闇寿司ファイルNo.014 "ありがとう水"
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概論

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メキシコから持ち込んだヘスス・マルベルデの祭壇

“ありがとう水”は魔性の寿司である。
時に、闇寿司のスシブレードは使い手を選ばないという利点は周知の事実であると思う。我々はその特性を活かし、量産性と安定性を両立したスシブレードを開発し、武器として数々の顧客に提供して来た。これが闇寿司の大きな資金源となり、勢力の拡大に貢献している。しかし、近年では協会の制定したスシブレード運用法に基づく一方的な武力介入もあり、海外のマフィアに向けた武力スシブレードのコンテナ輸送は難しくなっている。そのため、顧客側から頂いていた要望に応えて制作したのが当該スシブレードである。

この“ありがとう水”とはブローカーによる現在の通称であり、原料の精製方法に因み名付けられている。

スシブレード運用

攻撃力

防御力

機動力

持久力

操作性

幻覚作用

当該スシブレードは攻撃防御共に平均値以下であるが、安定した機動力と持久力に加え、優れた操作性が備わった扱い易いスシブレードになっている。加えて、原料となる液体に漬けてさえいればネタは握り手が任意の物を選べるのでカスタムの自由度も高い。
しかし、特筆すべきは敵との物理接触を起点に発動する幻覚作用である。

当該スシブレードと戦闘中に接触した敵スシブレードはネタやシャリに”ありがとう水”が発する液体が付着し、そのまま浸透する。すると、精神パスを繋いでいたブレーダーは自身の操作するスシブレードを介して幻覚作用を引き起こす。よって、精神パスの不安定化を招くと共に敵スシブレーダーの正常な判断を乱す効果が有る。この状態となった敵スシブレードは指示を得られずに、緩慢とした動きを強いられる為、機動力と操作性に優れた当該スシブレードが大変優位となる。

他の活用法

当該スシブレードの原材料である液体は、幻覚作用を有していながら、中枢神経や末梢神経に存在する特異的受容体への結合を介してモルヒネに類似した作用を示す物質は含まれていない為、スシブレード運用法の摘発から外れたスシブレード密売の新たな主商品となる事が期待出来る。

エピソード

“ありがとう水”は通常のスシブレードと外見的な特徴に差異はないが、ネタには特殊な液体が漬けてある。この液体こそが“ありがとう水”が持つ幻覚作用の核心である。

幻覚作用を起こす液体の発見には、過去に顧客の1つであったメキシコ系麻薬密売組織の崩壊が契機となった。当時、数々のスシブレード取引を行う内に組織のボスと個人的な親交を持った私は、彼がメキシコ当局に逮捕される約8ヶ月前に彼の実娘を預かる事となった。本来であれば後がない組織を顧客として扱わずに如何なる申し出も聞き入れずに切り捨てるのが常道だが、私は逮捕を予期していた彼の嘆願を無碍にせず、受け入れたのだ。

「ハジメマシテ」

辿々しい日本語で挨拶をしてきた幼い彼女の様子を、私は今でも覚えている。
初めて彼の実娘と会った印象は、母親に似て良かったという事だけだ。

スシブレード密売によって、闇寿司四包丁が1人 “ 梱包丁こんぽうちょうのヤマト”という通り名で頭角を現していた私にとっては、養子1人分の経済的負担は微々たる物であったのは間違いない。暫く生活を共にする中で素直で控えめな性格であると分かり、恐らく大切に育てられていたのだろうと容易に想像出来た。それから程なくして、彼女は私の扶養を受けて日本の一般的な教育機関に入学し、中等教育を受ける事になる。

そして、私がスシブレード法案の可決により強まった協会の規制に対応する為、新たな商品となるスシブレードを求めて考えあぐねていた頃、ある事件は起きた。

彼女の入学していた中学校で彼女を除くクラスメイト全員が、何らかの原因物質によって中毒症状を起こして入院した。特有の幻覚症状等から薬物中毒であると推測されたが、肉体からは原因となる化学物質は一切検出されなかった。加えて、生徒が中毒症状を起こしたのはプール実習が終わった直後からであった為、日本の警察はプールの水の検査も行ったが同じく原因となる化学物質は一切検出されなかった。

その頃、彼女は故郷メキシコで信仰されている民間聖人に祈りを捧げて同級生の健康を願っていた。彼女はメキシコにいた頃から聖堂で祈りを捧げる習慣を持っていたのだ。日本に生活を移してからも、その信仰心を絶やさずに祈りを捧げている。

だからこそ、私は彼女が中毒症状を起こした原因だと直感した。

彼女が信仰しているのはメキシコの民間聖人として崇められているヘスス・マルベルデである。
ヘスス・マルベルデは元々、盗賊の頭目であったが富裕層から富を奪っては貧困に喘ぐ人々に分け与えていたという。謂わば、メキシコ版ロビン・フッドとも称される人物の伝説である。この伝説は最期、捕まった後に絞首刑に処されるが、ヘスス・マルベルデは死後も願った人間に奇跡を起こして困難から救ったという逸話を生み出した。そして、信仰が始まった。

だが、麻薬の神として信仰を集める様になったのは近年からであり、このヘスス・マルベルデを信仰するクリアカン市は元々、貧しい農民の暮らす地域であり、麻薬栽培や密売に関わる人々が出入りするようになってから麻薬の聖人として信仰されるようになる。よって、ヘスス・マルベルデの聖人伝説は麻薬カルテルで広く信仰されており、彼女の父親もまた信仰していた。

「父となはれたくなかった。ねがったが、かなわなかった。父はせめてワタシまでふこうにはしまいとワタシを日本に、にがした。あなたならワタシをコウフクにできると父はいっていた。」

私以外が寝静まった夜、彼女が身を清めた後の残り湯に指先を付けた。そして、軽い幻覚症状を起こした。中毒には至らず、依存も無かったが確信は得た。彼女はヘスス・マルベルデの祝福を持った。そうとしか考えられなかった。

その後、私は彼女の水にネタを漬けてスシブレードを握った。これはまさに救いの神だった。スシブレード法によって闇寿司に協会のメスが入り易くなり、上納金を稼ぐ手段が難しくなった私には天啓となった。そして、彼女の水に漬けたネタを熟成させると強い幻覚作用を起こすスシブレードとして完成に至った。メタンフェガリンとは違って違法な化学物質は検出されず、少量であれば人道に反する様な依存性は有していない為、法に縛られず、また闇寿司の信念に泥を塗る事もない。

至高の寿司は美味であるが故に人を狂わせる。よって、寿司は魔性を持ち合わせうる食べ物だが、この寿司は神の寵愛を宿していた。
謂わば、ヘスス・マルベルデその祝福の握りであった。

スシブレード法は協会の認可がされていないネタで握ると規制対象となる為、通常のスシブレードと同様のネタを使用していれば規制対象外となる。法案が可決された頃から、規制を掻い潜る寿司を顧客は望んでいた。まさに打って付けだ。

私はこのスシブレードを信頼出来るごく僅かなブローカーに流した。ブローカーは作成経緯に因んでネットミームを基にした愛称をこの闇寿司に付け、瞬く間に“ありがとう水”は広がった。この時期の私は闇寿司で最も潤いを得ていた。親方は“ありがとう水”をよくは思っていなかったが、人を必要以上に狂わせる依存性もない単なる魔性の寿司に眉は顰めど咎めはしなかった。上納金の額も馬鹿にならないのも有るだろう。屋台骨である私を追放はしなかった。

原料を産み出す彼女に私は感謝した。

「再開した学校で久しぶりに友達と会ったよ。でも様子がおかしかった。幸せそうだったけれど、なんだか違うと思う。」

彼女は度々、夜に抜け出しているようだった。それから、寿司を握ると表情が固まるようになった。お前が好きなハンバーグの寿司だと言っても食べなかった。最初に出会った時に好きになったと言っていたが、ハンバーグ寿司は子供っぽいのか、もう卒業したのかも知れない。

「友達がお寿司を食べると知らない友達になるの。お寿司の事ならお義父さんは詳しいでしょう?何か知っていたら正直に言って欲しい。祈っていても何も変わらないから。」

その後、私は協会の粛清特殊部隊に監視されるようになり、遂にその時が来た。

メキシコから日本に戻り、そして成田空港から家路まではタクシーで移動した。街灯の古ぼけた光が連なる路地が見えて来て、適当な地点で降りる。家までは徒歩である。

暫く歩いていると向こうから白い外套を着た男が1人近づいて来た。
犬だ。協会の犬だ。
協会の犬は法で裁けぬスシブレーダーを粛清し、闇に葬るのだ。

犬は街灯に照らされる私の前に現れて名乗りをあげる。

「……寿司粛清部隊 “禁座羅きんざら” 所属、“炙りのみょう脂典 間具郎してん まぐろう。寿司はまぐろ型祝福寿司の“マグダラ・トロザリオ”……いざ、壱・弐・参ひぃ・ふぅ・みぃッ!!」

私は彼が数字を数えて、その後に発するであろう号令を聞く事はなかった。寿司を放つ瞬間に全ての音が聞こえなくなったのだ。私が放った“ありがとう水”は蒸発霧散し、脂典間具郎と名乗る男のスシブレードが私の半身を吹き飛ばした。

「任務完了……四包丁の両腕を簒奪し、帰還する。」

音を取り戻すと、協会の男が私の両腕を持ち帰る為に近づいて来る足音が聞こえた。少しずつ身体の痛みが分からなくなってくる。

「やめて!」

娘の声が聴こえる。だが何も見えない。幻聴かも知れない。なんて寒い夜だ。身体の感覚が消えていく。
僅かに感じるのは私の上に覆い被さる重さだけだ。










人工酢飯知脳SHARIによる自動書記



以上のファイルは、人工酢飯知脳であるSHARIが梱包丁のヤマトの頭脳から精神酢飯接続を介して収集した記憶と精神データを基に一時的に作成した仮想人格によって作成された文書になります。

関連資料

SHARIの基本構想と実用化
人工酢飯知能SHARIは1000酢飯ビットを誇る最先端のスーパー漁師コンピューターです。

Jesús Malverde - Wikipedia
麻薬聖人 ヘスス・マルベルデの民間聖人信仰に関する文書です。

文責: 元闇寿司四包丁、梱包丁のヤマトを基にしたSHARIによる仮想人格。

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