脱帽
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人事連絡第126376報
平成30年4月13日

サイト‐8129所属、捜索部隊ふ-96("Detiction dogs")隊長
福路弐条


サイト-8129人事部長
沖波往恵


辞令通知書

2018年3月13日に発生した事案████-JPにてSCP-████-JPの新たな異常性が発見されました。このオブジェクトの新たな異常性は貴方のインシデント████‐JPで発生した融合事案と非常に関連性が高く、新たな異常性との貴方との関係性をさらに研究することが決定されました。これにより、2018年6月27日日付においてあなたの捜索部隊長の役職を剥奪し、SCP-████-JP-1として収容されることが決まりました。
収容期日までに業務の引き継ぎ、身辺整理等を行ってください。




新品の封筒に入っていたのは、こんな短い文書だった。とてもぶっきらぼうで、感情のひとつも感じられない、まあ当たり前なのだが、事務連絡だ。書類に書かれていたSCP-████-JP。よく覚えている。私が財団に入るきっかけになった、そして、人をやめるきっかけとなったオブジェクト。

新しい異常性か。危険性が薄ければいいのだが。あ、引継ぎ、隊員のみんなから選ばなきゃいけないな。あの子かあの子か、まあなんとかなるだろう。身辺整理って。知ってたらこんなに部屋を汚くしてなかったのにな。

思考がぐちゃぐちゃに絡み合い、俺自身の動揺を露骨に知らせてきた。椅子に座り静かに深く息を吐く。「収容」か。「降格処分」や「終了」より辛い言葉だった。研究のために無機質な白に囲まれた収容室で静かに生命をすり減らしていくだけの存在になるのか。

しかし、どうだろう。意外にも涙は出てこないものだ。むしろ、私の頭は文書に書かれていた身辺整理の方法や引継ぎ準備のことを冷静に考えていた。自分の楽観的な性格に呆れる。まあ、泣いてもわめいてもあがいても結果は変わらないのだ。なら、出来ることを始めないと。

そう決めてからは早かった。まずは部屋の掃除を始めた。ゴミ、ゴミ、それに書類ばっかりだった。よく溜めたもんだと自分に尊敬さえする。隊員からは急に掃除し始めるだなんて悪い物でも食べたのですかとからかわれた。気分転換だと怒ったふりをしながら笑った。その瞬間、ああ、こんなこともできなくなるのか、と心が切なくなった。いけない。ちゃんと準備をしなくてはいけないのに。ぎゅっとコートの胸辺りを握りしめ、掃除を再開した。
掃除が終わった後、隊員たちの名前や性格、得意な業務などをまとめたファイルを完成し、最も隊長に向いていそうだと決めた江切隊員に渡した。隠しきれないだろうから、辞職する旨もまとめて伝えた。
泣いていた。僕が居なくなることに、惜しみなく涙を流し、嗚咽していた。やはり彼女は優しい。きっといい隊長になれるだろう。

そんなこんなで、すべてのやることが終わったときには、期日の前夜になっていた。人事部長からもらった「人型オブジェクト用衣類品」の箱のふたを開け、中の服に着替える。つまらないクリーム色。全身をクリーム色に包み、脱いだコートをハンガーにかける。年季が入っているな。黒で目立たないが汚れている。ポケットを漁ると中にオレンジ味のキャンディが入っていた。かさりと開けて口に入れる。作られたオレンジの味が唾液と混じり喉に落ちていく。なんというんだっけ。ああ、そうだ。最後の晩餐ってやつか、これが。晩餐には少し豪華さが足りないが。そんなことを考えながらコートをクローゼットにしまう。

これで終わりかなと姿見に自分の姿を映す。おや、帽子を外し忘れていた。パサリと外す。この帽子には良い思い出がある。とても懐かしい。


「財団にとって有能な特性を保持している」。そんな理由で僕は財団に雇用された。人ならざるものとなった私が職を持ち人間らしい生活を出来るというのは、とても幸運だった。でも、そんな拙者の来歴からか、あたしを悪く言う声も当然聞こえてくる。見た目がオブジェクトなのに、とか、口調が変だ、とか。いわゆる陰口だ。財団とはいえど人が集まっているのだから、不平不満があるだろう。仕方ないことだ。しかし、当時の私には結構こたえた。人目のつかない階段脇でしゃがみ込んで落ち込むのが日課だった。そんなある日。

「う、わあ!しゅ、収容違反!?」

心臓から喋っているのかと思えるぐらい驚きを含ませた声だった。声の方へ向くと、一つくくりの白衣を着た女の人が立っていた。それにしても収容違反とは。シンプルだが胸に来る罵倒だ。

「あ、れ?あなたは確か、福路さん?」

どうやら認知はされていたようだった。

「申し訳ないのだ。驚かせてしまった。」
「あ、す、すみません!ほぼ初対面なのに急に収容違反だなんて、私はとんでもない無礼を……」
「いいのだ。仕方ないのだ。こんな見た目だから。仕方ないのだ。」

口では突っ張りながらも、目からは涙がぼろぼろと溢れてきた。えぐっ、えぐっとしゃくり上げてしまう。

「ああ、あの、本当にすみません!言い訳にしかきこえないでしょうが、私、あ、国都七星というのですがその、ビビりというか、小心者というか……」

国都と名乗る彼女はおろおろと横に座ってきて、頭をなでてくれた。その優しさに甘えて、つい悩みを吐露してしまった。職員からひそひそいわれていることの辛さや、見た目が変わってしまった自分への嫌悪感など、全部。しかし、すべて言い終わった後に言われたのは

「まあ、大丈夫ですよ!住めば都です!」

なんとも楽観的であっけらかんとした励ましだった。

「みんな少し怖いだけなんですよ。怖いオブジェクトが多いから、みんなちょっとピリピリしてるだけです!きっと仲良くなれますって!」
「いや、でも……」

それに、と言葉を遮られた。

「福路さんはいいひとですから。きっと皆次第に分かってくれますよ。怖くないって。大丈夫だって。」

いいひと。こんな人かどうかも分からない姿になってもなお人と。その言葉にぽかんとする。

「わっちは、人なのだろうか?」
「当たり前ですよ。そんなに悩んで、考えて、涙を流して。これ以上ないくらい、人ですよ。」

心のわだかまりがすうっとなくなった感覚になった。そうか。私は、誰かに人だと認められのか。不安感や悲しみが薄れていく。

「でもどうしましょう。また私、福路さんの姿に驚いて傷つけてしまうかも……あ、そうだ!」

ぴゅーっと効果音が付きそうなほどの勢いで駆けていく。数分もたたないうちに何かを持って帰ってきた。

「これ!よかったら!」

手に持っていたのは、車掌帽だった。

「これ、最近購入したのですが、買ったはいいものの私に似合わなくてですね……でも、福路さんになら似合いそうなんですよ!それに、これ被ってたら私にも見分けがつくと思うんです!」

ずいずいっと突っ込んでくる勢いに、後ろのめりになる。まあ、嫌じゃないしと被ってみた。思いのほかしっくり来た。なんだかちょうどいい。心の隙間が埋められたようなちょうどよさだ。

「これ、もらってもよいのだ?」
「ええ、もちろん!気に入っていただけて良かったです!」

そう答えた彼女の笑顔は、とても柔らかく暖かかった。


ぽた、と帽子に何かが垂れる。これはなんだ。ぽたぽた、と垂れる。これは、そうだ。涙だ。気が付くと俺は涙を流していた。ああ、ようやく泣けたのか。最後だ。しっかりと泣こう。時間が許すまで、私は泣き続けた。





SCP-████-JP-1は20██/5/18に発生したインシデント████‐JP時にSCP-████-JPによりイエイヌ(Canis lupus familiaris)と体が融合し生まれた人型オブジェクトです。SCP-████-JP-1には不明な原理による捜索能力が発達していますが、SCP-████-JPとの関係性は現在まで分かっていません。

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