よくわからないけれど、どうやらここには誰もいなくなったみたいだ。少女はまだ少しぼんやりとする頭で、彼女が今置かれている状況について、考えはじめました。
彼女は、自分が長い間眠っていたことを思い出しました。それなのになぜだろう? 私の周りにはベッドもない、建物もない。その代わりを彼女の背中で果たしているのは、あたり一面に咲いた花たち。
「ごめんなさい」
彼女はひまわりに謝って立ち上がります。寝転がっていたせいで、ひまわりたちは茎が折れてしまっている。申し訳なさそうにした後少し考えて、それから、彼女は控えめに呪文を唱えました。
ビビデ・バビデ・ブー、なんて。子供騙し 今回は文字通りの意味で なフレーズの詠唱で、ひまわりはたちまちその姿を取り戻しました。にこり、笑顔を一つ。大人の嘘を信じ込み、自分を小さな魔女と定義する現実改変者は、それに安心した笑みを浮かべます。
……さて、ひまわりを立ち直らせたはいいが、その次は何をすればいいのかしら。それがわからない彼女は、改めて辺りを探索することとしました。近くにはひまわりしか見えないけど、遠くには何かがみえます。建物でしょうか?そこまで詳しいことは、ひまわりよりも背が低い彼女にはわりません。でも、どうやらこの辺りには何もないらしいということはわかりました。誰もいないらしい、ということも。
とくん、と。孤独を知ったことによる寂しさに、少女の小さい心臓が、少し跳ねます。誰かいないの? その言葉を胸に、彼女は自分の背丈ほどもある向日葵畑を、まっすぐ走り始めました。ひまわり、向日葵、瓦礫、ひまわり。その先、見えた建物のようなものに向かって、姿勢低く、駆け抜けて、そしてとうとう、少女はひまわりを抜けます。
ああ、そして、何もない。
黄色い花弁に隠されていた視界が開けて、見通しが良くなって、それで。地平線まで続いているのは、また別の種類の、色とりどりの花畑でした。
彼女は知らなかったのです。彼女が眠っている間に、世界では終末論が予言され、そしてそれはその通りに起きて、全てが滅んだことを。彼女を仕舞い込んでいた財団は、それを止めようとしなかったことを。
そして彼女は、その場に倒れこみました。その孤独感は、8歳の少女にはあまりにも重すぎたのだろう。そう、だから 彼女が自らの"お伽話"に縋るのを、誰が責められるでしょう?
「鳥さん」その一言で空想は現実になり、彼女の側には空色の鳥が弾けて飛び回ります。
元々、花畑の風景は幻想的になっていた。それを彼女は付け足すだけでいい。
「ひつじさん」そう願うだけで、彼女は生きた羊毛に横たわることができます。
さながら、背景が書き上がったキャンパスに、小物を付け足す作業。
「もう嫌だから 」彼女は、そう願うだけでいいのです。
現在を、現実を、真実を。生きることを怖がった彼女は、都合のいい嘘をただ信じている。何故自分の幻想が現実に漂っているかに疑問を抱くことも、ない。だから
ぜんぶ忘れて、ねむりたい。
「……?」
世界が終わった、その後。再興の機械から生み落とされた"手順ラザルス-01"を遂行する機動部隊は、そのオブジェクトの回収を行うとき、少しだけ戸惑った。そのオブジェクトは能動的に周囲の現実を強く歪める、極めて危険な現実改変者であると"筐体"は記録していたし、そのために対策の装備も用意して人数を揃えた。
しかし、そこにあったのは。晴れ渡り虹のかかった空を飛び回る青い鳥や、風に吹かれて優しく揺れる花などの、おとぎばなしのような光景。
そして、その中心で無防備に横たわる少女だった。