集村:91 - 彗記"流星をみる少女と犬"
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人類の文明が滅んで、いいことは全くなかったかと言われれば、そうでもない。

だがそれはあくまでも「ドブに突っ込んだら中からお金が出てきた」程度のものであっていわゆる不幸中の幸いと呼ばれるやつだ。こうなる前の23世紀の世界では高層ビルが立ち並び人間は多くの数が生きることができたし、人工の食べ物ならいくらでも用意できた。一言でいえば生きるのに快適だったのだ。今はどうだ。集村に入れられなければキャンプで野宿、異類は飼い主の手綱を離れ闊歩している。人にとっての快適さのかの字もない。

まあ、そもそも私自体人が栄えていた時代のことなんて文献と口伝でしか知らないんだけどね。実際に体験したこともないものを夢想するから羨ましいと思ってしまうし、実際は案外そうでもないのかも。

話を戻そう。では人類滅亡後の世界でいいこと、すなわちこの世界で気に入ってることとは何か。星空である。私はこの世界の星空が好きだ。ひんやりとした夜の空気が好きだ。月がぼんやりと光を放ち、何より流れ星が流れることが時々ある。(この世界で旧時代の暦など最早なくて同然なのだが)1か月に1回見つけることができ、半年に1回のペースでは流星群も観測できる。ぱちぱち、きらきらとした何十個、いや何百個もの光が弧を描いて落ちてくる。だが普通に考えてそんなに多くの流れ星が発生できるのはおかしな話なのだという。だから「あれほどの星を落とす異類がいるのかもしれない。」と、私の生まれた集村に来た"リーダー"は幼い頃の私に冗談めかして言った。それ以来、私の目標は「流れ星を作る異類」がいるのかどうかを確認すること。そしてそれが同盟に入った理由である。

「もう!エナちゃん、はやく寝て!明日は目標の集村に着く予定なんだから!」

私の右手首に巻かれた機械が夜とは思えないほど元気な声で語った。これが私の端末、名をショウという。知能は人間に換算するとおおよそ10歳程度。平仮名と漢字を織り交ぜた文章で画面に表示させたり、発声をする。私は今や絶滅危惧種である日本語話者であり、ショウはそれに合わせてくれている。ショウ曰く「にほんごって、おぼえるのがたいへんなんだね…」らしい。主に拙い音声会話がメインなので普段はつっかえずに話せるのだが、文章になると理解に少し時間を要する。

さて、何故人間よりはるかに優れているはずのオールドAIの端末がこんなに幼いのか。そんなものは容易に推測ができる。"リーダー"は、他の探訪者よりもひと回り年齢が幼いくせに"同盟"に入れてほしいと無茶を言った私が諦めるようにポンコツを寄越したのだ。そうに違いない。子供は大人が考えるよりも察しがよく、大人たちの事情を理解できるのだ。子供なめんな。というか私はもう大人だ。

「いよいよ僕たち、初めての集村訪問だね!うまくやれるように頑張ろう!」

「……さっきまで寝ろって言ってなかった?おやすみ。明日起きたら情報を確認しましょ。」

「あっそうだった……おやすみ!なさい!」

そう、明日が探訪者としての初仕事。"リーダー"が考えているような大失敗ではなく、大成功をしなくてはいけない。でも……正直不安である。


◇◇◇


「目標の集村まであとちょっとかな、じゃあ集村の異類の目撃情報をもう一回確認するから、歩きながらでいいから聞いてね!」

「今朝1回確認したじゃないの……」

「ダメー!「共通認識の徹底」は大人のミーティングで大事なことの1つなんだよ!」

「大人……ね……ふーんわかった。仕方ないから相槌くらいは打ってあげるわよ」

「えへへ、ありがとう!今回の集村では、村の中に神殿があります!その神殿と、中で暮らしてる神様が異類です!」

「神殿って言っても大きさはそこまで大きくない、というよりか中に入る手段が地下に続くひとつしかないのよね?」

「うん!地面の下に埋まってるみたいな感じだから、中に入った体感でしか大きさはわからない。木と釘で出来てるように見えるけど、どんな方法でも神殿は壊せないんだって!」

「建物型の異類は耐久力があって、破壊できないものが多いのよね。例に漏れず……って感じか」

「そう!そしてその中で生贄を捧げると出てくるのが、神様って伝えられている異類です!」

「外見的特徴は?」

「うーん……神様に出会った途端、生贄を神様が食べきらない限り神殿に入ることも出ることも出来なくなっちゃうからわからない。「何かがいる」ってこと自体は伝えられているから、見たことある人はいると思うんだけど..….」

「それか、その情報自体が村人の勘繰りすぎで本当は何もいなかった、もしくは建物自体が生贄を欲する異常性を持っていた。も十分にあり得る話よね。」

「……」

「ちょっと、ショウ?」

「すごいすごい!その可能性は気づかなかった!そう考えるほうが自然だね!さすがエナちゃん!」

「……褒めても何も出ないわよ」

普段なら褒められることは悪い気はしないのだが、今回だけは別の感情が私を支配している。

怖い。そう、怖いのだ。こいつは自分の言ったことに気づいていないのだろうか。私たちの仕事は異類の調査、そしてその異類は「自分のテリトリーに人が入った途端に食い殺す」、「食われるまでテリトリーから脱出することはかなわない」。それはつまり「死ね」と命じられたようなものだ。普通なら。

"リーダー"はきっと、私に達成不可能な無理難題を吹っかけて探訪者になることを諦めさせようとしているのだ。「死ね」ではなく「とっとと帰ってこい」というメッセージである。そんなの嫌だ。私はこの"同盟"で探訪者を続けたい。だからしっかりと異類をこの目で見て記録して、そして帰って報告しなければならない。成果を挙げなければならない。でも、そんな漠然とした目標よりも、より漠然としたイメージしか思いつかない「死」というものの懐に飛び込むことの方が、もっと怖い。

そんな考えを頭の中でいっぱいにしながら、時々ショウの話に相槌を打ちながら、前に歩いた。集村に到着したのは昼を少し回った頃だった。


◇◇◇


「これはこれは……いったいどうしたことだ。お嬢さん、いったいどこから来たんだい。それともはぐれた行商の子かな?自分の名前と、家族の誰かの名前は言える?」

「村長、その子"同盟"から派遣された探訪者らしいです」

「えっ、こんな小さな子供がかい」

「人材不足なんですかねえ、そもそもあちこちの集村の記録を使って何をやってるかわからない集団ですけど」

「嘆かわしいことだ、大人たちはどうして……」

最初に接触した村人に連れられて、村長の家に通された。ここに来るまでに村の一部を見ていたがいくらか気になったことがある。まずここの集村は村の中に畑を作るタイプのものだが、農具などがそのまま転がっていたり、何も植えていない畑が多い気がする。今は冬に相当するため殆どの作物が収穫されたなら納得がいくのだが、それにしたって荒れているような印象を受けた。

それは畑だけでなく、村全体の雰囲気からも感じ取れた。まだ日中だというのに外に出ている人が少なすぎる気がした。家も使われていないと思われるものがちょくちょくあり、その中には何やら赤い塗料がべったりと付いている家もあった。正直言って「不気味」の一言だ。それとも自分が元居た集村が特別活気があっただけで、普通はこんなものなのだろうか?

そして今、1人の村人と村長を前にして分かった。この村は飢えている。明らかに2人とも通常の成人男性よりもやつれていた。自分が目測で断言できるほどにだ。だがその割には村長の方は饒舌で、目は爛々と光ってすらいると感じた。村長と第一村人の"同盟"に対する陰口は長くなりそうだったし、あまり聞きたくなかったので手短に要件を済ませようと割り込む。

「あの」

「んん、どうしたんだい。あいや、どうなされましたか。えっと……」

「エナといいます。村に入れていただき感謝します。不躾で恐縮なのですが、この村に関する異類の話をお聞かせ願えませんでしょうか」

ただでさえ私の拙い敬語という概念を、ショウがさらに拙く翻訳して伝える。明らかに不思議な顔をしているが伝わっているのだろうか。

「異類、それはイガミ様のことでしょうか」

「おそらくそうかもしれません。そのイガミ様とはなんですか」

村長の話をまとめるとこうである。元々この村には地下神殿にイガミ様という異類が住み着いているという。地下への入り口は空き家の中に開通しており、普段は生贄を捧げる時でない限り内部への侵入は許されていないという。なぜイガミ様が人の生贄を欲するようになったか、今となっては定かではないがこの地に人が集村を作った祟りであるとか、うっかり神殿に人が入ってしまい人の肉の味を覚えてしまったとか、様々な憶測が飛び交っていた。

とにかく村人は生贄に怯える日々を暮らしており何も手につかなくなる始末、そうして狩りや農耕などが機能しなくなりつつあり、飢饉もまた発生寸前……であったが、どうも2ヶ月前から様子が変わったらしい。

「謎の肉が村に現れるようになった?」

「ええ、私たちには見たこともない獣の亡骸でした。私どころか村の人間は誰も見たことがない。我々はこれをイガミ様からの授かりものとして毛皮は布に、血肉は食料にしています。服にするには小さすぎますが」

「そして……その一部をイガミ様に返納するという名目で人の代わりに備えるようになった?」

「ええ、ええ。あの授かりものは素晴らしい。飢えがいくらか解消されたどころか、あれが現れてから思考が明瞭になり、まるで夕焼けの空のように真っ赤に染まるのです。その結果、やるべきことがはっきりとした。我々はこの授かりものを、イガミ様に返上しなければならない、と。そして返上するようにした結果、イガミ様は村人の生贄を欲することはなくなったのです。」

「神殿の中に入れば生きて帰ることはできないと聞きましたが」

「いいえ。神殿からすぐに出ていけばイガミ様もお咎めはなされませんし、生きて帰ってくること自体は可能ですよ」

「そうですか……その授かりものである獣の亡骸を見せてもらうことは可能ですか?」

「わかりました。いま少し村人と話してきます」

村長は一旦家から出ていき、しばらくの間静かになる。こんな子供が泥棒などするはずないだろうということなのか、見張りはいない。右手首のショウが小声で話しかける。

「とりあえず死んじゃうことはなさそうって!よかったあ……」

「……あんた、怖かったの?」

「うっ……うん」

「全く……しっかりしなさいよ」

「ごめんなさい……」

「……でも異類を警戒するっていう姿勢はいいことね。過剰に恐れないでってことを言いたかったのよ」

実を言うと、私もほっとしてるし。すごく。

「!わかった!」

「私はそういう宗教観に関してはあまり詳しくないんだけど、神様がくれたものの一部を神様に返還するっていうのが引っかかった。そういうのって珍しくはないの?」

「う~ん、宗教じゃなくて民族間に根付いた風習的な側面でいえば珍しくはないかなあ。大昔、23世紀より前にアイヌ民族って人たちがまさにその風習をしていたってデータがあるよ。狩りでつかまえた獣の骨を、川に流して神様の下に戻すっていうの。まさに獣は神様からの『恵み』だっていう考え方だよね」

「前例はあるんだ……でも異類だよね、何もないところから死体って」

「うん……赤色を信仰しているような口ぶりといい、明らかに僕たちが掴んでいない情報がある。出来る限り話を聞いてから神殿に入るか交渉したいね」

私たちが作戦会議をしているうちに村長が戻ってきた。

「お待たせしました。いやはやあなた達はちょうど運が良かった」

「どういうことですか?」

「あと少ししたら、授かりものを神様に返納するのです。あなたたちもついて行ってよいと話をつけてきました」


◇◇◇


確かに交渉の手間は省けたが、十分に情報が得られないまま異類と対面するのは痛い。だからといってここを逃せば次はいつになるかもわからない。私は成果を逸るあまり連れて行ってくれと言ってしまった。頭で無意識に「死にはしないだろう」と言い聞かせていたのだ。

「……ちゃん、エナちゃん?」

「はっ、はい!?」

「大丈夫?具合悪いの?」

「……ううん、そんなことない。それで今は……」

「神殿に向かう前に授かりものっていう動物の死体を見せてもらうんでしょ?」

……そうだった、にしてもこんな道端で待っているのは何故だろう。

「お待たせしました。これよりエナさんに授かりものの亡骸を見てもらう前にいくらか注意事項が存在します。」

そう説明するとなぜか村長は上着を脱ぎ半裸になった。突然のことに頭が思考停止する。村長は……なぜか体中に小さいとは言えない切り傷があった。

「授かりものには特殊な神の力がかけられています。1つは腐り落ちることのない防腐の加護、そしてもうひとつは近づくものの体を切り裂く裂傷の加護です。」

「なあるほど、死体が腐らないから出現した道端に置けるし、近づいたら切られるから道端に置くしかないんだ」

「…え?」

ショウは自分で解説した後で素っ頓狂な声を出した。私も見栄を張る相手がいなければ同じ反応をしていたかもしれない。フリーズした頭を動かそうと、脳に血を行き渡らせる。なんでそんな大事なことを最初に言わなかった?私たちはこれから切り裂かれるのか?

「……どういうことでしょうか、前者はともかく後者に対処法はあるのですか?」

「いいえ、ですからエナさんは遠目で観察をお願いします。そうしたら私が授かりものの脚を折って神殿に向かいますのでエナさんは出来る限り距離を置いて着いてきてください。」

心臓の音が一際大きくなり、一瞬立ちくらみを感じた。脳筋すぎる解決方法だった。いや解決すらしていない。これでは到底異類と「共存」しているなどとは言えない。だが……いや、だからこそ生きて帰り報告せねばならないと思った。正直この時点で頭に血が上っていた。

「着きました、あちらです。正直我々は見たこともない獣なのですが……エナさんはお分かりですか?」

説明を聞きながら歩いて目的地に到着する。やや小規模に拓かれた畑の区画、その隅っこに授かりものはいた。

やや茶色がかった毛色は最初にわかった。脚のつき方から四足歩行、そのまま歩くなら私の足首より少し上くらいの大きさか?尻尾も観測できる…

ここまで判断してぎょっとした。ほぼ同時にショウも気づいたらしい。

「えなちゃん、あれ……!」

「……うん、頭がない。すっぱり切り口が首にあたると思われる部分にある」

「でもでも……切り口が塞がってないのに……血が出ていない……?」

そうなのだ。遠目なのでぼんやりとしかわからないが、断面の真ん中にある真っ白な部分とその周りを埋めるハッとするような赤色。それがはっきり確認できる。そこに少しの出血もない。

「本で、読んだことある……猫って生き物だ、あれ。」

文明が崩壊した直後、異類が財団の手綱を離れ世界に解放された「異類過度期」では、既存の生命体はその多くが淘汰された。乳牛などの家畜になる生物のいくつかは生き残った人間が必死に保護していたが、それでも全種が今日まで生き長らえている訳ではない。家畜に適していない、「人間が見捨てた」種はなおさらである。猫もその例に漏れなかった。

その猫が定期的に村に現れるようになった?生き残りが大量にいた可能性もあるが状況が不自然すぎる。異類そのものか、異類に強い関連を持っていることは明らかだった。村長がやや離れたその死体に向かうため私たちのそばを離れる間、小声で作戦会議をする。

「シュウ!データベースに該当しうる異類はある!?」

「ネコ……欠損……頭部……これかな!?いやでも……!」

「どうしたの!?」

「1番それっぽいのがあるんだけど…報告書の内容自体が不明瞭で、記載されている正体が漠然としか掴めていないんだ……!報告書自体が異常性に曝露されている!でも少なくとも……あの死骸はネコじゃない……他の何かだ!」

「その報告書汚染って、私が閲覧したら直ちに影響が出るやつ?」

おそらく私が次に何を言うか読めたのだろう。それほどまでに短絡的な行動だったのがわかる。

「……ううん、ちがう。単純に文章がよくわからないものになるだけ。でも───」

「いい!構わない、私にも見せて!」

「だめだよ!だめ!僕が読みあげるから!要約はできないから、そのまま」

その時、非常に聞き覚えのある音が少し先で聞こえた。

肉を深くえぐる鋭い音。刃物の切っ先が肉から引き抜かれる音。

音のした方を見ると、村長が苦悶の表情を浮かべながら死体を抱きかかえていた。右脇腹のやや上辺りが、背面にかけてざっくりと切られている。ああ、おそらく服を脱いだのはこのためだろうなとぼんやりと、どこか冷静に考えていた。

今、頭を支配するのは青い星空ではなく、フラッシュバックする赤。

飛沫が顔の周りに飛び散り、悲鳴が聞こえるかつての光景。星を見るために夜ふかしをしていたのは、この悪夢を思い出さないためでもある。あったのに、思い出してしまった。

もう、村長の声にも、ショウの声にも私はまともな夢見心地でしか答えられない。


◇◇◇


「……あの」

「ごめんなさい、いささか衝撃的な光景でしたね……ですがこれも儀式のため、この集村のためです」

「この集村のため、ですか」

「はい」

「この集村、私が今のところ出会ったのは入り口で見張りをしていた人と村長のあなたの2人だけです。村の入口から村長の家、村長の家から畑、そして畑からここまで歩いても村人に全くあっていません。これはなぜですか?」

「それは……このように授かりものを持ち運びさせるため他の人間が近くにいると危害が及びます。そのため、村のものには儀式が終わるまで家にいるようにさせているのです」

「それならなぜ私が同伴してもよいという許可が下りたのですか?よそ者である私に。"同盟"を煙たがり、何より「子供」を遠ざけたがるあなた方がなぜ?」

「私たちは子供をそのように忌避してはいません。私たちは……」

「そうでしょうね。だがそれ以上に異類であるイガミ様と共存するのではなく依存している。この集村では授かりものが現れる以前には生贄を捧げていたと聞いています。」

「何を……!」

「村人に対する慈愛と異類への依存!2つの感情が混ざり合い歪んでしまったあなたは何人、犠牲にしたんですか。犠牲にしたのは大人ですか。それとも労働力としては未熟な───」

「あなたは!……知る必要はありません……」

「……」

「……それは、私も子供だから……?」

「い、今なんと」

「いいえ、何でもありません。」

子供だから、知る必要はない。

子供だから、黙って指示を受けていればいい。

子供だから、黙ってついてくればいい。

ふざけやがって。


◇◇◇


到着したのは、前時代の建物であっただろう名残がある崩れた建物だった。おそらく「鉄筋コンクリート」と言われる手法だか材質だかで作られたもの。そこの地下室に続く道を抜けると神殿であるという。

村長が内部へ入り、大声でこちらに来いと合図を出す。ショウも流石に様子がおかしいと感づいたのだろう。引き返そうと提案するが、私の真っ赤に染まった思考は短絡的な行動を許してしまった。中へと降りる。

内部は木造であった。それどころか地下室なのに窓がある。さっきまで時刻は夕暮れ前だったのに窓の向こうは何も見えない暗闇だった。光源がないため目が慣れるのに時間がかかる。建物の中央には猫の死骸が置かれ、村長は───

……村長は?

途端に黒い影に突き飛ばされる。顔面に鋭い何かが突き立てられ、ずちゃり。と音を立てた。熱い。熱い。熱い熱い熱い

「エナちゃん!エナちゃん!!」

数秒か数分間か、わからない。とにかく気を失っていた。

「ショ……ウ……?今……の……一瞬で何……が……」

「村長がエナちゃんを突き飛ばしてネコの死体の前まで移動しちゃったんだ!それで肝心の村長はハッチから脱出した!最初からここに閉じ込めるのが狙いだったんだ……!」

「猫……?」

「レナちゃん!大丈夫!?意識はあるみたいだけど打ち所が悪かったの!?それとも顔の出血が……!」

「顔……?しゅっ、けつ……?」

自分の顔を拭う。そこには真っ赤な自分の手のひらがあった。顔が熱い。頭の中がより鮮烈な赤になる。

「大丈……夫……眼球は……傷、ついてない……」

「大丈夫じゃないよ!早くハッチに……!」

よろけながら地上への扉を開けようとするがびくともしない。チラッと見ただけだが鍵などかかっていなかった筈だ。力が入っていないか、それとも……

「許せ。子供達よ。君たちはこうするしかなかった。私たちはこうするしかなかった。」

扉の向こうから村長の声が聞こえる。泣いているような笑っているような声で、明らかに正気ではなかった。

「村長!なに言ってるの!?ここを開けてよ!」

「もういい……いいよ」

「……エナちゃん?」

「元々、警戒……すべきだった……異類が狭い範囲に複数あって……何も起きないはずがない……化学反応と同じで……異類同士がぶつかり合って……確認されたことのない異常が新たに出てくる……」

「……!オブジェクト・クロス!?」

「財団では……そんな……なっ、名前……だったんだ……それで……おそらくこの集村には異常な……精神を歪める異常が……ある……村長も……他の村人も……犠牲になった子供達も……私にも……影響を……」

「そんな……ぼくは精神汚染を確認できてないよ……!?」

「……?元々……オールドAIの端末は……そこまで高性能じゃ……ないでしょ……あくまで……記録用なんだし……確認できなくて当然でしょ……とにかく……この集村に踏み入れたが最後……本人の思考を歪めて生贄、特に子供を捧げたくなる……そしてその異常を発しているのは……頭部のない猫の死体という異類を取り込んだ……」

「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」

私でもショウでもない別の「何か」の声が聞こえた。猫の死体が置いてある現在地よりもさらに奥、暗闇からそれはこちらを見ていた。

「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」

僕らは イヌだぞ 元気だぞ とっても寒いな 負けそうだ

こちらに向かってきている。目がないのに「何か」は「子供たち」を見据えていると瞬時に理解できた。

「エナちゃん!!奥にいるそれを見ちゃダメだ!下を向いて!」

「何か」はこちらへとゆっくりと近づいてくる。気を逸らそうと猫の死体を投げようとしたが想像以上に重い。小さな人間ほどはある重量だろうか。

「うっ……!」

憶測の上に立つ憶測ではあるものの、最悪の考えが頭をよぎる。この猫の死体は人々が飢え始めた直後に出てきた。人の肉を喰らうイガミ様が猫の死体だけはなぜか気にいった。ショウが言った「猫の死体ではない、正体が漠然としか掴めない別の何か」。

実際には小さな人間ほどの重量があるという最後のピースが真っ赤な頭の中でかちりとはまってしまう。まさか、まさか頭部のない猫の死体って、子供の───

「ハッチは開かない!別の出口を探さなきゃ!」

「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」

僕らは イヌだぞ 元気だぞ 熱が欲しいな ちょうだいな

「と、とはいっても奥に行ったらそれこそ……!じりじり交代していくしか……」

頭に血が上る。顔と共に頭の中が真っ赤に染まる。あつい。あついあついあついあつ

フッと、本当に僅かの時間、光源のない部屋に白い光が舞い降りた。思わず顔を上げる。

地下室に備えられた窓の向こう側。そこに私が見たかったもの───赤でも青でも緑でもない、黒を切り裂く白い流れ星が。落ちていた。


◇◇◇


「───なるほど"同盟"に入りたいと。確かにあなたは沢山読書して、その年頃では知らないような難しい言葉も、異類の知識も多く知っている。探訪者としても優秀でしょう。」

「でしょ!?なら……!」

「ダメですよ?」

「ええー!もう本の中だけの異類を想像するだけじゃ飽きちゃうわ!このままだと流れ星まで飽きちゃうかもしれないのに!」

「じゃあ君は流れ星を見るのが好きなんですね」

「ん~……そうかもしれない、し、そうじゃないかもしれない!」

「ええ……?どっち?」

「だって、あんなにたくさんの星が落ちてくるなんて不自然よ!頻度も一度に出てくる量も!……だからわたしは、流れ星をつくる異類があるかもって思ってるの。いえ!きっとそうよ!」

「それを、解明したいと?」

「解明……んん~……」

「ゆっくりでいいですよ。自分のこころにあるものを言語化する。大切なことです。」

「……いつも流れ星をつくってくれてありがとう、って言いたいかも」

「感謝の言葉を言いたい、ですか」

「あなたが教えてくれたことよ!"リーダー"!『私たちはどういう形であれ、共に生きている。だからこそ共に恐れ、共に歩み、そして共に知る』!」

「わたしはね"リーダー"!異類を壊したくない、管理もしたくない、なかよくしたいの!とても厳しい世界だけど、この世界ならそんな馬鹿みたいなことも、できる気がするの!」

「───ええ、ええ。きっとできます。そのきらきらとした両目と、その元気な両足と、その純粋で汚れなき心があれば、流れ星を作る異類……千の星を落とすふたりに辿り着き、仲良くできますとも。」

「ほんと!?じゃあ"同盟"にも…!」

「それは、あなたが大人になったらね」

「もおー!!」


◇◇◇


───そうだ。

そうだよ。

私は流れ星を作る異類に会うんだ。

こんな所で……

「こんな所で……終われるか……!」

私は探訪者。異類を恐れ、そして異類を見据えて、異類を知って、異類と歩むもの!

顔を上げると、真っ赤はもう頭の中から消えていた。熱くない。見えるのは青く寒い夜空、白い流れ星、そして───

「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」

僕らは イヌだぞ 元気だぞ 寒くて寂しい ひもじいよ

「何か」をじっと見る。ごぱっという音とともに、ふたつの丸い緑が表面に現れた。その丸は、さみしそうな感情を訴えていた。

「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」

僕らは イヌだぞ 元気だぞ 死んでいった 子供たち

「……そっか」

こいしかったんだよね?

さみしかったんだよね?

伝承でしか知らないあなた達の故郷に、帰りたいって思ったんだよね?

生まれた時からここに閉じ込められて、外で思いっきり駆け抜けたいのに、それすらできなくて、体が温まることがなかったんだ……だから、ただ衰弱していくしかなかったんだ……

「ごめんね、わんちゃん、ごめんなさい……」

「ワンワンワン……?……」

僕らは イヌで 元気なのに なんで あなたは泣いてるの?

終わってしまったものを掘り返す、それはきっといけないことだ。逆も然りであり、地下深くに埋められ、なかったものとすることも、きっと人間の裁量でやってはいけない。

私がごめんねと言ったのは、私自身も干渉できない、この異類は救えないからだ。それは単純な力不足であり、探訪者である以前に人が踏み込んで変えていいものではないから。

「でも、でもせめて……何もできなくても『祈ること』だけは……」

あなたたちが、少しでも、少しでも苦痛から解放されますように。いい方向へと向かってくれますように。と祈ることしかできないし、祈ることをやめたくはない。私は近づいてきた「何か」に全身を包まれながら、膝をついて両手の指を絡めて合わせていた。

「……ワン」

僕らは イヌだぞ 元気だぞ あなたが泣くと かなしいよ

顔を舐められた気がした。汗と涙と血まみれだったからなのだろうか。

気がつくと「何か」は流体になって、床の木目に染み込んでいなくなった。私の手には赤い首輪とが握られていた。名前が刻まれていたであろう、首輪にはめ込まれていたそこにあるはずのプレートは、抜き取られていたようになくなっていた。


◇◇◇


気がついたら、私たちは外にいた。地下に入る前からそこまで時間は経過していないらしく、もう少ししたら夕暮れがくるかもしれない空模様をしていた。ハッチはこちら側からも開かなくなっており、私たちはこれ以上この集村には居られないと思い、こっそりと誰にも見られることなく去った。

村人は私は死んだと思っているから追手は来ないだろう。だが距離を置くことに越したことはない。早めに遠くへと行きたいところだが、しばらく歩いて暗くなるギリギリまでに済ませたい作業があった。来た道の途中でちょうどいい……とは言えない大きさだが、一本の木に携帯していた青色の塗料で文字を書く。

村から外に出ることを許されず、自由になれなかった頭部のない猫の死体たち、おやすみなさい

この塗料は元々、私が森で迷った場合に気につける道しるべとして万が一持ち歩いていたものだ。

木の前で祈りを捧げる。間違った道へと向かうことなく、あるべきところへと迷いなく、無念が呪いになることなく、猫たちが行けますように。

なるほど、小さな子供一人を旅に送り出す不安というものが、少しわかった気がした。

歩みを再開する。もう全身クタクタだが夜のあいだも歩くことにした。ポツリと右手首の相棒が呟く。

「ごめんね、エナちゃん。」

「……?何が」

「エナちゃんが危険に晒されているのに、何もできなかった。それどころか冷静じゃいられなかったのに……相棒失格だ、ぼく。」

「ううん、逆に私が助けられたばっかり。あなたがいなかったらどうなってたかわからない……むしろ自分の未熟さを思い知らされたわ。……ていうかショウ、ひょっとしてちょっと日本語上手になったんじゃない?」

「ええ?そうかな……アハハ……」

「うん……上手になったよ……」

「……あっ!エナちゃん!流れ星!しかもたくさん!」

フッと空を見上げる。冷え切った空気と真っ暗な空に流星群が降り注いでいた。本当にこの世界は流れ星が多いなとつくづく感じる。

「ちょっとショウ、あなた私より流れ星に気付くなんてやるじゃないの。悔しいけど見直したわ」

「えへへ……ねえ、エナちゃん」

「うん?」

「実はね……僕も異類なんだ」

「うん……えっ?」

いやそれはそうだろう。オールドAIだって異類だ。そういうことじゃないのか?私はショウの言葉を、静かに待った。

「元々は『ネットワーク』っていう前時代に発展していた外に僕は生きていて、そこに『巣』を作ってた。でも世界が1回滅亡して、僕がネットワークで学んだことが全てリセットされたんだ。どうしようもなく傷ついて…その時に"リーダー"が保護してくれて、えなちゃんと一緒にこの世界を見て回りなさい。そしてもう一度学びなさいって言われた。」

「"リーダー"が……?」

「うん、だから僕は端末でもあり探訪者。そんな僕を君に任せたってことはエナちゃん、"リーダー"は君のことを認めていたんだ。"同盟"の1人、探訪者の1人として」

「そっか……」

「だからね、エナちゃん……」

「うん……うん……ありがとう……ありがとうショウ……」

子ども扱いするどころか、大役を私に任せてくれた大人がいた。

たったそれだけの事実なのに、涙がボロボロとこぼれていた。止まらなかった。それが当り前よと怒りたかったのに、格好悪く泣いていた。

「……ねえ、ショウ」

「うん」

「あなたの……本当の名前を……あなたの最初の飼い主がつけてくれた番号を……教えてもらってもいいかな……?」

満点の星が零れ、降り落ちる中で、私は確かにその名を聞いた。

集村 - 91

友好度 - 低

異類概要 - 頭部のない猫の死体と、生贄を求める異類と、生息する建物。集村では子供を積極的に生贄に捧げていたような発言が示唆されており、また実際住んでいる人もほとんど観測できなかった。異類と共存どころか、村としての体裁を保てているかすら怪しい。

コメント - 集村91に訪れることは非常に危険である。村人が異類の異常によって生贄を渇望している可能性が高い。何らかの対策か、そっとしておくのがいいかもしれない。

探索担当 - エナ
報告担当 - ショウ、もしくは管理番号:2000-JP

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

「……はい、確かに記録を受け取りました。ありがとうございます、ショウ」

「どういたしまして!端末として当たり前のことをしただけです!えっへん!」

「少し日本語が上手になりましたね?言いよどむことがなくなったし、報告書の言葉遣いも上手です」

「ええ~そうかな~?もっと褒めてくれてもいいんですよ~?」

「おおかた、形を持たない情報体の異類でも取り込みましたか?」

「えっ」

「おや図星?」

「そ、そそそそそんな~!……こと……あるかもしれないし……ないかもしれないし……」

「どっちなんですか一体……」

「……ごめんなさい、同じ『イヌらしいもの』だったのがとっても相性が良かったみたいで……」

「その異類が『犬そのもの』であったらそこまで『学習』しなかったでしょうに……"同盟"の探訪者は異類には?」

「過度に干渉してはいけない……」

「……あなたたちが成果をあげて生還してきてくれたことはとても嬉しいです。ですがそれ相応の処分は追って言い渡します。相棒のエナにそう伝えなさい」

「は、はいい~!すみませんでした~!」

「……はあ、道に落ちているものを食べる癖、矯正してもらわないといけませんね」

一匹の遣いが電子の道を元気よく走り去って行った後にごちる。思い浮かべるのは小さな少女の顔と、その先祖の顔。

「全く……誰に似たんでしょうかね、あの女の子は」

自ら創り出す氷塊の中に閉じこもり、幾度のコールドスリープを繰り返し、23世紀まで生きた「魔女」と呼ばれる女性。世界が滅びてからは見ていない。死んだか、どこかで生きているか、はたまた氷の中で眠っているか。

「エナの顔を見た瞬間、あなた自身だと錯覚するほどでしたよ。元々小柄であったのも相まって」

心を開いた人には無遠慮になり、歩きやすい服装でパタパタと歩き回り、寒い空気が好き。本当に生き写しだと思うほどだ。エナを保護するだけでなく探訪者として育てようと決心したのはその子の夢のためでもあるが、彼女の子孫だからという側面もある。

「そして何より、犬が大好きなのもあなたそっくりですよ。ナユキ・カモエ

歴史の旧友を思い出し、微笑む男が1人。この世界は今日も廻る。

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