集村:61 - 跳記"巫女と片羽"
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「いやあ、ごめんねえ。やっぱりどうしてもこういうときは1人でいたくてねえ。」

そう言いながらガロハミィは茂みの中から荷物を取りに戻ってきた。

「いえ、お構いなく。動物は排泄行為の際には警戒が緩むことは理解しています。それに私は3日前にあなたの端末になったばかりです。距離感が掴めていないのも致し方ないことかと。」

「あっはは、気を遣われちゃったねえ。ストレスから来る腹痛でさあ、俺はなんとも思ってないんだけど、体の方は無意識に危険信号になっちゃうんだ。」

申し訳無さそうに腹をさすりながら、ガロハミィは右手に”端末”を装着し再び歩き始めた。彼らの考えが正しければ日が落ちる前までには集村に到着するだろう。男性の間延びした独特な話し方と、無感情な女性の声があたりに響く。

「全く、こんなひ弱な探訪者じゃあ、リーダーを失望させちゃうな。」

「いいえ、リーダーはあなたのその体質も織り込み済みで同盟に招き入れました。私も、あなたは期待以上の活躍をしてくれると信じています。それに貴方はほかの探訪者よりも筋肉の発達が著しく、筋力や瞬発力の面で素晴らしい力を発揮してくれるでしょう。」

「いいねえ〜、期待されるのは嫌いじゃない。それなら今回の集村に関する情報を確認したいんだけどいいかな、ツワズィ?」

あからさまに上機嫌な声色になり、ガロハミィは”ツワズィ”と呼んだ手持ちの端末に呼びかける。

「ええ、情報提供者の話を統合すると、

『その集村には4の耳を携えた巫女達がいる。』

『巫女は不思議な力で集村に恵みを齎す。』

『だが一部村人や他の巫女たちに疎まれている巫女もいる。』

『巫女が現れるより前に、その集村の周辺には鳥の異類の目撃情報があった。』

こんなところかしら。」

「巫女。それに情報から1人だけじゃないと。巫女が異類だと仮定して、何で巫女が村人に協力するのか利害関係が分からなくない?そんな都合のいい異類ってたくさんいるもんなの?」

「そうですね、何だったら巫女に不思議な力なんてなくて、集村総出であたかもそのように振る舞っているだけかも。」

「はははは!そうだったら骨折り損だねえ!」

「油断は禁物です。集村が全部、我々探訪者に友好的とは限りません。」

「…それは異類に関する嘘をでっち上げて俺達をおびき寄せ罠に嵌めようとしていると、そういう考え?」

「あくまでも実例と可能性の1つを提示したまでです。」

「はあ、…なんか思った以上に辛いんだねえ、探訪者って。でも大丈夫!ツワズィが教えてくれた情報だ、正しいって信じているよ。」

「ガロハミィ…」

ガロハミィは無意識に決まったと言わんばかりの顔をする。しかしその数秒後、

「私はあくまで端末であって、情報を精査、および取捨選択しているのは大本のオールドAIです。感謝ならリーダーとオールドAIにするのがよろしいかと。」

「そこは素直にありがとうでいいんだよ?」

◇◇◇



その会話の後、川沿いの少々足場が悪い獣道を30分、膝まで草が伸びている草原を10分ほど歩いてガロハミィとツワズィは日暮れ前に集村にたどり着いた。村に入った時、真っ先に出迎えたのは村長を名乗る老人だった。

「はあ、なるほど行商人の方。」

「正確には旅がメインで、宿に必要な路銀を貯めるために道すがら見つけた珍しいものを売りさばいている感じですけどねえ。普通の行商よりも品揃えは劣りますがその分珍しいものを仕入れてますよ?」

身振り手振りを交えた少し誇張しすぎた胡散臭い旅人の発言に、村長は思わずクスリと笑う。

「ははは、最初から今日泊まる所がないから泊めてくれと仰ってくれればよいのに。見たところ愉快な方ですし。大したもてなしは出来ませんが空いている家屋に泊まっていきなされ。家屋に着いて荷物を置いたら村を見て回るとよいでしょう。ここはほかの村よりも発展していますし、何より「巫女」を一目見ておいた方が良いですから。」

村長にそう言われガロハミィは夜のとばりが降り始めた村の散策に出た。面積は他の集村よりもやや広く、活気や豊かさ、その全てが高水準だ。道ですれ違う人々は「あんたが今日来た旅人かい?村長から聞いたよ」「ゆっくりしていきなよ」と気さくに声をかけてくる。そんな中周囲に気づかないほど小さな声で、

「集村の人間と交渉するときはもう少し慎重に対応しなさい。より具体的に言うと貴方噓が下手なんだから大事な時は辞めて。」

とツワズィはガロハミィに釘を刺す。そんなガロハミィは腹の高さで小さく親指を上げ、

「でも歓迎ムードみたい!結果オーライだねぇ!」

と同じく小声で返す。

「なるほどこの様子だと巫女の力っていうのも本当かもねえ。作物の備蓄がこの季節じゃありえない量だ。」

「それには同感です。他の集村での平均レベル以上の衣食住が住民全員に行き渡っているようですし。」

「う~ん。ただねえ、気づいた?ツワズィ。」

「何にです。」

「僕たちかれこれ3分ぐらい歩いてるけど、女の人にすれ違ってないんだ。元気の良い子供も、作物をみんなに分け与えていた人もみ~んな男性。流石に不自然だと思わない?」

相手の反応を待つが腕時計はまるで気配をひそめるように静かになった。おや、とガロハミィは思ったがその疑問がすぐに解決した。こちらを監視するような人影が家屋に隠れていたのだ。

「こんばんはあ、どうしたんですそんなところで。」

視線を移すとそこには自分よりか一回り若い年齢であろう女性が家屋から出てきた。パッと見ておかしな点が2つ。1つはすれ違った他の村人と違い、明らかに服装が違う。色のついていない動きやすい服装ではなく赤や黒の糸を使っており、所々に何らかのシンボルが施されている。もう1つは頭部から髪の毛をかき分けて2つの物体がくっついている。あれはおそらく…

「…猫耳だあ。」

「えっ?」

「ああいや、昔旅した所で見たことがある動物とおんなじ耳だなあと思いまして。開口一番の失礼をお許し下さいお姉さん。私は旅人のガロハミィという者です。」

「やっぱり旅の方でしたか。初めまして。私はこの村の巫女の1人ニャンメイです。出発の時までゆっくりしていってくださいね。」

いきなりガロハミィは2、3回咳払いをしたかと思うとキリっとしたようにニャンメイに話しかけた。というのも彼女の目を引く点はもう1つあった。非常に容姿がかわいらしいのだ。彼女の立ち振る舞いは巫女らしい淑やかさの中にどこかあどけなさが残るようであり、目はこれまで見てきた女性の中でも特に大きくくりっとしている。顔立ち、体型、所作、声。そのどれもがまるで紙に書いた男の夢をそのまま出力したような「非現実的な美しさ」にあふれていた。

「いかがでしょう、ニャンメイさん。今宵は村の皆さんも呼んで、私の愉快な旅の話を聞くというのは。大丈夫、朝まで退屈は感じませんよ。」

「あら、まあ…」

ニャンメイが口を紡いだのを見て、ガロハミィは内心冷や汗をだらだらとかいた。しまった、美しさに見とれてブレーキの効きが悪くなったか。しかしニャンメイが黙りこくったのは別の理由だった。

「ガロハミィさんは、私たちを不気味に思いませんか?だってこんな…」

「ああ、その耳のことでしたか。初対面にも関わらずこうして会話ができる時点であなたのことを好きになるには十分です。むしろその耳は貴女の美しさのひとつになりえるほどかわいらしいですよ。」

その言葉を聞いたニャンメイは気取った態度のガロハミィをおかしく思ったような、それでいて安心したような表情を浮かべる。

「さすが旅人さんですね。私たちいらない心配をしちゃった。」

そこから同じように猫耳が付いた女性たちが家の外から出てきて、珍しい来訪者のもとへ近づいてきた。そこから村の男も含めてなし崩し的に歓迎会となった。

ガロハミィの宣言とは裏腹に、日付が変わるころには村人は全員寝静まった。念のためあまり目立たない場所で旅人と小さな案内役は情報整理をする。

「ふふふふ、随分と我々に対して友好的だったねえ。猫耳どころか猫なんてしばらく見ていなかったから話していてついつい興が乗っちゃった。…いや猫よりも猫耳の方が珍しいのかな?この場合。」

「ガロハミィ貴方、これが初めての探訪なのに色々話していましたね。」

「うんん?そりゃあねえ、俺だって同盟に入る前に色々旅してきたんだよ。」

「まあ集村の人を笑顔にしたんだから、今回の嘘は見逃してあげます。」

「噓じゃないのになあ~…」

「この一度滅びた世界において人に飼われている動物は基本的に家畜以外は存在しません。野良猫はそれこそ他の強い動物や異類に淘汰されています。よって同盟に入る前の探訪者として未熟な貴方が猫を見たというのはほとんど有り得ない。ガロハミィ、貴方は噓が下手だって私忠告したわよね?」

「うっ、…それでも現地民からの情報は得られたんだから、嘘は身を助けるのさ。」

「ええ。耳を生やした彼女たちは全員巫女であり、年は10歳から18歳までの21人。巫女は半年ほど前にこの近くで発掘された「透明な石」から生まれていたが、その最初にぴったり21個見つかってからその石は見つかっていない。」

「この集村に女の人がいないもの巫女に見とれた男の人に愛想つかして出てったからなんだねえ。確かに彼女たちはこの世のものじゃない美しさだとは思うけど、ちょっと無理がある感じだなあ~。」

「おそらく巫女の力か、それ以外の異類か、本当に現を抜かしていたか。なんにせよその疑問点を今検証するには情報が足りません。」

「判明している巫女の力としては、植物の成長促進だねえ。目の前で種から一輪の花を咲かせる所を見せてもらったよ。」

「だけどその後すぐにその巫女は眠っていました。おそらく力を使うと疲労が異常に溜まるのでしょう。」

「日照りの時は巫女が総出で雨乞いをしたらしいけど、う~ん…」

「眉唾物ですね。」

「ああいやツワズィね、そうじゃなくて。」

「?」

「なんか村の男たちの巫女への接し方がね~、召使いみたいだった?いや違うな…彼女たちが「奉仕すること」に対して嫌悪感を抱いていないというか…そこが引っかかってねえ。」

「それは最初に私たちに向けられた警戒心のせいでそう見えるのではないでしょうか。」

「そうかなぁ…」

軽快に進んだ相棒との会話だが、急に歯切れが悪くなる。なんとなく感じた「根本的な違和感」を言語化するために、ガロハミィは虚空を見つめて黙り始めた。何回か彼の物事を考察する様子を見てきたが今回もまた長くなりそうだ。ツワズィはガロハミィに助け舟を出すつもりで話題を少し変えてみた。

「巫女のルーツを探るなら1番怪しい代物が会話で出てきましたね。」

「ああ、透明な石ね。村長に見せてくれ~って頼んだんだけど流石に貴重なものだからそう簡単に今すぐには見せらんね~だって。明日…ああもう今日か、見せてくれるらしいよ。」

「用意周到ね。」

「まあねえ、…あっごめんツワズィ。」

「今度はどうしましたか?」

「深~く考え事してたらお腹が痛くなっちゃった。お手洗いいかな?」

◇◇◇



その人影は1人の旅人を監視していた。歓迎会が終わり外に抜け出したかと思えば何やらよく分からない独り言をぶつくさ言っていた。そうやってしばらく外にいた後で今は用意された家に戻っていったのでもう寝るのだろうか。怪しいよそ者だ。何をしでかすか…

「やあ、なーにしてんのこんな夜中に。」

「えっ…!?」

その旅人は自分の背後にいた。いつの間に自分の存在に気付いた?いや、それ以前にさっき家に入っていくのが見えたのに、いつの間に外に出た?

「腕時計を置いてお手洗いに行こうと思ったら、まさかこんな遠いところから監視されてるなんてねえ。単純に目が良い悪いの問題じゃなさそうだ、巫女ってのは本当すごいねえ。ああ大丈夫怒ってないよ。君は…初めましてだね?」

そう言ってガロハミィは暗がりの中で目の前の人物を見た。猫耳が生えている、巫女だ。喋り方から考えて年は巫女の中でも若い方か。しかしそこよりも目に留まる、他の巫女とは明らかに違うところを見つけた。

彼女は仮面をつけていた。そして服装も痩せ細った腕、肩までかかった白髪と相まって、他の巫女よりもみすぼらしく見えた。

『だが一部村人や他の巫女たちに疎まれている巫女もいる。』

ツワズィの情報を思い出したガロハミィに対し、目の前の少女は敵意を剥き出しにした。

「答えろ。よそ者。お前は何を企んでる。」

「ええ?俺は何も」

「嘘をつくな!どうせ他の巫女を独り占めにしてどっかに売り飛ばしたりするんだろ!ここに来るやつの考えなんてそんなもんなんだよ!」

「う~ん…」

一瞬困った顔をしたが、ガロハミィはすぐに悪い顔になった。

「ふっふっふ、我が計画がばれては仕方なーい…」

「やっぱりゲスなこと考えてたのか!よそ者め!」

「そうだ!私の仲良し計画!私はこの村の人たちと1人残らず仲良くなるのだ!」

「クソっ!…え?それだけ?」

「そ~うだ!それは君も例外ではないぞお~!」

「いや、そこからなんかあるだろ…オレら珍しい力持ってんだから巫女をこき使うとかさ…」

「だからさっき言ったじゃん、俺はここの人たちと仲良くなるために来たって。や~ばれちゃったな~よくわかったね~。」

「…なんで、見返りを求めないのに仲良くするんだよ。人間なら何でオレらに求めないんだよ。」

「そりゃあ、険しい顔してお話するより笑顔でリラックスして話した方が気持ちいいでしょう。ほら俺ってお喋りだからそういう環境づくり?みたいなの必要かな~って。どうせすぐに出ていくつもりだし、君たち巫女をどうする訳じゃないっていうのは覚えてほしいな。あゴメン、話のネタにはするかも。」

「せっかく村のみんなと仲良くなったんだろ、何で出ていくんだよ。ここにいればほかの所よりも食べるものには困らねえし、村の奴らだって歓迎するだろ。」

「…何が言いたいんだい?」

ガロハミィは相手の言いたいことを促した。糾弾するためでなく、この子のことを理解するために。

「この村の外に出て…旅に出て良かったって思うこと、あんのかよ。」

その問いにガロハミィは満面の笑みで応じる。

「うん!もちろん辛い事もあるけどね、その何倍も楽しいことがいっぱいさあ!」

少女にとって旅人が満面の笑みでそう言えることは、とても羨ましかった。

だから、精一杯の強がりとして、意地悪をした。

「お前さっきさ…オレとも仲良くしたいって言ってたよな。」

「ああ。」

「オレは村のみんなに嫌われてるんだぞ。それでもか?」

「もちろん。俺がその不仲に首を突っ込むのは野暮かもしれないけれどでも」

「これでもか?」

そう言って少女は仮面を外した。ぐちゃぐちゃという血と肉が掻き出される音と共に。

その顔は眼が抉れて、赤黒い眼窩が丸見えになっていた。

仮面の目にあたる部分には、代わりに鉄の針が付いていた。

彼女は悲鳴一つ上げなかった。まるで何度も仮面を付けたことがあるかのように。

「───」

「気持ち悪いだろ、ぞわぞわするだろ。一緒にいたくないだろ。残念だったな。仲良し計画は失敗だ。」

永遠に思えた沈黙の中で、先に声を上げたのは旅人だった。

「すまない。」

「は…?」

「君の嫌だという気持ちを汲めなかった私が恥ずかしい。友とは自然になっていくものなのに強要した時点で私の過ちだった。救済を受け取る側にもそれ相応の心構えが必要であることは分かっていたはずなのに、…未熟だな。まだまだ。」

「なんでだよ…よく分からないこと言ってないで素直にきもちわりいって言えよ。オレ自身がそう思ってるんだからお前がそう思っても仕方ないんだよ。」

「思わない。その傷は己に降りかかった苦難を、神から授かった試練を耐え抜いた証だ。それを私は気持ち悪いなど微塵も思わない。」

先ほどまでのおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、ガロハミィは厳かな佇まいで少女に寄り添う。まるで神にでも謁見するかのように。

「詳しいことは言わなくていい。君はこの集村で迫害されているのかい。」

迫力があるがどこか優しさを感じる声に、思わず答える。

「…うん。」

「君はこの集村を出たいと思うかい。」

「どれだけ出ることを考えたかわからねえよ。」

「じゃあ出よう。村のことも私のことも忘れて、自由に世界を見に行こう。」

「…お前の旅に着いて来いって言いたいのか。」

「違う。私が一緒にいるのはあくまでここを出る時まで、そこから先は君自身が歩いたり泳いだり、飛び立ったり漕いだり走ったりするんだ。」

「…」

「そろそろ戻らないと怪しまれるか…答えは今すぐじゃなくていいし断ってもいい。私が君に出来ることは友達になることではなく、いらないおせっかいを焼くだけだ。私は4日ほど滞在する予定だ。同じ時間にここに来るから返事を聞かせてくれると嬉しいな。」

「…」

「じゃあ、おやすみなさい。」

「キミじゃねえ、」

その場を立ち去ろうとしたガロハミィを少女は引き留める。

「ニャルシャグだ。お前は。」

「ガロハミィ。そういや名乗ってなかったね、すまない。」

「おいガロ、2つ俺の話を聞け。1つ、村を出て5分くらい歩くと道から逸れた坂になってる獣道があるよな。そこを下っていくと俺の家だ。他よりボロいし周りに家なんざ建てるやつはいねえからすぐにわかる。明日バレない時間にバレないように来い。色々話してやる。もう1つ。」

仮面を被り直したニャルシャグは毅然とした態度で「よそ者」に言った。

「オレに対してホイホイ謝んな。オレはまだお前を頼るって決めたわけじゃねえし、オレ「たち」は誰かに謝ってほしくて生きてるんじゃねえ。」

「オレたちは外に出たくて、ここじゃないどこかに行きたくて生きてるんだ。」

◇◇◇



「ほうほうほう、これが透明な石…」

「あまり力を入れすぎないようにお願い致します。大事な巫女の揺り籠ですから。」

「分かりました村長さん、慎重に慎重に拝見しますね…」

次の日の午前中、ガロハミィは村長の家で約束のものを見せてもらっていた。巫女たちがここから産まれたとされる透明な石、実物を見ると確かに丸く、手のひらに収まるほどの大きさであり手触りもざらざらしていない、透明でありながら上半分に赤い色がついている。普通の石よりもはるかに軽く、中に空洞ができている。

「やっぱり人工物…」

「えっ?今何と…」

「ああすいません、非常に美しい曲線だと独り言を…」

自分の予想がある程度当たっていたガロハミィから独り言が漏れる。自分の宿に戻り、ガロハミィはツワヅィと作戦会議をする。

「ツワヅィ、大体でいいからあの石が何で出来ているか分かる?」

「あれはプラスチックでしょう。世界が滅びる前の時代では容器や袋など、様々な用途で使われていたと記憶があります。」

「名前くらいは聞いたことあるなあ、強度はどのくらいかデータにある?」

「そうですね、あのタイプだと強い力で変形したり、最悪割れたりするかと。」

「ふ〜ん、…ちなみに異類の正体ってもう分かったりする?」

「管理番号:CN-1463。2つの組織による共同開発で生まれた人に尽くすことを目的とした異類です。不思議な力によって財団に損害を負わせたと記録にはあります。なぜそのような力を持っていたか詳しいことは不明ですが、まさか巫女として生きていたなんて。」

「ああ、やっぱり彼らは人に創られた存在か、違和感あったんだよなあ。」

「…ねえ、ガロハミィ。」

「んう?俺遅くまで起きてて眠いから手短にねえ…午後はゆっくりするつもりなんで…。」

「ヒトの男性個人とCN-1463が一緒に過ごした時間が累計24時間に達した後、男性はCN-1463に対して極度の愛情と保護欲求を抱きます。これはCN-1463と共に過ごすほどに強化され、個人が本来のパートナーや直系親族に抱く同様の感情を超える程に至ります。これはCN-1463の精神影響だと推測され、記憶消去による解消は不可能です。ただし、CN-1463が男性の身辺から離された場合、精神影響から次第に回復します。」

「えっえっえっ、何?つまり…」

まだ感情というものが芽生えているはずの無い機械音声が、心なしか焦っているようにガロハミィは聞こえた。

「今すぐここの集村を出ましょう。このまま1日経つと貴方も村の男性のように彼女たちの虜になってしまうわ。」

「…そんな。」

ガロハミィの脳裏に浮かんだのは、仮面の奥に隠された悲しそうな少女の顔だった。


◇◇◇


その夜、ニャルシャグは自分の家の前で人を待っていた。村の男どものように召使い扱いせず接してくれた人のことを。他の巫女のように腫れもの扱いせず見つめてくれた人のことを。

しかし、30分ほど待っても待ち人は来なかった。

やっぱり口だけだったのかな、自分たちが外に出ることなんてできなかったのかな。そう思いながら家に入ろうとした時、

「はあ、はあ、待たせたね…すまない。」

なぜかヒイヒイと息を弾ませながら、旅人が不意に目の前に現れた。まるで昨日自分の背後に回り込んだように。

「お前…」

「あれ?昨日みたいにびっくりしないの?」

「謝んなっつたろ。」

「ああ、そっか…はあ、はあ、…」

「それになんでそんなに息切らしてるんだ、確かにここは村から隔離されてるけどそんな遠い距離じゃないだろ。」

「そのことも含めて、誰かに聞かれるとまずいから一先ず中に入っても?」

「…そうだな、お前のびっくりした顔も見てえしな。」

ニャルシャグの言葉の真意を理解する間もなくガロハミィは家に入った。そんな彼らを出迎えてくれたのは、

「おー、あーうー、りゃあ~。」

「ごめんな。昨日といいひとりぼっちにさせることが多くなって。今日はほら。」

「めあー?ふぁー、ゆ~?」

「ああ、旅人のガロハミィさんだ。ほら、はじめまして。言えるか?」

「ふぁーしぇー、まーむ、めあ~。」

「よしよし、ちゃんと挨拶できるのはえらい子だ。」

年の頃はニャルシャグよりも少々幼い程度、ギリギリ10歳にいかないだろうか。しかし見た目に対して知能が追い付いていない。ニャルシャグよりもさらに痩せ細っている少女が汚い毛布の上で鎮座していた。

その少女は全身が火傷跡で包まれており、所々皮膚が爛れていた。右腕が大きな翼になっており、左腕は関節から先が無くなっていた。

『巫女が現れるより前に、その集村の周辺には鳥の異類の目撃情報があった。』

なるほど、何を以ってその鳥を異類だと断定していたか事前情報ではわからなかったが、こういうことか。心のどこかで冷静に分析する自分がいた。目の前の情報を処理し終わったするガロハミィに、ニャルシャグが言った。

◇◇◇



「まあなんだ、こんなきもちわりい奴がさ、きもちわりい奴を守ってたら嫌われるよな。この仮面はさ、被ると目がつぶれちまう代わりに普通は見えない悪霊が見える代物なんだ。その悪霊は夜の間だけ出て人を1人攫う悪霊で、巫女が総出で祓っても次の夜には復活する。」

「オレは他の巫女よりも使える力の量も種類も少ないから、仮面をかぶることに村のみんなは満場一致で賛成していた。お前は役立たずだから夜が明けるまで悪霊の気を引き続けろって。みんながぐっすり寝ている間に俺は何時間も村の外で走り続けた。」

「そんな日が続いたある夜に、オレは不思議な箱を見つけた。よりにもよって仮面を被った後になってオレの巫女としての力がほんの少しだけ発達して、具体的に何がどこにあるかは目がつぶれちまう前よりもよく見えるようになった。その箱は、悪霊が持ってる何倍もの瘴気を纏ってた。」

「次の日夜になる少し前にその箱の所に行くと、案の定悪霊がそこから出てきた。あの箱を壊せばオレは自由になれる。そう思って遠くから石を投げたりしたけど、全然効いてないみたいだった。途方に暮れた時に、その箱からいっぱい悪霊が出てきてオレに向かってきたんだ。ああ死ぬんだってぼんやりそう思った。」

「何かが箱に向かってとんでもない速さで突っ込んだ。その瞬間、箱が、…なんていうのかな。「内側に爆発した」みたいになって、悪霊も箱も消えた。残ってたのは、左の腕が無くなって色んな場所からブスブスって黒い煙を出しながら痛い痛いって泣いてるそいつ、メムラだった。」

「もう涙も出ないのにオレも悲しくなってメムラを抱きしめた。焼け跡が熱くって火傷したけどどうでもよかった。ギュッて抱きしめたり、火傷になったところを舐めたりしてメムラの苦しいって気持ちを少しでも無くしたりしたかった。そうしているうちに朝になってオレは村のみんなに悪霊はもう出ないから、オレとメムラを一緒に住ませてくれってお願いした。最初は信じてくれなかったけど何日かすると本当に消えたんだって分かってくれた。」

「でもみんなはオレとメムラ共々この村から出てけって言った。もう悪霊はいないんだもんな。今度こそ役立たずになった奴が連れて来た気味悪い人モドキと一緒に面倒見るなんて馬鹿らしいに決まってる。オレはその忠告に従ったよ。たまに捨てられた食べ物とか拾いに村に忍び込むけどな。巫女のみんながいっぱい作物を作るから、皮肉だけどその分食べ残しも多くて助かってる。」

「だってメムラをひとりぼっちにはできない。メムラは火傷関係なく元々頭が弱いんだ。その事実を知って分かったんだ、メムラと俺は同じだ。みんなに役立たずって言われ続けて、命を削るようなことを強制されてやっと誰かにここにいていいよって許される。」

「役割を失ったその誰かはこの世界で1人しかいない。オレを許してくれるのはメムラだけで、メムラを許すことができるのはオレだけなんだ。男に奉仕するのが巫女としては普通なんだけど、オレは普通じゃないから、壊れてるから、メムラのことしか大好きになれないんだ。」

◇◇◇



堰を切ったようにニャルシャグは言葉を吐き出した。そして一息ついた後に、

「だからメムラも一緒に連れて逃げたい。」

決意の宿った声で、有無を言わさない声だった。

「出来るか?」

その言葉の返答もまた、短いものだった。

「私に、彼女の名前を教えてくれたなら。」

「なんでだ…さっき喋っただろ。こいつの名前は───」

「君からじゃなく、彼女の口から聞かせてほしい。」

「家に入った時のやり取り見てなかったのか。こいつまともにしゃべれないんだぞ。」

「脱出に必要なことなんだ。…ねえ、私に名前を教えてくれるかな。」

ガロハミィは片羽の少女と同じ目線にしゃがみ、問いかける。少女は見知らぬ男に怯えたのか、小声で返答する。

「あぅ…めぇむらぁ。」

「メムラ、いい名前だね。私の名前はガロハミィ。驚かせちゃったね。」

そう言うとガロハミィはいつものような胡散臭い調子に戻って、

「ようし、君たちを脱出させよう!決行時間は今日の夜明け!それまで家の中で待機してて!夜が明けてきたらまた来るから!」

と意気揚々と言った。その宣言に対してメムラは同じく、

「うぉー!」

と意気込み、ニャルシャグは、

「はあ!?今出た方がバレずに済むだろ!何で夜明けまで待つんだよ!?」

と戸惑いを露わにした。

「逃げる時に足場がよく見える方がいいからねえ。」

「まあそりゃこいつもいるし夜に走るのは危ねえか…あっそういや何でお前遅れたんだよ。」

「いやあ~実はね?君たちと24時間以上いると俺が魅了されちゃうらしくて、だからここにいると村の人たちみたいになっちゃうって思って俺は昼過ぎにこの村を出たことになってんの。だからちょっと遠いところから来たってわけ。」

「マジか、じゃあ俺といるのもやべえんじゃねえか。」

「距離を置くと魅了が解けるらしいからしばらくは大丈夫。でももう君たちと長くは喋れない。相棒にお手洗いって噓ついてきたしもう行くね!じゃあ夜明けにねえ~!」

と言い残して客人はそそくさと家を出た。胡散臭い背中を見送りながらニャルシャグは、

「出るんだ…外に。」

とつぶやき、両手をギュッと握った。



そこからどんな気持ちで朝まで待ったか覚えていない。寝ぼけ眼のメムラを何とか起こしてガロハミィとともに朝焼けの道を走る。

「ようし、ここだあ。」

彼は海沿いの道で急停止した。ニャルシャグが何でこんな所で止まるんだと思ったものつかの間。ガロハミィが2人に向かって振り返り言う。

「いいかい2人とも。跳んだ先で私の部下が待機しているから彼らに「我らきざはしなり。」という合言葉を言いなさい。そうしたらそこに留まって生活するか、また別の所に跳んでいくかは君たちの自由だ。部下は少なくとも君たちを歓迎するから安心しなさい。」

「はっ?何言ってんだよ?部下?跳ぶ?」

何度もこの男には混乱させられてきたがここに来て1番の意味不明さだ。新しい単語がどんどん出てきて内容が全く理解できない。

「てぅぶー!?」

「そうだよう、…よっと。」

そう言うとガロハミィはニャルシャグとメムラをひょいっと両肩に抱えた。

「は?何して───」

「じゃあ二人とも、舌噛まないように気を付けてねえ~!!」

途端にガロハミィは人の体ではありえないほどの速度で加速した。目の前の景色が線になって迫って消える。風圧で飛ばされそうになるががっちり体を固定されているため風を顔面で受け止めている。髪の毛が引っ張られる。痛い。

「ぅひゃーーー!!」

「よーし、もうすぐゴールだ!!」

ガロハミィの目線の先を追うとはるか前方に海沿いの崖が見えた。といってもこの速度だったらすぐについてしまうだろう。ニャルシャグは先ほどの「跳ぶ」という言葉を思い出して、最悪の展開を思いついた。

「おい!まさかお前!お前えええ!!」

「ぐぁーーーろぉーーー!」

「なんだあいメムラあ~!?」

「あーーーがちょーーー!!だぁーーすきぃーーー!!」

「ハハハハハ!!それ、俺じゃなくてニャルシャグに言ってやんなよお~!!」

そう言うとメムラはニャルシャグの方を向いて、

「にぃーーしーーぐぅーーー!!あーーーがちょーーー!!」

「だぁーーすきぃーーー!!」

…あ。今しかない。

例え女同士でも。人間モドキ同士でも。誰からも許されなくても。この気持ちを今、伝えたい。よく聞こえるように仮面を取って、そして。

「オ、オレも!メムラのことが大好きだ!!───」

その瞬間2人の体は力の限り投げ捨てられ空を跳び、この次元から消え去った。

◇◇◇


『こちらエルマの同胞ギェムン。混乱していましたが合言葉を確認したため跳躍希望者2人の身柄をアトラルにて無事確保しました。しばらくはベッドで休ませて、然るべき異常性の対処をした後に2人が起きたら詳細を説明します。死亡偽装も済んでいます。』

「了解した。急な嘆願にも関わらず引き受けてすまないな。これからどうするかの具体的な方針は彼女たちに任せなさい。エルマに入りたいと言ったなら温かく迎え入れ、別の場所に行きたいなら色々な世界を見せてあげなさい。考える時間が欲しいならアトラルに住居を。」

『いきなり失踪中になってる上級司祭から連絡が来て数十分後に跳躍希望者の受け入れをしてほしいなんて、あなたは相変わらず言動も跳躍法もめちゃくちゃですね。事情を知っているのは私含めて数人だけということを考慮してください。』

「同胞の中には泳いで異世界跳躍する者もいるようだし、走って崖に身を投げて跳躍するくらいは普通だろう。」

『はいはいそうですか。それでいつその次元から戻ってくるのです。我々一同やきもきしっぱなしですよ。』

「少しの時間だがそっちに帰っただろう。」

『それは時間の進み方が違うアトラルに来て猫耳ちゃんの魅了の影響を早く脱するためでしょう?』

「…そうだが。」

『本当にその世界が気に入っているのですね。』

「ああ。私の性質上、地に足つけて教えを広めるほうが性に合っているんだろうな。

『分かりました。じゃあ今回みたいなことがあれば連絡してください。上級司祭の頼みならば尽力しますよ。』

「すまな…いや、ありがとう。遍く世界に女神エルマの救いがあらんことを。」

『遍く世界に女神エルマの救いがあらんことを。』

「…我らエルマ、遍く階、外なる星を視るトリックスターニャルラトホテプ手中の世界で嗤う舞台装置デウスエクスマキナ。」

「…いつか、ツワヅィに生きてる猫、見せてやりたいなあ。ネコ耳っ娘じゃなくて。」

◇◇◇



「いやあ、ごめんねえ。やっぱりどうしてもこういうときは1人でいたくてねえ。」

そう言いながらガロハミィは茂みの中から荷物を取りに戻ってきた。

「いえ、お構いなく。動物は排泄行為の際には警戒が緩むことは理解しています。それに私は5日前にあなたの端末になったばかりです。距離感が掴めていないのも致し方ないことかと。」

「いやあ、まさかあの村には男はそう長くいれないなんて、残念だなあ。」

「…」

「せっかく村のみんなも優しそうだったのになあ。」

「…」

「でもまあ、これから初めて会う同盟の皆さんへの良い土産話にはなるかあ。」

「…ねえ、ガロハミィ。」

「うん?」

「貴方今日の深夜にもトイレに行って、今朝起きたまたすぐにトイレに行ったわよね?」

「う、うんそうだねえ。」

「ガロハミィ、貴方…」

「な、何か…?」

「体は大丈夫?今日は早めに歩くのを切り上げましょう。」

「えっ?何ツワヅィが優しい。怖あい。」

「貴方のことを心配してのことです。」

「はいはあい、じゃあその分今日も頑張りますかあ。」

そう意気込みガロハミィはツワヅィを装着する。その一瞬、ツワヅィは聞こえない声で呟いた。

「本当に、噓が下手なんですから。」

「んん?なんか言った?」

「いいえ。さあ、今回のことを報告して同盟の先輩方への顔見せと行きましょう、新人さん?」

集村 - 61

友好度 - 中(住民が異類の精神影響下にいることを考慮した評価)

異類概要 - 人としての耳とは別に、もう一組の耳を持つ女性たち。彼女らは神通力に類似した力を持っており、創造主によってその力を以って男性に奉仕することを命題とされた。

コメント - 異類との共存は高い水準でなされており、異類の力によって集村も発展していた。しかし異類の「1日以上周囲にいる男性を魅了する」という力によって、集村の男性は女性を蔑ろにして女性に去られてしまったようだ。男性がこの集村に入る際は1日以内に立ち去るよう注意が必要である。

探索担当 - ガロハミィ




























ElMA-NAME2.png

U設定: #58|地域設定: 地球|言語設定:日本語

今日はこの世界で初めて、愛する隣人の救済の為に自らを省みず、新たな世界へと飛び立つ鳥を見た。それは2人の少女であり、友のために呪いの仮面を被りし猫の耳を持つ少女と、腕が鳥の羽になりし少女。彼女たちもまた、自らの意思で互いの救済を目指した。

そう、片羽がなくとも、あの子たちは跳べるのだ。

エルマ外教上級司祭:ガロスベクラウ=ヌグラスイア

追伸:最近腹痛が酷くなってきた。同胞諸君は腹とを大事にして、私のようにならないことを願う。

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