下室の扉に結びつけられたジュートロープ。部屋からは長さ約156mの束が発見された。
- 便箋。宛名は聖ショパン正教会の構成員"ヤツェク・スモラレク"となっているが、それ以上の記述はない。
- dadoおよびその製品やサービス、特に「とりのぞきさーびす by dado」に言及した新聞記事の切り抜き。
以下は容疑者が逃亡する約3時間前に行われた、容疑者への尋問記録である。
<記録開始>
バンデン捜査官: では始めます。早速お聞きしたいのですが、あなたは何故dadoと接触しようとしたのですか?
容疑者は沈黙している。
バンデン捜査官: あなたがdadoに何十回も電話を掛けていたことも、dadoがそれを受けてあなたの存在を認識したことも確認済みです。
容疑者は沈黙している。
バンデン捜査官: 答えてください、バーデニーさん。黙っていても何も変わりません。
容疑者: (うつむいたまま)音楽を止めたかっただけです。
バンデン捜査官: 止めたかった?
容疑者: 私はもう、昔ほどショパンを愛してはいません。
バンデン捜査官: つまり、カルトを抜けたということですか?
容疑者: はい。私はもう十分に報いたから、逃げても良いと思ったんです。
バンデン捜査官: "報いた"というのは、何に対してですか?
容疑者: 神聖かつ偉大なるショパンと、その音楽と、無数の功績に。12の時に魅入られ、32年が経ちました。その間私はそれらをずっと学び、聴き、奏で、愛し、崇めてきました。
バンデン捜査官: 成程。話を戻しますが、"逃げる"というのは"dadoに会う"と解釈しても良いですか。
容疑者: ええ。(短い沈黙)私はただ、病を治したいだけです。
バンデン捜査官: 病というのは、あなたの持つ変則性のことですか?
容疑者: はい。
バンデン捜査官: つまりあなたの目的は、あの「とりのぞきさーびす」の利用ということでしょうか。
容疑者: (小さく頷く)きっと音楽はこれから大衆の中により深く根を張るでしょう。そうなる前に私は彼に会い、この病を取り除かなくてはならない。そう思えば、盗みのリスクや罪悪感は無いに等しかったです。初めてだというのに自分でも信じられないほど冷静でした。事故を起こしたことは申し訳なく思いますが、そんなことをしてでもこれを治さなければならなかったんです。
バンデン捜査官: 分かりました。次の質問ですが-
容疑者: (バンデン捜査官の発言を遮る)1つ質問させてください。
バンデン捜査官: 何でしょうか。
容疑者: あなたは信心深いですか? もしそうなら、信仰する神を疑ったことは?
バンデン捜査官: あまり熱心とは言えませんが、何を言いたいのですか?
容疑者: 疑ったとき、何かが崩れた感覚はありませんでしたか? 私には分かります。30年以上愛していた人類の宝たちへの信仰が、たった1日で崩れてしまうほどの絶望が。私はショパンを愛していました。間違いなく、これまで出会ったものの中で何よりも強く。だがその行く先に何があるのかは、あの日までは考えようともしなかった。
バンデン捜査官: バーデニーさん、落ち着いてください。
容疑者: (興奮した様子で)神は見えない。天の上にいて、私たちは伝説や肖像画を通してしかその姿を知ることはできない。たったそれだけでは、私たちが信仰しているものがあのような怪物の類ではないと保証はできない。私は私の信仰がどこへ向かうのか知ることはできない。
バンデン捜査官: 落ち着きなさい!
容疑者は立ち上がるが、直後に膝をつく。
容疑者: ショパンは私を見ている。信じ、愛し、尽くし、選ばれてしまったから。
<記録終了>