作業日誌2
評価: +8+x

45日目

とても普通じゃなかった、ときどきだけれど。父がかつて座っていた椅子に座り、同じくらいボロボロに使い込まれた仕事場、中古の机、ほぼ判読不能な走り書きで埋め尽くされたノートを詳しく調べる。父はいつも手が脳に追いつかないと文句を言っていた。何時間もオーディオで録画をしていた。でも、いくらかのマゾヒスティクな衝動が全て手書きで書き起こさなければならないと父を駆り立てているようだった。私にとって上手くことが運んだことと言えば…この古い机に残っていた走り書きは、今、私の父に関する全てであるということだけ。

私が最初に見つけたときを思い出す…屋根裏部屋の仕事場はお父さんが失踪した時からお母さんによって閉鎖された…彼のあらゆる研究結果や身分証明書と一緒に。お父さんは…この世界から消えてしまったようだった。そしてお母さんは…狂ってしまった。彼女はみんなに、知り得る全ての場所、大学、警察、インテネルギーにある父のオフィスにだって電話をかけた。
だけど誰も彼を見た人はいなかった。それはまるで出張に行くかのように、彼はこの世界から消えてしまった。

これは作業日誌と思われている、だけれど主な問題も含めて私は少しくらい脱線してもいいかと思っている。お母さんが…また入院した。これが最期になるかもしれない。彼女はお父さんと強い絆で繋がっていた…それは千切れることなどなかった、お父さんが失踪するまでは。彼女のそれはもうすでに…彼女の大事な一部は紛失してしまった。四肢が捥がれるように…そしてそのせいで彼女は今も血を流し続けている。彼女は今は落ち着いているようの見えるかもしれないが…それはただの薬のおかげでしかない。楽観的に見れば、今お母さんのヒステリックの症状があったからわたしは閉鎖されたこの場所にくることができた。そう願っている。だけれど、そうである必要はなかった。

それはさておき、実際の仕事は?良い質問だわ。

お父さんの実際の仕事の幾らかは、とっても、とっても理解するのが困難な内容であるらしい。ようするに、それは彼が現実について推論したようなものであったり、生命や事柄の状態であったり、そして私たちの見ているものとの相互作用についての見当だったりした。それは…困惑するほどものだ。私はいくつかの昔のことは、お父さんがまだ教鞭をとっていた頃の記憶を頼りに微かに覚えているようだ。彼はアイデアに行き詰まっていた…。私はいつも全然それを理解できなかったけど、お父さんが他の教授たちと言い争っていたのは覚えている。帰り際に、誰かが一度だけお父さんのことを気難し屋だと言った…お父さんは怒鳴った。そして大学から誰ひとりとして父を訪ねる人はいなかった。

これは大変奇妙なことだ。思い返せば、今になっても私がそのことに関わる背後関係を思い出すことができるということは。当時、“終身在職権の再検討”
は私にとってなんの意味もなかった。だが今、私はお父さんが少なくない人達をいらつかせ、遠ざけていたに違いないことは気づいている。そしてそれが常態化していただろうことも。彼は本当に“熱狂的な教授”タイプで、プロジェクトで行き詰るとお母さんか誰かが彼を部屋から引きずりだすまで考え続けた…そして、その物事がどう利用されるかについて無頓着だった…彼のそういった行動は当然幾人かの人間を困惑させただろう。

また話が逸れた。実は、それらはさほど深刻なことじゃない、今日はハッと驚く新事実を発見したんだから。いずれにせよ、私は机の上にあった奇妙な走り書きのメモを見つけた。それはケインという名前の教授に関したものだったし、いくつかの種類のコードはおそらくメールアドレスか連絡先だろう。これは今のところ私にとって最高の道標で、本当は思いのほか悲しい。


49日目

ケイン教授のことについて調査した。発見したメールアドレスのようなものは、アイルランドの大学のもので現在は使用されていないメールアドレスだった。いくつか確認したところ、どうもケインという人物は他にも多くの研究をしていたが、少し非論理気味で、生物学や工学のような新しい研究方法を探していたようであった…そして彼はどうもお父さんと同時期に失踪しているようです。ある日姿を消した、書き置きもなく、姿も見せず、彼の研究の全ても自宅と彼のオフィスから消えて無くなっていた…お父さんと同じように。

私は少し不安になり始めている。幻聴が聞こえる。そしてのろのろとお父さんの遺した奇妙な走り書きに目を通した…偏執的にならないように自分を律するのが難しい。私はここ数日何度も自分自身を肩越しに見つめた…そんな感覚が目に残っている。それを気のせいだと気にしないようにしていた。でも、どうしようもない。そういえばお父さんも少し偏執的だった…お父さんはけっしていくつもの進行中の研究についての資料を共有の研究室や仕事場に近づけることはしなかった。お母さんはお父さんが2階を研究室とすることを許さなかった。しかし、お父さんの理論的な仕事の全てはホワイトボードと黄色の罫線入りレポート用紙上に溢れ返っていた。

私はこのむかつく図書館に2日間近く開館から閉館までいる。何を求めているのかすらわからない…何回も、気がつけば小説のコーナーにいてSFストーリーにのみ載っている論題について読んでいた…もしくは恐ろしい体験なんかを。お父さんが理論化したいくつか…それらは私たちが空気を通過するのと同じくらい簡単に現実と他の場所の間をスムーズに移動できるもの…しかし“他の場所”は絶縁体のような膜がある、それらは私たちの現実ではほとんど触れることのできないものだ。実際に、お父さんはこう言っていた。
「私たちのいる現実の中にある異なるバイオフォームの相互作用は同情や容易な相互作用を備えてはいない。“他の場所”の住民が友好的であることを祈ろう。」

グレッグが私を呼んだ、まただ。少し外に出ないかと尋ねられた、多分少し酔っている。私は彼の申し出を断った。もう一度。気分が悪いが、このまま放置しておくわけにもいかない。私は彼に全てを話してみた…しかし彼はただうなずき同情的にこちらを見るだけだった。他人には理解してもらえない…私の人生の一部は…剥がれ落ちた。落とすことはできない…そしてただ諦めることも、できない。私自身で勝ち取ってみせる…関係を絶たれたとしても。お父さんがときどきしていたように…もっと集中する、状況は食べ物のようなもの、もしくは…感情的な執着は、もはやどうでもよかった。少し悪化している…それを歓迎している自分がいることに気付いてしまった。

とにかく、すぐに必要なコピーや本は全て揃っている。そしていくつか私が注文したものも今週中には手元に来るはずだ。私は大学に休暇を取っているし、研究室には私が直接監督する必要のある活発なプロジェクトはない…だからうまくいけばお父さんがいる領域まで追跡できる…たぶん感情の整理も出来る。いやわからない。もしお父さんが私たち家族を見捨てたと分かってしまったらどうしようとずっと考えている…もしくはどこかでのたれ死んでいるとしたら…いやそうでは無いと思っているが。

時間を作って私が契約してる携帯会社に怒鳴り込みに行こうか…私が電話をしているときずっと奇妙なクリック音が鳴る。ここ3日近く続いている。それにくわえさらにもっと私は被害妄想的になった。これはケインにメールしたのと同時期に始まった。私が思うに、陰謀論なんかよりも私に本当に必要なのは休息だ。

パン屑を辿って…
work journal 2(count)

それとも戻れるうちに引き返す
破片

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。