集村:53 - 感記"聖地ラジャサハル"
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夕焼けで赤く染まった荒野の中、黒い外套を羽織った男が馬を走らせていた。大柄な体の持ち主で、厳しい顔を一層険しくして馬にまたがっている。
男は顔を下に向けながら、低い声で問うた。
「キッサまであとどのくらいある」
すかさず、男の右腕に取り付けられた腕時計型端末から落ち着いた声が発された。
「もう少しだよ、ミル。気張ってくれ」
「ありがとう、マックス」

ミルと呼ばれた男は旅人である。元々は孤独な旅をしていたのだが、ある日"同盟"という組織に勧誘され、言われるがままほいほいと入ってしまった。
"同盟"の目的は、世界に蔓延る異常存在──"同盟"は異類と呼ぶ──と人類がどのように共存するかを探るというものである。
この活動のサポートのためにあてがわれたのが、ミルがマックスと呼んでいる腕時計型の端末だ。端末にはとある異常存在の残滓が吹き込まれており、意思を持ち会話をすることができる。ミルとマックスは数々の旅を通し、お互いを親友と認め合っていた。

「見えた、あの村だ!」
ミルが前方を指差し、マックスに向かって叫ぶ。そして手綱を操り、馬のスピードをゆっくりと下げた。
目の前には、今までミルたちが訪れたのと比べて、幾分か小規模な村があった。全体が木の柵で囲われ、入口には門が設置されている。
ミルは門の前まで来たところで目を凝らし、誰か外に出歩いている人間がいないか確認した。すると、手を振りながらこちらへ向かってくる人影がある。若い女であった。

「お待ちしていました。ようこそキッサへ!ミル様ですね?」
「ええ、ミルです。歓迎ありがとうございます」

ミルはマックスの翻訳がうまく働いていることに安心しながら答えた。

「タグラザの長から連絡をもらっています。今回の案内をさせていただくマナリというものです。さあこちらへ」

ミルが前に滞在していた村の長が、キッサにうまく言付けてくれていた。おかげで、ミルは何の障害もなく村に入ることができた。

◇◇◇


ミルがキッサに来た目的は"聖地"をひと目見ることである。
その存在は、周辺の村々でも噂になっていた。
聖地、つまりキッサにある小丘で夜空を見上げると、星々が動き出し詩を形作るのだという。残念ながら、詩に使われている言語は大昔のもので、誰も詩の内容自体はわからないようだが。

村に入るなり、ミルはマナリの案内でいきなり聖地に向かうこととなった。できるだけ早く奇跡を見たいというミルの要望に答えた結果である。マナリによれば、歩いている途中あたりで日が完全に沈むという。
舗装された道をずんずんと慣れた足つきで歩くマナリに、ミルはついて行った。

「ミル様にはキッサで代々語り継がれている伝説をお話ししておかなければなりません」

歩みを進めながら、ふとマナリが言った。

「それはいったいどういう」
「聖地へ向かう者には、この伝説を話す義務があると村で定められていまして。色々と関わりが深いんです」

マナリは、キッサの伝説をミルに話し始めた。

◇◇◇


大昔、この地域には国がありました。物や食べ物が溢れ、文化が栄えた大国でした。
その国の学び舎に通う男はある日、同じく学び舎に通う一人の女に恋をしました。その女は、学び舎がある地域の領主の娘でした。

男は周囲には隠していましたが、魔術を扱うことができました。しかし男は本当の愛を欲したため、魔術を使って女の気持ちをどうこうするなどとは考えませんでした。
男は身分違いの恋であることを承知しながら必死に女を誘いましたが、女はそれら全てに素っ気なく返しました。しかし男の必死さに確実に惹かれてもいました。

何度目のチャレンジだったでしょう。女はついに男の手紙を受け取りました。そして、友達から始めることとなりました。二人は何度も会い、何度も遊ぶようになりました。
二人の関係はどんどんと深まっていきます。

ある日、女は領主たる父親から婚約者の存在を知らされました。女はそれに反対し、領主の屋敷を飛び出してしまいました。向かったのは男の家です。
女は、婚約者のことを男に話しました。男であれば、一緒に反対してくれると思ったのです。しかし男はその話を聞いて、女と婚約者は結婚するべきだと言いました。
男は、自分よりも婚約者の方が女を幸せにできると考えたのです。
裏切られたと感じた女は、男の家からも出て行ってしまいました。

それから、女は男を、男は女を避けるようになりました。

ついに、女が嫁ぐ日となりました。出発は夜でした。女は豪華な馬車に乗って街を離れていきます。
女はふと、馬車の中から空を見ました。星がきらきらと輝く、美しい空です。
しかし、女の顔は驚きに染まっていました。
女の見ていた星々が動き出して、ある言葉を綴り出したからです。それは、男が女へ向けた愛の詩でした。男は女のために、とっておきの魔術を使ったのです。
女は涙を流しながら、故郷と男に別れを告げました。

男と女が再び出会うことは、ありませんでした。

◇◇◇


「以上がキッサの伝説です。聖地にて見られる奇跡というのは、男が使った魔術そのものなのです!」
「そんな、そんな悲しい話が……」

ミルは厳しい顔を歪めて静かに涙を流した。軽い気持ちで見に行こうとしていたものが、まさかここまで重い過去を秘めていたとは。
外見に似合わず、すぐに感動しては泣いてしまう質の男である。

「さあミル様、そろそろ暗くなってきます。明かりをつけますから、転ばぬようお気をつけください」

泣き出したミルを気遣うように、マナリは笑顔で言った。
松明に火が灯される。轟々と燃えるその明るさを頼りに、二人は再び歩き出した。

◇◇◇


しばらく歩いていると、ミルたちは石造りの階段に出くわした。緩やかな傾斜に合わせて上へと伸びている。

「ミル様、この階段を登った先が聖地です。あ、いえ正確にはこの小丘全体が聖地なんですが。もう少し歩くことになりますね」
「ついに、奇跡を見られるのですね」
「ええ、思わずため息が出ちゃうほど神秘的ですよ」

マナリが階段を上るが、ミルはしばらく一段目に足をかけたまま止まっていた。灯が遠ざかっていく。

「マックス、マックス。聞こえるか?」

ミルは右手に巻かれた端末を指で小突いた。

「何だい?外ではお行儀よく何も喋ってないよ」
「いや、そうじゃない。一つ頼み事をしたいんだ」
「どういうの?」
「星々の詩の翻訳をしてほしい。大昔の言語らしいが、お前ならわかるんじゃないか?」
「あー、まあね、わかるかも。いいよ、やったげる」
「ありがとう、マックス」
「それより前見なよ。マナリさんが心配して帰ってきてるよ」

ミルが顔を上げると、不思議そうな表情を浮かべたマナリがいた。いつまで経ってもついてこないミルを心配したのだろう。
ミルはマナリに謝って、今度こそ二人で階段を登った。

◇◇◇


「さあ着きました!我らがキッサの聖地、"ラジャサハル"です!」

階段を登った先に待っていたのは、"小丘の頂上"としか形容できない場所であった。飾り立てられて厳かな雰囲気を発しているものの、何だかしっくりこないとミルは思った。
しかし待ち望んだ異類との対面である。気落ちしていられない。
ミルは荷物入れから記録帳やペン、その他道具を取り出し始めた。詩を書き写すのだ。
全て出し終わったところで、ミルはマナリに準備が整った旨を伝えた。

「では、ご覧ください……」

マナリが空を見上げるよう促した。

「……ぁ」

ミルは"ため息が出ちゃうほど神秘的"の言葉が嘘偽りでなかったと知った。意識していなかったにもかかわらず、ミル自身がため息を漏らしていたからだ。

それはまさに、奇跡と呼ぶにふさわしい光景だった。見上げた先の夜空に光る星々が一層強く輝き、各々に動き回る。そして、もう一度強く輝いたと思うと、そこには星々によって綴られた詩があった。ミルが想像していた光景よりもはるかに鮮烈であり、また偉観である。
ミルはこのような光景を見て育ってきたキッサの人々をひどく羨ましく感じた。彼らはなんて贅沢なのだろうと。
そんな、思わず八つ当たりに似た思考を生じさせるほど、この奇跡はミルにとって衝撃的なものだったのだ。
男が愛する女のために行使した夜空の大魔術。それに、ミルは魅入られつつあった。

感動している間にも、煌く星は夜空を飛び回って詩を紡いでいく。ミルはそれを書き漏らすまいと必死に写していった。
マナリが言っていた通り、星々は9種類の文章を形作った後、元の位置に戻った。

奇跡を見終わると、マナリが近づいてきて笑顔で問うてきた。

「どうでしたか?聖地の奇跡は」
「ええ。大変、大変素晴らしいもので──」

ミルは言い終わらないうちに、ぼろぼろと涙を流し始めた。
詩を書き写すために押し殺していた感情が、一気に溢れ出したのだ。

「女の幸せを願って自分を犠牲にして、それでも最後に溢れてしまった男の愛が、ひしひしと伝わってきました!言葉がわからなくても、あれはきっと素晴らしい詩だ!間違いないです!」

ミルはその巨体を震わせ、涙をそこらじゅうに撒き散らしながら言った。

「ええ、ええ!こんなの見たら、私も絶対泣いちゃいますから。この物語の女性が本当にうらやましいです」

マナリは嬉しそうに何度も頷いた。 

「すみません、涙が止まらなくて……」
「いえ。それだけ感動していただいて、キッサの住民としても誇らしい気分です」

泣き止むまで、マナリはミルを笑顔で見つめ続けた。

◇◇◇


「しかし凄まじい光景だったな」
「まあね、いろいろと」

宿に着いたミルがひとりごちると、マックスが含みのある反応を返した。

「聖地から宿に着くまで一言も喋らなかったじゃないか。何かあったのか?」
「感動のあまり声を失っていたんだよ」

ミルはハハハと笑う相棒を見て、こいつにもそんな感性があったのかと少し驚いた。

「当然だろう。人間が何を感じて何を思うかぐらい、手に取るようにわかるさ」

どうやら口に出ていたらしい。 

「なあ、そろそろあの詩の翻訳を頼むよ」
「それなんだけどさ。わからなかったよ、あの言語」
「本当に?」
「本当さ」
「まさか。正直信じられん」
「僕にもわからないことなんて世の中にいっぱいあるよ。あれはその一つだったというだけ」

ミルは嘆息して記録帳を取り出し、机の上に置いた。その姿は普段のものと比べ随分小さく見えた。
あれだけ待ち望んでいたものが得られなかったというショックは、ミルの中では大きかったようである。
ミルはそれを誤魔化すように、マナリから聞いた限りのキッサの情報を記録帳にまとめ始めた。

だいたい書き終わったというところで、ミルは急激な睡魔に襲われた。聖地での壮絶な体験で目がすっかり覚めてしまったようだったが、どうやらそれを上回るほどミルは疲労しているらしい。机に突っ伏し、眠気に身を任せてしまう。そうして、ミルの意識はあっという間に深い闇の中へ溶けていった。

◇◇◇


「伝説は伝説ってことさ、ミル。知らないままのほうがいいこともある」

マックスはミルに聞こえない声でぼそりと呟いた。

◇◇◇


翌日の早朝、ミルはおかしな寝方が原因で生じた痛みに耐えながら馬にまたがった。
手綱を操って村を後にする。誰にも言わずに出たので、見送りは一人もいない。

「本当に知らない言語だったのか?」

よほど悔しかったのか、ミルは馬を走らせながら昨晩の質問を再び繰り返した。

「本当だよ、本当本当。それよりさ、もっと先のことを考えようよ。次行くのはフェリテでしょ?あそこの異類もすごいらしいよ」
「拠点に戻ったら、ほかのAIに翻訳してもらおう」
「それだけはダメだって!」

ミルとマックスの口論はまだまだ続きそうであった。

集村 - 53

友好度 - 高

異類概要 - 奇跡が起こるという小丘"ラジャサハル"。この村や周辺では"聖地"として崇められていた。ここで夜空を見上げると、星々が動き出してとある言葉を形作る。正体はキッサの伝説で語られている、主人公が愛する女性のために使った魔術。言葉の内容は非常に緻密な詩らしいが、大昔の文字を使っているため誰も読めないようだ。
伝説では、馬車が走るような道の上からでも奇跡が見られたようだが、今ではラジャサハルからしか見られない。魔術が弱まっているのだろうか。昔は"聖地"と呼ばれていた範囲がもっと広かったのかもしれない。

コメント - 星々による奇跡を下へ書き写した。読めないということがこれほど嘆かわしかったことはない。マナリさんも話していたが、これはきっと素晴らしい詩だ。

HI BECKY

ME + YOU FOREVER

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探索担当 - ミル・トラジャ





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