20世紀、その終わり 【起承ノ編】
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2000年12月28日

年末、それはとにかく忙しい日々だ。特にこの魚名うおなとかいう黒髪の若い女、私生活がある程度ズボラなこともあり、仕事が終われば家の片付けや掃除に忙殺されていた。さらにはその仕事も年の締めということで、いつも通りというわけにもいかない。表向きでは警察組織に籍を入れているが、その実財団勤めのエージェントと二足のわらじ、いや、二足の鉄のブーツを履いている彼女は、今まさに地獄のような忙しさに身を焦がされていた。故に、年末は魚名にとってはいささかすわりの悪い時期だった。

「ああもう忙しいめんどくさい帰りたくない!新見あらたみ先輩、家の掃除くらい手伝ってくれても良いんですよ?」
「始業直前から男に自分の部屋の掃除を頼むな。日頃から掃除くらいしとけバカ」
「新見先輩はモノを買わないし溜め込まないからそんなことが言えるんですよ。片付けようと思っても途中で懐かしいものが見つかったら掃除やめちゃって、結局散らかるだけですし。馬鹿ですねえ新見先輩は」
「掃除やった後で浸ればいいだろ。あと俺は馬鹿じゃねえ」

なぜ人は年末には掃除をするなどとめんどくさい風習を考案したのだろうか。まるで師走という呼び名を流行らせたいがための策略ではないか。だとすればとんでもない真っ黒商法!やはり日本は度し難い。などと、魚名は色々ぶつぶつ独り言を呟いてデスクに向き合いPCのスイッチを入れた。朝7時59分40秒のことである。

PCは順調に立ち上がり、粗い色彩が画面を彩り始めたその時、8時00分00秒丁度、異常は現れた。

臨時ニュースです、臨時ニュースです。1998年7月4日未明、████さんはコーヒーを飲んでいたのではなく、紅茶を飲んでいたことが判明しました

と、PCの画面にニュースキャスターが現れて、そんな臨時ニュースが告げられた。と思えば、すぐに画面は元通りになり、PCの画面はいつも通りのデスクトップに変わった。警察職員は年末の朝一番ということもあり少なく、奇異の色をした目に曝されることはなかった。呆然という名の沈黙、しかしそれは2秒にも満たなかった。

「……新見先輩、見ました?」
「…………異常だ。魚名、財団に通報。俺は特事課に行くから車ん中で待ってろ」
「了解っす」

そうと決まれば2人の行動は早く、速い。新見と魚名は外出に最低限の荷物を持って、各々が向かうべき場所へ向かった。


公安特事課入り口───

「そ、ありがと、新見ちゃん」
「いえ、仕事ですので」

特事課の窓口のひとりである三和土たたきワタルは、その平凡な顔を緩めて新見を労った。しかし、新見の返事が少し気に入らなかったようだ。

「もう!そんな素っ気なく返事しちゃだーめ!そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」
「っ……いやまあ、どういたしまして……」
「んー、まあよろしい。じゃあ前置きはその辺にして、アタシが今回そっちに行かなかったのは、まあ他の案件で忙しくてね。ごめんなさいね」

と言うのも、特事課は異常を財団が知覚すると同時に三和土が新見たちの元へ来るのが普通だった。故に、来なかった場合は「特事課が予知できなかった突発的異常」もしくは「特事課が財団に知られずに処理したい案件」、「他の案件で手が塞がっている」のどれかである。こういった事態は稀によくあることなので、別段珍しがることはない。

「……他の案件、ですか」
「残念だけど、これ以上詳しくは言えないわ、これ、非公式だし、悪い人を捕まえるのは警察の仕事だからね。財団とは沢山協力したいとは思ってるのよ?でも協定は協定だから」

公安部特事課と財団は協力的な関係ではあるが、情報漏洩などの観点から接触は限定的とされている。情報の共有も最低限だ。公式で会うならばまだしも、非公式となると、さらに情報は絞らざるを得ない。それはヴェールが剥がれても同じだった。

「今日は残念だけど、アタシたち公安部特事課は財団にとっては役立たずね。一応異常の調査は独自にやっておくわ。要注意団体についても見ておくわね」
「ありがとうございます。では」
「どういたしまして。あの子によろしく言っといてね」
「了解しました」

新見は踵を返し、元来た通路を小走りで戻り、魚名の元───地下駐車場───へ向かった。


同刻、魚名は愛車である日産マーチの中で新見を待ちつつ財団へ通報しているところだった。

「───以上が、私の遭遇した異常になります」
『そうかい、ご苦労さん、魚名くん』

通話相手である丸山博士は、魚名と新見の上司のような存在だ。財団の博士というからには、それなりに能力はあるのだろうが、昼行灯のような一面が強く、どことなく頼りない中年の男である。

『んーとまあ、それに似たよーな異常が前にあったような気がするから、その資料貰いに来てよ。僕が用意しとくから』
「そう言うと思って、新見先輩が来たら向かいますよ。サイト-8198ですね」
『そういうこと。んじゃあ、待ってるから、交通事故起こさないように来なさい』
「了解です」

通話を切ると同時に、魚名の車のドアが開く。

「意外と早かったですね」
「公安部特事課は今のところ役立たずらしい。三和土が言うからには間違いないだろう」
「オネエ刑事がそう言うのは珍しくないですし、まあそんなことだろうとは思いました」
「そっちは?」
「似た感じの異常があったそうです。それを確かめにサイト-8198へ向かいます」

魚名はメインブレーキを外し、マーチを始動させた。少々小ぶりの普通車だが、5人乗りができる立派な自動車である。

地下駐車場を出て、あとは都心を出て北へ、サイト-8198へと向かった。


サイト-8198 丸山研究室

「おぉ来たね、こうして顔を合わせるのは3ヶ月ぶりだろうか。ささ、柿ピーでも」

サイト-8198の博士研究室は、よくある大学教職の研究室のような作りをしている。丸山研究室もその例に漏れない。そんな狭くも広くもある部屋の「面」と呼べるおよそ全て(もちろん床も含まれる)を、異常存在の報告書や実験結果を纏めた書類、概念伝達論や意識現実影響論の論文がぎっしりと撒かれていた。これには流石に魚名も顔を顰める。

「柿ピーはきっちり頂きますが、丸山研究室、前より汚くなってないですか?」

この前……3ヶ月前は、まだグレーの床が足の踏み場5つ分ほど覗いていた。が、今では白の長方形と黒のみみずしか見えない。丸山博士はカラカラ笑って魚名に視線を合わせた。

「わかってないなあ魚名くん、これは僕が最も手がかりを発見しやすい形なんだ。これ4回目くらいの注意だから柿ピーは1割カットね」
「えぇえ!?そんな御無体な!」

悲痛な表情を浮かべる魚名を「柿ピーなんざどうでもいい」と言わんばかりに押しのけた新見は、本題を切り出した。

「博士、本題に入りましょう。あの異常映像ですが……似たような異常が以前あったというのは?」
「あぁ、うん、その話なんだけどね」

丸山は1部の書類と1瓶の柿ピーを(床に敷き詰められた紙をずかずかと踏みしめて)新見に手渡した。

「……ありがとうございます」

言いたいことはたくさんあるが、柿ピー瓶はさりげなくスルーして、書類だけを手に取る。そして、新見の真っ黒な瞳は『SCP-XXXX-JP』と題された紙の文字を追い始めた。

「……XXXX?」
「あれ、知らない?正式に財団のオブジェクトとして登録される前はみんな『仮番号』としてこういった文字が振られるんだよ。これはね、正式にオブジェクトとして収容される前に収容する必要がなくなったオブジェクトの30年前の報告書」

SCP-XXXX-JP、クラスはKeter。映像の異常で、テレビの映像に一瞬少女が映るといった内容だった。映像の発信源は掴めず、偶発的に起きる映像異常としか分からなかったため、これには財団も収容しようがなく、カバーストーリー「放送局の手違い」を流布する以上のことはできなかったそうだ。
しかし、そんな異常も2ヶ月で音沙汰がなくなってしまう。同様の異常は5年以上経っても確認されず、財団はこれを正式なオブジェクトとはしなかった。

「Neutralizedじゃないんですね、新見先輩」
「たしかに、異常性が消失してもNeutralizedに再分類されるはずだな。解明された場合はExplainedだったか」
「Explainedは別だけど、特殊クラスは最近定義されたものでね、Neutralizedは20年前だったかな?とにかく、当時にはNeutralizedはなかったんだよ。だから仮番号のまま放置されてたわけ」
「結局、その割り込んできた映像の意味まではわからなかったんですね」
「まあ、そうだね。新見くん、その映像とこの記録、同じ異常だと思うかい?」

暫定報告書を読み終えた新見は、少し沈黙する。そして、一言、こう言った。

「……同じ異常かは分かりませんが、今回の異常は過程、ですかね」
「過程?」
「漠然としててうまくは言えませんが、あの臨時ニュースは結果ではないと思います」
「テレビだけならまだしも、ウチのPCにまで干渉してきたからには、電波が異常を持っている訳でもなさそうですね。画面という画面に介入する異常と見た方がいいでしょう」

結果、今揃っている情報だけではとても足りないことがわかったところで、丸山は「ちょっと失礼」と、魚名たちを押し分けて丸山研究室を出た。

「じゃあ、今日はこのSCP-XXXX-JPとの相違点探しだね。特事課とはまた後日にコンタクトを取ってみてよ。案外なにか上手く行くかもよ?んじゃ、そういうことで、魚名くん、新見くん、頼んだよ。僕は休憩あるから!」

そう言い残して、丸山は小走りで去っていった。

「えっ、ちょ、私達2人だけですか!?エージェントの一人や二人寄越してくださいよ!!何が悲しくてこんなカタブツ先輩と一緒に黙々と資料漁らないといけぬぁっ!」

抗議する魚名に「おう悪かったなカタブツでよ」と新見の鉄拳制裁が飛ぶ。

「いったぁい!冗談なのになにも頭をぶつことないじゃないですか!」
「いいから資料の読み込みと調査行くぞコラ」
「はぁーい……」

コントのような一幕はさておき、こうもなってしまえば彼らの行動は早い。さっさと己が調べるべきものを定め、資料室へと向かった。

2000年12月29日


臨時ニュースです、臨時ニュースです、1998年7月9日、ノヴォサドフ博士は車の鍵を見つけたので、タクシーを利用することなく車を使って出勤しました


「午前6時……2時間早まりましたね」

あれからというものの、ずっと資料室にこもりきりだ。テレビに関する都市伝説やオブジェクト資料を漁っては、「これはハズレ」を繰り返してきた。そんな中で午前六時、朝の眠気取りにコーヒーをすすりながら備え付けのPCに目をやると、臨時ニュースである。

「ノヴォサドフ……聞いたことがあるような……」
「財団の要注意団体スペシャリストですよ。トレイラー管理官とGOCの渉外部門長の調印式に同席している写真を見たことがあります」
「んなことよく覚えてんな……」
「しかし、そんな人がピンポイントで挙がるなんて……まあ現実というのは存外奇想天外なものですから、これが完全に偶然だといいですがね」
「人選は良いとして、臨時ニュースを流す奴は何がしたいんだ?」

疑問はそこに尽きる。昨日は名前が変なノイズで遮られて誰かはわからなかった。そう、明確な人選がなかったのだ。それが第二回になって名指しをしてきた。偶然ならばそれまでだが、逆に意図的であった場合、何故名指しをしたのか?なぜそこまで範囲を広げる必要があるのか?そしてこの異常を利用して何がしたいのか?何から何まで「動機」が不明瞭だ。しかし、ヒントは必ずあるというもの。

「二時間きっかり前、一秒の遅れもなく6時ジャストに流れましたし、時間帯については絶対に作為がありますね」
「このまま二時間ずつ遡っていけば、元旦になる瞬間に0時だな」
「元旦に0時放送ですか……あっ」

二人にひらめきの衝撃が走る。

「第一回、つまり昨日に1998年7月8日、そして今日は同年7月9日、元旦には……」
「7月、13日……」
「12日だバカ」
「言い間違えただけですぅ―!」

真顔で日付を間違えただけに、いつもひょうひょうとしている魚名も赤面して反論した。しかし新見は安定してスルーし、「それはそれとして」と、あごに手を当てた。

「7月12日、年と世紀の変わり目に1998年のその日を持ってくるってことは、どう見ても臭いな」
「ショパン・カルトの残党はまだ虫の息ながらも終末思想論者から妙な人気を得て活動してますからね……アレをショパンって言い張るのはさすがに目がナナフシじゃねーかって思いますが」
「それは節穴だ。とにかく、イベント・ペルセポネとこの放送は何かの関係があるとみていいな。しかし、肝心のショパン・カルトについて公安が感知していないのは妙だ。公安に公式で接触できるように博士に頼んだ方が良いかもしれんな」
「いえ、多分そんな時間はないですよ。あっちは官僚機構、こっちは財団です。多分元旦には間に合いません。それに年末ですし」

どうしたものか、という二人のため息。そこへ、聞き慣れた中年の声が割って入ってきた。

「やあやあやあ、進捗はどうかな?僕は論文ほとんど進まないんだけどね、わはは」
「丸山博士!?いつからここに……」
「ショパン・カルトが云々ってところから」
「丸山博士!もう、こういった調べ物はもう少し人手をよこしてください!」
「んーその話なんだけどね、僕の方でも調べてみたんだ。ここのPCは財団が管理してるから、私用の秘密ネットでね、こう、ちょちょいと」
「何か不都合な場所から情報でも仕入れてるんですか?」
「あーいや、まあ、電子掲示板なんだけどね、まあふざけてると思われたらたまらないし大きい声では言えないよね。で、そこで話題になってたんだけど、あの臨時ニュース、世界中の午前8時に流れたらしいね」

と、いくつかの紙を魚名に渡した。魚名の目は紙面に浮かぶスレッドのログを追う。

「日本はもちろん、西はアメリカ、北はロシア南は南極。超広範囲どころか世界規模にわたる異常……これ日本に犯人いない可能性もありますよね?」
「いや、それがね、一番最初に臨時ニュースが流れたのは日本なんだよ。概念伝達論からしても、日本を起点としている以上、犯人は日本にいると断言できるね」
「……本部は何と?」
「まだ何とも言ってないね。でも、多分介入はしないんじゃないかなぁ。ほら、イベント・ペルセポネみたいなあんな事態になっても、日本支部はその場に居合わせた合同演習中の機動部隊とエージェントしか寄越さなかったわけだし、突発的だってのはあったけど、本部も助力はできていなかったしねえ」

抱えていた瓶から柿ピーをちまちまと取り出して味わい始めた丸山博士は、「とりあえず、理事が何も言ってないから、このまま捜査してオッケー。じゃ、三和土くんには連絡入れといたから、公安に行くのも良いかもね」と、資料室を後にし、自分の研究室へと戻っていった。二人は丸山博士の珍しい手際の良さの感想を妙な沈黙を以って表現した。

「公安、行きます?」
「……まあ、ちょうど行き詰まってたところだしな。朝飯食ってから行くか」


朝の支度を各自済ませて、再び警視庁へ。行き先は公安特事課。入り口には、またもその平凡な顔つきからは想像もできない口調を持つ刑事がいた。

「三和土さん、おはようございます」
「あら!来るの早いわね、まだ朝の8時前よ……って、魚名ちゃんも来たのね!いつぶりかしら!」
「いやぁ3ヶ月ぶりですね!いっつも通報がこっちに来た時にはそっちから来たのに、今回は来なかったからちょっと心配したんですよ!」
「あらやだ心配だなんて、特事課もなめられたものね?」

魚名と三和土はいわゆる仲良しであった。魚名曰く「接しやすい」、三和土曰く「面白い」からだとか。常に厳しく教科書通りの距離を取る不器用な新見とは違い、攻めるべきは攻め、退くべきは退く人となりをした魚名の方が三和土とは波長が合うのだろう。

閑話休題、「早速本題に入りますが」と、二人の談笑に割って入った新見は、単刀直入に三和土へと問いかけた。

「ショパン・カルト残党に動きはありましたか?」
「どうして、ショパン・カルトの名前が出てくるのかしら?」
「今回の放送で、年越しの瞬間に1998年7月12日の臨時ニュースが流れることが予測できました。この日はイベント・ペルセポネ発生の日です。ショパン・カルトが関わっている可能性が高いと、自分らは見ています」
「……なるほどね、簡潔にお答えするわ。答えはノーよ。断言するわ」

三和土は嘘をつかない。言えない事情があるならば曖昧な答えにするし、はっきりしていることはイエスかノーをはっきり示す。てっきりイエスと言うかと思った魚名たちは、すこしうろたえた。

「ショパン・カルトは今回無関係、ですか?」
「特事課が生まれて結構月日が経つし、その中でたくさんの異常存在に関わる団体を見てきたけれど、その中でもショパン・カルト残党は相当な注意対象よ。今は他の組織の監視に注力してるけど、特事課は常にアイツらを見張ってるわ。でも動きは見えなかった」
「今回の騒動がショパン・カルトの案件ではないとして、じゃあ一体……」

困ったことになった。ショパン・カルト絡みでないとするならば、イベント・ペルセポネにかかわることを日本で何故行うのだろうか。日本でそれ絡みの異常を起こすのはてっきりイベント・ペルセポネを日本で再演するのが目的かと二人は思っていた。ならばカオス・インサージェンシーか?

「……CIはどうなんですか?」
「そっちも今のところ何も」
「じゃあ、組織的なものではなく、単独の行動か……?」

特事課は要注意団体を監視してはいても個人レベルの監視は要注意団体のメンバーだけにとどまる。それらとゆかりのない個人を監視していないのだ。単独犯であった場合、特事課の支援はなかなかに難しいものになるだろう。

「……そうくれば、アタシたちは本当に役に立てない可能性があるわね。申し訳ないわ。でもありがと、私たちの捜査方針もこれから定まるでしょうし、これから情報は最低限共有していきましょ」
「了解しました。では、これから警察の仕事があるので」
「またね~三和土さん」
「じゃあね~魚名ちゃ~ん」

結局、財団は財団で、特事課は特事課で動くしかないのだろう。これから元旦までの行動方針は決まった。即ち、「SCP-XXXX-JPとの関連性を丸山博士と話し合い、イベント・ペルセポネに関係する日本人を調べる」ことだった。しかし、今日も二人して警察としての職務がある。調査を進めるのは公務の傍らになるし、サイトへ帰るのも遅くなるだろう。二人はおおよそ一般の人々とはまた違った理由で「早く帰りたい」とぼやいた。

結局、サイトに帰るころには、午後7時を回っていた。


サイト-8198

「お、お帰り。どうだったかな?」
「単独犯の可能性が高くなりました。かえって犯人が何をしたいのかわからなくなりました。それに、SCP-XXXX-JP以上に類似したオブジェクトは日本支部には無いと思います。画面介入異常だなんてピンポイントなオブジェクトが複数あったら困りものですけど」
「それは大変だったねえ、魚名くん柿ピー食べる?」
「食べます……疲れた……」

丸山研究室の面という面に散らばった紙を気にすることなく魚名はずかずかと乗り込みソファに倒れこんだ。徹夜した上仕事までしてさらに運転をしたものだから、相当疲れていたのだろう、そのまま寝息を立ててしまった。

「あれ、魚名くん?柿ピー……」
「今は寝かせておきましょう。どうせ起きてもあの状態じゃ血迷ったことしか言いませんし」
「まあ、そうだね。じゃあ君から話を聞こうか」

丸山は研究室の扉の前で立つ新見に向き直った。

「新見くん、今回の事件について、結構情報が出てきたと思うけど、どう思うかな?」
「犯人は単独犯。イベント・ペルセポネにかかわる重大な事件を元旦の直前か元旦に移行した瞬間に引き起こすのが目的でしょう。おそらくそれまでの臨時ニュースは状況を整えるためにあるかと」
「……SCP-XXXX-JPについての関連性は?」
「魚名の言った通り、今回の異常と最も似ているのがSCP-XXXX-JPです。あの異常を人間が操作していると見ていいかと」
「なるほどねぇ、つまり、SCP-XXXX-JPにはプラットフォームのような場所があると考えても無理筋とは言えないわけだ」
「逆説的ではありますが」

丸山は少し考えこむ。二重顎に手を当てて、ふにふにと揉んで、思考を整理する。

「そうだねえ、重大な事件というのは、一体どんなことだと思う?これはまあ、感想を聞くようなものだから、確たる証拠がなくてもいいよ。気楽に答えてね」
「正直わかりませんが、自分ならば……」

そこで新見の言葉は止まった。勢いに任せて言っておいて、ではあるが、臨時ニュースが整えたがっている状況とはなんだ?あの臨時ニュース映像自体が何かしらの異常性を持っている可能性は?大いにありうる。映像をただ画面に流すだけで状況を成り立たせることができるとはかなり考えづらい。ニュースを流して何がしたい?何かを変えるのだ。映像が状況を変えるのだ。臨時ニュースが言及していたのは過去の話だ。過去について状況を変える……まさか。

新見は、一つの仮説にたどり着く。

「……過去改変」
「過去改変?」
「はい、過去改変です。臨時ニュースは『○○していたのではなく、××していた』と言っていました。過去の出来事を訂正したと受け取れます。それに、状況を整えるということは、臨時ニュースは過去の状況を変える、つまり過去改変をするということではないかと思います。最終的には、大規模な過去改変を行おうとしているのかと」
「イベント・ペルセポネにかかわる大規模過去改変……ありえない話ではないね。でもどのような過去改変を行うかは犯人の動機によるだろう。そこがまだわからないからには何とも言えないね」

犯人像がまだ全くと言っていいほどつかめていない以上、これ以上探ることはできない。それは両者ともに感じたことのようで、「じゃあ、僕は過去改変説を考えてみるから、魚名くんが起きたら他にも仮説を立てていきつつ犯人像を固めていこう。どちらにせよ、今回は最悪CK-クラスシナリオを含む良からぬ影響は必至だ。何としてでも時間内に犯人を特定するしかない。ここからは全力で取り掛からないとね。じゃ、僕は検証しに行くから、君は魚名くんがいつ起きても行動できるようにしておいてね」と丸山は研究室を出て実験検証室へと向かった。

「……魚名が起きるっていつの話だ……」

徹夜をした後に仕事もしたのは新見も一緒だ。とりあえず、明日の午前四時、臨時ニュース三回目までは起きていよう。そう決意して、新見の地獄のような眠気との戦いは幕を開けた。

そして、午前4時、夜明け前とは言い難いこの時間帯、臨時ニュースは流れ出す。


【転結ノ編】へ続く

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