お星さまに願いを
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お星さまになれるおまじない、知ってる?
お星さまになれたら願い事がかなうんだって。

川口愛美ちゃんが行方不明になってから2日になる。母親の聡美さんによると2日前、日が落ちた後に風呂から上がると気付いたらいなくなっていたそうだ。愛美ちゃんのランドセルが自宅のリビングに置いてあったことから小学校から帰宅していることは確定しており、行方不明になったのはその日の夕方以降と推定される。聡美さんとご主人の秀樹さんと高校生の息子の弘樹君の3人で近所の公園、友達の家、小学校など心当たりのある場所を夜通し探したが愛美ちゃんはどこにもおらず、次の日の朝警察に通報を入れたそうだ。
早速警察が近所の住人に愛美ちゃんの目撃情報の聞き込みをしたところ、あそこは夫婦の仲が良くない、深夜を回った頃に奥さんと旦那さんが言い争っている声が聞こえてくる、夜遅くに息子さんが歓楽街から帰ってくるのを見た、などといったゴシップばかりで愛美ちゃんの発見に繋がりそうな情報を手に入れることは出来なかった。

「目ぼしい情報は得られませんでしたね」

共に行動している山本はアスファルトの上にできた水溜まりを器用に避けながら言う。体の大きな彼にとってコンビニのビニール傘はとても窮屈そうに見えるが、彼いわくこれなら盗まれても気にしないから丁度良いらしい。仮にも警察組織に身を置く人間としてそれはどうなのかと思う。

「それにしても第一印象って当てにならないものですね。夫婦関係良好そうに見えましたけど実際は仲悪いなんて」

山本の言う通り、昨日の事情聴取での川口夫妻の娘の安否を心配する奥さんをご主人が大丈夫だ警察がきっと見つけてくれると慰める姿は決して仲の悪い夫婦ではなかった。

「愛娘が行方不明になったんだ。夫婦間で争ってる場合じゃないのを理解してるんだろうさ」
「それもそうですね」

それにしても何と間が悪いことかと鈍色の空を見て思う。昨日今日と降り続く雨のせいで痕跡が流れてしまい時間が経てば経つほど捜査は長引くだろうと思われる。一刻も早く愛美ちゃんを両親の元へ帰してあげたいが有力な情報が無い今、自分にできることは捜査する場所を広げて聞き込みを引き続き行うことしか出来ないのを歯痒く思う。

おまじないの方法を教えてあげる。
でも、絶対に大人に知られちゃダメだよ。これは子どもだけの秘密のおまじない。

次の日捜査範囲を広げ隣町への境まで足を伸ばすと、歓楽街と住宅街を繋ぐ大通りに面した喫茶店の店主から有力な情報を得ることができた。

「そういえば3日前、小学生くらいの女の子が1人で裏山の方へ歩いて行くのを見ました。まだ明るかったから夕方の6時とかだったと思うんですけど、あっちの方面には住宅地もあるしその時は特に気にしなかったんです」

自分達はこの日ようやく得れた新たな手がかりを逃すまいと他に気になることはなかったかと店主に聞いた。店主は少し考える素振りをして、

「その1時間後くらいにちょっと柄の悪い青年がやって来て、小さい女の子を見ませんでしたか?って聞いてきたんです。答えるのに少し躊躇したんですが、住宅街の方にさっき小学生くらいの女の子が歩いていきましたよ、と言ったら彼は礼を言って住宅街の方へ走っていきました。それで、その日仕込みをしていて遅くまで店に残ってたんですが、夜の11時とか12時だったかな、同じ青年が店の前を通ったんです。でも女の子は一緒にいなくて1人で帰って来てそのまま歓楽街の方へ行きました」

本物のおまじないはまほうのつえも難しいじゅもんも満月もいらないんだよ。
ただきれいに星が見えるところに行ってぴょんって飛ぶだけ。

最後の目撃情報があった住宅街で3日前に女の子を見かけなかったかと住人に聞き込みを続けた。何人からは、そういえば普段見かけない子どもがいたような気がする、裏山に入る山道に小さな人影を見た、と愛美ちゃんと思われる子どもが3日前にこちらの方面へ来ていたことが示唆される証言を得ることができた。それと同時に、同じような質問を見慣れない男性にされた、と不穏な情報も出てきた。当時愛美ちゃんは誰かにつけられていたと思われる。
そうして空が橙色に染まる頃、住宅街内にある公園で見たことのある人物を見つけた。

「こんなところで会うなんて奇遇だね。何をしてるんだい?」

下を向いてベンチに座っていた彼は驚いたように自分達の方を見た。愛美ちゃんの兄、確か名前は弘樹君だったか。ここは彼の通う高校から見て自宅とは真反対に位置する地区なのでまさかここで出会うとは思いもしなかった。彼はいわゆる不良少年というものなのだろう。髪は脱色されていて、上は学校指定のワイシャツではなく派手な英字ロゴプリントがあるTシャツを着ており、下はダボダボの変形学生ズボンを履いていた。

「別に。何も」

無愛想に彼は答えた。再び携帯に目を落とししメールか何かを打つ彼からは構うなという雰囲気が感じられた。

「いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

面倒くさそうに顔を上げた彼は一応こくりと頷く。

「愛美ちゃんの周りに不審な人物を見たことはないかい?」

怪訝そうに眉をひそめる弘樹君は、いいや見たことがない、と答える。

「それじゃあ愛美ちゃんが知らない人について行ったりするようなことは?」
「あり得ない。愛美は人見知りだ。初対面の人間に懐くことは絶対にない」

と彼はその質問をハンッと鼻で笑い捨てる。では愛美ちゃんは普段から遠くまで出歩く子だったか、と聞くと、

「愛美は俺と違ってイイコだからな。どんなに遠くに行っても学区内にある商店街の駄菓子屋までだ。それに夕方5時の門限をちゃんと守るし、今までそれを破ったことはない」

ここまでの質問の答えからは愛美ちゃんは家族を困らせることはしなさそうなとてもいい子であることが分かる。ならばなぜ彼女は3日前の夜家を出て、はるばるここまでやって来たのかますます分からなくなってきた。
そういえば、と疑問に思って弘樹君に尋ねた。

「君は何でここにいるんだい?」

そう尋ねると彼は肩をぴくりと震わせた。少し間が空いてから彼は、たまたまだ、と答える。もしかしたらそれは事実なのかもしれない。しかしここは住宅街であり遊べそうな場所はどこにもなく、しかも彼の高校からこちらに向かう道中には歓楽街がある。彼のような学生はあちらで遊びそうなものだが。
どことなく居心地が悪そうな彼を見てふと思い出した。今日の聞き込みで話を聞いた女性は3日前声をかけられた見知らぬ男性は若く、明るい髪色だったと言っていなかっただろうか。もし間違っていたら申し訳ないんだけど、と断りを入れてからこう聞いた。

「愛美ちゃんが行方不明になった日、この近所で君と似たような容姿の人間を見たと言った人がいたんだ。もしかして君は妹の愛美ちゃんの失踪について何か知っているんじゃないかな?」

彼は目を見開きスッと息を飲んだ。きっと本人は無意識で行ったのだろう。でなければこんなに分かりやすい反応を自分達の前でするはずがない。

「知らない。知ってたら一昨日聞かれた時に言ってるはずだろ。俺だって早く愛美に帰ってきてほしいんだ」

そう言う彼の顔は強ばっていてとても信じれるものではなかったが念を押しても知らない、心当たりは無いの一点張りで、そうか、と彼の言葉を肯定するほかなかった。

「じゃあ俺することがあるんで」

スマホをズボンのポケットにしまい学生鞄を持つと彼はベンチから立ちあがり公園を出ていった。

「おい、山本。川口弘樹をつけるぞ」

簡単でしょ?
愛美にもきっとできると思うんだ。

弘樹君の後をつけると、日も暮れ空には一番星が瞬き始めているのに彼は一向に帰宅する様子を見せない。それどころか彼は裏山へ続く道を周囲を警戒するように確認しながら進んでいた。舗装されていない道はぬかるんでいて気を付けないと足を取られそうになる。それでも弘樹君は足を止めずひたすら山道を歩き続けた。
小一時間歩き続け彼を追うと開けた場所に出た。そこは古い展望台になっていて、下にはネオンの光る歓楽街や住宅街の生活の光、上には月が出ていないぶん一層輝いて見える星空を綺麗に見ることができた。弘樹君は柵に体を預けその景色を見ていたが、ポケットから携帯を取り出し少し操作をするとそれと鞄を近場のベンチに置いた。何をするのかと陰で見張っていると彼は柵に足をかけそれを乗り越えようとした。柵の向こう側は崖になっており、落ちたら確実に助からない高さである。自分は急いで彼の元へ駆け寄り腕を掴んでこちら側に引きずり戻す。弘樹君は自分達の急な登場に驚いた様子だが、制止する腕を振り切ってなおも柵を越え崖から飛び降りようとする。そんな彼を2人がかりで組み付き柵から引き剥がした。

「離せ!愛美が戻ってくる方法はこれしか無いんだ!」

そう言って力の限りもがくが大の男2人に地面に押さえつけられては逃げることも出来ず、ただ離せと暴れ叫び続ける。

「何を考えている!あそこから落ちれば死ぬぞ!愛美ちゃんに続き君がいなくなったら君の両親が悲しむだろう!」
「うるさい!俺なんかよりも愛美が生きてる方が父さんと母さんも喜ぶだろ!愛美だって2人に会いたいに決まってる!」
「ふざけたことを言うんじゃない!どこに子どもがいなくなって喜ぶ親がいる!」

自分がそう怒鳴り付けると弘樹君は忌々しそうに顔を歪めこう吐き捨てた。

「黙れ、何も知らないくせに!あの2人が今ああなのは愛美が願ったおかげだ!」

そう言った途端彼はハッと息を飲み体を硬直させ抵抗を止めた。突然大人しくなったこと以上に彼の顔が徐々に取り返しのつかないことをしてしまった表情になり、目に絶望を色濃く浮かばせてぼろぼろと泣き始めたことに驚く。

「愛美、愛美ごめんよ。兄ちゃんもうお星さまになれなくなった」

だからね、お兄ちゃん。

その頃、母親と父親は祈る。

「お願いです神様。あの子を無事にかえしてください」

窓から見える夜空には小さな星が瞬いていた。

わたしお星さまになってお母さんとお父さんにまた仲良くなってもらうの。

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