再転
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インシデントの終了後、一人の男ともう一人の男は向かい合って座っていた。片や金属で構成された四肢を煌めかせ、口元に薄い笑みを浮かべた壮年の男性は、事の顛末を語りつくした。

「それで財団から支給された銃で、彼を殺害しました」

SCP-073と向かい合う形で話を聞いていた男、グレイヴ博士は白衣の中の携帯電話が2回震えたことを確認した。彼の心拍には乱れは確認されず、嘘を吐いている様子は存在しないということだ。
そうであるのならば、SCP-076の収容違反に際する全ての関係者の記録と記憶には整合性が存在し、この事例は記録上の存在となるだろう。通常であれば彼の役目はここで終わりのはずだ。
しかし、今回はそうもいかない事情を、グレイヴは抱えていた。

そして博士は右手を挙げることで、一つのインタビューの区切りを表した。
それは「公式上」のインタビュー記録はここで終わり、この先は「非公式」のインタビューが続くことを意味していた。記録係が部屋から退出し、二人と無機質な監視カメラだけが部屋に取り残される。
ただ、それでも—"カイン"と自らを称したその男は、笑みを崩すことはなかった。これから先に何が起きるのかも、聡明な彼は理解していたのかもしれない。その態度に、グレイヴはどこか腹立たしささえ覚えるようであった。

「それではここから先は公的ではなく、個人的な—そう、個人的なインタビューとなります。ですので、答えたくないことは答えなくても構いません」

あくまで個人的な興味としての範疇であることをグレイヴはSCP-073へ語り掛ける。「わかりました」と短く一言だけ答えると、アノマリーは居住まいを直した。

「先ほどのインシデントに関して、監視カメラ映像を確認する機会がありました。その際、貴方とSCP-076-2が交わしていた会話に興味を持ちまして」

SCP-073は笑みを絶やさない。

「読唇術を用いて独自に映像を解析させていただきました。すると、SCP-076-2は貴方に対し「誰だ」と問いかけているようでした。貴方とSCP-076-2、いえ、ここは"アベル"と呼びましょう。そこに面識は存在しなかったのですか?」

グレイヴの質問に、SCP-073は少々の沈黙の後、次のように述べた。ひどく落ち着いた、冷淡な声であった。

「私は彼を知っていますし、存在の上では彼は私を知っています。これで回答としては十分では?」

携帯電話が2回震える。グレイヴは更に質問を掘り下げていく。

「私たちの知る—神話上の、"カインとアベルの物語"では、そう。貴方がたは兄弟であったと、伝えられています」

「その物語は肯定します。ただ、この私たちがそうであるかどうかは分からないでしょう。銀河系は無限に存在し、その中に物語と同等の立ち位置である私たちが存在する可能性も十二分にある。財団はそれをよく知っているのでは?」

それは消極的な、肯定の言葉でもあった。
現時点でのSCP-073とSCP-076-2は面識上の関係性は存在せず、ましてや兄弟ですらない可能性をアノマリーは示唆していた。

「理解しました。それでは今後、貴方とSCP-076-2を引き合わせることがないよう尽力いたします」

「それは助かります」とさほど安堵した様子もなくSCP-073は告げた。そこで会話は途切れ、静寂が周囲を包み込んだ。彼の四肢と置換された銀色が、グレイヴを歪に映し出していた。



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そして、今の状況にある。グレイヴは四角い機械仕掛けの箱のディスプレイに表示された、SCP-076の報告書と顔を突き合わせていた。見慣れた特別収容プロトコル、そして見慣れた説明。それが引き起こした被害状況が、生々しくデータベース上に記述されている。何もおかしな所は見つからない。

パソコンの横に置かれたマグカップを手に取って、その中身を啜った。コーヒーは既にぬるくなっており、言いようのない不快感が口の中に広がる。

SCP-073との会話を終えた後、彼は一つの疑問点を抱えていた。それは"カイン"が自称であるのなら、果たして"アベル"という名称も、SCP-076-2が自称したものだったのではないか、という事だ。

報告書を眺め続け、彼はふと一つの事を思いついた。財団の検索データベースラインに、先ほどの会話でも用いられた神話上での「呼称」を入力する。

検索対象: Abel
検索結果: 出力無し。

グレイヴは目をこすった。
それでも検索結果は変わらなかった。考え得る限りの、彼の呼称として適当なスペルを彼は検索データベースに打ち込み始めた。

検索対象: Aber
検索結果: 出力無し。

検索対象: Abele
検索結果: 出力無し。

検索対象: Able
検索結果: Project:Able
当データへのアクセス権限はありません。

表しようのない感情が、彼の中に渦巻き始める。
このプロジェクトは内容こそ明かされなかったものの、「優秀な人材」と銘打たれて誕生した事を彼は知っていた。実際にAbleという単語に「アベル」を象徴する意味は存在しない。にも関わらず、グレイヴ達は彼を「アベル」と呼び続け、彼もそれを受け入れている。それはいつから?

ただのスペルミス、読み方の相違であったのかもしれない。しかし、"カイン"を自称するアノマリーと先ほど会話を交わした事が、グレイヴの猜疑心をひたすらに煽っていた。

暫くの間、彼は時間を忘れて自らの閲覧権限で確認しうる限りの情報を貪った。
それでも彼が求める情報は、データベースには存在していなかった。

それはSCP-076-2が自称したわけでもなく。
誰が最初に「Able」を、「アベル」と— もしかすると敢えて— そのように呼称したのかも、彼の閲覧権限のある情報には存在していなかった。

SCP-076-2を我々だけが「アベル」と呼び、
SCP-073が「カイン」を自称する。
この状況に、何かの意味があるのだろうか? 何故、わざわざ神話上の呼称を、お互いが使いあっているのか。

グレイヴの目の前の箱は電子音を吐き出しながら、画面内に「Able」という奇妙な綴りを不気味に輝かせていた。

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