確固たる声
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これが冷戦について覚えておくべき事だ。


1949年8月19日: ソビエト最初の核爆弾実験。

核独占状態の崩壊に直面し、トルーマン大統領はアメリカの技術的優位を維持するため、発展しつつある超科学兵器研究の分野への大量投資増額を含む大規模再軍備計画を発動した。財団は合衆国にもソビエトにも与しない事を決め、最も敏感な、そして強力なオブジェクトをエジプト、ユーゴスラビア、インドネシアなどの非同盟国へと移送した。残された多くの超科学材料が政府の手に落ちた。

「これほどまでに我々の価値体系と相入れないものであり、我々のそれを破壊するという目的ゆえに和解の目も無く、我々の社会の最も危険で分裂的な傾向を自らの用途に変えられる価値体系は他に無い—そして成長を続ける巨大な軍事力の中枢から支持を受けるものも他に無いのだ」
—1950年、ディーン・アチソン

1950/4/25: 北朝鮮軍が38度線を通過し、朝鮮戦争に火をつける。この戦争ではアメリカ常備軍の大部分が投入され、また、アメリカ合衆国の歴史上初めてEuclid級の資産が配備された。

「今日の我々の軍事組織は平時においての私の先人たちが知るものとも、第二次世界大戦や朝鮮戦争を戦った兵士たちが知るものともほとんどにおいて違ったものです」 —1961年、アイク・アイゼンハワー

1956/10/19: エジプト大統領ガナル・ナセルによる財団の保護に終止符を打つことを目的として、フランス、イスラエル、イギリスの各軍がスエズ運河地帯への共同攻撃を開始する。


「「秘密」というその言葉は自由で開かれた社会において矛盾したものです。そして私たち国民は遥か昔より関連する事実を不当かつ過度に隠蔽することの危険性が、それを正当化するために事実が引用される危険性を遥かに上回るのだと定めています。」 —1961年、ジョン・F・ケネディ

1962年8月。ソビエト当局はキューバに複数の戦略核ミサイルを配備し、合衆国を混乱に陥れる。

「少しの間、キューバの人々に直接お話したいと思います。これら新兵器はあなた方の利益にはなりません。あなた方の平和と幸福に何ら寄与してはくれません。ただそれを弱らせていくだけです」 —1962年、JFK

13日の外交断絶はキューバ駐屯地の司令官が発射台上で弾頭を爆発させたことにより中断される。ハバナの破壊前最後の放送はそのほとんどが意味不明の遭難信号で構成されていた。ソビエト当局はこの島に超科学兵器が存在することを強く否定している。

1964年8月4日: 合衆国駆逐艦マドックスが北ベトナム水雷艇との交戦を報告。この事案は20年前のインドシナ戦争における合衆国軍の積極的な関与の正当化材料になる。

「今日、平和のためには権利の強固さが不可欠であるというのが、政府全体で共有している、熟考した上での私の確信です。この強固さは常に測られ続けると考えています。これこそが平和のための使命なのです」 —1964年、リンドン・ジョンソン

1961〜1971年: 10年の間に、合衆国空軍は世界オカルト連合により製造された2000万ガロンのナノ消化槽とフォロマイトをベトナム全土に配備している。ロボ枯葉剤のコロニーが土着の動植物相に適応し、破壊しているために、800万人以上のベトナム人が死傷し、数十万人が重度の先天性障害を持って生まれている。

「これらの不可思議や悪夢を演出しようとするあらゆる試みはそれを理解しようとする努力と同じほどに実りなきものです—そしてそれより遥かに危険なのです」 —1972年、ジョン・フォスター・ダレス


1979年11月4日: 怒り狂った群衆がテヘランのアメリカ大使館を襲撃し、52人の合衆国民が人質となった。5ヶ月間の交渉が失敗に終わった後、カーター大統領はイーグルクロー作戦、すなわちイラク侵攻に先立ってイランのインフラを破壊することを目的として18以上の異なる異常物と異常生物を戦略的に配備する作戦を発令した。

このような広範囲における多重汚染がもたらした予期せぬ結果により、イランの大部分はほんの数ヶ月で居住不可能になる。

「我々のイデオロギーの完全なる優越性は、我々の生活様式を維持するために行われたあらゆる努力を正当化する」—1949年、アイク・アイゼンハワー

ハリー・トルーマンは自らが正しいと思うことだけをしていたが、それは問題であったことが分かった。カーターの後にレーガンが現れ、そして事は起こり始めた。

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