赤ずきん
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書物の残片から発見されたイラスト


赤ずきんは、ときおり自分がオオカミであることを忘れてしまう。1

そう、あの娘が、オオカミであるはずがない——レースのついた赤ずきんをかぶって、赤チェック柄のバスケットを手に持つあの娘がオオカミだなんて、そんなわけないでしょう?重そうなバスケットには色とりどりの果物が入っていて、お婆ちゃんだけでなく、部族のみんなにも分けるみたい。赤ずきんはいい子だね。

しかし、モフモフの耳とフサフサのしっぽが、彼女がオオカミであることを語っている。

彼女はただのオオカミではない。好奇心に富んだオオカミだ。ある日、果物狩りに森に出かけた時、赤ずきんは一本の色鮮やかなキノコを見かけた。キノコの傘には、冷たい露が降りている。赤ずきんは誘惑に勝てなかった。その結果、彼女は数日間昏睡してしまった。もちろん、別に悪い話ばかりではない。あの変なキノコを食べてから、赤ずきんは足元の土からキノコを生やす力を手に入れた。2

けれど、そんな好奇心は彼女に危険な目を合わせる時もある。


その日、赤ずきんはチョウチョを夢中で追いかけて、いつの間にか森の奥に入ってしまった。チョウチョは結局うっかり見失って、空も暗くなり始めた。誰もいない森の中では、フクロウの不気味な鳴き声だけが響き渡る。赤ずきんは怖くなって、バスケットを握って、一歩、また一歩とゆっくり歩いていく。

赤ずきんだから、鋭い牙のオオカミに食べられてしまうのが怖いみたいだね。

突然、目の前の植込みからガサガサとした音が聞こえてくる。赤ずきんはびっくりして、ぶるぶると震え出した。けれど、彼女は勇気を振り絞って、反応を伺うように小さく声を出す。

「誰か、いるの?」

「いるさ……チクショウ、あんなところに崖があるなんて……」

それは大人の男性の声だった。男は怪我した足を引きずりながら、植込みの中から出てくる。体中、擦り傷だらけだった。それでも、男は手に握る使い込まれた猟銃を手放さなかった。

彼は猟師なのだと、赤ずきんは思った。

赤ずきんに助けを求めようとする猟師だったが、彼女の黄金色の瞳に目を合わせた途端、キョトンとして言いよどむ。赤ずきんはこれに気づかず、焦った様子で男に声をかけた。「猟師さん、どうしたの?助けが必要なの?空が暗くなってきたし……オオカミも出るかもしれないよ——」

「オオカミならもう出てるじゃないか、目の前に。」猟師は彼女の声を遮って、ぶっきらぼうに呟く。「オオカミじゃ何の役にも立たないよ。」

「違うもん!赤ずきんだもん!」

「いや……どう見てもオオカミだろ……」

「わたしみたいにかわいいオオカミなんているわけないもん!」

……

二人は赤ずきんの正体について随分と長い間言い争っていたが、やがて猟師が先に折れた。「まあ、その……赤ずきんのお嬢ちゃんよ、ちと助けてくれないか。例えばちょいとばかり俺に手を貸すとかな。ずっと地べたに張り付いたままこの体勢なんだ。」

赤ずきんは喜んで猟師の体を起こす。彼女の柔らかい肉球に、猟師は思わず安心感を覚えた。赤ずきんと比べ、猟師の背丈はかなり高い。赤ずきんは猟師を支えながら、よろよろと彼女の住む小屋へ向かった。赤ずきんは部族のみんなとは別の場所に住んでいる。みんなと会うのは、食料を届けに行く時くらいだ。


薪が火の中でパチパチ鳴っている。猟師は暖炉に近づこうとしたが、赤ずきんに薬を塗ってもらっているので動けない。赤ずきんの住んでいる小屋は優しい雰囲気だった。温かい暖炉、妙な色の絨毯、そして一脚の古びたロングチェア。テーブルの上に、ティーポットがブクブクと泡立てている。その隣に積まれた美味しそうなお菓子の山に、猟師は思わずじゅるりとよだれを啜る。自分の獲物に助けられるなんて、人生はわからないものだ。

「お前、とてもオオカミには見えないな。」

「あなただって猟師には見えないじゃない。」赤ずきんはムスッとした。「わたしは赤ずきんなの。話を聞かない人には包帯をぎゅーっと強く締め上げるからね。すごく痛くなるからね。しないけど。」

「じゃあ俺が話を聞くとどうなる?ご褒美が出るのか?」猟師は興味深げに聞く。

「キノコのクリームスープを作ってあげる。ここにあるキノコでね。」赤ずきんは床からいつの間にか生えてきたキノコを指差す。

猟師は黙り込んだ。どうやら思うところがあるようだ。翌日の朝、彼は温かいキノコのクリームスープを堪能した。とろけるような味わいに、冬の胃袋は癒やされる。猟師は何回もおかわりをしてしまった。

「ごちそうさん……こんな美味いもんは久しぶりに食べたよ。」猟師はロングチェアに座って気持ちよく腹を撫で回している。

「本当?」

「酒場じゃこんなもの、無かったからな。所詮、猟師しか来ないところだし……国王様には毛皮を上納するように命令されてるってのに、報酬はこれっぽちしかねえんだ。百姓が納める税金とくりゃあ……もうひどいもんだ。圧政の中じゃ、腹は立っても口で言うなんてとてもできないぜ。」

赤ずきんは静かに猟師の愚痴を聞きながら、皿を拭いていく。「怖いね……わたしがあなたの国の人じゃなくてよかった。」

「そうだな……お前が羨ましいよ。」猟師は窓の外を覗くと、「雪だ」と声を上げた。

「時間があったら、雪だるまを作ろうよ。」赤ずきんは笑った、鋭い牙を露わにして。

「雪の色はきれいだが、お前の毛皮も雪のようにきれいだ——国王様がずっと探している白狼の皮なんだ。」猟師は心の中で呟く。「悪いな。俺は猟師だ。それに、お前は赤ずきんなんかじゃない。お前は赤ずきんにはなれない。」

赤ずきんを殺せば、大いなる富を手に入れるだろう。猟師の心の中で、善悪の天秤が傾く。


やがて、猟師の怪我は治った。彼は国に戻らなければならない。お別れの土産に、赤ずきんはいっぱいのキノコを猟師のかばんにつめ込んだ。

「また遊びに来てね。」赤ずきんは手を振った。

猟師はボルトを引いた。

「ずっと、お前には言いたかった。」猟師は振り返り、赤ずきんに向かって歩き出す。

「お前は赤ずきんなんかじゃない……白狼だ。誰もが狩りたいと憧れる白狼なんだ。」猟師の銃口が、赤ずきんの額に当てられる。

赤ずきんの視界は涙でぼやける。友だちに裏切られるなんて、とても信じられない。

彼女はオオカミじゃない。きっとオオカミじゃない。猟師の冗談に違いない。

猟師は引き金を引いた。

しかし何も起こらなかった。赤ずきんはぼんやりと猟師を眺める。脳天を貫く弾丸なんてどこにもなかった。

「だからお前はちゃんと自分を守らないとな、赤ずきんの嬢ちゃん。」猟師は銃を降ろし、屈んて赤ずきんを抱きしめる。「今度は俺が獲物になる番だ。」

「猟師さん……ありがとう。」赤ずきんは声を震わせていた。「わたし……わたしがオオカミだって……つい忘れちゃうの。」

「大丈夫、俺がいるさ。俺はもう行かない、いいな?」



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