世界と共に
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世界が終わる。

それを知った時、最初に脳裏に浮かんだのは「対応策は無いのか」。次に浮かんだのは「世界と共に死ねるのか」という、財団の技術者としてはあってはならない考えだった。

私はこれまで、何処までも真面目に生きてきた。50年間、ひたすらにその技術者としての腕をふるって財団に貢献し、ついには現実学部門のナンバー2にまで登り詰めることとなる。その時感じた嬉しさは野心からではなく、大好きな世界のために貢献できるということへの嬉しさからくるものだった。ある日同僚に聞かれた。「財団に命を救われたから財団に尽くしているのか?」「どうしてそこまで世界のために動けるんだ?」と。私は答えた。「ただ、世界が好きだから」と。馬鹿だなぁなんて笑われたことも多いが、その気持ちに嘘はないのだから仕方がない。

"筐体計画"、世界を造り直すという計画が推し進められていると知ったときは憤った。それではただのレプリカ造りではないか。今ある世界を捨てるということではないか、と。しかし他に手立てがない、仕方ないことなのだと言われ、私も気持ちに折り合いを付けて計画のために動き始めた。

64日は、一瞬だ。その間、私はイエローストーンから一歩も出ずに身を粉にして働いた。たとえレプリカだろうと、今ある世界を完全に無かったことにするわけにはいかない。しかし私の頭から消えない願いもまた本音だ。

「今の世界を愛している。この世界を無かったことにはしたくない」

その思いは強くなる一方で、しかしついに最後の瞬間は訪れる。尽日COUNTOVER。ついに筐体は完成した。同僚は歓喜に沸く。私はそんな最後の瞬間、飛び交う歓声を聞きながら、O5-1に辞表を出した。

何故辞めるのかと、O5-1は私に聞いた。タイミングはいくらでもあったはずだ。それに、今辞めることに意味なんてあるのか?と。

私はゆっくり、静かに答えた。

「私は、今の世界を愛しています。だからこそ、世界と共に」

今日世界が終わった後も、財団はまだ仕事がある。世界を塗りつぶし、新たな世界を建てるという仕事が。そうでなくとも、上位の研究者は記憶のバックアップを筐体に残すらしい。それを、私はどうしてもできなかった。やりたくなかった。だから辞表を出し、研究者としての立場を捨て、完成した"筐体"を後にした。

そうして今、私は63日ぶりにイエローストーンの地下を出て、歩いている。この付近で敵対組織の襲撃があったらしく、木々は所々焼け焦げてしまっている。

だが、それでも空は晴れている。イエローストーンの大自然を、肺に思いっきり吸い込んだ。最高の気分だ。

残り少ない時間、何処へ行こうか。幸い、ここは故郷に近い。そちらに向かうのも、いいかもしれないな。

気の向くままに地面を蹴る足は、飛べるのではと錯覚するほどに軽かった。




コンテニューまで、あと    

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