ニルス・アンドレアッセンの消失

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crewtime 15/08/12 (水) 01:04:08 #83984920


ニルス・アンドレアッセン失踪事件について調べてほしいと頼まれたが、殊の外興味深いものだった。私にこの事件を勧めてくれた @pandorum に心からの感謝を捧げたい — 私もまた、彼が当初疑っていたように、この事件に絡んで何かしら奇妙な事が起きていると考えざるを得ない。

1991年6月21日、金曜日。生きたアンドレアッセンが最後に目撃されたのは、ノルウェーのオスロで開かれたパーティーから立ち去る時だ。彼はその夜、帰宅しなかった。月曜日の朝、彼はスウェーデンのヨックモック付近を通る道路の脇で、轢き逃げ死体となって発見された。彼が金曜日の夜から月曜日の朝まで何処にいたかも、オスロからヨックモックまでの1,000kmの道のりをどう移動したかも、全く分かっていない。

crewtime 15/08/12 (水) 01:04:28 #83839190


ニルスはオスロ大学で生化学の学士号取得を目指し、2年目を終えたばかりの学生だった。出身地はノルウェーのベルゲンだが、学期の合間に教授の研究室で働くため、オスロに滞在していた。友人のビョルン・ホフガードは夏期講習を受けなければならず、2人はその夏の寮で同室になった。

6月21日は夏至である。夏至のオスロでは、真夜中にほんの数時間ばかり黄昏が訪れる程度で、真の暗闇とは縁が無い。そこで、ニルスは日照時間をフル活用し、“夜”通し外出する計画を立てていた — 一晩中、自分やビョルンが話に聞いたバーやパーティーを転々としながら過ごす腹積もりだったのだ。

以下の時系列は主にビョルンの証言に基づくもので、2人が訪れた場所ごとに数人の目撃者から裏付けが得られている。ニルスとビョルンは8時頃に寮の部屋を出てバーに入店した。そこで1時間過ごした後、友人たち4人と合流。もう1杯飲んでからバーを出て、公共交通機関で最初のパーティーへと向かった。

彼らは約1時間パーティー会場で騒いだ後、2軒目のバーへ向かい、11:00 PM頃に到着した。この時点で太陽は沈んでいたが、夏至なので、その夜は夕暮れ程度の明るさだった。約30分後、ニルスと友人2人が別なパーティーに参加すべく出発した。ビョルンと他2人はもう何杯かビールを飲みたかったので2軒目のバーに留まった。

第2のパーティー会場に着いて間もなく、ニルスは友人2人に“先週のパーティーで知り合った女の子と偶然出くわした、別なパーティーに誘われたので付いていく”と伝えた。彼はその夜遅く、日の出頃に開催されるパーティーで改めて落ち合おうと友人たちに語ったという。友人たちはニルスの幸運を祈り、送り出した。これは深夜0時を回った頃で、友人たちが生きたニルスの姿を見る最後の機会となってしまった。

ニルスが日の出パーティーに現れなかった時、ビョルンと友人4人は最初のうち深く考えなかった。ニルスは第2のパーティーを去った時点で相当酔っていたし、違うパーティーに向かったか、もしくは — 友人たちはそうであればと願っていたが — 出くわした女の子と一緒に帰宅してよろしくやっている可能性は十分にあった。

ビョルンが日の出パーティーから帰宅し、寮に入った時もニルスは居なかった。疲労困憊していたビョルンはベッドに潜り込み、即座に眠りに落ちた。土曜日の1時に目を覚ましたビョルンは、ニルスが部屋におらず、金曜日の午後に寮を出てから帰宅した形跡すら無いことにすぐ気付いた。ニルスは単に外出しているだけかもしれなかったが、ビョルンはルームメイトの失踪を届け出ようと決めた。

crewtime 15/08/12 (水) 01:05:04 #64759010


オスロ警察は速やかにニルスの捜索を開始したが、それほど慌てる必要も、緊急性も感じてはいなかった。捜索は主に、心当たりのある数ヶ所に電話を掛けたり、ニルスが行方不明だという情報を流すことから始まった。大抵の状況下なら、これは行方不明者を確実に死に追いやるような職務怠慢だろう。しかし、ニルス・アンドレアッセンの不可解な事件では、警察が生前の彼を発見できた可能性は極めて低い。

オスロからおよそ1,200km離れたスウェーデン領内に、ヨックモックという小さな村がある。人口は僅かに3,000人足らず。スウェーデン最大の国立公園である、パドイェランタ国立公園のすぐ隣だ。現在、オスロからヨックモックまでは車で14時間近くかかる (1991年当時ならどの程度かかったかは、良い情報を見つけられなかった) 。ノルウェーとスウェーデンはどちらもシェンゲン協定の加盟国なので、旅の途中で入国審査は必要ない。ごく稀に税関で止められるくらいだ。

月曜日の早朝、夜勤明けのヒルダ・グランホルムは、ヨックモック郊外の森の中を車で家に向かっていた。彼女は黒い車が前を走っていたのを覚えていたが、ナンバープレートや型番を詳しく説明できなかった。その車が誰かを轢くまで、ヒルダはあまり注意して見ていなかった。

日の出の直後、人影がヒルダと黒い車の前方の道路によろめき出て来た。黒い車はその人物を撥ね飛ばし、即座に走り去った。車から降りたヒルダは、被害者の男性が酷く負傷し、出血していることに気付いた。ヒルダの通報を受けて到着した警察は、被害者をヨックモック健康センターに搬送したが、到着時に死亡が確認された。

死体を検査した警察は、ノルウェーに位置するオスロ大学の、ニルス・アンドレアッセン名義の学生証を発見した。オスロ警察に連絡すると、すぐに手元の死体とオスロの行方不明人物が結び付いた。オスロ警察は当初こそ懐疑的だったが、写真をファックスで送り合うと身元は証明された。更なる関連情報を得るため、警察は検死解剖を依頼した。

解剖によって、次のような重大な事実が明らかになった。

  • 死亡当時、ニルスの血中アルコール濃度は.13だった。これは彼が直前まで飲酒していたことを示している。
  • 胃は満たされていて、直前に様々な小料理を大量に食べた形跡があった。まともに消化されていたものは少なかったが、品数は多かった。
  • 死亡当時、髭はしっかり剃られていて、顔の毛はほとんど伸びていなかった。
  • 死因は交通事故のそれと一致しており、それ以外を示す要素はほとんど無かった。

crewtime 15/08/12 (水) 01:09:47 #10287394


では、ニルスの身に一体何が起きたのだろう? 彼はどのようにしてヨックモックに辿り着いたのか、そしてもっと重要なことに、そもそも彼は何故そこに居たのか?

一見すると、ニルスは単純に… オスロから消失し、50時間後にヨックモックに再出現したように思える。車で向かう分には十分な時間だが、ニルスは車を持っていなかった。大学に通っている間も、移動は全て公共交通機関頼りだ。車を持っていた友人たちも、彼をヨックモックに連れて行くことはできなかった — 全員、その週末に各所で目撃されているし、ニルスの捜索に実際助力している。

誰かがニルスの居場所を把握していたかもしれない。しかし、事件から24年が経った今も、ニルスが当時何処に居たのか、彼に何があったのか分かると主張する者は現れていない。彼と共にパーティーを去った女の子なら何か知っているかもしれない。しかし、ニルスの友人たちはその女の子を直接見てはいない。ビョルンはニルスと彼女が知り合ったというパーティーに参加していたが、ニルスがそのパーティーで誰かと会話していた記憶は無い。いずれにせよ、その女の子は名乗り出なかった。

公共交通機関やその他の情報では何も分からない。駅の監視カメラにニルスは映っていない。その間、オスロからスウェーデンまでの飛行機にも乗っていない (乗ったら乗ったで、空港からヨックモックへ移動する必要があっただろう) 。普通の移動手段を使ったようには思えない。それでも、どれか1つの手段を必ず使っているはずだ — そうでなければ、どうやってスウェーデンまで辿り着けたというのか?

ニルスの財布から他の手掛かりが得られるかもしれない。しかし、他と同じように、ここでも大した収穫は無い。ニルスの発見当時の所持金は458ノルウェー・クローネ — スウェーデン・クローネは全く無い。金曜日の夜に寮を出た時、幾ら持っていたかは誰も分からないが、ビョルンの話によると、ニルスは強盗を恐れて大金を持ち歩かないようにしていたので、800クローネ以上のはずはないらしい。使途不明の342クローネは、金曜日の夜に買った飲み物代で概ね説明が付く — 交通費は使われていない。当然だが銀行口座は手付かずのままだった。

つまり、ニルスは金曜日の夜から月曜日の朝まで全くお金を使っていないことになる。するとまた別の問題が出来する — 髭だ。検死解剖で、髭がほとんど伸びておらず、死亡する数時間前に剃ったばかりのようだったと判明している。ビョルンは、ニルスが金曜日の夜、出発直前に髭を剃ったのをはっきりと覚えている — ニルスの髭剃りが終わるのを待たされていたからだ。だから、ニルスが何処に居たにせよ、そこには髭剃り用品を入手する手段があり、使うことが可能だったはずである。

死亡時の血中アルコール濃度と、胃に残っていた食べ物の問題もある。ニルスは豊富に食事を食べ、旺盛に酒を飲んでいたようだった。しかし、彼は森の中で死んだ。轢き逃げされる直前まで参加していたはずの宴会から、どのように道路へやって来たのか? 彼が轢かれた場所の数キロメートル圏内に開発地は全く無い。

勿論、この事件の真の悲劇は死因である。轢き逃げとニルスが失踪した理由に繋がりがあるとは到底思えない。ヒルダは黒い車から距離を置いて走っていたので、その車が最初はニルスからかなり離れていたのを確認できたし、轢かれる前に道路を生きて歩いているニルスの姿を見ている。何故ニルスが死んだかではなく、何処で死んだかが謎なのだ。彼の死は、先立つ50時間に彼の身に何が起きたか知る機会を奪い取ったに過ぎない。

しかし、ヒルダの目撃証言について言えば、彼女が必ず1つの些細な点を持ち出すのは興味深いところである。ヒルダはこれを初めから証言の一部として語り続け、よく覚えていると断言している。彼女自身の言葉を引用しよう。

車を路肩に停めて降りたすぐ後、木々の向こう側に目をやりました。遠く離れた所に焚火が見えて、バンドが演奏する音も聞こえました。随分離れていましたし、じっくり見ている時間もありませんでした — あの青年に駆け寄って、無事を確かめようとしていました。でも、彼の傍に着いてから顔を上げたら、焚火はもう消えていて、音楽も止んでいました。

彼の呼吸が止まったのは、その時だったと思います。

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