ある冬の昼下がり、人の少ないサイト-81NNのフリースペースに漂う沈黙を破ったのは、私たち二人に声を掛けてきた二人組の男だった。
「おぉ、ムニじゃん。来てたのか」
「うん、休み取ってヒナちゃんのとこにね。2人も休み?」
そう答えたのは、友人のムニちゃん 担意 無二。普段はサイト-8113勤務だけど、今日はこっちに遊びに来てくれている。
「まぁな」
「二人もこっち来てたんだ。言ってくれればよかったのに」
「それにしても久しぶりだな。去年の研修以来だろ」
声をかけてきた二人はハヤトとソウ。私たち四人は、同じ企業から財団に採用された同期だ。
「みんな別サイト所属になっちゃったからねー。今何してるんだっけ?私はフィールドエージェントだけど……」
「私もー。ムニちゃんがエージェントってちょっと意外だよね」
「俺は研究員職だな。んでソウは……」
「機動部隊。また見事にバラバラになったな」
そんなこんなで、一年間の他愛ない思い出話に花が咲く。画期的な収容方法を見つけて表彰されたとか、変人の博士が暴走して大変だったとか、みんな結構楽しそうに仕事しているみたいだ。このサイトは結構暇だから、ちょっと羨ましい、なんて思ったり。
そんな中、ハヤトが神妙な面持ちで切り出した。
「ほら、先週の、さ」
「ん、なんかあったっけ?よく知らないな……」
先週といえば仕事で少し遠くへ派遣されていたから、そのせいかもしれない。ほかの二人は知っていたようで、なにやら少し重い空気が流れる。
「えーと……もしかしてなんか偉い人死んじゃったとか?」
「ヒナちゃん……」
「え、あ、ごめんなさい」
ムニちゃんに名指しで咎められ、咄嗟に謝る。当たってたみたい。
「なぁ……墓、行ってみないか」
少しの沈黙後、ハヤトがそう切り出した。
「墓参りか」
いやいや、ソウ。買いかぶりすぎだよ。ハヤトは別サイトのお偉いさんの墓参り行くほど高尚じゃない。こんな事を言う時は多分……。
「肝試しとか言い出すんでしょ、どうせ。不謹慎だなー」
「まぁ、そういうことだ」
ほらね。
「場所は知ってるのか?俺たちには知らされてないだろ」
「管理官が話してるのを盗み聞きした。西研究棟から南西の方に行った先らしい」
なんという規律違反。処分受けるよ?ムニちゃんも気になったらしく、怖々と訊く。
「それ、行ったの知られたら怒られるんじゃ……」
「夜にこっそり行けば大丈夫さ。ムニだってわざわざこっち来てるんだし、行くだろ」
「でもほらハヤト。ムニちゃん、怖いの苦手なの知ってるでしょ?」
「そうだね、怖いけど……行く。うん」
おっと意外。絶対嫌だって言うと思ってた。
「めちゃくちゃ季節外れだけど……私だけ行かないわけにもいかないね」
「よし、じゃあ0時頃に西研究棟前な。懐中電灯は俺が持っていくから、ちゃんと暖かくして来いよ」
そうして、ひとまずの解散になった。
けど、なんだろう。なんとなく、嫌な感じがする。行っちゃいけないような、それでも行くべきなような。よく分からない感覚。
そんなモヤモヤを、私は頭を振って払い除けた。
夜、0時を少し回った頃。私たちはもう一度集まった。私とソウは手ぶら、ハヤトは言ってた通り懐中電灯を、ムニちゃんは……花を持ってきていた。こういうとこ律儀なんだよね。
と、ハヤトが持ってきた懐中電灯を見て、気づく。
「あれ?足りなくない?3つしかないけど」
「ハヤト、お前懐中電灯要らないだろ」
懐中電灯を配ろうとしたハヤトから、ソウが3本とももぎ取りつつそう言う。
「要るに決まってんだろ!」
「もう、悪ふざけはやめなよー」
ムニちゃんが仲裁に入る。まったく、変な争奪戦になっても面倒だし、私が折れておこう。
「じゃあ、私いいよ。取りに帰るのもめんどくさいし。ムニちゃんにくっついとくから」
夜目は比較的効くほうだし、それで問題ないはず。ひとまず三人で懐中電灯を分け合い、肝試しへと繰り出した。
しばらく無言のまま夜道を歩く。聞こえるのは風の音だけ。
「こうも暗いと、なんか出そうだな」
「やめてよ〜。怖いの苦手なのに……」
そう怯えるムニちゃんの足元で、茂みがガサガサと音を立てた。
「ひぃぃぃ!!!!!」
「怖がりすぎだよー!あはは、よく見てみなって」
そう促した茂みから、何者かがひょっこりと顔を出す。
「なんだ、猫ちゃんかぁ……」
そう、音の主は、少し汚れた白猫だった。
「ビビりすぎだろ」
「ハヤトくんが怖がらせるからだよ!もうー」
そう言いながらもちもちと猫を撫で回すムニちゃんがかわいい。お前もムニムニしてやろうか。
「ねぇ、何見てるの……?」
その声にふと我に返ると、猫とムニちゃんがこちらを見ていた。
「あ……あはは!猫がかわいいな〜って見てただけだよ」
なんか恥ずかしくてそう言い訳をしつつ猫へと手を伸ばすが、触る前に逃げられてしまった。にゃーん、と一声鳴いて白猫は走り去っていく。少し先でこちらを振り向いた猫を見ていると、突然。
すぅ……と、猫が消えた。
「え?」
目を凝らすが、猫の姿はどこにもない。
「ね、ねぇ……今の見た……?猫が……き、消え……」
「うん……見た。絶対消えた……。なに……今の」
「あ?何言ってんだよ、そんなわけないって。薮に戻っただけだろ」
「今度はガサガサとも鳴らなかったよ!」
「そうよ!ちゃんと見てないのに適当言わないでよね!」
「はいはいわかったわかった。急がないと帰るまでに警備員に見つかるから早く行くぞ」
心霊現象を目にしてやいのやいの騒ぐ私とムニちゃんはソウに適当にあしらわれる。絶対後で証拠見せてやる、と決意を固め、歩みを進めること数分。
「あともうちょいだな。ええと、あっちの方……」
「誰だ!」
私たちが来た方向から響く糾弾の声とライト。巡回中の警備員に見つかってしまった!
「ヤッベ逃げるぞ!捕まったら減給だ!」
「ちょっと!!!」
言うが早いか横へ走り出したハヤトとソウと、出遅れて奥へ逃げる私とムニちゃん。幸いにも、警備員はハヤトとソウを追いかけて行ったようで、私たちは二人取り残される。
「えーと……まぁ、とりあえず行こうか。ハヤトたちも逃げて先に着いてるかもしれないし」
私がそう言うと、ムニちゃんも無言で歩き出した。しばらくの静寂。そして、ぽつり、ぽつりと、独り言のようにムニちゃんが話し出す。
「ヒナちゃん……」
「なーに?」
「ヒナちゃんとはさ、会社にいた頃から仲良かったよね」
「そうだねー、同期の女の子って全然いなかったし」
「よく話も合うし、一緒に財団に入るって決まった時、嬉しかった」
「改めてそんな事言われると恥ずかしいな……ふふふ。……あっ」
「なのに……あっ」
ムニちゃんの持っていた懐中電灯が切れる。どうやらハヤトが電池切れかけのものを持ってきていたみたい。あのやろー、ムニちゃんになんてもの持たせるんだ。
「ヒナちゃんが見ててくれるはず……行こう。大丈夫、大丈夫……」
「うんうん、私はちゃんとここで見てるから安心しなさい!」
そう言って元気付けるけど、これ引き返した方がいいんじゃないかな……。私の心配をよそに、ムニちゃんは前へ進む。
「……ん、あそこかな」
暗闇の中に墓石のようなものが見える。多分そうだ。近づくが、暗すぎて墓石の名前は分からない。ハヤトたちが来ていないか私が確認している間に、ムニちゃんは持って来た花を供えていた。
「お花だけ置いて、早く戻ろう。ね、ムニちゃん」
「ヒナちゃん……」
しかし、ムニちゃんは墓前で屈んだまま動かない。
「ん、何?」
「ヒナちゃん……どうして……」
そう言ったムニちゃんは涙声だ。
「私、何かしちゃった?ごめんね?」
「どうして私たちを置いていっちゃったの……?」
言っている意味が分からない。私はここにいるし、そもそも目的地には着いている。置いていくって……どういうこと?
「な、なんか変だよムニちゃん?どうしたの?」
そう訊いても無反応。まるで、私の声なんて聞こえていないような、そんな感じ。
と、辺りが急に明るくなる。
「何やってるんだ!こんなところに一人で!」
大声で呼びかけられ振り返ると、さっきのライトを持った警備員がこちらを照らしていた。見つかってしまったようだ。それよりも、
「一人?」
どう見ても私たちは二人組だ。私が戸惑う中、ムニちゃんは何も気づかないように言葉を返す。
「ごめんなさい、でも、どうしてもここに来たかったんです」
警備員は走って近づいてくると、墓の方を一瞥して口を開いた。
「ここって……そうか、エージェント・幽谷の墓参りか」
「え?」
警備員の口から出た自分の名前に、私 幽谷 陽菜は耳を疑う。誰の墓だって?私?私はこうしてここに居るのに。
「この人何言ってんだろう、ねぇ、ムニちゃん……」
そう彼女の方を振り返った時、警備員のライトに照らされた墓石が目に入る。そこには確かに『幽谷 陽菜 之 墓』の文字が刻まれていた。
「嘘……どういう……。ねぇ、どういうこと!?」
叫ぶ私の声は二人に届かない。
「私、ヒナちゃんとは数年来の友人だったんです。それなのに、事故の事とかお通夜とか、全然こっちのサイトまで話回ってこなくて、お墓の場所も……それで」
「そうか……あれは悲しい事故だった。私も詳しくは知らないが……」
警備員が語る内容に、私の頭は悲鳴をあげる。任務での派遣。現れる異常存在。痛み。飛び散る肉。流れる血。消えてゆく体。死。死。死。
「私は……私は…………」
「……なるほど、さっきの二人もそれで……では、今回の件については、私がついていたということで三人とも不問にしてやる。弔ってやってくれ」
「ありがとうございます……」
「ムニちゃん……ハヤト……ソウ……みんな、私と話してたでしょ……?」
「あの、一緒に二人を探しに行ってもらってもいいですか?さっきも独り言でなんとか恐怖を紛らわせてたんですけど、やっぱり怖くて……」
「あぁ、わかった」
「待って……!ムニちゃん!私はここにいるの!気づいてよ……ねぇ……!」
虚しく響く私の叫びは、ハヤトたちを呼びに行こうとする二人に……
何かの気配を感じて、警備員が振り返る。
「なんだ、猫か……」
墓の前に、猫が一匹。じっと墓の方を見ている。
「すみません、ライトがないので先導をお願いします」
「あぁすまない、今行くよ」
振り向いた猫は、去りゆく二人を目を細めて見送ると、すぅ……と姿を消した。