地下東京奇譚 ハブ

地下東京奇譚
ちかとうきょうきたん
Undertokyo Stories
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かつて、人類は地上に住んでいたという。「地上」というのは、天井がない場所のことだ。代わりに空ってもんが無限に広がっていて、そこには蛍光灯なんかよりもずうっと明るくて大っきな灯りがあったらしい。俺は夢物語だと笑ったけど、地上生まれだと言うオッサンは頑なに主張を崩さなかった。

それが真実なのか、嘘なのか──答えがわかる日が来るかどうかもわからないし、期待はしていない。今の俺たちは、この日を生き延び、明日を確約するために精一杯を尽くすしかないのだ。パイプで作った槍を抱えて、手押し車を代わる代わる押しながら、俺たちは広大な暗闇を進む。バカでかいカマドウマの脚をもいで、携行食に担いで歩く。

最寄り駅までの道は長く、曲がりくねり、怪物たちが犇めいている。トンネルを抜けた先、バリケードから漏れる光にたどり着いた俺たちは、守衛に一つ声をかけた。開かれた扉の向こうには、見覚えのある白い光に照らされた隣町が待っていた。

— ある男の記憶

地下で生き抜くためのルール 8

  • 都営新宿線はデンシャでいっぱいだ。可能な限り近寄るべきじゃない。
    • 東京駅の探索隊が母車庫を捜索している。生きて帰るやつが少ないから、見つけたとしても分からないかも。
  • 九段下を通るときは捧げ物 (なるべく食料) を持っていくべきだ。さもなくば食われかねない。
  • 下水道はかつて以上に入り組んでいる。迷わないように目印を付けながら動くこと。
    • 唸り声が聞こえたらすぐに逃げて。
    • 足音が多数同時に重なっている時も注意。タイミングが異様に揃っているなら、おそらくそれは人間じゃない。
  • 野生のゴキブリやネズミには気をつけて。一匹見たら千匹はいる。奴らは群れると人を食う。

— 丸ノ内線で回収された回覧手記

地上への脱出について、不可能だとお答えすることは簡単です。実際、それを成し遂げたものはいません。仮に脱出が叶ったとしても、もう一度戻ってきて、それが可能だと我々に告げたものはいません。地上から落ちてきた事例はあれど、その逆が成功した記録はひとつたりとも残っていません。

何十周期もの試行を経て、無数の屍の上に積み重ねられてきた全ての記録と経験則は、我々がもはや二度と太陽を見ることが叶わないという単純な事実を提示しています。

しかしながら私は、かの大災害の渦中に居合わせたひとりの被災者として──そして冬の時代の生存者として、確信を持って言うことができます。

脱出は可能です。我々はいずれ、この場所を出て、もう一度空の下に戻ります。

— 東京駅 オリエンテーション後の質疑応答にて

アンタ、まさか地上から来たのかい? よし、こっちに来な。地下東京での生き方を教えてやるよ。



胡乱な文書記録

「地下東京」の有り様を伝える数々の記録たち。人々の書き残した内容はどれも真偽の怪しげなものばかりだが、恐るべき怪物の恐怖や数々の素晴らしい冒険譚を雄弁に語ってくれるだろう。



シリーズ: 少年少女地底紀行

地下で生まれた少年は、ある日地上から落ちてきた少女と出会う。胡散臭い中年のガイドと人懐っこいゴキブリも合わせて、三人 (と一匹) の地上を目指す冒険が始まった。


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シリーズ: ヤナ駅録

東京駅と新宿駅の間で始まった戦争は、間の中小駅を踏み潰しながら進んでいく。そんな中、弱小駅である赤坂見附駅の子どもたちは、墜落してきた鋼の天使と出会った。


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語り部たちの言葉

──スタンドアロン作品集──

特にシリーズ所属ではない、単独で読める作品。


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地底生活のガイド

地下東京で生きるなら、多少の知識を入れておいたほうがいい。別に知らなくたって生きていけるが、知識は生存率を大きく上げてくれるはずだ。



シリーズ概要

2017年12月17日、東京都を観測史上最大級の現実崩壊事象が襲った──通称“大災”と呼ばれるそれは、東京をありとあらゆる異常な手段で破壊し尽くした。物理法則の逆転、意味論の崩壊、時空間の断裂/拡大/圧縮、多世界融合、人間性の改変、上空から降り注ぐビルの雨。

当時たまたま地下にいた者、あるいは何とか地上部から避難してきた者。彼らはそのまま地下へと閉じ込められ、そこでの生活を余儀なくされた。

時は流れ、生存者たちは各駅に独自のコミュニティを築き上げ、交易や衝突を繰り返していた。未だ地上の地獄絵図は終わる様子を見せず、帰還の目処は立っていない。そのうえ、地下を蠢く存在は人類だけでは無かった。

時空間の歪んだ地下鉄網を“デンシャ”と呼ばれる巨大な怪物が絶叫しながら疾走し、下水道からは爬虫類とも昆虫とも見分けのつかない何かが這い出し、蠢く肉塊の群れがバリケードに押し寄せている。

それでも、人類は灯りをともし、かつての世界を伝え、怪異に対抗し、食物を得て、生を繋いでいく。そして何人かはまだ地上への希望を諦めていない。

──地下東京へようこそ。他では考えられない「奇妙」の話をしよう。


特異環境「地下東京」

地下東京奇譚は、その名の通り大規模な現実崩壊災害に伴い東京地下に発生した異常領域“地下東京”に関する作品集だ。とはいえ、この地下東京に関する設定は、意外にもあまり固まっていない。まあ、基本的な共通見解をいくつか挙げておこう。

Ⅰ. 地上にはそう簡単にはたどり着けない

地下東京は地上部とは隔絶されている。そもそも、本当に基底現実に留まっているかも定かでない。いくつかのポイントを通じて地上にアクセスすること自体は可能だが、大規模な現実嵐が吹き荒れる地上で生き延びることは難しい。もし現実崩壊の現場に鉢合わせてしまえば、君の両手が飴細工に変化したり、突然上空に吹っ飛んでいってしまってもおかしくはないのだ。とはいえ、やりようはあるのかもしれない。

Ⅱ. 地下では現実崩壊が弱まっている

地上部の現実崩壊は、地下ではやや緩和されている。少なくとも、人々が今日の生活を送れる程度には安全を確保してくれる。しかし、あくまでもやや緩和されているだけであって、影響が及んでいないわけではない。時空間は相変わらずメチャクチャになっているし、アノマリーは変わらず大量に蠢いている。中には現実崩壊の影響がダイレクトに届く地域もあるだろう。

Ⅲ. 人々は駅周辺にコミュニティを作って暮らしている

地下東京の人々は、各駅に独自のコミュニティを作り上げ生活している。時空間拡張によって駅間の距離がかつてより離れてしまっていることもあり、駅ごとに独自の文化や信仰、経済圏が構築されることも珍しくない。時空間の流れすら一定とは限らず、場合によっては地上の文化がとうに消え去り、異形の文化体系を築き上げるような場合さえあるかもしれない。

Ⅳ. 人々は生きることを諦めない

突然の大災害によって暗闇の中に放り出された人々は、かつてと全く異なる暮らしを余儀なくされてしまった。とはいえ、人間は逞しい。過酷な環境に適応してしぶとく生き延びた人々は、お互いに助け合ったり蹴落とし合ったりしつつ、明日すら見通せないトンネルの中で命を繋いでいる。彼らは地上のことを忘れてしまったかもしれないが、それでも生きることに貪欲で、生存の希望を決して捨てることはない。

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