事案SCP-███
日時: 20██/██/██
敵対組織が所持するSCP-███の確保時、担当エージェントのみでは回収が困難であると判断され、██博士の許可を得て機動部隊が動員されました。オブジェクトの確保に成功したものの、輸送する際に敵対組織の増援が到着し、オブジェクト輸送担当であった██ █隊員以外の全隊員が戦闘により死亡する事案が発生しました。
生存者である██ █隊員は軽傷でしたが、重度の精神的ショックを抱えており数週間の療養が必要であると診断されています。
「なぁ、聞いたか? 昨日のオブジェクト回収任務のこと」
「さっき聞いたよ。隊員が1人だけ生き残ったんだっけ」
「そうそう。それが結構な若手みたいでさ。相当なショックで療養中だってよ」
「あー、そりゃそうなるよ。俺だって新人の頃はメンバーが1人死んだだけで大泣きしてたからな。それがいきなり自分だけだなんて、流石に気の毒ってもんだ」
「まぁ、此処に居るなら誰かが死ぬなんてよくあることなんだからさ。そのうち慣れるだろ」
報告
日時: 20██/██/██
事案SCP-███以来療養中であった██ █隊員の職務復帰が正式に決定しました。今後はSCP-███-JPの収容違反以来欠員が生じていた█番部隊に加入し、カウンセラーによる定期的な診察を行いつつ活動を行う予定です。
また、██ █隊員には療養中████████の発症が確認されましたが、カウンセリングや身体能力測定の結果現時点では任務に支障が無いものとして診断されました。
「そういえばさ、今日こっちに新しく入って来たあいつ、だいぶ前の任務で1人だけ生き残った奴じゃなかったっけ?」
「あぁ。やっとカウンセラーからオーケーが出たんだとよ」
「その割には様子が変じゃなかったか?」
「なんか少し性格がおかしくなっちまったんだってさ。まぁ普通に動けるみたいだからいいけど」
「マジかよ。面倒なのは勘弁して欲しいんだけどなぁ」
事件記録SCP-███-JP
日時: 20██/██/██
サイト-81██にて、SCP-███-JPの強奪が目的と思われるカオス・インサージェンシーの襲撃事件が発生しました。機動部隊の出動により最小限の被害で鎮圧が完了しましたが、最前線での戦闘を行なっていた██ █隊員のみ全治█ヶ月の重傷を負っており、長期的な治療の為一時的に職務を停止することが決定されました。
「襲撃って割にはかなり小規模だったな。お陰で珍しく1人も死なずに済んだけど」
「そういや1人集中治療室送りになったのが居たっけ、あの新しくこっちに入って来た奴。やっぱ復帰が早過ぎたんじゃねぇの?」
「あぁ、お前は後衛で待機だったから知らねぇのか。アイツが囮になってくれたお陰でとっととカタが付いたって訳」
「へぇ、面倒そうな奴と思ってたけど中々使えるじゃん」
報告████
日時: 20██/██/██
███にて大規模収容違反が発生し、一般職員██人、サイト管理者█人、機動部隊員███人の死亡。███名の重傷者が発生しました。サイト内██%の機能が停止しており、生存スタッフによる迅速な修復作業が行われています。今後深刻な人員不足が予想される為、緊急の人員確保及び他サイトからの職員派遣が要請されました。
「いつまでも落ち込んでんじゃねぇよ。死ななかっただけ儲けもんだと思え」
「おい、やめとけよ。コイツ何言っても生意気な態度だし放っておくのが一番だって言われてるだろ? それにコイツにはちゃんと指導役の"先輩"がいるんだから全部任せとけって」
「あー、そうだった」
「ほら言ったそばから始まった。まぁこうやって"先輩"が喝入れて無理矢理にでも立ち直らせてくれるんだから楽なもんだけどな」
██████
日時: ██/██/██
████による████████が発生。██████████の█████████████████████。████負傷者が██████████しましたが、██████████████の可能性は極めて低いものとされ██████████を確認次第警戒状態は█████████。
「お前、最初ほど落ち込んだりしなくなったよな。まぁそれが当たり前なんだけど……って、何でそんなに怒ってんだ? 俺何か変なこと言ったかよ。慣れた方が気が楽だろ」
███████
██: ███████
███████████が████████████。████████、████████████████████います。
██████████████████████及び
█████において███████████████████████。
████████████████████した。
「あれ、読まねーの? お前いつも自分が出動した任務の報告と死傷者の記録はちゃんと確認してたじゃんかよ」
█████████
██:██████
████████████
██████████████████████████
█████████████████████████
██████████████████████████
███████████████
██████████
██████████████████
██████████████████████
空白
「いやぁ、何はともあれ良かったっすね」
「何がだ?」
「何って、泥云さんのことですよ。ついさっき会ったじゃないっすか。いつだったか体を乗っ取ってくれませんかねとは言ったけど、まさか本当に泥云さんが月国さんみたいな性格に……いや、聞くところによると元の性格に戻ったってのが正しいのかな。兎に角、これであの糞めんどくさいのともオサラバってことで」
「芳野」
「ちょ、そんなに睨まないでくださいよ。月国さんの真似っすか?」
「……はぁ。まぁ、良い結果と言えばそうなんだろうな」
「梟さんは相変わらずドライなんすね」
「お前が軽薄過ぎるんだよ。というか、どうしてあんな突然……?」
「ん? お前らが一緒にいるなんて珍しいな」
「え。うわ、泥云さんいつの間に」
「そんなに驚くこと無いだろ? つーかさっきからずっとお前らの後ろにいたし」
「私は気付いていたけどな」
「それならそうと早く言ってくださいよ……! えーと、泥云さん。なんつーか、その……」
「気にすんなって! 梟、お前もそんな本物のフクロウみたいに首傾げてないで昼メシでも食いに行こうぜ? 俺が奢るからよ」
「マジっすか泥云大先輩! んじゃ遠慮なく頂きます!!」
「ははは。おいおい、芳野は相変わらず現金な奴だな」
空白
いつだったか、2人の後輩とのそんな会話を思い出す。
あれからかなりの日数が経った気がする。周りの隊員達はある日突然性格の変わった俺に困惑し、今まで以上に近寄り難いというような様子だった。
そりゃあ、トラウマで二重人格になった無愛想で訳の分からない自傷行動ばかりしている奴が、突然友好的な笑顔で話しかけて来たらそんな反応もするだろう。「自分の気持ちに折り合いがついたのか」「そもそも"月国先輩"の存在が最初から無かったことになったんじゃないか」と様々な噂が飛び交っていた。とは言えメンバーとも次第に任務以外での交流を持ち始め、今ではオフの日に皆でテレビを囲んでゲームをするくらいに打ち解けている。
任務で囮になるような無茶な真似も、勿論自分で自分を殴ることもなくなった。必然的に新しい傷が出来ることは減っていくし、笑っても頬が痛まないのは非常に気分が良い。
空白
今、俺の身体に『泥云 暁』はいない。
空白
そして、『月国 龍斗』も直ぐにいなくなるだろう。
空白
キッカケらしいことは何も起こらず、何か大きな壁を乗り越えた記憶も、俺が精神的に強くなった自覚も無い。ただ何かが起これば機動部隊員として出動する。それだけしかやってこなかった。
強いて言えば、周りの人物の死に対する認識がいつの間にか変わっていたからだろうか。朝になれば日が昇るし、気温が下がれば寒く感じる。此処ではそれくらい当たり前で何でもないことのように人が死んでいく。特に機動部隊は任務で死者が出ないほうが珍しいくらいだ。財団への入団オリエンテーションで、隊員としての最初の集会で、ありとあらゆる場所でそう言われ続けていたはずなのに。まだ新人だった俺は、自分の置かれている状況を理解していなかったことであの任務での結末を招いたのだろう。
そんな俺の遣る瀬無さや後悔、のうのうと生きていることに対する憎悪から自分が自分でいることが嫌になり、いつしか俺は『月国 龍斗』と名乗るようになった。
そうやって弱くて卑屈な負の部分を全て『泥云 暁』に押し付け、「生意気で未熟な後輩を暴力的ながらも心から激励する先輩」を大義名分に自分を罰し、任務で囮になると宣言して態と自分の身を危険に晒す。二重人格を演じることは思っていたより難しくなかったし、周囲の人間も例の任務のショックでそうなってしまったのだろうと勝手に解釈していた。
そのうち『泥云 暁』と『月国 龍斗』を演じ分けるという意識が無くなって行き、本当に自分が二重人格であると心から思い込むようになっていった気がする。俺が『泥云 暁』として指定した人格が勝手に一人歩きしている感覚になることさえあった。
それでも最終的に、じわじわと染み付いていた諦めの気持ちが俺を現実に引き戻したのだろう。
人との関わり合いが嫌いだという風に振舞っていたが、任務後の報告書と死傷者の記録は毎回しっかり確認していた。せめて自分の記憶の中には留めておきたいと考えてはいたのだが、余りにもキリがなさ過ぎた。覚えておこうと思った数週間後にはまた死傷者のリストに新しい名前が載せられて報告される。そんなことが続くうちに、いつの間にか名前の数は自分が覚えていられる容量を簡単に超えてしまった。
そのうち記録を読み犠牲者の名前を覚えることも、本来の自分を周囲に隠しながら犠牲者に心を痛めることも辞めていた。
最終的に残ったのは身近すぎる死への"諦め"と"慣れ"だった。
自らが作り上げた弱くて卑屈な『泥云 暁』は存在する必要が無くなり、永らく『月国 龍斗』として存在していた自分だけが残った。そして、俺は本来の明るい性格に戻った『泥云 暁』を演じている。
人事ファイルの記述も完全に書き換えられていた。誰もが俺をかつての性格に戻ったものとして扱っている。もう中指を立てて悪態をついていた『泥云 暁』と、そんな後輩を叱咤激励する『月国 龍斗』という人格を覚えている人間は俺以外いないだろう。
死とは人に忘れられることだという言葉を何処かで見た気がするが、あの『泥云 暁』と『月国 龍斗』はそれこそ人が死ぬかのようにあっさりと忘れられてしまった。そして、自分が先輩と称し役割を与えていた『月国 龍斗』もこのまま死んで行くのだろう。
結果的に『泥云 暁』は俺が殺したことになるのだろうか?
それとも『泥云 暁』が自ら死を選んだことになるのだろうか?
どちらにせよ、あの『泥云 暁』は既に死者であり。『月国 龍斗』はその後を追う。俺は『月国 龍斗』としての最期の言葉を口にした。
空白
「月が暁の光に掻き消されても、お前は二度と目覚めない。俺が深い泥の国に沈めこんで、目も口も耳も全てを墓場まで預かり受けよう。もうお前は何も云わなくていい。これからは俺が『泥云 暁』をやり直すから」
空白
「我々の………いや、あいつらのために、安心して死んでくれ」
空白