荒縄でくくった炊飯器を肩がけに背負った、ふんどし一丁で筋骨隆々の男が目の前に立っていた。その髪型は一見スキンヘッドに見えるが、よく見ると脱いだ毛糸の靴下のようなものが生えている。
「主任、これは……」
まったくの予想外だ。いや、こんなもの、イメージした本人以外に誰が想像できるだろう。周りの研究員たちもみな顔が引きつっている。
「分かっているとは思うが、機動部隊にはいつでも動けるように通達しておけ」
とりあえず、そう指示を出しておくしかなかった。
男はおもむろに肩がけにしていた炊飯器を下ろすと、その蓋を開けた。広がる湯気。釜の中には雪のように真っ白な米が炊き上がっていた。いや、この艶の無さ、正確にはもち米か。すると、これは炊飯器じゃあなくて——
男は側面部についていたボタンを押した。すると、モーターのうなる音が聞こえ、釜の中身が少しずつ蠕動を始めた。男は腰を下ろし、体育座りでその様子を熱心に眺めている。
これは、餅つき機だ。
相手のペースに呑まれてはいけない。私はレコーダーが起動しているのを確認すると、ゆっくりと男に語りかけた。
「えー、いくつか質問をよろしいですか?」
男は顔だけ動かしてこちらを向く。いいぞ。意思疎通はできる。
「あなたは一体何者なのですか?」
「うさぎだぴょん」
間髪入れずに男は答えた。実にダンディな、深みのあるバリトンヴォイスだった。
男は、私の質問にはそれ以上何も答えなかった。毛深い脛をその太い腕で頑なに抱え、踊るように動く餅が次第に滑らかになっていく様子を、食い入るように見つめていた。何故か私は泣きそうになっていた。
モーターのうなり音だけが、室内にずっと響いていた。
長い、本当に長い時間の後、ふいにモーター音が止んだ。それと同時に、男は突然立ち上がった。
機動部隊の緊張などどこ吹く風といった様子で男は餅つき機に近づき、その中身を素手で一掴み毟り取る。手の平の上で軽く成形してから、その丸餅を私の手に握らせた。
「ええと、すまないが誰かサンプル用の保管容器を——」
私はそう言いながら丸餅ごと腕を伸ばした。しかし、男はその腕をがっしりと掴むと、私の顔を覗き込んで、ふるふると小さく首を振った。
ムスクの香りが鼻にふわりとかかる。額に脂汗が滲んできた。一体どうしてこうなってしまったのか。気まずい沈黙が流れた。
「あの、か――
私が意を決して口を開いた刹那、突然ヴッという小さい振動音が聞こえた。炎のように少し揺らめくと、ふんどし一丁の男も、餅つき機も、丸餅も全て消えた。後には小さな白いウサギが一羽残っているばかりだった。