集村:29 - 縁記"沈黙した村"
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「村人全員が手話で会話してる村を見た、だァ?」

"同盟"のとある拠点で、素っ頓狂な声を発した探訪者の青年が一人。

「ンなもん、そのまま探索してくりゃよかったじゃねェか」

「馬鹿言うなよ。帰ってくる途中だったんだ。それに……なんか不気味だったし、めんどくさい」

今しがた拠点に戻ってきた探訪者──イストが、ふてくされたように呟く。

「そもそも俺、手話とかできないし。フラウスはそういうの得意だろ?行ってきなよ」

「はァ……全く、何のための端末なんだか」

「聞いた?クレイ。馬鹿にされてるよ」

「別に、手話の解読くらい私にもできる。けど、」

と、イストの首元から人工知能クレイが答える。

「教えたその場で使い始めるのは、フラウスくらい」

「ま、対話にはそういう順応が必要だからねェ。俺の専売特許ってことでサ」

この荒廃した世界で、人々との繋がりを求めて旅をする男。名はフラウス。

「じゃまァ、行ってみますかね。いいよなサルフィ?」

「ええ、了解です。手話の翻訳の用意をしておきますね」

相棒のサルフィを左腕に乗せ、件の集村へ探訪に繰り出した。

◇◇◇


「で、着いた……で良いんだよな、あれ。めっちゃ手動かしてるぜ」

「はい。クレイから共有された位置データから見て、あの村で間違いないでしょう」

少し遠くに見える、村の入り口らしき場所。中では子供が数人、こっちを指してなにかしている様子が伺える。

「あれ、行っていいんだろうか?」

「少し待機してみましょう。下手に近づくと良くないかもしれませんので……あ、誰か来ましたね」

どうやら子供たちは人を呼んでいたらしい。ひょっこりと一人の青年が顔を出しこちらを見る。齢にして20代半ばだろうか、こちらに駆け寄ってきたその青年は手話で何か伝え始める。

「おッと待った、サルフィ。解読頼む」

「了解」

こういう時に"同盟"から譲り受けたこの端末サルフィは便利だ。村で独自に形態化された手話でも、状況や文脈、語彙の頻出度などから解読・翻訳をして、テレパシーのように脳波を介してリアルタイムに伝えてくれる。まさに異類らしいハイスペックさ、ロストテクノロジーというやつだ。

『よくいらっしゃった、旅の方。すみませんが、この村には古くからのしきたりがありまして。村内では喋らないようにしていただきたいのです』

サルフィによると、こう言っているらしい。俺もたどたどしいながら、今覚えたばかりの手話で返す。

『一体なんでンなことになってんだ?言い方からするに喋れねェ訳じゃ無さそうだが』

『おや、手話が使えるのですか。それはありがたい。ではその辺りはの話は中でいたしましょう。さ、どうぞどうぞ』

余所者は歓迎しねェってわけじゃないらしいな、などと考えつつ、青年に付いて村に入る。十数軒の家にひときわ大きな建物が一つ、そこそこの大きさの村のようだ。村の者たちの目線を感じつつ、青年の家まで案内された。

『さて、と。ようこそ、こんな村までよくお越しに。私はニト。この村で神官をしている者です。どうぞお掛けになってください』

『どうも、俺はフラウス。旅をしながら村を訪ねて回っている。神官と言ったな。村で信仰してる神が居る、ッてことかい?』

『ええ、その通りです。この村には……』

(フラウス)

ニトの説明にサルフィが口を、否、思考を挟んでくる。

(先ほど、見慣れない手話がありました。恐らく信仰対象を指しているものと思われます。適当に訳しておきますね)

顔の前で手の甲を交差させて表されるらしいそれを、サルフィは『カオナシ様』と訳した。いいセンスだ。

『この村には、カオナシ様という守護神が居られます。神官としての仕事は主にカオナシ様へ供物を捧げることですね。儀式の方法は代々、神官にのみ伝えられるのです。ちょうど明日儀式がありまして。ほら、来る途中に大きな建物があったでしょう。あれがカオナシ様の祠です』

『へェ……』

(どう思う?サルフィ)

(十中八九、異類でしょう。何なのかまではまだわかりませんが、いくつかそれっぽいものはありそうですね)

まぁ、そこは今聞いてもわからないだろう。本題に入るとする。

『で、話を戻すぜ。なんでわざわざ手話なんて使ってンだ?』

『カオナシ様は言葉を嫌われます。しきたりを守らずに会話をしていた旅人が何人消されたことか。まぁ、それ故にこの村は外からの侵攻に守られているのですから、有難いことです。』

(なるほど、おそらくはあれでしょうか。しかし守護神とはどういう……)

サルフィには何か心当たりがあったらしい。

『良ければ明日まで泊めてもらえると有難ェな。その儀式とやら、一度見てみてェ』

『ええ、構いませんよ。隣の部屋をお貸ししましょう。』

『助かる。こちらも何かできることがありゃ手伝わせてもらうぜ』

『それなら……』

ニトが家の入口を見る。そこには村の子供たちが四人、興味津々そうにこちらを見ていた。

◇◇◇


『……そこで、俺は村の長にバシッと言ってやったンだ』

『おぉ~……』

『おじちゃんカッコいい!』

八つのキラキラした目が俺を見ている。

何のことはない。ニトから『子供たちの相手をしてやってくれ』と言われたので、今までの旅の話をしてやっているだけだ。(脚色が過ぎますよ)と途中サルフィからの突っ込みが入った気がするが、無視を決め込むことにする。良いンだよ、子供が喜びァそれで。あと俺はまだおじちゃんと言われる歳じゃない。

『はっはっは、これで話は終わりだ。どうだ、面白かったか?』

『面白かった!!!』

『僕も大きくなったら旅する~!』

その言葉に思わず笑顔になる。こういう語らいの時間こそが旅の醍醐味で、俺が探訪を続ける理由の最たるものだ。

『そうだ!あそこ連れてってあげようよ!』

『あそこ!良いね良いね!行こうおじちゃん!』

弾丸のように駆け出した子供たちに先導されて家を出る。

『あそこ?』

『来ればわかるって!』

どこかに連れて行ってくれるつもりのようだ、が……

(はァ……はァ……ちょっと……速くねェか……)

『おじちゃん早く~!』

やっぱり俺はおじちゃんだったのかもしれない。

そんなこんなで息を切らしながらやってきたのは、村にほど近い丘の上。ちょうど、祠の裏手にあたる場所だ。風が気持ち良いが、何かがあるようには見えない。

『こっちこっち!ほら、下見て!』

『一体こんなところに何があるッて……おぉ、こいつは……!』

丘から向こうを見下ろした俺の目に飛び込んできたのは、一面の青い花畑。

『こいつは凄い……!』

『そうでしょ!カオナシ様の花畑っていって、村で一番綺麗なところなんだ!面白いお話してくれたお礼に教えてあげたくて!』

子供が自慢げな顔をしてそう言う。お世辞ではなく、今までの旅で見たどんな景色より美しいと思った。

(サルフィ、なんて花かわかるか?)

(おそらく、ローズマリーだと思われます。しかし、これほどの群生とは……美しいですね、とても)

(あァ……)

そのまま俺たちは青と緑の絨毯がオレンジに染まるまで、その光景に見惚れていたのだった。

◇◇◇


『カオナシ様の花畑に行ったのですか。それは良かったですね、綺麗だったでしょう』

ニトの家で夕食をご馳走になりつつ、さっきの花畑の話をしていた。

『あァ、それは認めるが……あそこは何なンだ?この村で育ててンのかい?』

『いえ、私の祖母が子供だった頃からあそこはあるらしく、村で特別に手入れしているということもないんですよ。きっとカオナシ様のご加護ですね』

『ふゥん……』

そんな時だった。突然、けたたましく鐘の音が鳴り響く。

『なンだ!?』

『賊だ!』

ニトは勢いよく立ち上がり、外に向かう……かと思いきや、なぜか家の鍵を閉め始めた

『おい何やってンだ!賊追い出しに行くンじゃねェのか!』

『大丈夫です。賊が入ったら家の鍵を閉めて外が静かになるまで待つ、それがこの村の教えです』

意味がわからない。外から賊らしき声が聞こえてくるが、村人の悲鳴などは一切聞こえない。改めて考えると不気味だ。

(サルフィ、とりあえず外の確認だ)

サルフィに警戒を頼みつつ、外へ聞き耳を立てる。賊は6、7人ほどのようだが、ここからでは何を言っているかはわからない。

(!これは……。なるほど……)

サルフィが何かを捉えたらしい。その一瞬後、叫び声が聞こえ、そして。

村に、再びの静寂が訪れた。

外から聞こえていた賊の声が忽然と消えたのだ。

『おい!何があったンだ!?』

『カオナシ様が我々をお救いになられたのです。さて、もう良いでしょう』

ニトが鍵を開けたので、外を覗き見る。賊らしき足跡が大量にあったが、肝心の賊の姿はどこにもない。

(どうなってンだよ……)

『それでは、私は少しカオナシ様の祠へ行ってきます。中を清めて扉を閉めてこなければいけません』

『あそこか……中は何があるンだ?』

『カオナシ様の木像があるくらいですね。それ以外は特に』

『ふむ……』

こういう場合は大抵それそのものが異類、というパターンだ。もしくは、何か他に隠してることがあるのかもしれない。

『では、行ってきます。フラウスさんはどうぞ先にお休みになっていてください』

『あァ、わかった。賊が残ってるかもしれねェから気をつけてな』

ニトが行ったのを確認し、サルフィに話しかける。

(なァ、何があったのか教えろよ。見たんだろ)

そう訊いたものの、返事は何となくわかっている。

(ふふ、明日の儀式を見ればわかりますよ)

(そういうと思ッたよ)

こいつには、こうやっていつも無駄に勿体ぶる悪い癖があるのだ。まぁ流石に危険な時はそう言うので、そこまで危ない物ではないのだと思う、多分。唯一の相棒ではあるのでその程度には信用している。

(わかったわかった、じゃァ俺はもう寝るわ。おやすみ)

(ええ、良い夢を。フラウス)

サルフィが明日になればわかると言うのだ。大人しく待とうじゃないか。

音を忘れたような、静かな夜が更けていく。

◇◇◇


朝。

『では、カオナシ様の祠に行くとしましょうか。儀式が始まります』

神官の正装だという黒い袴姿のニトの後について、祠までやってきた。祠の前には数十人の村人が正座している。

『中には入らねェのか?』

『ええ、基本的に清掃以外で入ることはありませんね。入れるのも神官のみですし』

(エコーで祠の内部を調査しましたが、確かに像のようなもの以外は何もないようです)

(お前、そんな勝手に……)

(大丈夫ですよ。どうせただの木像です)

手癖の悪い相棒を持つと心臓に悪い。……ん?

(ただの木像?それが異類なンじゃないのか)

(違いますよ、異類はおそらく今から……ほら、儀式が始まりそうです)

前を見ると、ニトが供物とナイフを手にしていた。

『頭を下げてください。カオナシ様のお姿を見るとよくないことが起こると言われています』

隣にいた村人からそう教えられて従うが、残念ながら俺は調査をしに来てるのだ。周りの村人が全員頭を下げたことをサルフィに確認してもらい、そっと顔を上げる。ちょうど、ニトが供物の一つの林檎に何かをナイフで刻みつけているところだった。

(あれは……文字か?)

そういえば、この村には文字の概念も無かった。カオナシ様が嫌うのは言葉ではなかったか。

ニトが全ての供物に文字を刻み終える。そして数刻。

(……来ましたか)

来たって何が、とサルフィに訊こうとして、目を見張る。何か、得体の知れない物が祠の前に突然現れた。

(あれが、カオナシ様……)

(はい。そして、昨日の賊が消えた件の真相です)

人型の黒い巨体に、全身からたなびく紐のようなもの。ハート型の顔は供物を見つめているように見える。

(管理番号2521。なんと呼ばれていたのかはわかりません。なんせ、あれについて言及するだけで連れ去られてしまうのですから)

カオナシ様は自分の名前が刻まれた捧げ物を大事そうに抱え……そのまま姿を消した。現れた時と同じように、忽然と。

ニトが振り返りそうになり、慌てて顔を下げる。

(あれ、ならお前も連れてかれるんじゃねェの?)

(これはあくまで脳波を介した思考伝達です。いくら地獄耳といえども聴こえやしませんよ)

ニトが手を叩く音が聞こえ、それを合図にみな顔を上げる。

『儀式は終わりました。カオナシ様に変わらぬ信仰と感謝を……』

◇◇◇


集まっていた村人も解散し自分も部屋に帰る途中、浮かんだ疑問をサルフィに投げかけてみる。

(あいつの存在と手話の村、なんの関係があるンだ?)

(言及できないということは先程言いましたよね。実はあれ、言葉を理解し文字も読めるのですが、絵のようなものだけは管轄外らしいのです。手話もおそらくわからなかったのではないかと……)

つまり文字が無かった理由も、リスクを排していった結果廃れてしまったということだろう。

(じゃァ、守護神ってのは何なンだ?別に何かを守るわけじゃないンだろ?)

(私もそこが気になっていたのですが、昨日の件で理解できました。祠と木像のおかげでしょう)

サルフィが続ける。

(賊というものは村を襲った時、まずは一番大きな建物に押し入ろうとしますよね。つまり、あの祠です。そして、中には像しかない。それについて仲間と情報共有を行い、その結果、現れたあれに攫われる……というわけです)

なるほど、と納得する。言及しないなんて、この村くらい徹底していなければ余程気をつけない限り無理なことだ。

『何か考え事ですか?』

いつの間にか隣にいたニトがそう訊いてきた。

『いや、何でもねェよ。少々名残惜しいが、明るいうちに発たにゃならねェからな。荷物まとめたらもう行くぜ』

『おや、そうですか。では昨日の子供たちでも呼んできます。言わずに行かれるときっと寂しがるので』

『あァ、頼む』

それから少し後。村の前にはニトと子供たちが集まっていた。

『おじちゃんもう行っちゃうのー?』

『ぼくも連れてって!』

『ははは、大きくなったら考えてやらァ』

少し後ろ髪を引かれるが、別れも旅には付き物だ。

『じゃあじゃあ、また旅のことお話ししに来てね!待ってるからさ!』

『あァ、また来るさ。元気でな』

そう言って手を振り、踵を返したところで、ぐっと腰を引っ張られた。振り返ると、さっきまでこの場にはいなかった昨日の子供だった。てっきり来なかったのかと思ってたが、どうやら違ったらしい。

『これ、あげる!』

そう子供が手渡してきたのは、青い花でできた花かんむりだった。

『おじちゃんもう行っちゃうって聞いて、急いで摘んできたんだ!』

『おォ、そりゃ嬉しいな。大事にするぜ。ンじゃ、またいつかな』

そう告げて、今度こそ村の外へ歩き出す。

『それでは、良い旅を。カオナシ様のご加護があらんことを祈って』

それはちょッと願い下げかな、とも思ったが、態度には出さなかった。

◇◇◇


「良い村だったな」

「ええ、文化、人柄、土地、全てにおいて素晴らしい村でした。やはりあなたの旅路には共に行く価値がありますね。良い勘をしています」

「はは、そりゃ良かった。イストにも感謝しとかねェとな」

頭の上の青い花かんむりを弄りながら、これからのことを考える。イストはまだ拠点にいるだろうか。一度戻って話を聞かせてやらねェとな。

「記録、忘れないうちに書きましょう。もっとも、書けることはそう多くないかもしれませんが」

「あァ、そうだよな。しょうがねェか」

そう苦笑しながらペンを手に取った。

集村 - 29

友好度 - 高

異類概要 -  ✎× とだけ。

コメント - 住人が手話のみで会話をする村、という伝聞は正しかった。まぁその話は置いておこう。こうなった過程も明らかだしな。

子供たちと見た花畑は今朝食ったパンではなく、とても綺麗だった。来年になったらまた行くことにするか。約束もしちまったしな。あの落として割ったコンパスではないローズマリーが咲き乱れる頃にでも、また。別れ際に子供たちがくれたこのニトが「SCP-2521」と刻んだ供物の林檎ではない花かんむり、枯れない方法でもないもんか あ なんだこれ 手が勝手に おい







クソ、破り取られた。書きかけだったのに。

サルフィも気づいてなかったらしい。そういうことかよ。よくまぁあそこまで育ったもんだぜ。

めんどくさいから続きは戻ってから書く。

探索担当 - フラウス

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