通信監視局 - 精査部門へようこそ
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 白を基調として構成されている部屋の壁には複数台の、空港の発着時刻表を思わせる巨大なモニターが取り付けられており、時折文字列の横のチェックボックスに印がつく。そのモニターを正面に幾つものデスクが並び、その間を忙しなく歩き回っている、未だスーツに着られている感のある男の姿があった。

「10月から翌年3月までの吹浦での同様の内容の通報事例ファイルです」

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 男が声をかけた対象の顔はうずたかいファイルに囲まれて確認することができない。不用意に近寄ってこの塔を倒しでもしようものなら、その後に待っている地獄のような後片付けと周囲からの叱責は免れ得ないであろうことは明白である。しかし先ほどから待っているのにも関わらず返答らしい返答もなく、僅かに見える背中も身動ぎひとつしない。男のパソコンモニターのベゼルには先ほどから、偶に他の職員が短文を記したものを貼っていくため、パステル色の装飾と化していた。

「……あの、言われていた書類に合う記述のある部分を持ってきたのですが……」

 一向に反応が見られないのでもう一度声をかける。もう幾許いくばくか待ってみるもやはり応はない。流石に困って辺りに視線をやるも、デスクに向かって資料をめくっていたり、どこかの部署への連絡を取っていたり、各自の持ち分で手いっぱいのようである。そんなことは今現在目の前でありありと存在感を放つ、自分の身長に届くような紙束と自分の手にあるファイルの束からとっくの前から身に染みてわかっているが、早くもこの部署がどうやらハズレであることを確信し始めていた。一番ハズレだったのは目の前の人物、自分の上司である。どうも自分の教育係であるらしいが、見ての通り教育されない。これは一体全体どういうことだろうか。見て学べと? せめて呼に対して応はあって然るべきであろう。

 表には出さないようにため息をつき手を上司の背中に伸ばす。瞬間、昼を知らせるチャイムがなった。同時に背中がスッと正され、上司がこちらを向きながら宣った。

「おし。昼だな飯行くか」

「……。」

 やっと反応を示したと思ったら昼飯の誘いかよ……。
 内心で嘆息しつつどう答えたものかと思案していると、それを知ってか知らずか上司は気にせず話を振ってくる。

「今日はどこで飯にする? 『東』1か『青山』2か……無難に外でラーメンもいいな。いい店があるんだ」

「この書類はどうするんです」

「そこに積んどいてくれ」

 こちらを振り返りもせずにスーツを掴んで歩いていく上司を見送りながら、ここにさらに積むのかよ……もう限界だろ。と呆れながら書類の塔を見やる。間違っても口にはしないが、そろそろ本当に違法建築じみてきているので早急になんとかしてほしいなと感じながら2ヶ月が経った。

 加納大輝。SCP財団通信監視局精査部門に配属されること2ヶ月余。新米ホヤホヤの職員である。

 書類の塔を倒さないように細心の注意を払いつつファイルを積んで上司の後ろ姿を探すと、部屋を出ていく背中が見えた。行動が早すぎる。仕方ないので心なしか気分が浮ついている風に見えるその背中を追うことにした。ついでだ。食事の間に文句の一つでも言ってみようか。


「なんで片山さんはあんなに書類を溜めるんですか?」

「んぁ?」

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『青山』の定番メニューであるカルボナーラを上品に啜る上司の片山は紙ナプキンを抜き取り口を拭いてから口を開く。

「そんなもん、ファクトチェックにゃ膨大な資料がいるからな」

「いやそうではなくて、見るからに個人が担える量超えてるじゃないですか。そもそも片山さんのデスク以外あんなに資料の山が出来上がってる所ないんですよ?」

「そりゃ今は研究資料なんて全部電子化されてるんだからそうだろうさ。加納がやるならデータの方が楽でいいぞ」
 
「……なんでわざわざアナログで」

「あの資料たちはな、財団が派遣したエージェントが所属している組織で纏められたファイルだ。他場所のは今だにFAXで送られてくるんでね。財団は今の時代にしちゃあ大分データ化が進行してるが日本全体で見りゃアナログが主流だし、すぐに情報が増えるもんだからこいつらまでデータバンクに入れる暇がないのさ」

 片山は仕方が無いという声音で一度言葉を切り、少し軽口を言うような声で続ける。

「俺の頭の中には、過去の紙媒体の報告事案の大半は入ってるがな。何か聞きたいことがあれば他の奴らがやってるように俺のパソコンの端にメモ帳貼っ付けとけ。その日の内には該当する記述があるかどうか書いといてやるさ。うちの部署はみんな自分の割り当てで忙しいし、いちいちデータ化する奴はいないんでね」

……なるほど。

「ちなみに片山さんが今持っている仕事量は?」

「ざっと8件くらいかな。多分こいつらは4日くらいで終わるんじゃないかな。まぁ終わり次第新しいのが増えるけど、さっき加納に要求した資料でおそらく1件は片がつく……はずだ」

「……この部署、ブラックですよね」

「まあな」

「この部署に人員増強の話は出てないんでしょうか?」

「俺に聞くなよ。……まぁ元々はもう少し小さい部署だったらしいけどな。戦後に蒐集院の業務を引き継いでから通信業の民営化まではエージェントからのレシーバー通報を各米軍基地が受け持ったり実地での聞き込みが主だったらしいが、民営化されたことで企業へ介入しやすくなってこの部署に業務が集約されたってことらしい」

「機密的にも米軍に財団の部署を置きたくなかったんですかね。最近は警察機関とかの地方の書類もFAXで送れるようになりましたからね。……効率化できたから人数はあまり増えてないってことですか」

「まぁブラックには変わらないけどな。ここはいわば財団のデータベースだ。昔は対処できなかった広範囲の異常に対処できているのはこの部署があるからだ。昔は情報の取得が難しかったせいで結構アノマリーの取りこぼしと被害もあったらしいから、この部署は必要不可欠なんだが……お偉方は、研究畑の奴らや企業へのエージェント派遣とアノマリー増加のおかげでこの部署まで手が回らないんだろうな」

 そういうと、片山は再びカルボナーラを美味しそうに啜り始めた。よくもまぁこんな部署にいられるものだと思う。あそこまで過剰とも見えるほどの情報を精査する必要があるのだろうか。過去に片山の調査目録を見たところ、その通報の対象が異常現象であることは明確であった。それでもなお、片山はその通報に対する類似事例の資料を要求してきたのである。自分はただ助手のような立ち回りをしているだけなのにもう精神の疲弊を感じているのだから、この人はどれだけ精神が図太いのだろうか。美味しそうに食事をする姿からは、少なくとも目に見えて精神を病んでいるようには思えなかった。


 あの食事から3ヶ月、片山の横にデスクを貰い、片山の情報精査の仕事を幾分か回して貰うようになった。自分は既存データバンクからの類似事例を特定し、それを基にファクトチェックを行うスタイルでやっていた。

「加納も仕事に慣れてきたようで何よりだ。結果的にアノマリー認定されたのはどのくらいだった?」

 今や当たり前のように対面に座っている片山との昼食時、片山が問うてくる。

「3週前の13件の内の3件、2週前の11件に至っては1件ですよ」

「まぁそんなもんだろうな。うん。お疲れ」

 なんでもないような声で労ってくる片山に、ここ数週間少し思っているところを告げる。

「何でこんな打率が低いんですか。あんだけせこせこ情報集めて一つ一つ照らし合わせて実際の認定数がこれだけって……」

「打率っていうな打率って。大体どこもこんぐらいだぞ。欧州や中東なんてもっと少ないらしいし」

「片山さんはあんだけしっかりやってますけど、あの仕事内容で最終的にどの程度認定されてるんですか」

 片山は苦笑しながらどうどうと宥めるようなジェスチャーをして少し思案する素振りをした。

「今月入って片したのが37,8…9件中で、認定されたのは6だな」

「すくな……」

「いいことじゃないか。ただでさえ日本は国土面積に対してアノマリー発生率が異常に高いんだ。減ってくれればみんな助かるさ。最近じゃ収容施設が足りなくて、海外にJPドメインで管理を任せてたりするらしいんだぞ? ま、安全第一ってことだな」

「……そうですね」

 その後は業務とは関係ない他愛もない話をして昼休憩が終了した。業務に戻ってから思案する。業務の重要性はわかる。しかしこの情報精査は正確性と速度が重要な作業だ。現場にいるエージェントへの対応手順の提示などは殊更であろう。同じ部署の周りの人々に関しては業務風景を確認したわけではないが片山ほど過剰にやってはいないであろう。この人数で全てが片山であれば遅々としてチェックは進まない。であれば自分はタスク速度を優先しよう。人には向き不向きが存在する。私は正確性と速度の両立を目指すのみだ。


「加納、ちょっと」

 普段通り、増えていくタスク処理を行なっていると片山が肩をとんっと叩いてきた。業務中はファイルと睨めっこして、周りの音が意識の端にすら引っかからないのだと自弁していた片山にしては珍しいこともあるものだ。

「サイト-81██から再調査の報告書が返ってきた。200█/██/█、██県警所属エージェントからの報告の件だ。加納の分担だったとログにあったからそちらに回すが、心当たりは?」

「あぁ、ありましたね。送り主不明の銃火器が段ボール詰めで送られてきたとか。密売の失敗との結論がついた件です」

「受け持っていたならいい。内容は確認していないが、一度担当したやつに任せるのが一番だからな」

「了解です」

 私は片山から手渡されたその報告書を確認することにした。今までも数件再調査要請が返ってきたことはあった。『同類事例が再発見された』であったり、『やはり同じ現象に見舞われる』であったり、理由は多岐に渡るが、通常業務と大差はない。むしろログに、ファクトチェックに使用した資料等の情報が記載されているため、再調査は楽な部類であった。
 しかし、再調査申請の報告文に書かれていた詳細事項に私は目を疑った。
 記録には、発生場所、共通点、事件詳細が記されていたが、銃火器の乱射による死傷事例が書き連ねられていた。財団に対する被害も発生している。何よりも共通点として、当初『非異常性な拳銃密売等の失敗』と結論付けた事象が今や異常性として明らかであった。

 過去ログを見返し、データバンクの参照から類似例を再検索するも前例は存在しない。いつにない動揺を感じ取ったのか、片山が横から声をかけてきた。
 
「どうしたんだ? 加納。さっきの再調査でトラブルでも起こったか?」

「片山さん……紙媒体の方に、異常物品が発送元改竄かいざんで無差別に提供されている事例は存在しますか」

「んーと……あぁ、18年前にアノマリー認定されたのがあるな。広島の伴南ともみなみ地区周辺で頻発していた事例だ。広島県警の19██/7/15〜19██/11/29までのファイルがあるはずだな。全身脱毛の効果のある発送元不明のボディソープだったかな。綺麗にツルツルになるらしいがケツの毛から頭髪まで完全脱毛だそうで……」

 そんなしょうもない話を聞いている余裕はなかった。こっちはハゲどころの話ではない。人の命が失われる事態に発展している。度合いが違う。片山の言う通り、メモにでも書いてパソコンに貼って素直に聞いておけばよかったのだ。18年前の事象であれば多くの事例が蓄積されているのは明白である。片山に手短に礼を言ってすぐさま該当ファイルを引っ張り出してきて返答書類を作成して提出可能な状態までもっていく。

 財団に引き抜きをされるまで、自分はこの世界が異常に塗れていることを一度たりとも知覚したことはなかった。ネットに溢れる怪談話やSF、異世界、それらは量子力学的な観点の可能性としての存在であり、完全なる創作であると認識していた。だが、一度ヴェールを捲ってみるとどうだろうか。世界は薄氷の上に成り立っている。日々どこかで特異が生まれ、それに対し、時に少なくない犠牲を払いながら幕をかけて回る存在がいた。私は今や、人、生活、その全てを異常から遠ざける最前線に位置しているのだ。

 この仕事に妥協は存在しない。片山のパソコンに大量に貼ってあったあの疑問符のついたカラフルな付箋は、この部署の職員は皆、いつかの片山が昼食で言っていたように、片山の情報の参照を依頼していたのであろう。ここで私は片山の過剰なまでの資料への執着の理由に、今更ながら気が付いたのである。


「さて、私自身もこの仕事に就いて長いわけだが…君の教育係になった身として私の教育係が退職直前に言った言葉をそのまま引用して最後の締めとしよう」

 私は自分の机に積まれた紙媒体の塔をスキャナーにかける手をやめ、横に立っているスーツに着られている感のある女性の方へ向き直る。


「失敗から学ぶことが限りなく難しいのが我々の職種だ。兵が穴を掘る重要性を身に染みてから生かす機会が来ないように、我々が敢えてする事、しない事には理由がある。それまでの計り知れない犠牲と失敗を基にした明確な理由がね。ただし当たり前だと思うかもしれないが、初めてやったことは次からは2度目になる。前例があるというのは重要だ。前例を作るのを躊躇する必要もない。色々試してみるといい」

 一度言葉を切って少し思案したのち、締めようと言ったにも関わらず言葉を付け足した。

「資料で聞きたいことがあれば付箋に書いて私のパソコンに貼っておいてくれ。アナログ資料はデータ化を進めてはいるが、一応大体は頭に入っているからね」


「改めて、精査部門へようこそ。██君」

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