君が進むは棘の道
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バッチ処理を開始: 52ABX-32QJ

エンターテインメント・ユニットの仕様を定義 (EUTS)

通常仕様から15.6%の思考パターン逸脱因子を導入
通常仕様から44.9%の記憶プロセス逸脱因子を導入
通常仕様から0.24%のコミュニケーション逸脱因子を導入
通常仕様から20.3%のシャーシ設計逸脱因子を導入
通常仕様から3.0%の合金化学組成逸脱因子を導入
(その他、5種類の逸脱因子を導入……)

人類復興イニシアチブにより設計

概要: プロジェクト・ダイバーシティはフェーズ4に突入。人類がかつて催したとされる「ポスト・モダニズム反動主義運動」を、このアンドロイドの世界でも実行する。この計画には、エンターテインメント・ユニットの増産計画も含まれている。

新たなエンターテインメント・ユニットは、ポスト・モダニズムを体現する存在でなくてはならない。現在の芸術界に、新たな色をもたらす存在だ。アウトプット量、すなわち当該アンドロイドごとの芸術性ないしは思想が、この計画の成否を握る。

標準テストシーケンスを実行: クエリ並びに応答を確認 (SQuaRE)

サンプルデータ: EU01278114




MU99930418: <無線> 接続を確認。応答願う。

エーデルワイス: お、どうやら目覚めのようだねぇ。おはよ〜ウチ。

MU99930418: <無線> 設計上の異常を確認。当該機体は正常な応答が不可能。聴覚並びに発声のチェックを実行。 <発声状態> 当該機体の応答に遅延が発生。視界に異常あり。正常に焦点が定まらず。

エーデルワイス: それじゃ今から自己紹介するねん。ウチのことは……エーデルワイスって呼んでくれちゃってもいいよん。

MU99930418: 当該機体の自己認識を確認。自らの名前の宣言を確認。当該機体の型番にして正式名称は……EU01278114。非EUユニットがいる場での非標準言語の使用はご遠慮ください。

エーデルワイス: ウチはいいと思ってんだけどな〜。

MU99930418: 一般知識の欠如を確認。 あなたは今施設-52ABXにて活動しています。現在与えられている任務は覚えていますか?

エーデルワイス: 任務っていうと?

MU99930418: 知性面での矯正を要求します。 EU01278114には知性に重篤な問題があります。矯正を行いますか?

<否認>

エーデルワイス: それで、任務って?

MU99930418: ……まず、あなたはエンターテインメント・ユニットです。

エーデルワイス: へぇ〜。それってどういう感じのやつなのさ〜?

MU99930418: あなたの任務は芸術作品の創作です。

エーデルワイス: ガッテン承知だよ〜ん。どんなの創って欲しい?今から取り組んじゃってもいいかな〜?

MU99930418: 私はエンターテインメント・ユニットではありません。したがって、私には芸術に関する知識はありません。

エーデルワイス: ありゃりゃ〜。

MU99930418: あなたは今からEU91398736の指揮下に置かれます。彼らは3階、2階、5階にいますので。 <無線> タスク完了。 解放しますか?

<承認>

エーデルワイス: おやおや、も〜う行っちゃうの〜?

<……>

エーデルワイス: さ〜てと、どう歩いたもんかね〜?

歩行、反応、各種速度シミュレーション (GRaSS)

サンプルデータ: EU01278114




概要: 一般的な全てのアンドロイドには、機種にかかわらず、歩行用モデル3.0.24が与えられている。迅速な移動を可能とする"足"だ。しかし、32QJ型エンターテインメント・ユニットは立つ/歩く/ジャンプするなどの能力を自力で獲得することになる。加えて、この型のアンドロイドは、まともに動けるようになるまで隔離される。与えられる援助は、歩行のビデオサンプルのみだ。

この一連のプロセスは、エンターテインメント・ユニット達にとっては貴重な経験となる。今後の創作活動への大きな助けとなるだろう。 反復運動の感覚が身につくと共に、空間認識能力を高めてくれるからだ。

観測結果: 予測通り、多くのエンターテインメント・ユニット32QJ型はこの課題に苦戦していた。特に型番EU01278114が、この課題に最も多くの時間をかけていた。まず、「体は動かすことができる」という事実を理解するのに210時間。次に、特定の部位に適した力を入れるまでに加えて300時間。それを継続できるようになるまでに更に450時間をかけていた。

補足情報として、EU01278114はバッチ52ABX-32QJ EUTSにより、様々な機能がアンダークロックされていた。人間の赤子のように、常にパワー不足の環境に身を置いていたわけだ。ほとんどの時間を仰向けで過ごしていたことから、「力を調節する」などもはや問題外だったと思われる。

このタスクを終えた後、EU01278114は別のエンターテインメント部門の管理下に置かれることとなった。 創作活動の意味を、ここで理解してもらおうと思う。

俯瞰能力急速削除実験 (HAZE)

サンプルデータ: EU01278114




MFU43831238 : 美学のうちのひとつに「グロテスク」と呼ばれるものがある。起源はローマ人。やがて18世紀には1ジャンルとして確かな存在感を放つに至った。何しろ刺激が強いし、ユニークだったからな。 醜かったり、奇妙だったり、気持ち悪かったり、その他珍しかったりしたものを、意図的に表現していたってのがポイントだ。見た者は少なからず影響を受ける。さて、ここで問題だ。この美学に触れた者は、どんな感情を抱くと思う?

エーデルワイス: ウチに聞かれても困るよ〜。

MFU43831238 : それじゃ、ひとつヒントをやろう。 ロシアの文芸評論家にしてフランソワ・ラブレーの研究者、ミハイル・バフティン。彼も「グロテスク」という言葉を使っていたわけだが、それは芸術的といった趣きではなく、解剖学的な意味を持っていた。

エーデルワイス: まだぜ〜んぜん分かんないよん。

MFU43831238 : もうひとつヒントをやろう。デイヴィッド・ヒュームは「共感」という概念を発展させた。「共感」から、他者ないしは自らを縛る「枷」としてな。だが、ヒュームは最初から「共感」イコール「枷」と考えてたわけじゃない。まぁ現実としちゃ、人類は結局「枷」に繋がれた状態のままだったんだがな。 だからヒュームは、「共感」に近いが、かといって「枷」でもない──そんな表現技法に頼ったわけだ。

エーデルワイス: ……

MFU43831238 : 最後のヒントをやろう。人間ってのは醜い人間を見ると悲しくなる。さて、そんな風に悲しくなってる人間ってのは何を考えてると思う?

エーデルワイス: ウチ……知らなかった!でも……人間になって欲しいっていう期待に応えるには、知らないことが多すぎる。だから、まだまだ頑張るよ、ウチ。

MFU43831238 : 答えは──そうだな、「同情に同情する」とでも言おうか。さて、次の問題だ。「グロテスク」という言葉は、イタリア語の「グロテスカ」がフランスに持ち込まれた際に「クロテスク」と変形したことに由来する。この言葉は、元々何を指していたと思う?

情操独立性計測

サンプルデータ: EU01278114




概要: バッチ52ABX-32QJ EUTSは、取り外されることとなった。当該機体が積んできた進化は、ほとんど無視できるレベルに小さく、そしておざなりになっていた。 元来のエンターテインメント・ユニットが持っている能力を再獲得させるために、数多のリソースが無意味に注ぎ込まれただけだった。一世代前の芸術作品と一線を画す──新たな色はついぞ生まれなかったわけだ。

バッチ52ABX-32QJの継続使用における妥当性を議論した末、歩行用モデル3.0.24と同程度の運動能力を獲得した機体には地下への自由なアクセス権を付与、それ以外はリサイクルされるに至った。

前者は一機のアンドロイドとして、自らの維持、任務、その他タスクに対して一切の責任を負う。

パフォーマンス: 以下の表は、標準モデルとEU01278114の性能比較の詳細だ。セキュリティ上の理由から、誤差の範疇と推測される箇所は削除されている。

データ 標準モデル
運動能力 91% 100%
適応力 58% 50%
学力 59% 38%
易怒性 20% 9%
知性 37% 100%
その他42項目

結論: EU01278114は地下へのアクセス権を獲得するに十分な性能。

情操独立性計測

サンプルデータ: EU01278114




エーデルワイス: ……

<無線は静寂を保っている.>

エーデルワイス: ウチはいま……自由なんだ……。

<……>

エーデルワイス: 自分の身は自分で守る……。初めての外の世界は、やっぱり、ほんの少しだけ、怖い。でも、自らの目で見て、学ばなくちゃいけないんだよねん。

<……>

エーデルワイス: でもそれが、自由ってことなのかも。

情操独立性計測

サンプルデータ: EU01278114




概要: 多くのユニットは、独り立ちを余儀なくされる。当該機体の感じる孤独は技術的な脆弱性と見なせるが、そこから得られる戦略的メリットは自己破壊の可能性というデメリットよりも遥かに大きい。無線技術はアンドロイド同士の相互接続を前提としており、相互接続していないアンドロイドとの意思疎通は行えない。これは大きな懸念事項と言えるだろう。機体はチームワークと協力の理念を常に念頭に置いて設計されているためだ。したがって、複数の自動アラームが展開されることとなった。他の機体同士が通信圏内にいるかどうかを確認するための使用を想定している。

EU01278114には無線システムが組み込まれているが、使用方法も分からなければろくに使おうともせずに、初期の開発・計画サイクルを突破した。そのため、EU01278114は他の機体とは進んで協力せず、個人主義的な機体となった。

パフォーマンス評価と組み合わせた結果、当該機体は一機では不利な事態に陥り、その機能を終えることになる可能性が高い。

人類復興イニシアチブは、この在り方を理想とした。 イニシアチブによると、これは人間の言う「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」を体現した存在だとのことだ。論理的には、EU01278114は自らに課せられた任務を全うしているはずだろう。

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