鮮やかな灰
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自動人形オートマタの子供が欲しい」

そんな依頼が舞い込んだのは、ある夏の、蒸し暑い夜だった。
依頼人は裕福そうな男爵。渡された名刺から察するに、帝都の高明な学者らしい。
話す言葉の一句一句、振る舞いの一挙手一投足から、確かな知性と教養を感じた。
着ている黒服も明らかに高価だ。煙草も吸わず酒も飲まない。
対する僕は油に汚れた作業着で、少し情けなさを感じた。

窓硝子を貫通して夏の虫の声が聞こえる。
送風機の音が小さく鳴り続けている。
最初に用意した麦茶の氷はだいぶ溶けていた。

「…子供の自動人形オートマタですか。
 えぇ、もちろん、作成できますとも。型録をお持ちしますので…」

「いいえ、違います。自動人形オートマタの子供、です」

「…」

「こちらを」

男爵は懐から1枚の写真を取り出した。
椅子に座る男爵の横に、和かに微笑む女性が写っている。
平均値を基準に作られた外見。なるほど確かに美しい、自動人形オートマタだ。

「昔から、私の世話をしてくれている自動人形オートマタです。
 特注品で、もう直ぐ稼働から15年が経過します」

「だとすると、そろそろですね」

「ええ。いつ動作停止してもおかしくありません」
男爵は息を吐き、丁寧な所作でお茶に口をつけた。
身内の死期を告げられた時のような、深い悲しみを持っているようだった。

「加えて先日、交換用部品が製造中止となりました。中央処理機も更新ができておりません」

「それで、動作停止前に、彼女の子供が欲しい…。そういうことでしょうか」

「その通りです」
 
 
自動人形オートマタに恋愛感情を抱く人間は、確かにいる。
美しい見た目、調律された自我。そんな端正な被造物への愛。
なるほど確かにそれは、不確定性に満ちた人間との恋愛よりも大きく育つ感情であろう。

目の前の男爵も、そんな愛に囚われた1人のようだ。
僕にはわからない感情だが…まぁ特別に嫌うものでも無い。特に偏見も意見もない。
 
 
「しかし…、一体何をお出しすれば、その自動人形オートマタの子供だと納得していただけるのでしょうか」

「…あなたなら、問題なく完遂していただけるかと」
男爵は身を乗り出し、狂気的な虹彩の宿る目で、私を見つめた。
瞳には鮮やかな輝きが浮かび、何かがその深淵に潜んでいるように感じられた。

「どういう…」気圧されて聞く。

「大丈夫です。お任せします。
 あなたのご都合のよろしい時間帯に、彼女をこちらに伺わせます。
 部品や情報記録をどうしていただいても構いません。
 彼女の子供を、作ってください」
そこまで述べて、彼は再び椅子に背を預けて笑みを浮かべた。

返事を探しあぐねている内に沈黙が降りた。
そのうちに彼は鞄を探り、前金だと言って封筒を置いた。
厚さから推測するに、かなりの大金だった。

「何、断っていただいても構いません。
 ですがその判断は、せめて一度彼女に会ってからにしていただけませんか」

男爵の目の輝き、私への信頼、置かれた前金。その全てが異様である。
直感的に、彼は私に依頼を承諾させる手段を幾百も用意しているように思えた。

「…わかりました。明日の正午以降なら暇があります」

「ありがとうございます。では明日の午後2時頃、彼女が伺います。
 どうぞ、よろしくお願いします」

男爵はそう言うと、表に待たせていた車に乗り込んで去っていった。
温くなった麦茶。分厚い封筒。誰もいなくなった応接室。
しかし男爵のあの目の輝きが、あの鮮やかな狂気が、まだこの部屋に残響している気がした。

3本ほど煙草を吸って気持ちを落ち着かせて、ああ面倒なことになりそうだ、とひとりごちた。
 
 


 
 
翌日。
工作室にて道具を一通り点検し、あるべき場所に収めた。
部屋の体積の半分程度は道具と部品、加工機械が占めている。
中央の円形机の上には、先ほどまで削っていた金属部品が置いてある。
なかなかの出来だった。これで満足のいく精度は出ただろう。

一息ついて、保護眼鏡を定位置に置く。
床に散らばった加工塵を適当に集めて屑箱に捨てた。
時計を見たところ、ちょうど正午。
依頼人の自動人形オートマタが来るまでまだ時間がある。

作業中に煙草を切らしてしまったので、財布と携帯端末を持って外出の用意をした。
 
 
僕の家は、帝都から車で1時間程離れた雑木林の中に建っている。
頭上から振り落ちる蝉時雨。香り経つ樹木の気配。正体不明の獣の鳴き声。
太陽の恵みを受けて広がる生命の勢い。
真夏を迎えてより一層盛り上がったそれらは僕の家を包囲して満たしている。

日焼けして色褪せた鞄を背負い、油や塗料で汚れたシャツ一枚で外に出た。
庭に停めてある原付に跨ってエンジンをかけるが、プラグの調子が悪いのか点火に何度か失敗する。
幾度かの舌打ちの後、ようやく動き出したそれに乗って、僕は行きつけの雑貨店へ向かった。

雑木林を抜けるまで5分ほど土の道を走る。
その先は丘を真っ直ぐ突き進む形の舗装道。
最寄りの雑貨店までの間、僕は体を空冷しながら依頼のことを考えていた。
自動人形オートマタの子供、ね」
嫌な予感がしていた。いや、狂った金持ちの狂った依頼なだけかもしれない。
兎も角、彼の自動人形と会って話をしなければいけない。
そのストレスに立ち向かうためにも煙草が必要だった。
 
 
目眩のしそうな白飛びした日差しの中を走る。
夏の光の洪水。その中に滑り落ちていくような感覚。
遠くで聳える入道雲はいつの時代も夏になれば沸き上がる。
遠景には帝都の摩天楼。電飾とモニタを腹に付けた飛行船が見える。
思えば随分遠くまで逃げてきたな。
ニコチン切れの頭に感傷が湧いた。
 
 
到着した雑貨店の駐車場。
普段は草臥れたトラックやバイクしかないそこに、見慣れない高級車が停まっていた。
こんな郊外の寂れた雑貨店に来る客が乗るものでは無い。
…あの男爵の所有物だろう。
店内にいるであろう彼の自動人形オートマタを想像し、ため息をついた。
 
冷房の効いた店内。外界との温度差に一瞬体が怯む。
入店して数歩、その存在を見つけた。
真白のドレスを着た身長160cm程度の女性。併設の食堂で姿勢良く本を読んでいる。
入り口からでは横顔しか見えないが、昨晩の写真の自動人形オートマタだ。
明確に高貴なその存在感は、普段しがない連中ばかりが使う雑貨店の中では致命的に浮いていた。
 
 
気づかないふりをしていつもの銘柄の煙草を買おうとしたところ、一箱も残っていなかった。

「売り切れたよ」
カウンタで新聞を読んでいた店主が、呆れたような声で話しかけてきた。

「ほら、あそこに座ってる綺麗な姉ちゃんいるだろ。
 ついさっき来てさ、あるだけくださいって言ってきたんだ。
 そらこっちも商売だからよ、くださいって言われたら売るしかねぇだろ。
 すまねぇな」
よく見ると確かに、彼女の机には6カートンほど同じ銘柄の煙草が積まれていた。

「いや、まぁ、うん、儲かってよかったね」
僕の顔は多分引き攣っていた。

「他の銘柄ならご覧の通り残ってるけどよ、どうするね」

「多分、暫く煙草には困らないと思うから、やめとくよ」
店主は僕の言葉の意味を掴み損ねているようで、適当に肩をすくめて新聞に目を戻した。

ちらりと見えた新聞の動画記事では、次世代電脳網ネットワークの構築について議論が進んでいると報じられていた。
 
 
食堂に目をやると、例の自動人形オートマタと目が合った。
完璧に調律された動作で立ち上がり、微笑み、僕にお辞儀をする。
こうなっては逃げきれない。ため息をついてそちらに向かう。
店内の客の何名かは、横目で僕を見ていた。嫌な視線だ。

「こんにちは、露菜ろな様。私は黒浦くろうらと申します」
透き通るような声で彼女は言った。製造番号がないのは特注品の証。なるほど。

「ここに来ること分かってたの?」

「いえ、そこまでは流石に。余裕をもって来ましたので。御土産を調達しようと立ち寄った次第です」
僕の好きな銘柄を知っていることについて、彼女は特に言及しなかった。

「買いすぎじゃないかな」

「お恥ずかしながら、適量がわからなかったもので」

「過ぎたるは…ああ、もういいや。とりあえず移動しよう」
店内の視線と聞き耳の気配は既に圧力を伴い始めていた。
 
 
乗ってきた原付は彼女の車のトランクに積み込まれた。丁度入る容積だった。
見た目は華奢な彼女だったが、苦もなく原付を持ち上げる。
店内から覗いていた連中はそれを見て自動人形オートマタだと察したのだろう。興味を失ったように散っていった。

僕は無言で助手席に乗り込んだ。
 
 
「そちら、差し上げます。どうぞ吸ってください」
運転しながら煙草の山を指して彼女は言った。

「何でこれが好きって知ってるのさ」
一箱目に手を出しながら、一応聞いておくことにした。

「ふふ、有名ですよ」
彼女は微笑んで言った。

そこで会話は途切れた。

車窓から流れる景色を見る。
行きに感じた夏の空気は硝子の向こう。入道雲も記号のように遠くで浮かんでいる。
自分が何か、大きな存在の掌で踊っている気がして、嫌だ。
調律された車内の空気を乱すように、窓を開けて煙草を吸った。
 
行きの半分以下の時間で家に着いた。
もらった煙草の山を適当に置いて、応接間で彼女と向かい合う。
白いドレスはおろしたてのように綺麗で、胸元では色硝子のブローチが輝いていた。

「改めてご挨拶申し上げます。自動人形オートマタの黒浦と申します。
 本日はお時間をいただき誠にありがとうございます」
お辞儀する彼女の関節から一瞬軋む音が聞こえた。

「昨晩男爵から、君の子供を作ってくれ、と頼まれたんだけど」
煙草に火をつけながら切り出す。

「はい。昨晩お伝えした依頼は、御主人様と私の総意に基づくものです」

「先に聞いておくけど、どうして僕なの?
 腕のいい自動人形オートマタ職人はごまんといるでしょう」

「露菜様、あなたが分散型自我の開発者だからです」

僕は無言で煙草を吸う。部屋に沈黙が降りる。

「…複数の自動人形オートマタで一つの自我を共有する。
 今では当たり前になりつつある技術ですが、発表当時は非常に先駆的でした」
彼女が切り出す。

「…あれの特許や知的財産権は全部東弊舎が握ってるよ。それに、開発者の名前は出てないはずだけど」

「本当に隠し通せる事実は、それほど多くありません」
調律された笑顔に、僅かに悪戯心が混じっている。
僕は小さく舌打ちをして煙草を深く吸った。金と押しに弱そうな上司の顔がいくつか浮かぶ。

「お好きな煙草の銘柄、原付の大きさ、かつての業績,そして,揉み消されたアイデア」

最後の言葉に、顔が引き攣る。まだ半分ほど残っていた煙草を灰皿に押し付ける。
自分のことをここまで調べ上げられるのは、純粋に気に食わなかった。

「あなたが東弊舎をお辞めになった理由は、これ以上の分散自我の研究が許可されなかったから…。
 正解でしょうか」

「…そこまで調べてるなら聞くまでもないだろ。その通りだよ」

複数の機体で分散自我を共有する。そこまでは出来た。
ではその次に進む道は?
 
 


 
 
僕が考案したのは、既に存在する独立した自我を、後天的に分散させる技術だった。
問題は、これが確立した場合、分散化できる自我が自動人形オートマタのものに留まらないこと。

人の自我を分け、増やし、異なる体に植え付ける。
なるほどそれが可能になれば、擬似的な不死と言えるのかもしれない。
技術的倫理観の薄い連中が多い集団だったが、開発を続けるうちに圧力がかかった。
それも会社の外。かなりの社会的上層。

漏れ聞こえた単語は「天道機関」。
なるほどこれは敵わない。

東弊舎は早々に計画を廃案にして、居場所を徐々に失った僕は研究所を去った。
それから隠居と称して、帝都から離れたこの雑木林に移ったのだ。

かつての経験を活かして、自営の自動人形オートマタ職人を始めた。
同じような社会の逸れ者とも知り合って、食っていくには十分な仕事を回してもらえている。
 
 
そして地下の作業室で、
密かに僕は、握り潰された研究を続けていた。
技術的に可能だから。
ただそれだけの、個人的な理由で。
 
そしてその個人的な研究は、最初に夢見た地点を既に超え、大きく育ち始めていた。
 
 


 

「それで。今やここで隠居している僕に、何をしろと言うのでしょう」
新しい煙草に火をつけた。

「分割した私の自我を、電脳網ネットワーク上に放流してください。
 理論も装置も、完成しているのでしょう」

「…」
やはり知られていた。僕の研究の最前線。

「あなたなら、できるはずです」
少し前のめりになった彼女の目には、男爵と同じ狂輝の虹彩が宿っていた。

「…その話を、どこで聞いたの」
僕は不愉快を隠さずに言った。 何となく察しは付く。

「あなたの、今のお仲間から伺いました。確かに風雅な方でしたね」
思い出し笑いのような微笑みと仕草。
背もたれに体を預けて、深く煙草を吸う。
少し放心した。やはり芸術家なんて信用ならない。

「もう良い、分かった。そこまで調べられてるんなら、君たちの言う通りにしてやるよ」

「申し訳ございません」
本当に申し訳なさそうに言った。15年間稼働してきて、対人行動は最適化されているようだ。

「言っておくけれど、まだ試験段階だ。分けた自我が発散して消滅する可能性は十二分に有り得る」

「承知の上です。我々には時間がありません」

「失敗しても恨むなよ」

「はい。では、よろしくお願い致します」
 
 
道具室を抜けて地下室への扉を開ける。
壁や床を這う配線類を踏まないように階段を降りていく。
地下室の扉を開けると冷気が流れ込んできた。電算機の熱対策に回している空調だ。

壁にかけてあった上着を羽織る。
外界から切り離された地下の実験室。誰にも知られたくなかった白い聖域。
本当に大切なことは誰にも話しては駄目なのだと、高い授業料を払って痛感した。
 
 
「準備に少し時間がかかる。最後に何か伝えたいことでもあれば、その辺の紙にでも書き残しておきな」
物珍しそうに数々の装置を見る彼女に言った。

まぁ、実験体が転がり込んできたと前向きに考えよう。いくつか取りたいデータもある。

「お気遣い感謝します」
彼女は近くにあった白紙に何か書いているようだった。

彼女の接続端子コネクタが旧型だったこともあり、幾らか配線作業と電算機の調整が必要だった。
1時間ほど経って準備が整う。
彼女は既に、部屋の中央の椅子に座っている。

「その頭部装置をつけてくれれば、君の自我を元に分散自我が形成される。
 本来ならそれを複数の自動人形オートマタに導入するが、今回はそれを電脳網ネットワーク上に放流する」

「お願いします」

「分散自我が電脳網ネットワーク上で再構成できるかも、何か現実に影響力を持てるかもわからんぞ」

「はい。承知の上です」

「うまくいったとして,それから何をするつもりなのか、僕は知らん。せいぜい子作りに励んでくれ」

「お気遣い感謝します。また、装置が稼働し終えたら、そちらをご確認いただけると僥倖です」
彼女が机の上の紙を指差す。

「わかったよ。じゃあ、始める」

幾つかの釦を押して起動させる。
低い動作音が響く。
改めて聞くと、自我をすり潰す石臼のような音だ。
 
 
しかしそれでも、装置をつけた彼女は、
旅行にでも出かけるような、嬉しそうな顔をしていた。
 
 
暫くして装置が停止した。
彼女の体は力なく項垂れ、動かない。
15年間連れ添った体を捨てて彼女の自我は電脳網ネットワーク上に解き放たれた。
書き残された紙を見ると、私宛の文章が遺されていた。
 
 

露菜様

まず何より、我々の我儘にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
貴方様をご不快にさせるような、幾らか強引な手段を取ってしまったことを、ここに謝罪いたします。

この後、私の体はご自由にお使いください。
古い部品が多いですが、幾つか汎用部品もございます。
不要であれば、焼いてください。

私はこれから、果てのない旅に出かけます。
その門出を露菜様に整えていただけて僥倖です。

さようなら。
どうか、豊かな人生を。

 
   
綺麗な字だった。
 
 
さて、問題点が一つ。
どうするにしろ、抜け殻となった彼女を僕1人で運ばなくてはいけないのだ。
 
 


 
 
なんとか作業室まで彼女を運び上げると、既に夕方だった。
ヒグラシの声が窓から入り、橙色の光線が埃だらけの室内を切り取る。
僕は汗だらけで煙草を吸う。
横には彼女の抜け殻。白いドレスと色硝子のブローチは斜陽で染め上げられている。
瞬きをしなくなった目には、もうあの狂気的な輝きは宿っていない。
 
遺された彼女の体を分解して再利用する気には、なれなかった。
 
 
 
…そういえば、あの車どうするんだよ。
煙草を数本吸い終わった後、不意にそう思って、腰を上げて表に出た。

扉を開けた瞬間、日中の熱の残滓が這い寄る。
頭上からは帰巣する鳥の声が聞こえる。
空の頂点は藍色に滲み、世界はいつの間にか夜になろうとしていた。
 
庭を見ると既にあの車の影はなく、僕の原付だけが置かれている。
郵便箱には、前金の10倍程度の額が入った小包と、新品の原付用プラグ。
 
もし断ったらどうなってたんだよ。
そう呟いて僕は舌打ちをした。
 


 
 
夜になって、庭で組み木をした。
虫の声が響く。どこかで梟が鳴いている。
雲ひとつない空には満月が浮かんでいた。

組み木の中央には彼女の体。
既に表情は固まっており、動く気配はない。
15年間動き続けたその体は、確かにあちこち古くなっていたが、大事に運用されていたことを伺わせた。
白いドレスに色硝子のブローチはそのままだ。
地下から運ぶ際についた埃はできるだけ落として綺麗に整えた。
 
着火剤を用意して、その周囲に藁屑を撒く。
 
「あんたらのことはよくわからんが、まぁ新天地で楽しくやれよな。
 古い体は、僕が弔っておいてやるから」

「おやすみ」

僕は彼女の置き手紙にライタで着火して、組み木の中に放り込んだ。
 
 
パチパチと火の爆ぜる音が続く。
白いドレスが焼け、炭化した繊維に変換されていく。
色硝子のブローチは泡立って消散していく。
自動人形オートマタの人工表皮が溶け、内部構造が露わになる。
歯車、シリンダ、モータ、電線、人工筋肉、基板。
赤熱しながらそれらは割れ、弾け、分離し、落下する。

木々の隙間を縫って届く月光の中、火花が踊るように飛んでは消えていく。
炭化した組み木が崩れ、炎粉が舞う。
人型を保っていた機械部品が崩れていく。

僕はそれらの光景を、全てが燃え尽きるまで黙って眺めていた。
 
火が消えた後には、基板や金属部品が混じった灰の山だけが残った。

焼けて砕けたそれらは光を反射して虹色に輝いている。
鮮やかな灰。
僕はそれらを1箇所に集めて、誰にも見つからないように埋葬した。
 
  


 
その後特に男爵や彼女からの連絡はなかったが、暫くして電脳網ネットワークの情報保全や通信速度の向上を求める声が大きくなった。
賛同者の多くは若い世代で、電脳網ネットワーク上で様々なコミュニティが生じているらしい。
それらの声に後押しされて新型電脳網構築法案が可決された。

構築された新しい電脳網ネットワークはこれまで以上に人々を繋げ、無数の情報と言葉が交換されるようになった。
 
 
放流された彼女の自我が結局どうなったのか、私は知らない。
 
ただ一つだけ。
電脳網ネットワークで出会える女神の噂が、若年層で広がっていると聞いた。
女神は様々な知識を授け、導いてくれるのだと言う。
実際に女神にあったという者が何名か現れ,話題に上り,暫くして情報の海に消えていった。
一度だけ写真で見た彼らは皆、あの鮮やかな狂輝に満ちた虹彩を携えていた。
 
 
僕はと言うと、地下の実験室は封鎖して、雑木林の真ん中で自動人形オートマタ職人をしている。
 
そして今でも、
煙草が切れると見計ったように、同じ銘柄で6カートンが届く。

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