非科学
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「これの魅力を私に説明してくれないかしら、ジョン」

リース博士はポップコーンが出来上がるのを待つべく、カウンターにもたれかかっていた。

「何というか、あなたが見ている番組、どれもこれも本ッ当に低俗で……科学的事実のかけらもないように思えるのだけど」

「何って、そこが一番楽しいんだよ、マーガレット」と、ジョナサン・ウェストは軽く鼻で笑う。彼は冷蔵庫の中を探ると、ソフトドリンクの王様ことバニラ・コークを一瓶取り出した。

「他の部門の奴らと一緒にテレビの前に座って、そういう番組を見て、歴史なり、発見なり、科学なりについて笑い合う。ただそれだけだが、とにかく楽しくて仕方がないのさ」

彼の言う『そういう番組』とは、ケーブルテレビに映る種々の『教育』番組を指す。

「ならラーニング・チャンネル1を見ればいいでしょう? 私たちはこんなもの見てる暇なんて……」

ウェスト博士は眉を顰め、首を横に振った。

「頼むよマーガレット。財団は冷酷だが残酷じゃあない。Dクラスにも見せねえぞ、そんなの」

彼はそれについて考えると、フンと鼻で笑う。

「ほら、来いよ。今夜は『古代の宇宙人』の再放送がやるぞ。何てったって忌々しい人魚についての、ほら、アレだよ、アレ……分かるだろ?」

彼の指がその単語の各音節を引用符で囲った。

「ドキュメンタリー」

完成したポップコーンは、速やかに地下三階の職員ラウンジへと運ばれた。


トリスタン・ベイリー博士は、テレビ画面に映る画像に笑いを止めることが出来なくなっていた。

「待ってくれ、ウェスト、一時停止だ。頼む、一生のお願いだ。止めてくれ」

そうして一時停止された画面には、古代エジプトの浮彫の中にいるように見える宇宙人の白黒写真が映し出されていた。ベイリー博士は宇宙人の右側を指で指し示す。

「誰か僕の目を見ながら、笑わっ……笑わないで、あれが本物みたいに見えるって言ってみてくれ」

「……加工の跡が丸見えだね」と、眼鏡の位置を調整しながらヘンドリックス博士が言う。

「私はとても悲しいよ、宇宙人はあんなにぼやけていない。ぼやけさせまいと試行錯誤することさえ制作陣は放棄したのか?」
「これはアメリカ国民のために制作されたものだぜ、ハエ叩き博士」

ヘンドリックス博士が自身のあだ名にうずくまるのを横目に、ウェスト博士は鷲掴みにしたポップコーンをむしゃむしゃと頬張った。

「奴らのほとんどは、答えを求めてエンサイクロペディア・ブラウン2の裏表紙を見るような人間さ。その上、超常現象なら何でも信じ込じまう」

ベイリー博士はニヤリと笑い、ビデオの一時停止を解除した。

「それにしても、おかしな話だと思わない? ほら、宇宙人は実在してるだろ。こういう番組で取り上げられているものだって、半数は実在してる」

そう言って、彼は指を折って数え始めた。

「ビッグフット、タルパ、狼男、幽霊……」

そこにウェスト博士も加わる。

「火星文明、悪魔、超常現象、ドラゴン……」
「ゴートマン、メロンヘッド、ネス湖の怪物」

かつて未確認動物学部門の一員であったヘンドリックス博士も、一緒になってリストアップを始めた。

「生きた恐竜、人魚、それからユニコーンに……」
「ユニコーン? 本当なの? 私には初耳よ、ヘンドリックス」

ヘンドリックスは体を強張らせたが、マーガレットがそれらについて知ることが技術的に許可されていたことを思い出し、肩の力を抜いた。リース博士が首を振る。

「彼らには全てを捏造する必要なんてないわ。説得力のある証拠をほんのちょっと見つけるだけでことは済む、そう考えるのが普通でしょう」
「それが番組の魅力だよ、リース博士」

トリスタンはソファに横になり、盗んできたバニラ・コークを飲んだ。バニラ・コークはマウンテンデューに次ぐソフトドリンクの王子である。

「大衆にとっては真実だが、僕らの大多数にとっては笑いのタネってことさ」


「仮説を立ててきた、何故こういう類の番組が非常に人気を博しているかについてのだ」と言いながら、ウェスト博士がボウルいっぱいのポップコーンを抱えて戻ってきた。『古代の宇宙人』が二部構成であることが判明したため、さらに多くのスナックが必要になったのだ。彼はリース博士の隣に腰かけると、彼女にボウルを差し出した。

「説明してくれるかい、ジョナサン?」

ヘンドリックス博士は少量のガムを噛んでいた。彼は無意識のうちに非常に大きな破裂音を出していたが、トリスタンに汚物を見るような視線を送られたため、音を立てるのをやめた。

「答えは単純だ、ヘンドリックス博士。何かしらの科学的信憑性が低下するにつれ、番組の人気はより増大する。TLCはフリークショーのチャンネルになってからはるかに高い評価を得るようになった。ディスカバリーチャンネルは『怪しい伝説』が放送された後、さらに人気を博して——」
「『怪しい伝説』の何が問題なのかしら、ジョン?」

リース博士は彼を睨みつけた。

「妹の子供がいつも見ている番組よ。少なくとも教育的であろうとしているのに」

ウェストは言い訳がましく両腕を挙げた。

「教育的じゃないなんて一言も言ってない。ただ内容が大衆向けなだけだ。あの番組が教えることと言えば、基礎科学と化学、それから銃器の扱い方くらいで、量子物理学については少しも触れられない」
「普通の人間には量子物理学なんて手に負えないさ」

トリスタンがくつくつと笑い、首を横に振る。

「僕だって、マルチUで働けるように教育を受け始めた当初はちんぷんかんぷんだった。トレバーはいつだってそういうのが得意だったから外交の仕事に就いたんだ。訳が分からないよ」

ウェストはため息をついて背伸びすると、全くさりげなくリース博士の肩に腕を回そうとした。

「俺はこれを非科学的信憑性理論と名付けた……誰か俺のコークの所在を知っている奴は?」

彼は自分の席の周りを見回し、トリスタンに怪訝な顔を向けると、左右に首を振った。

「まあいいか、ところで今やってるのは何だ? この前は宇宙人のミイラについてだったが」
「いかにして宇宙人が恐竜を殺したか、についてだ」

ヘンドリックスが嘆息した。

「ここに古生物学部門がなくて良かったよ。このテレビはとっくの大昔に絶滅させられていただろうからね」


彼らが次に合わせたチャンネルはアニマルプラネットだった。時刻は丁度深夜0時を回った頃で、『Mermaids: The Body Found』が放送されていた。

「これで最後ね。ジェイソン、この番組で言われていることは本当なの?」

 質問を受けたジェイソン・ヘンドリックスは、生まれ持った痣を引っ掻き回しながら、質問者のリース博士に眉をひそめてみせた。

「この番組がどう言われているかだって? 完全無欠の純然たる科学的廃棄物とか?」
「俺が思うに、マーガレットはこの番組が財団の隠蔽工作だっていう噂のことを言っているようだが……そうじゃないか? そうだろう、ハエ叩き博士?」

無精ひげを摩りながらウェスト博士が言う。ジェイソンがあだ名に額を叩いてため息をつくと、ウェストは申し訳なさそうな顔を彼に向けた。

「いいや、隠蔽じゃないね。これは茶番だ。常識、未確認動物学、そしてドキュメンタリーというジャンルそのものに対する真っ赤な茶番劇だ」

彼は画面上の魚人に向かって両手を挙げた。

「天地がひっくり返ろうとも、太平洋のホモ・アクアティカスとインド洋のホモ・アクアティカスが同じに見えるわけがない! 全くもってありえない話だ!」
「……問題はそれだけじゃないだろう? 君がこのモキュメンタリーにおける実際の魚人との矛盾点を片っ端から羅列していくつもりなら、僕は帰らせてもらうよ」

トリスタンが唸ると、ウェストが空になったソーダのボトルをその頭に投げつけた。

「馬鹿を言うな、ベイリー。これが『モーガン・フリーマンが語る宇宙』だったら、あんたも同じことしてただろ」

トリスタンはあの番組は別に大丈夫だったという趣旨の不平をぶつぶつと呟き、ウェストはヘンドリックス博士がいる方へ首を向けた。「で、何だって?」と続きを促せば、ヘンドリックス博士はウェストの方を向いて口を開いた。

「ああ、まずそもそもの話、魚人は猿から進化したのではなく、魚から進化したんだ。どう見ても人型には見えないだろう? あれは魚型だ。腕は長すぎる上に二本しかなく、交尾の儀式のための飾りも有していない。実のところ、私は淡水のホモ・アクアティカスについて論文を書いたことがあるんだ。もし読みたければ、アーカイブから取り寄せられるかもしれない」
「今度調べてみるよ、ジェイソン」

ウェストはソファに背を預けた。

「……待てよ、あれはヒゲクジラじゃないか? どうしてヒューマノイドなんかを食ってるんだ?」
「君たち?」

トリスタンは頭の上に指を掲げ——

「3……2……1……」

——指を下げた。

「ツッコミどころが多すぎる」

その場にいた全員が同時にそう言った。その後、彼らは四人揃って鼻で笑うのを止めることが出来なかった。


「というわけで、」

ウェスト博士はソファから立ち上がり、背伸びし、テレビの電源を切った。

「結論、デタラメだった。全部。100%デタラメだ」

ヘンドリックスは肩を回し、ラウンジの扉へ向かいながら「しかし、少なくとも」と言った。

「進化の法則が横向きだったり逆だったり、あるいは宇宙人が恐竜を殺した宇宙について、考えてみるきっかけにはなり得るのではないかと、私は思うよ」

そこまで言うと、彼はトリスタンの方を向いた。

「私は……あー、こんな感じの宇宙はいくつかあったりするのかい?」
「少なくとも10個は」

ヘンドリックスから借りたガムを一本噛みながら、ベイリー博士が答えた。

「うち5つでは白亜紀に恐竜が反撃した、その5つのうちの2つでは優占種になった。宇宙人じゃなく、恐竜が」

「そうなの」とリース博士が欠伸した。

「楽しかったわ、でももう寝る時間ね。明日は墜落現場から回収したもののテストを実施しなきゃいけないの。ヘンドリックス、あなたの部門と共同監督よ、分かってる?」
「あそこにいた生き物が知性を持っているかもしれないことを考慮すると、そうでないことが証明されるまではグレーゾーンだね。まあ、たまに確認しに行くよ、うん」

ヘンドリックス博士は目を擦りながら歩きだした。

「それじゃあ、良い夢を」
「ああ、おやすみハエた——ヘンドリックス博士!」

ジョナサンは何とか「ハエ叩き博士」と言いたくなるのをこらえ、残りの3人が廊下を歩きだす中、トリスタンの方を見た。

「なあベイリー、次はイーウェルあたりを誘うのも良いんじゃないか? それかシンクレアとか、他の誰かしらを」
「それで思い出した、来週はナチスと悪魔についての番組が放送されるんだけど……」

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