集村:71 - 響記"鎮魂歌の村"
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「ねぇ、ほんとにここから音楽が聞こえてくるの?」

穴が開いた虹色の円盤を指で回しながら、栗毛の女──ナガラは端末に尋ねる。

「データベースによると、音楽を記録して使うもののようですね。ただ、再生する機械が別途必要ですが」
「え、じゃあこれだけじゃ全然意味がないってこと?」
「……そういうことになりますね」
「やっぱり! 何なの、エスィのやつ、ガラクタを押し付けてきて……」

ナガラは、生来音楽以外にほとんど興味を持ってこなかった。幼いころの記憶には母の子守歌がかすかに残るのみで、物心ついた時には"同盟"の中にいた。"探訪者"の道を選ばず、大人に守られながら生きていく道もあった中で、彼女があえて茨の道を選んだのは、恵まれない幼少期の穴を埋めるためか、はたまた唯一のモチベーションである音楽を外の世界で探求するためか……。今となっては、本人にすら当時の気持ちを思い出せないが、ともかく後悔をしていないことだけは確かだった。

少女は舌打ちをし、同じ栗毛の馬にまたがると、いつもより強めに腹を蹴った。馬は突然の衝撃に首を反り返らせ、次の目的地へ走り出す。

「こらこら、八つ当たりはやめなさい、お嬢様」

少女の右腕に佇む意識──ウーが必死に少女をなだめるが、下がった口角が上がることはない。

世間知らずで気まぐれなナガラの相棒が、世話焼きに特化することは必然だったのかもしれない。いつしか彼は彼女を「お嬢様」と呼ぶようになり、不器用ながらも成長を続ける彼女を温かい目で見守ることが使命だと信じている。

「旧文明の音楽の手掛かりなんてめったに見つからないのですから、機器が手に入っただけでも良かったと思いませんか?」
「うっさい! わかってるっての……」

少女は俯きながら、さらに馬を走らせる。

◇◇◇


目的地の集村"ヴァータ"につく頃には、すっかり日が落ちていた。質素な木造の家が並び、真ん中に芝の生えた広場が存在する。規模は百数十人ほどと比較的大きい集村だが、決して裕福なわけではなさそうだ。彼女がこの村を目的地に選んだ理由は、他でもない「音楽を奏でる異類」の噂だった。

「おや、旅の方ですか」
「あ……ども、一応、吟遊詩人的なの、やってる者です」
「また吟遊詩人? 3ヶ月前ほど前にも来たんですが」
「え、本当ですか? その人ってまだ近くに──」
「近くも何も、まだ泊まっているんじゃないですかね」

いつものようにぎこちない挨拶をするナガラのもとに、突然大収穫が飛び込んできた。仮の姿として吟遊詩人を名乗り始めてから3年がたつが、いまだ本物に出会ったことがなかったのだ。少女の華奢な体が跳ね上がる。村民に軽く会釈をしたナガラは、宿へ突っ走っていった。

「すみません!ここに吟遊詩人の方がいると聞いたのですが!」

突然の来訪者の大声に、従業員はみな顔をしかめて少女のほうを見る。ナガラはようやく自分の場違いさに気づき、またやってしまったと頭をひっこめたが、ほどなくして一人の男が手を挙げた。ナガラより二回り上の、痩せこけて髭の生えた男だ。服の色もくすみ、所々強い皺と破れが見える。

ナガラの期待は完全に崩されてしまった。



「……さっきは、興奮しちゃってごめんなさい」
「いえいえ。僕も同業に出会うのは初めてですし、お気持ちわかります」
「アハハ、そうですよね……」

すっかり正気に戻ったナガラは、ほのかに放たれる古本臭を堪えながら、吟遊詩人に接近していった。

「僕、カマタリって言います」
「私、ナガラです。あなたも、音楽を奏でる"機械"の噂を?」
「……まあ、そんな感じですね」
「その機械が動いているところって、見たことありますか」
「はい、何回か」
「それってもしかして、旧文明の音楽?」
「もしかしたら、そうかもしれません。長いこと旅を続けていますが、ほとんど聞いたことがなかったので」

心の中で拳を握った。異類は当然旧文明の遺産なので、音楽を奏でるなら、それは旧文明のものとみて間違いないだろう。吟遊詩人への憧れは壊されてしまったが、音楽への憧れはまだ残っている。胸の高鳴りを抑えつつ、ナガラは続きを聞く。

「あれは、儀式をするときに使うものらしいです」
「へー。あなたはその儀式を3ヶ月も?」
「……うん、音楽が素晴らしいですからね。インスピレーションの塊ですよ」
「インスピレーション……もしよければ、歌をぜひ聴かせてください」
「もちろんですとも」

ナガラが大きく息を吸い込む。カマタリはおもむろに弦楽器を取り出し、旋律を奏で始める。



「ウー、ちょっと、流石にあれは……」
「シッ! 人が歌ってくれたものをあんまり無碍にするものではありませんよ」

歌を聞き終えたナガラは、宿の自室で布団に重くのしかかる。彼の歌は、誰が聴いても低質とわかる代物だった。唯一彼に残されていた歌への希望さえ、あっさりと打ち砕かれてしまった。

「いや、私は信じないよ。あんなのが旧文明の音楽だなんて」
「私もデータベースを調べましたが、どの曲とも一致しませんでしたね」
「データベース? そういうのがあるんなら、最初からウーが流してくれればいいのに」
「いやぁ、あいにくその機能は持ち合わせておりませんもんで。辞書に本が書けないのと同じです」
「ふーん……」

そう言うとナガラは、すぐに眠りについてしまった。

◇◇◇


翌朝、ナガラは村長の下へ挨拶に行った。

昨晩来たときはあまり注目していなかったが、どこに行っても村民の鼻歌が聞こえる。それほど音楽が生活に染みついているということだろうか。

「ようこそおいでくださいました。村長のクロイです」

想像より若々しい男が出迎えてくれた。服も他の村民より少し滑らかなものを着ており、一目で立場が異なることがわかる。

「は、初めまして……」
「あまり緊張なさらないでください。我々としても旅のお方は大歓迎ですので。」

ずいぶん物腰の柔らかい男だ。それが逆にナガラを緊張させる。

「あ、あの……これ、宿代です」

ナガラは用意してあった大きめの穀物の袋をクロイの前に出す。集村に宿が存在する場合、物品を村に納めるか、村作業を手伝うかが宿代の定番となっている。

「おお! 早速ですか。……うん、量も十分です。ありがとうございます」
「あの、ここって、音楽を流す儀式があるんですよね? 私、それに興味があって」
「はいはいはい、"鎮魂歌の儀式"のことですね?」
「チンコンカ? とは何ですか?」
「死者を弔う際に流す音楽のことですよ。これを目当てにこの村に来る人も多くてですね」
「死者……ですか。ということは、どなたかがお亡くなりにならない限り?」
「はい。ですが、残念ながらこの村はあまり寿命が長くなくてですね。結構な頻度で行われます」

なるほど。それで彼も若いのか? と考えたところで、ナガラはようやく自分の本来の目的があくまでも村の調査だと思い出す。疑問に感じたことは、差し支えなさそうであれば聞いてみるのがセオリーだ。

「あの、村長、結構お若い……ですよね。前の村長は?」
「……やっぱり変ですか」
「いえ、そういうわけでは」
「前にこの村を治めていた私の父は、私がまだ物心つかない頃に『音楽の道を究める』と言って旅に出たそうです。正直、父の顔は覚えていません……」
「えっ……」
「どうかされました?旅の方」
「いや、私も同じなんです。両親の顔を覚えていなくて」

クロイ曰く、その後は村長の座がクロイ自身に置かれながらも、実質的な政治は父の側近によって行われた。成長し、実権がクロイに移って間もないころ、疫病の流行で彼より年上の人間がほとんど亡くなってしまった。その間も集村が崩壊せず、団結を保っていられたのは、彼の父から受け継いだ儀式道具──すなわち異類のおかげだという。

「顔も知らない親」と「音楽」、思わぬところでクロイと共通点を見つけたナガラは、これまでの硬直が嘘のように心を開いていった。村の情報を聞き出すフェイズは早々に終わり、いつの間にか互いの親の自慢めいた話を始めていた。

「そうですか、そのお母さんの子守歌を目標に、歌を究めているんですね」
「はい。本当にそれしか覚えていないので。ところで、クロイさんのお父さんは、何故旅に?」
「……なんででしょう。明確な理由は分かりませんが、やはり儀式の音楽に影響されて、というところでしょうか」
「そんなに素晴らしい音楽なんですね、お母さん、よく許しましたね……」
「母によると、少し変わった人だったらしいですが、情熱が強く、何かを追いかけている姿がとても輝いていたと聞いています。なので、その邪魔をしたくなかったのでしょう。僕も、そんな風に何かに情熱を注げる人になりたいです」
「会えるといいですね、お父さん」
「はい、ぜひとも」

いつにない自然な表情を見せるナガラに、涙があったら流したいと言わんばかりに腕の端末が震える。

◇◇◇


滞在3日目、ついに儀式のときが訪れた。

星明り1つ見えない、厚い雲がかかった夜。芝の生えた広場に木製の簡素な祭壇が置かれ、女性の死体が仰向けで横たわる。村中の民がごった返す中、他の村民よりも少しだけ滑らかな服を着た若い男──クロイが、赤い手提げかばん状の器具──おそらく異類を持って壇上へ。異類の力に巻き込まれる可能性を考えて、ナガラは村民の集団から少し離れた位置で注視する。

「それではこれより、鎮魂歌の儀式を始めます」

クロイが異類を開けると、見知らぬ言語をしゃべる男の音声が聞こえてくる。ウーの翻訳によると、何かしらの行動を指示しているようだ。次いで、掌ほどの布がついた線2枚を取り出すと、死体の胸にそれを貼り付ける。また男性の声で指示が流れ──

来た。鎮魂歌だ。

地を揺らす太鼓の音、聴いたことのない楽器のハーモニー、突き抜ける男声の高音。カマタリのものとはまるで違う。これが旧文明の音楽、ナガラは何も言葉に出せず、ただリズムに合わせて体を揺らすだけだった。祭壇では長が死体の胸を執拗に押し続け、胸骨を破壊する。観衆も鎮魂歌の盛り上がりとともに熱を帯び、次々に甲高い声や叫び声が上がっていく。しかし、ナガラはようやく出会えた旧文明の音楽にただ身を任せるだけで、もはや儀式の内容など気にも留めていない。

曲がフェードアウトし、一瞬の無音が訪れる。突如、破裂音とともに死体の胸が吹き飛ぶ。どうやらこれが儀式終了の合図のようだ。涙を流し、次々と群がってくる観衆に手を振りながら、クロイは壇上を降りていく。ようやく平静を取り戻したナガラは、すぐさまウーにデータベースとの照合を求めた。

「ありました。管理番号1601-JP──」
「そっちじゃなくて、曲のほう」
「そっちですか? ええと……西暦1976年、スティービー・ワンダーの『可愛いアイシャ』です」
「1976年……そこまで古い曲じゃなさそうね」
「お嬢様、ちゃんと儀式見てましたか?」
「っ……。まぁ、多少は」

管理番号1601-JP。旧文明における人命救助装置の形をした異類だが、なぜか死人にも使えるらしい。流れる曲は、対象が直前に強く想起した事柄と関連しているとか。音楽によるカタルシス、応援の高揚感。なるほど、この異類が信仰対象となるのも自然な話だ。

ウー曰く、『可愛いアイシャ』は生まれたばかりの娘について歌った曲らしい。そういえば、儀式の前にやたら泣きじゃくっている男の子を見たような気がする。

「なんだか、あっさり謎が解けちゃったわね」
「どうします? 記録すべき情報はもう揃っていると思われますが」
「……もう一回儀式が行われるまで粘らせて!」
「そう言うと思いましたよ。わかりました、もう少し滞在しましょう」
「なんか、やけにすんなり許してくれたわね」
「お嬢様がせっかくイキイキしているんですもの。邪魔する気はございません」

その時、遠くから聞き覚えのある不快音が。ナガラは反射的に耳をふさぐ。

「あのクソ吟遊詩人、こんな夜中に……!」

どうやら『可愛いアイシャ』のカバーのようだが、似ても似つかないひどい音だ。風の噂で聞いたが、儀式の夜は毎日こうなのだという。これでは死んだ人も報われないだろう。

◇◇◇


翌朝、宿に村長の側近が現れ、カマタリをどこかへ連れ去っていった。側近はかなり怖い顔をしていたが、なぜか当のカマタリは嬉しそうな顔をしていた。

一方、ナガラは当初の予定から滞在期間を延ばすことになったため、村の手伝いをしなければならなくなった。女将に手伝えることがないか聞いたところ、台所作業のほかに「吟遊詩人なので歌で返してほしい」と言われてしまった。しかし、ここまで音楽が生活に染みついているこの村で、果たして自分の歌は受け入れられるだろうか……。一抹の不安を抱えながら、ナガラは広場で弦楽器を手にした。

一音目を口ずさんだ瞬間、水汲みの青年、畑作業の男、洗濯物干しの女らが一斉に広場に目を向ける。そう、音楽にしか興味がないナガラの歌声は伊達じゃない。旧文明の音楽で耳が肥えているはずの村民でさえも唸らせる実力の持ち主だ。気が付くと広場に人が集まり、こわばっていたナガラの顔も次第に安堵へ変わっていた。

演奏後、宿屋の女将が声をかけてくれた。

「いやー、素晴らしい歌声ね。あのひげ面とは大違いよ」
「アハハ……カマタリさんも普段ここで?」
「そうねぇ、最初は歌ってもらってたんだけど、今は力仕事だけやってもらってるわ。それでもあいつは勝手に歌ってるけど」
「やっぱり、みんな迷惑してそうですよね……」
「うん。さっき呼ばれてたのも、多分立ち退きのお話だろうねぇ」

ふと、誰かの鼻歌が聞こえてきた。これは……『可愛いアイシャ』?

「あの、昨日の鎮魂歌、あれが毎回流れるんですか?」
「いえ、そういうわけではないんだけどね。でも、よく聞く曲ではあるよ。誰かの親が亡くなったときに聞く気がするね」

やはり長く村に住んでいると、曲にある程度の法則性を見出すのかもしれない。鼻歌として定着するのも、おそらく頻繁に流れる曲のほうだろう。これは研究し甲斐がありそうだ。

ナガラは女将に片っ端から鼻歌を歌ってもらい、ウーに照合してもらった。『シー・ユー・アゲイン』は友人との別れ、『喝采』は恋人との別れ、『ストレイト・アウタ・コンプトン』は……何か悪いことをしたやつの曲。掘れば掘るほど興味がわき、女将が疲弊しているのに気づかないほどであった。互いにその場に座り込んだ瞬間、ようやくナガラは我に返り、またやってしまった、と自分をとがめた。

その日の晩、カマタリが宿に戻ってくることはなかった。

◇◇◇


翌朝、ナガラは悲鳴とともに飛び起きる。水を汲みに行った男が、川底に死体を発見したのだ。

死体は間違いなくカマタリのものだった。前日、クロイとの間に何かがあったのは間違いないだろう。皆は村長が彼を殺したという噂で持ちきりだったが、驚くことに誰も村長を責める者はいなかった。皆の尊敬の対象と、髭面の迷惑男、どちらに世論が傾くかは明白だろう。むしろ、あいつが排除されて済々しているような輩さえいたほどだ。

死体は側近によって川から引き揚げられた。流れは穏やかで、底が見えるぐらいの浅い川だ。傷はなく、腐敗は進んでいない。おそらく昨夜水死したのだろう。しかし、仮に他殺だとして、これほど浅い川に人を沈めるほどの殺意が村長にあっただろうか? 彼はただ迷惑なだけで、立ち退かせればよかっただけの話だ。それに、村にはほかにも自分という旅人がいるし、それなりに受け入れられていた(と自負している)のに、わざわざ遠ざけるような行動をとるだろうか? クロイは、本当にカマタリを殺したのだろうか?



ナガラはクロイのもとを訪れた。先日までの好青年は、頼りなさそうに肩を下げていた。

「ナガラさん……どうされたんですか?」
「あの、カマタリさんのことなのですが」
「……やはり疑ってらっしゃるのですね」
「いえ、逆です。だからこそ、あの日何があったか、本当のことを聞きたいんです」

クロイは顔をこわばらせ、ナガラのほうを向く。

「カマタリさんを呼んだのは、村を出ていくようにお願いするためでした。あなたも、なんとなく彼の悪評は知っているでしょう」
「まあ、そうですね」
「彼は怒るのかと思いきや、縋ってきました。私も村を守るために退けなかったので、必死に説得しました。その口論の中で、彼がぽろっと──」

言葉が詰まる。

「『僕は君の父だ』と、言ったんです」
「!!」

全身の血が、足元へ落ちた気がした。重苦しい空気が2人の間を埋める。クロイがあれだけ素晴らしいと語っていた父が、あの男……?

ナガラは必死に平静を取り戻そうとする。

「ちょっと待ってください、他の村の人は? 流石に前の村長の顔くらいは、みんな覚えてるでしょ?」
「疫病が流行ったときに、母を含め、父を知る年代の人は全員……」
「そうか……」
「完全に信じているわけでありません。ただ、あまりに突然のことに気が動転して、汚い言葉を吐いてしまった。『お前は私の父ではない』『死んでしまえ』と」
「でも、そこで手を下したわけではないんですよね」
「はい。しかし、状況からして、殺したも同然ですよ……」

吟遊詩人として失敗し、戻ってきた故郷でもぞんざいに扱われ、果ては息子にも父として認められなかった男が、どれほど惨めな想いだったかは想像に難くないだろう。川に身を投げたとしても不自然ではない。

ナガラは、彼の状況を自分と重ねざるを得なかった。もし自分の前に親を名乗る醜い人間があらわれたら、そしてその人を自分のせいで自殺に追い込んでしまったら……

「あの、多分カマタリさんは、あなたのお父さんではありませんよ」
「え?」

とっさに、思ってもないことが口から洩れる。

「いや、その、いくら何でも突然すぎますし、嘘をついてあなたに許してもらいたかっただけな気がするというか。亡くなったのも、川で足を滑らせただけかもしれませんし」
「……」

だめだ。こんな見え透いた誤魔化しでは、彼を、自分を納得させることなどできない。ナガラはもう一度息を入れ、思考を巡らせた。長い沈黙が流れる。彼の真意を今から確かめる方法、何周も考えたが、結論は一つしか出なかった。

「やりましょう。"鎮魂歌の儀式"を」

ほどなく同じ考えに至ったクロイが、ゆっくりうなずく。

◇◇◇


その夜。静まり返った広場にまた祭壇が置かれ、髭面の男性の死体が横たわる。

昨日あれほど集まっていた村民は、誰1人として広場に存在しない。殺人の疑惑について責めるものはいなかったが、神聖な儀式をよそ者に使うことには皆反対していたからだ。ただ1人、ナガラのみが遠くから見守っていた。

クロイはいつものように布を死体の胸に貼り付けようとするが、いちいち手が止まる。ナガラも、クロイの一手一挙動に胸を詰まらせる。貼り付けが終了し、ボタンに手を伸ばすものの、やはり止まる。クロイは一度手を下ろし、大きく息を入れ、目をぎゅっとつぶり、素早くボタンを押した。

"鎮魂歌"が流れてくる。地を揺らすようなリズム、聞き覚えのあるハーモニー、突き抜ける男声の高音──分析するまでもない。『可愛いアイシャ』だ。

クロイも、当然この曲が流れる意味を知っていた。異類の力に逆らえないのか、顔を下げる暇もなく儀式は継続し、カマタリの胸骨を圧迫し続ける。歓声はない前回あれほど揺れていたナガラの体も、彫刻のごとく止まったままだ。ただ、ソウルフルな旧文明の音楽だけが、透き通る夜の空気に響き渡っていった。

破裂音が鳴った瞬間、クロイは目を閉じその場に倒れこんだが、ナガラには駆け寄る力すら残されていなかった。

◇◇◇


目の下に濃い隈を抱えたまま、ナガラは身支度を完了させる。

「お嬢様、本当に良いのですか?」
「ええ、約束は『もう一回儀式が行われるまで』だからね」

別れを惜しむ多くの村民に対しては愛想笑いを作ることができたが、自分と同じ隈を抱えたクロイに対してだけは、表情を作ることができなかった。

「ねぇ、ウー」
「何ですか?」
「お母さんに会いたいと、ずっとそう思ってたけど、もしかしたら綺麗な思い出のままの方がいいのかな……」
「そんなことはありません。あなたのお母さまは、きっと本当に素敵な方ですから」
「……」

少女は、この心の中のしこりがいつか自分を強くしてくれると言い聞かせながら、いつもより弱めに馬の腹に足を入れた。

集村 - 71

友好度 - 高

異類概要 - 旧文明で使用されていた人命救助器具。適切な使用手順を踏むことで音楽が流れ出し、その音楽は使用対象が直前に想起したものに対応する。使用者は音楽のリズムに合わせて胸を圧迫し、最終的に使用対象の心臓を破裂させる。死体にも使用可能。

コメント - 集村-71は同異類を弔いの儀式に用い、信仰を得ながら村を統治している。異類が擬似的な熱狂感を生み出すというのもあるが、流れる旧文明の音楽そのものに感化される人物も、少なからず存在するようだ。

探索担当は、今回の探訪で自身の親について考え込んでしまっているようだ。この影響が悪い方向に進まないことを心から願う。

探索担当 - ナガラ
報告担当 - ウー

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