レースは終盤。あと1周で全てが決まる。右前方を走る白い車体との距離は、周を重ねるごとに広がっている。25も下の子供の車に、一向に追いつけないというこの事実。世代交代という奴か、などというくだらない思考が浮かんで、短く息を吐く。
我々の基本スピードにさしたる違いはないが、唯一の差が露わになるのが下り坂を下り切った後のスピードである。目の前の坂の先、カーブで再び明確となるであろうその差に、私は唇を噛む。よくぞここまで車体を調整したものだと思う心と、ここまでに懸けてきた全てのものを惜しむ心と。その両方が、坂を上っていった。
「頼むよ」と呟こうとして、やめた。私が今更何を言えるというのか。自分で調整し、これで万全と認めたマシンに対して「もっと頑張ってくれ」などと吐くのはあまりにも無責任だ。
坂を下る両車は紛れもなく猛スピードだったが、私の視界はスローモーションだった。ラインは当然完璧。この車体で出せる最高の速度。後悔はしない。
下り坂の最中、先を行く白いマシンが輝いて見えたような気がした。これが悔いのない負けというものかという、穏やかな心地。他方で1つの予感に襲われる。これは何度もこういったレースで鎬を削ってきた故の勘としか言いようがなかったが、速度、高さ、バウンドからして……
「キュルキュル! シャー!」
先を行っていたミニ四駆はカーブを曲がれずにコースアウトし、ひっくり返ったままタイヤを回転させ続けていた。私のマシンが無事にゴールした頃にスタッフによって回収され、けたたましい空転の音が止む。
私は自分のマシンをキャッチし、目を伏せ気味に優勝賞品を受け取った。5千円分の図書券と、限定モデルのミニ四駆のシャーシ(ネットオークションでは約6万円で取引されている)を確認した私は、コースアウトしたマシンを抱えて泣きじゃくる子供から顔を背ける。これがプライベートなら、私は迷いなく彼に商品を渡していたことだろう。恨むべきは金の無い我が職場である。
財団が資金難に陥ってから、一部を除いて最優先の職務は"金を得ること"と定められた。あらゆる収容プロトコルに金が要り、殊更厄介なオブジェクトと金策に使えるオブジェクト以外は売り払ってしまったのだから当然ではある。研究員達は最初、様々な要注意団体へと派遣構成員の形で送り出されたが、何せ財団は足元を見られる立場。まともな賃金も労働環境も得られず、コンビニバイトでもした方がマシという状況に陥ったため派遣事業は頓挫した。
その後、幾度に渡って事業を頓挫させた末、一部の財団職員達はバウンティーハンターとなった。芸術、手芸、スポーツ、ゲーム……といった賞金の出る大会を荒らしに荒らし、少しでもキャッシュを搔き集めようと奔走している。私は自動車関連のゲームが好きだったためeスポーツ部としての活動を申請してみたが、必要経費が高すぎる上に財団サイトのWi-Fiがキャパオーバーし、ネットオークション部門の業務に支障をきたすため却下されることとなった。その結果私が割り当てられたのが、このミニ四駆部である。「車、好きだったよね」と上司からミニ四駆を手渡された時の衝撃は未だに忘れられない。
周囲の視線から逃げるようにして私は会場を出た。この文化会館に来るまでに使ったのは電車賃532円だけなので、今回はなかなかの収益だ。型落ちのスマホを取り出し、マップアプリを起動する。3時間後に「ちびっ子わくわくミニ四駆大会」が開催される鐘が丘公民館は15km先。バスで372円。走れば0円。
「……頑張ろう」
飯田健作37歳。財団職員。靴紐を結ぶ。靴紐が切れる。財布を開く。財布を閉じる。走り出す。