財団へようこそ
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「待ってくれ。つまりこの男は何も知らされないまま雇用されたってことか?」男はそう問い、書類が積まれたテーブルに着いた。

「はい。彼は我々と同様の地位、それといい給料と手当を得られるとしか知らされていません。もうすぐここに来ます。彼に必要なのは書類にサインする事だけです」

「で、詳細を尋ねてきたらどうする?」

「それはそちらの問題でしょう。あなたは弁護士なのですから」

「……だろうな。彼を入れろ。それと明かりを落としてくれ。ちょいと遊ぶのもいいだろう」

「分かりました」

トーマス・ラファエロは目を揉みながら新職員を待った。この日は長い一日だったし、彼は自分が何に入ろうとしているのか知らない人間を雇用するのが大嫌いだった。

「こ、こんにちは?いらっしゃいますか?」

心の中でため息を吐き、ラファエロは言った。「ええ、ここにいますよ。座ってください。始めましょう」

新職員はゆっくりと部屋を進み、椅子に座った。椅子と、書類の乗ったテーブルのみがこの部屋の中で照らされているものだった。

「はは、あなた方は大真面目にお遊びみたいな事をするんですね」

「ええ、そうですよ博士。我々は警戒と秘密こそが最優先であると知っているのです。さて、始める前に確認ですが、この会合は検証のために記録されます。お願いしているのではありません。単にあなたの発言全ては記録されているとお伝えしているというだけの話です。ご理解いただけましたか?」

「ええ。しかし検証とは——」

「記録のためにお名前を述べていただけますか、博士」

「ヘンリー・オースティン博士です」

「どうも。私の事はラファエロさんとお呼びください。さて、我々、つまりあなたのことですが、我々にはあなたが公式に財団に雇用されるに当たってサインしなくてはならない書類が数枚だけ残っています。お時間は一時間もかかりません。それが終わればあなたはここを去り、オリエンテーションを受け、チームに配属されることになります。この期間中に逃亡すれば終了されることになります。ご理解いただけましたか?」

「ええ。居続けるか解雇されるかという事でしょう」

「……続けましょう。最初は財団標準秘密保持契約です。これにサインした場合、あなたはここで関わるプロジェクトの詳細やその中での発見について、今後一切暴露したり公表したりしないという事に同意したことになります。ここでの事も、真実も、他の何かもです。付け加えると、チームの同僚を除く同じサイトで働いているスタッフに対してもそのような事をしないという事にも同意したことになります。もしもサイト外に住む事を選ぶならば、あなたの家は監視のために様々な方法で盗聴されます。如何なる形でも契約違反があれば終了される事になります。これらの条項に同意するのであれば、ここに活字を1、ここにサインを、ここと、ここと、ここにイニシャルをお願いします。」

ヘンリー・オースティン博士はしばしペンを持ったまま手を止め、言った。「では……出版してはいけないのですか?絶対に?現実のあり方を変えかねない何かを発見したとしても?」

そうだった!あいつらこの男に何も伝えてないんだ!」とラファエロは思った。

「財団内の刊行物としてあなたの発見を出版することは許可されるかもしれません。許可を与えるのはあなたが配属されるサイトの管理官であり、その判断はあなたの配属先と発見、そして出版物の内部審査に依存します。審査は非常に厳しく、多くの方が財団に雇用されている心理士による複数回のカウンセリングを受けることになったと聞いています。フォームにサインを。次に行きましょう、オースティン博士」

ラファエロはオースティンが書類にサインを書き殴るのを眺めた。また一つ、人生が秘密の中に放り込まれた。この男は二度と日の光を見る事はできないだろう。少なくとも家族のいない場所では。そしてヘンリー・オースティン博士としては。影の中の人生だ。

「ありがとうございます、博士。さて、まだいくつかサインするものがあります。この申請用紙の束が説明するものは、あなたのクリアランスレベル、給料の支払等級、病気休暇、サイト政策、祝日の扱い、住居の手配、休暇日数、その他諸々です。すべての条項と書かれた条件全てに同意するのであれば、ここと、ここと、ここに活字を、ここにサインを、ここと、ここと、ここと、ここと、ここと、ここにイニシャルをお願いします。それをこの束全てに行ってください。少し時間を取ることにします」

オースティンは猛烈な勢いで書き込んでいった。仕事に不安を抱いた様子だった。「自分の入るものについて僅かでも知っていたならばこんなに不安がる事も無かっただろうに」とラファエロは思った。しかし、誰だって本当の意味では知らないのだ。他の誰かより知っている者はいても、本当に知っている者は誰もいない。

「お疲れ様です。次に、この束は手当、保険、免税、食事プラン、そして標準的な死亡/八つ裂き/解職の補償と、死亡/八つ裂き/解職/障害/再配置/多重性/生贄/[データ削除済]の補償についての選択肢を与えるパッケージです。ええ、文字通り[データ削除済]と書かれているのです。私はその意味を知りません。注目すべき部分は、このパッケージでは給料からかなりの額が引かれますが、あなたが事故で死亡、八つ裂き、その他諸々に遭った際には指定された受取人に対してあらゆる補償と経済的安定が保証されるということです。お選びになるパッケージの欄にチェックマークを入れ、指定される方のお名前を書いてください。そして書かれた全ての条項に同意するのであれば、ここと、ここと、ここにサインを、そしてここにイニシャルをお願いします」

「えーと、死亡/八つ裂き/解職/その他色々のパッケージについてなんですが……これはジョークか何かですか?実際には起こり得ない事では?」

「残念ながら私にはそれをお伝えする許可がありませんし、はっきりとは知らないのです、博士。このまま続ける事を望まれますか?」

「……ええ」

「よろしい。この書類はプロジェクトにおいてあなたが受け取る年額の予算について述べています。追加の予算や資源が要求される場合もあります。この内容でよろしければここにサインをお願いします」

多分今まで私が見てきたサインの中で一番速いな」とラファエロは思った。

「……ラファエロさん、Dクラス職員とは何でしょう。どうしてこんなに支給されているのですか?」

「博士、その情報は私のクリアランスレベルを超過しているのです。お帰りになられるまでにサインしていただく書類があと七十五枚ほどあります。説明を簡単にするため、これらは熟読してもらい、ご自由にサインしていただくことにします。全て右上にイニシャルを、下の部分にサインをするものです。時間を取りましょう」

オースティンは素早く書類に目を通してサインしていたが、読み進めるごとに動揺していった。

「ああはい。これはジョークのはずだ。『如何なる場合においても、署名者はあなたのサイトに異常なペンギンが存在する場合、これに触れてはなりません。上記のようなペンギンの周囲では決してペンギン、鳥、魚について述べてはなりません。ペンギンの実験は全て禁止します。契約違反があれば降格または終了される事になります』。ジョークなんでしょう?」

「残念ながら違います、博士。あのペンギンたちはハードケース2を使いこなすのです。私は財団の民事裁判で彼らが負ける時を思い浮かべる事すらできませんよ。この条項に同意するのであればフォームにサインをお願いします」

オースティンはぶつくさ言いながら書類にサインした。

驚きだ」とラファエロは思った。「ペンギンの項では引っかかったが『家族との面会無し』には躊躇いもせずにサインした。こういう類の人間は理解できん

「さて、博士。これでサインしてもらうものは終わりです。退出してくれて構いません。外で待機しているエージェントが 配属先にお連れします。採用おめでとうございます。レベル3研究員、ヘンリー・オースティンさん」

オースティンが去った後、ラファエロは目の前に置かれた書類を見下ろした。

ヘンリー・オースティン博士、クリアランスレベル3/682」と書かれていた。

「哀れな奴だよ。次を入れてくれ」

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