朝の支度をやってる内に、腹の毛まで擦り切れていたのが見えた。
荷台に商品を積んだ軽トラに、今日も二人で乗っている。梱包された商品の大きさついでに、説明役と実践役を分けなければ塩梅が悪いんだと、扱い始めてから半年経って気が付いた。
「あの辺なんて良いんじゃないか」なんて流れで住宅街の適当な所に停車して呼び鈴を鳴らす。やって来た相手に商品を売りつける訪問販売。
「このペンは20000円の価値がありますが、今ならば500円で販売しています!」「まあ!」
「……この通り、回している間言った嘘を周りの皆が信じやすくなるという不思議な効能を持つフラフープです!」
別に組み立て式でも何でも無いのでフラフープを回すのにもちょっとだけの時間が掛かる。そのちょっとの時間で興味を持たれなかったら売れる見込みも無くなる。
だから説明役の奴と、フラフープを回しながら嘘を言う役で分かれて訪問販売をする流れになっていて、自分は後者の方だった。
口下手って訳でも何でも無いけれども、会社の中で二番目にフラフープを回せるのが俺だった。
「今ならお安くなっています!きっと買って損はしませんよ!」
回しながら喋っても声がふらつかずに、俺が一番聞こえやすいとは誰もが口を揃えて言ってくれる。
笑顔を保ちながらフラフープを回して声をふらつかせない。フラフープとしては無理のない値段な上に、嘘を受け入れてくれるとなれば。
「じゃあ、一つください!」「ありがとうございます!」
サインを貰って商品を受け渡せたらこっちのものだ。後はもう知らない。買い取った後でフラフープを回しながら嘘を言う機会なんてそうそう無い事に気付いても知らない。
ちょっと試してみたとしても、フラフープを回す事と同時に喋る事の難しさに気付いて、数回回して後は物置きにしまっても普通のフラフープとして使われたとしてもどっちでも構わない。
ぶっつけ本番で使ったらどれだけ馬鹿な事をやっているのか後悔する事になるだろう。
『この度はぁぁ!この度弊社が行なった取引に関しましてはぁ!社員の不注意が発端となったものでありぃぃぃ!』
良い靴、良い服、良いネクタイピン。それら全てを帳消しにしてくれる振り乱した髪から飛んでシャツの中を赤裸々に透かす大量の汗。
分厚くなった頭皮に脂汗が滲む。両隣の上役が距離を置きながらも神妙な顔をしてるのがあんまりにも不釣り合いだ。
だってフラフープを回してるから。両足の動きのキレの無さと言ったら、寧ろフラフープに身体が回されている。
「なあこれ、ウチの商品だよな?」
スマートフォンの画面に映っていたニュース動画には、「██社社長 不正取引に関する謝罪会見にフラフープを持参」と見出しが載っていた。
会社の中に戻ってみたら、思ったよりも騒ぎになっている雰囲気があった。フラフープを回しながらの謝罪会見。完全な他人事だったら普通に笑えていたんだが。
ガッツリと映った。何だったらフラフープの接写映像に「社長が持ち込んだ物と同型のフラフープ」と載ったが「April foop」の刻印が無い事からサイズとか大きさの方だと分かった。
良いか悪いかとかじゃなくて、公の謝罪の場でフラフープを回しながら話すってのがおかしいんだ。嘘を言ったかどうかじゃなくて、フラフープを回している事自体普通に指摘されたじゃないか。
「当たり前だったな」「凄い顔してますね」「汗だくですね」
ノートPCの画面の中で何度もリピート再生されているニュース映像を見ながら、現状どうするのかを考える。
つっても、あのフラフープの仕入れ先は社長以外誰も知らない。
「社長と連絡はまだ付かない。とりあえず今回は業務を切り上げて、次に連絡が来るまで待機しててくれ」
動画の社長よりも腹が出ている専務から命じられる通りに、なあなあで解散する事になった。
なったんだけれど。
「この会社、どうなるんですか?」
「ああ、心配しなくていい。急に無くなったりとかは無いと思う」
考えれば考える程どうすれば良いんだろうと思う。あのフラフープが回しながら嘘を吐くように造られてるんだからあんな感じで使うのが多分本分なんだろう。
帰り支度を済ませながら、まあ専務が大丈夫だって言うんだったら大丈夫なんだろうなとか適当に思ってると、ノックの音が聞こえる。
「失礼します。こちら誰よりも素早い情報でお馴染み、週刊スピネルキャリアポートの者ですが」「もうマスコミが来たのか」「誰も漏らしてないだろうな?」
昨日の今日で漏らした社員がいる訳無い。専務からの質問に全員は首を横に振る。
「じゃあ真摯に答えるしかないな。応対してくれ、何にも悪い事はしてないんだ」
そんな専務の言葉によって、扉は開かれた。
俺はフラフープのプロだったが些細な痴情のもつれから婚約者とその親友を殺してしまい死刑宣告が下った所を変な財団によって捕まって一ヶ月業務を満たせば自由の身になるって話を受け入れて数日はフラフープを回しながら物を拾うとか回しながら歩くとかそんな簡単な事を調べられて変なフラフープを回せば良いって聞いたんで自分から志願した。
今日は実験当日だ。頭に装着したカメラの準備が終わっていると確かめて、既に身体に通されていたフラフープを回し始める。
「少し心が痛みますね。異常な物品を取り扱っていたとは言え、何も知らない元一般人をああして雇用しているのは」
「こうでもしなきゃ手に入らないもの。フラフープに精通してるDクラス職員なんて、そんなピンポイントな……」
対象: 実験記録035-JP-1と同様の加工を行ったDクラス職員。フラフープの元プロでこの実験には自ら志願した。(以下D-8556と称する)