復讐鬼、もしくは憲兵隊
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私はこれまで国のために働いてきた。
…というと、半ばは正しいが半ば嘘になる。

確かに私は天皇陛下を信奉している。だが、不敬かもしれないがさらに大事な存在がある。
妻と息子だ。

私はこれまで国よりも妻と息子のために働いてきた。
表向きは陸軍の研究所の研究員、ということになっているが、実際は違う。

常識ではありえないモノを収容し、世の平穏を保つ組織…蒐集院。
私はそこで、家族を守るために働いてきた。
蒐集院に収められた「それら」が日本をめちゃくちゃにし、家族を黄泉へ連れて行かぬように。

いや、蒐集院だけではない。
私は戦争中、終戦後も家族のために行動してきた。

少しでもアメリカ軍の投下する爆弾が少ない場所を調べあげ、そこへ連れて行った事もあった。
妻と幼い息子の腹を満たすため、少々汚い方法で食料を手に入れた事もあった。

妻と息子は、私のすべてだった。


「このたびはお気の毒様です」

私は、生きがいを失った。
目の前の、霊安室の台に置かれた2つ…1つは大きく、もう1つはとても小さい…人形の物体。
これが、私がこれまでやってきた事の目的が永久に失われた残渣だった。

「…どういう事なのですか」

警官に尋ねる。

彼によると、妻と息子は私の帰りを家で待っていたところを襲撃してきた強盗団に殺されたという。
現場の状況から、おそらくはめぼしいものがなかったため腹立ちまぎれに殺害したのではないか、との事だ。
現在捜査中とか何とか言っていた気がするが、私はもう話を聞いていなかった。

…殺してやる。
警察などこの混乱の中で宛になどできるか。
妻、そして息子よ。お前たちの仇は私が絶対に取る。
奴らには痛覚を持って生まれた事を後悔させるような、とびきり無惨な方法をもって地獄に放り込んでくれる。


折しもその時、蒐集院も混乱のまっただ中にあった。
なんでもアメリカの「財団」とかいう連中に組み込まれるそうだ。

だが、私にはもはやそんな事はどうだっていい。
確保?収容?保護?知った事か。
知ったことがないのは財団の理念だけではない。蒐集院の理念も、もはや私にはくだらない戯言でしかなかった。

…いや、もはや私はなにもかもがどうでも良くなっていた。
アメリカから来た、財団のヒーズマンとかいうお偉いさんも、米軍が入ってきてから失踪したかつての上司も、財団へ恭順するかしないかでもめる同僚たちも何もかもだ。

どちらにせよ、状況は私に味方していた。
かの強盗団は陸軍や海軍から盗み出した小銃や拳銃で武装しているという。
かたや私が持っているのは十四年式拳銃一丁のみ。
これを持って突っ込んでいったところで、即刻撃ち殺されるのが関の山だろう。

…混乱のさなかである、いくつか蒐集物が消えてもすぐには気付かれまい。


そして私は何食わぬ顔で出勤し、蒐集物の保管庫へ足を踏み入れる。
さて、我が妻子の仇を取るにはどれがいいか。

保管庫を物色していると。

「おい、何をしているんだ?」

見ると、同僚の霧島がいた。

「…定期点検だが」
「嘘をつくな、その定期点検にあたるのが俺だぞ。おい、お前の目的はなんだ?」

五月蝿いやつだ。
私は無言で懐から十四年式拳銃を抜き、彼へ向けた。

「…騒がないでくれ。私はお前のことは嫌いじゃないからな、できれば撃ちたくない」
「…蒐集物を使って奥方やお子さんの仇を取るつもりか」
「………」
「なんとか言ったらどうなんだ」
「そうだ、何が悪い?」

我ながら変わったものだ。以前は自分で言うのもなんだが、むしろかなり職務熱心な研儀官だったのだが。

「…はは、まさか俺と同じ目的の奴がよりによって身内にいるなんてな」
「どういう事だ」

この返答は予想外だった。

「俺もな、似たような目的なんだよ。」


聞くと、彼は妹を占領軍の兵士に犯され、そしてその妹は自殺したという。
私とはまた違った方向で裁きなどは期待できない話だ。

「…なるほどな」
「…というわけだ、俺らと組まないか。俺らもその強盗団を潰すのを手伝ってやる」
「待て、俺ら、というのはどういうことだ?」
「同志が何人かいるのさ。俺やお前みたいに家族を殺されたり、あるいは警察や占領軍に任せておけない、という奴らがな」

…かくして、私と霧島、そして「同志」である幾人かの蒐集院の職員、そしていくつかの蒐集物は表舞台から姿を消すことになった。
そして同時にまた幾人かの元憲兵や元警官、そして元海軍特別警察隊の関係者もまた、姿を消した。


その後。
存外あっけなく、私の復讐は終わった。
強盗団共は全員―詳しく描写するのも面倒だ―私が誓った通りの死に方をした。

霧島の復讐も同じだ。
彼の妹を強姦した米兵2人は完全に炭化した死体と化した。

そして同志たちの目的も果たされた。
すなわち、我々の目的はすべて終わったわけである。

しかし、私の気分は変わらなかった。
強盗団共に復讐を果たせば何か変わるかと考えていたが、そんな事はなかったのだ。
妻も子も戻っては来ないし、霧島の妹も帰ってこない。

そして我々はすでに警察により指名手配されているため、元の生活に戻ることすらできなくなっていたのだった。


さてこの先どうしたものか。もはやする事もしたい事もなし、さっさと拳銃で頭を撃ち抜き退場するか。

…いや、まだ犯罪は多い。そして警察や占領軍も頼りにならぬ。
となれば彼奴らを裁くのは誰か?もはや我らしかおるまい。

何者にも賞賛されず、何者にも感謝されず、何者にも知られず。
犯罪者を生かす、などという生ぬるさは不要である。
身勝手な復讐者?正義気取りの殺人者?好きなように言え。

それが、我々だ。

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